第36話 事件の真相、彼女の懇願
危機が去り、イツキは持ってきていたランタンに灯りをともした。女は拘束されながらも尚イツキ達のことを睨んでいる。そんな彼女に対しアオイが質問を試みた。
「あんた名前は?」
「……リア」
「リアね。あんたはなんでいきなりあたし達に襲い掛かってきたの?」
「……あんた達が、シャムロックを狙っているからヨ」
リアの口からシャムロックの名前が出たことにイツキ達は驚いた。
(そう言えば、話をしてくれたおじいさんが、シャムロックにいつもくっついていたカタコトの女の子がいるって言っていたけど、もしかしてそれがこの子なのか?)
「なに? あんたシャムロックの知り合いなの? それなら話は早いわ。今シャムロックはどこにいるの?」
アオイが問う。だがリアは舌を出してその質問に答えることを拒んだのだ。
「はあ……。あのね、あたし達は別にシャムロックをどうにかしようと思って彼女を捜しているわけじゃないわ。あたし達は彼女を保護するのが目的なの。だから見つけたって酷いことなんてしないわ。だから、なんとか彼女について教えてもらえないかしら?」
「フン! そんなの信用できないネ! この国の人間は嘘つきばっかりネ! もう二度と、シャムロックをあんな辛い目に遭わせたりなんてしないんだからネ!」
リアは皆を睨むばかりで、話を聞いてくれそうな様子がない。
イツキは恐らく、リアはシャムロックがこれまで味わってきた地獄のような体験を知っていて、なんとか彼女を守ろうとしているのだろうと思った。そういう相手に対し力技は禁物だ。
アオイはどうしたものかと頭を抱えている。すると、イツキが縛られているリアに近づき、リアの手を取ったのだ。
リアは突然のことに驚きを露わにした。そしてそれはアオイもサラも同じであった。イツキはリアの目をじっと見ながらこう言った。
「リアさん、さっき彼女が言ったことは本当です。私達はシャムロックさんを捕まえる為に来たんじゃないんです。私達は彼女がこれまでどれほど辛い目に遭ってきたのかを知っています。そして、あなたがそんな彼女を守ろうとしていることも知っています。私達はそんなあなた達を助ける為にここに来たんです。急にこんなことを言っても信じてもらうのは難しいということも分かっていますが、どうか私達を信じてはいただけないでしょうか?」
イツキは必死に頭を下げる。それを見て、ようやくリアの表情に変化が生まれたのだった。
「……ほ、本当に、あなた達は、シャムロックを捕らえに来たんじゃないんデスか?」
「はい。本当です」
「……アトレア同盟に引き渡したりもしないデスか?」
「しないわよ。あいつらは人類の敵よ。協力なんて死んでもしないわ」
イツキの代わりにアオイが嫌悪感を露にして答えた。
イツキ達の言葉を聞き、リアは始めの警戒心剥き出しの状態に比べ、明らかにこちらへの警戒心を緩めてくれたようだった。
「リアさん、彼女を助けるには、今の彼女の状態を知る必要があります。彼女は今どんな症状に襲われているのか、教えていただくことはできませんか?」
「…………」
イツキの問いに、リアは回答を躊躇う。警戒心が下がっているとはいえ、今の彼女のことを伝えれば彼女が捕まる可能性が高くなる以上、なかなか彼女はそのことについて話す気にはなれないようだった。
ここで下手に焦ればリアの警戒心を一気に引き上げてしまいかねない。だが気長に彼女の気が変わるのを待っていたら取り返しがつかなくなる可能性があることも事実だ。事は一刻を争う。暴走状態の彼女を放置すれば更に被害が出るし、彼女自身もアトレア同盟に捕らえられる可能性も高くなる。彼女を助ける為にも、なんとかリアに話をしてもらう必要があった。
「私達はあなた達をどうしても助けたいんです! それに、これ以上シャムロックさんには罪を重ねて欲しくないんです……。だからお願いです! 彼女が一体どんな症状に見舞われているのか教えてください。取り返しがつかなくなる前に!」
イツキはリアの両肩をがっちり掴んでそう言った。アオイもリアの拘束を解き、イツキと同様に頭を下げた。
リアはイツキ達の必死な様子を見て、彼女が嘘をついていないであろうことを悟った。
そして、しばしの思案の後、ついに頑として譲らなかったリアが口を開いたのだった。
「……あの子は、シャムロックは今、必死に自分自身と戦っているネ」
「自分自身と戦う?」
首肯。リアは苦しそうにしながらも言葉を続けた。
