第37話 死なば諸共…
あれから、イツキ達はリアをホテルの部屋へと連れて行った。彼女をベッドに寝かせると、よほど疲れていたのか彼女はすぐに深い眠りに誘われていったのであった。
「なるほど、彼女とシャムロックの二人で事件を起こしていたのね」
詳細を聞いたアルトはなにやら合点がいっているようであった。
「やっぱり、いくらあれだけの能力を手にしたからって、十人以上の被害者を一人では襲えないと思うのよね。彼女と二人で犯行に及んで、挟み撃ちを仕掛けていたと考えれば納得がいくわ」
「確かにそうだな」
イツキはアルトの推理に深く頷いた。
「それにしても、シャムロックも大変だっただろうけど、彼女もきっと大変だったでしょうね。暴走状態に陥った彼女の側にいるのは、きっと辛かったでしょうに……」
アルトはそう言って、眠りについているリアの頭を撫でた。その瞳は、深い悲しみを孕んでいるようであった。
「気持ちはわかるけど、今は早くシャムロックを見つけないと。とりあえず、今からリアに聞いた場所に行ってみるわよ」
アオイは皆に対してそう言った。
ここに来るまでの間、リアはシャムロックが来そうな場所を教えてくれていた。というのも、リアは数日前にシャムロックとはぐれてしまい、彼女が来そうな場所を回っていたのだと言う。今日はその内の一つである彼女の自宅に来たところ、たまたま自宅を調べているイツキ達を見つけ、イツキ達がシャムロックを捕えに来たアトレア同盟の一味だと思ったらしい。
イツキ達はリアとの戦闘で疲労はしていたが、すぐさま休む間も無くホテルを飛び出して行った。そしてリアの教えてくれた場所をしらみつぶしに当たったのだった。
「……全然いないわね」
だがしかし、結果は全て外れであった。どの場所にも、シャムロックどころか、人の姿すら見つからない始末であった。
やはり、事件が頻発している中外を出歩く人間もそう多くはないのだろう。
「まずいわね。これだけ探しても見つからないのは予想外だったわ……。早く見つけないとまた被害者が出るかもしれないのに……」
アオイは爪を噛んで悔しがる。イツキ達もさすがに疲労が溜まったのか、息を整えるのに一苦労している様子であった。
手がかりは既になくなった。だが捜索をやめるわけにもいかない。三人は重い足に鞭打ち、再び歩き出そうとした。
だが……
『アオイ!』
アオイにかかってきたアルトからの通信により、三人は再び混乱の中に飲み込まれることとなった。
『ど、どうしたのアルト? そんな慌てた声出して』
『いいから聞いて! 今、部屋からミナトさんが……』
アオイの通信が終わる。イツキはすぐに「何かあったの?」と尋ねた。
「アオイ?」
しかしすぐに、アオイの表情がおかしいことにイツキは気が付いた。そしてアオイは、消え入りそうな声でこう言ったのだ。
「……ミナトが、いなくなったって」
「え!? ミナトさんが!? どうして!?」
「分かんないわよ……アルトは必死で止めたらしいんだけど、あの子、それを振り切って飛び出していったって……」
明らかに動揺を隠しきれない様子のアオイを心配するイツキとサラ。
「あの、バカ……」
アオイは二人に支えられながら、絞り出すようにそう言うのがやっとであった。
●
ミナトは覚悟を決めていた。一刻を争う大事なこの瞬間に寝ていることなど、彼女は決して許すことができなかった。
謹慎処分を受けている身での更なる命令違反。次こそは厳罰に処されることは間違いない。場合によっては元いた世界に強制送還されることも考えられた。だが、それでも彼女は立ち上がった。そして少しでも事件解決の役に立ちたいと願った。
犯人のアテなどない。アオイ達が今どこにいるかも分からない。それでもミナトの足は確実に前に進む。ミナトはシャムロックの行動パターンを読む。シャムロックがリアとターゲットを襲う時は、場所は決まって街外れの所で行われた。だが、彼女が一人の時は基本的に白昼堂々街中で被害者は襲われていた。
(彼女は地元民ですし、きっとこの街の複雑な裏路地にも詳しいはず……)
あの日、独断専行しシャムロックに襲われたのも街中の裏路地であった。そう考えれば、彼女は暴走しながらもなんとか他の人間に見つからないよう人通りの少ないところを歩いていることが分かるはずだ。
そしてついに、ミナトは見つけた。
視線の先には、月夜に照らし出された少女の影。掌から無数の触手を蠢かせ、ぐちゅぐちゅと不快な粘着音を響かせながら、彼女は裏路地をフラフラした足取りで駆けていた。
「逃しは、しません!」
ミナトはハンマーを取り出す。果たして彼女一人で今のシャムロックを相手にできるのかはわからない。それでも、彼女はシャムロックに挑む。仲間の援護を待っている余裕はない。ここで見逃すくらいなら刺し違えてやる。ミナトはそう覚悟したのだった。
「たああああ!」
ハンマーを振りかぶり、ミナトはシャムロックに飛びかかる。それに対し、シャムロックはすぐさま反応する。やはり、いくら自我をほとんど喪失していようとも、暴走状態の彼女は伊達ではなかった。
シャムロックが触手を伸ばし、ミナトのハンマーの衝撃を吸収する。何本かの触手はハンマーの攻撃をくらい引き千切られたが、なんとその場から再生を始め、ミナトのハンマーを包み込もうとしてしまう。だが、ミナトがパワーでシャムロックに劣ることはない。再生する触手を強引に引き千切りながらハンマーを引き抜くと、ミナトはひとまずシャムロックとの距離を取った。
シャムロックから離れた位置に辿り着いたミナトは、瞬時に魔力石を生成し、それを吸収する。
魔力を全身に行き渡らせたミナトは、次にある魔術の発動へと移行する。それはこの世界に来てからは全く使用していなかった強力な魔術だった。
なぜそれを今まで使わなかったのか? 理由は簡単だ。それはひとえに、威力が強すぎて相手が死ぬ可能性があるからであった。
ミナトが左手を中空に掲げる。すると、掌の上にソフトボール程度の大きさの光の球体が二つ出現した。ミナトはその内の一つを上空へと放り投げた。
球体が二階建ての建物の屋根程度まで上がり、そしてゆっくりと落ちてくる。ミナトは落下してくる光球に向かって、
「はあああ!」
思い切り手にしたハンマーを振り下ろしたのだ!
ハンマーにより打ち出された光球は弾丸並みのスピードでシャムロックへと向かう!
それでもシャムロックは紙一重のところでそれを躱したのだ。人間の力を超越した今の彼女を見れば、ほとんどの人間が、彼女に不可能はないと思うことだろう。
「無駄です!」
だが、現実はそうではなかった。シャムロックが光球を躱すことは、十分ミナトの想定の範囲内だった。ミナトはシャムロックが光球をちょうど躱すタイミングを見計らい、第二撃を打ち出していたのだ! 一撃目から逃れる際にシャムロックは身体のバランスを崩しており、第二撃を躱すことは不可能であった。
「ぐげええ!?」
光球がシャムロックを直撃し、大爆発する。彼女を守ろうとした触手達は悉く弾け飛び、グロテスクな緑色の体液を辺り一面に撒き散らした。そしてシャムロック自身も、光球の爆発に巻き込まれ、路地の壁に向かって思い切り吹き飛ばされてしまった。
これこそがミナトの最終兵器「ナパーム」であった。魔力消費量は並大抵ではなく、たったの二撃を打ち出しただけで、使用した魔力石分の魔力を全て消費し、尚且つミナトの体力もごっそり奪われてしまうというとんでもない荒技だが、やはり破壊力は並ではなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
ミナトは既に肩で息をしていた。
大きく空いた壁の大穴の奥にシャムロックが倒れている。爆風で吹き飛ばされたシャムロックは壁を突き破って向こう側に落下していた。
普通の人間なら、これほどの衝撃を受けた時点で死亡するだろうが、今のシャムロックはこの程度では死なない。彼女の乱れた呼吸音は、確かに付近の空気を震わせ、ミナトの耳まで届いていた。
それでも、これだけのダメージを受ければ、少なくとももう戦うことはできないはずだ。ミナトは彼女を保護する為、瓦礫に埋もれた建物の中へと足を踏みいれようとした。だが……
「…………!?」
突如として倒れていたはずのシャムロックが跳ね起きたのだ! これはミナトにとっても明らかに想定の範囲外であり、彼女は完全に反応が遅れてしまった。
そして、それが彼女にとっては致命的なミスであった。
シャムロックの右手から再び触手が伸びる。それはあっという間にミナトを捕え、ミナトはハンマーを取り落としてしまったのであった。
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