「あの子はアトレア同盟のせいでとんでもない魔術の力を手に入れてしまったネ。デモ、それには地獄のようなフクサヨウがあったのデス……」
「副作用? それはいったいどんなものなんですか?」
「それは、一定期間触手から液体を出さないと、カラダに毒素が溜まって、魔力暴走を起こすというものなのデス」
「ま、魔力暴走……?」
リアの言葉に衝撃を受けるイツキ達。
「ハイ。カラダに溜まった毒素がシャムロックに意識障害を起こさせ、シャムロックは正気を失ってしまうのデス。アトレア同盟は、魔力暴走を止める特効薬をくれると言いマシた。でも、その代わりに、やつらにハンコウする人間を襲えとワタシ達にメイレイしたのデス……」
「なるほど、連続強盗事件はその為に起こしたんですね」
「ハイ……。デスが、アトレア同盟にハンタイする人間だけを狙うと、ワタシ達の狙いがバレる可能性が高くなるネ。だから、ホントウに申し訳ないんだケド、ワタシ達は全然関係のない人達も襲うことにしたのデス……」
アレッホの街で起こっていた事件の真相はこうだ。シャムロックとリアはアトレア同盟の命に従い、同盟に批判的な人間の強襲計画を立てた。だが、特定の人間を狙えばアトレア同盟が疑われることは明白だ。シャムロック達はアトレア同盟に疑いの目が向かないよう、その他の全く関係のない人間までも襲い、更に金品を奪い強盗に見せかけるという隠蔽工作までやっていたのであった。
「シャムロックを助ける為とはイエ、罪のない人を沢山傷つけ、取り返しのつかないことをしてしまったのは間違いないネ……。なんとかシャムロックを助けることができたら、ワタシはどんな罰でも受けるつもりだったネ……。でも、それよりも早く、シャムロックは暴走状態に陥ってしまったのデス……」
「それがあの日の昼間の事件ということですね……」
警察やイツキ達が連続強盗事件として事件を調べていた矢先に起きた少女への傷害事件により、皆はすっかり混乱に陥った。イツキ達もあれ以降すっかり調査の進みが悪くなってしまった。それが、毒素が彼女の中に溜まったことによる暴走症状により引き起こされたものだったのだ。
「それでも、ちょっと前までは、暴走したり、普通に戻ったり、行ったり来たりの状態だったんデスが、ここ数日はカンペキに暴走が始まってしまって、もはやワタシにはどうすることもできなくなってしまったんデス……」
リアは目を真っ赤に腫れさせて言葉を紡ぐ。
イツキは先日のシャムロックの様子を思い出す。彼女の目には生気が無く、足元もかなりフラフラしていた。確かにあれはリアが言うように暴走状態にあったと見て間違いないだろう。
あの時の彼女はとてもではないが話し合いができるような状態ではなかった。恐らく、ずっと彼女と一緒にいたリアも、あの状態のシャムロックは手に負えなかったに違いない。
「暴走状態のシャムロックは誰にも止められないネ。あのままじゃ、いつまたムサベツに人を襲うか分からないネ……」
リアは今や大粒の涙を流していた。そして今度はイツキの両肩を掴み、必死に懇願した。
「でも本当は、シャムロックはとても優しい子なのデス! あの子は、コドクだったワタシを救い出してくれたんデス! 確かに、いつも反抗して、変なカッコウばかりしていたケド、あの子はいつも弱い者の味方だったんデス……」
イツキはリアの想いを正面から受け止める。イツキ達はシャムロックの評判をいろんな人から聞いていた。確かに色々と問題行動もあったが、人々は口々に、リアが言うように彼女は正義感が強いとか、本当は優しい人間であったと言っていたのだ。そんな少女を非人道的な手段で改造し、人間として普通に生きる権利を奪った。それはとてもではないが許せることではなかった。
「お願いネ! なんとかシャムロックを助けてくださいネ! こんなこと、ワガママで、自分勝手だってわかっているネ。でも、あの子だけは助けてあげたいのネ! でももう、ワタシじゃ、あの子を止められない……。だから、なんとか頼みマスなのネ……お願いしますネ……」
リアが崩れ落ちる。イツキはそんな彼女を抱きしめた。
リアの瞳からは涙がとめどなく溢れる。そんな彼女に対し、イツキはこう言った。
「大丈夫です。シャムロックさんは私達が必ず助けます。だから安心してください」
イツキはリアを安心させるように優しい口調でそう言った。そして、必ずシャムロックを救うとその胸に誓いを立てたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます