第35話 爆炎の魔術師

 粘り強い調査の結果、シャムロックという名の少女の詳細が掴めてきた。

 彼女はこのアレッホの街出身で、現在は十八歳。地元の高校に通っていたが、ある日を境にその姿を完全にくらましてしまったらしい。

 それでも複数の人間が、ここ数日間で行方不明になっていたはずの彼女を目撃していた。彼女がこの街に戻ってきたことは疑いようがないように思われた。

「シャムロックの自宅の住所は聞けたから、これからそこに行ってみましょう。夜だから一層警戒は怠らないこと」

 アオイの言葉に首肯する二人。そして三人は少女がかつて暮らしていたという自宅周辺までやって来たのだった。

「さて、ここに彼女がいるかはまったくもって分からないけど、もしいたとしたら戦闘はどうしても避けられないと思うわ。化け物じみた力を持っているけど、アルトの攻撃を受けて怪我をしていることもあるし、恐らく満足に動くことはできないはずよ。なんとしてでも、彼女を保護し、アトレア同盟の非道を証言してもらうわよ」

 イツキ達はアオイの言葉に再び大きく頷き、三人はゆっくり自宅の方へと向かった。

 辺りには人の気配はなく、聞こえてくるのは虫の鳴き声ばかりであった。

「家が、凄いことになってるな……」

 よく見ると、周りの家々は悉く破壊されており、辺りは瓦礫が散乱する異様な状況になっていることがよく分かった。

「この壊れ方、間違いないわ。シャムロックがここにいたんだわ……」

 アオイが呟く。イツキとサラは恐怖のあまり、思わず唾を飲み込んだ。

 三人は尚も自宅へと接近する。だが、やはり人の気配はなく、誰かがそこに隠れ潜んでいる様子はなさそうであった。

「うーん、今日は違うところにいるのかな?」

「もしかしたら、あの様子じゃ家まで帰りつけなかったのかもしれないね……」

「……そうかもしれないけど、ここにいる可能性はまだゼロじゃないから決して警戒を怠っては駄目よ」

 長年の戦闘経験がなせることか、アオイは少しも油断した様子は見せていなかった。それを見てイツキもサラも改めて気を引き締め直した。

 そしてついに、三人はシャムロックの自宅の前まで辿り着いた。

「やっぱり誰もいないね……」

 サラの言葉通り、家からはやはり物音一つ聞こえない。それには流石のアオイの脳裏にも諦めの文字が過った。

「……どうやら本当にいないらしいわね。まあ、こればっかりは仕方ないわ。とりあえず今日は出直して……」

 だが、その瞬間、アオイはあることに気が付いた。

(誰かの視線を感じる……もしや、あたし達のことを狙っている!?)

 アオイはすぐさま、喉が潰れんばかりに叫んだ。

「みんな伏せて!」

 アオイの絶叫が辺りに木霊する。瞬間的にイツキとサラはその場に身を伏せた。

 すると、まさにその時イツキ達の頭上を何かが通過した。そして次の瞬間、辺り一帯に耳をつんざくような爆発音が炸裂したのだ!

「きゃあああ!?」

「なに!? 何が起こったの!?」

 サラとイツキは訳がわからず困惑する。

「敵よ! すぐに戦闘態勢を取りなさい! 来るわ!」

 一方、二人とは対照的にアオイは冷静であった。彼女はすぐに槍を構えると、再び飛来した赤色をした何かをその槍で弾き返したのだ! アオイは伏せたままの二人に対して、大声で指示を出した。

「まだ来るわ! サラはすぐに魔力石を創って!」

「は、はい!」

「イツキはサラを守りなさい! あたしよりもまずはあんたの魔術を発動させなさい!」

「わ、分かった!」

 アオイの的確な指示に二人は従う。

 そしてまたしても飛んできた赤く光る球のようなものをアオイが弾き飛ばす。暗がりではあるが、その巧みな槍さばきはさすがの一言であった。

 すると今度は飛来物ではなく、誰かがこちらに走り寄る足音が鳴り響いた。そして雄々しい叫びとともに、敵はアオイに対して得物を振り下ろしたのだ。

「うおおお!」

「はあああ!」

 暗闇の中応戦するアオイ。金属同士がぶつかり合うことで辺りに火花が飛び散る。どうやら敵もアオイと同じく金属製の長い武器を持っているようであった。

「イツキちゃん魔力石できたよ!」

「ありがとうサラ!」

 イツキは素早くサラから魔力石を受け取る。そしてアオイと敵が激しく打ち合っている方へと走る。

 魔力石を砕き、身体中に魔力を行き渡らせる。そしてイツキはこう叫んだ。

「止まれ!」

 イツキの声と共に全てが静止する。すると、ちょうどアオイと敵の武器が交差し、辺りに火花が飛び散っている状態のまま二人は停止していた。そのお陰で、暗がりの中でもイツキは敵の顔をはっきり見ることができた。

 相手は女であった。イツキのマイクロビキニと同じくらい少ない布で自身の局部を隠したその女は、顔にはまだ幼さを残しながらも、背はイツキよりも高く、身体つきは少女というよりも大人の女と言った方が正しいぐらいのグラマラス具合であった。

 イツキは女に急接近し思い切り足を振りかぶる。そして女の顔面に思い切りその自慢の蹴りをぶち込んだのだった。

「ぐへえ!?」

 刻が動き出し、女は鼻血を出しながら吹き飛ばされる。

「イツキナイス! おらああ!」

 その隙を逃さんと言わんばかりにアオイは敵に走り寄り、思い切り槍を女に食らわせた。

「うげえ!」

 イツキとアオイのコンビネーションに手も足も出ない女。それでも彼女は、なんとか一矢報いろうと先ほどと同じようにその手から何かを発射させた。

「シュヴェルマー・ツィーレン!」

 それは火球であった。先ほどから連続してこちらに飛ばしていたものは、魔力で作り出した高熱の球であった。そんなものをまともに食らえば確かにひとたまりもないだろう。だがそれも当たらないことにはどうにもならない。彼女の攻撃は実に単調であり、そんな馬鹿の一つ覚えの火球攻撃がアオイに通るわけもなく、尚且つイツキの「時間停止」の前では彼女の単調な魔術攻撃などほぼ無力に近いものとなってしまうのだった。

「何度やっても無駄よ!」

 案の定、あっさり火球は弾き返され、辺りの建物に当たって爆散した。

「Why!? 何で攻撃が通らないネ!?」

 女はカタコトの言葉で疑問を露わにする。だが残念ながら、彼女の攻撃がなぜイツキ達に通らないのかを理解する前に、状況は全て終わりを迎えることだろう。

 イツキはサラから二つ目の魔力石を受け取ると、間髪入れずに再び「時間停止」を発動させた。

 女が手に持っていたものは、どうやら直接相手を攻撃する武器ではなく、魔術発動のサポート的役割を担う杖であるようだった。恐らく、彼女のデタラメな火力攻撃はそれなしでは発動させることができないのだろう。

 故に、イツキのやるべきことは決まっていた。

「これで終わりだな」

 イツキは事もなげに女から杖を奪い、遥か遠くまで投げ捨てた。そしてそれとほぼ同じタイミングで刻は動き出していた。

「シュヴェルマー・ツィー……って!? 杖がないネ!?」

 激しく動揺する女。そしてその時が、彼女の敗北が決まった瞬間でもあった。

あおいの糸ブルーライン

「うおお!? 何ネこれは!?」

 女の身体に糸が巻き付く。こうなってしまっては最早女に一切の抵抗は許されなかった。

 アオイは腕を思い振り上げる。すると糸に絡め取られた女の身体も宙に浮いた。

「わあああ!?」

 女の身体は中空に弧を描く。そしてそのまま、女は地面に叩きつけられてしまった。

「うげっ!?」

 地面に激突した女の身体から骨が折れる嫌な音が鳴り響いた。彼女が戦いを続行できないことは明白であった。

「う、腕がぁ……!?」

「ふう、いきなり襲い掛かってくるから何かと思ったけど、とんだ拍子抜けね」

「な、何ヲ……!?」

「あら、まだ反論する余裕はあるのね。イツキどうする? どうせなら腕と足の骨全部折っちゃおうか?」

 アオイの冗談とも本気ともつかない言葉に女は震撼する。流石にイツキもやり過ぎだと思ったのか、すぐにアオイの言葉を否定した。

「いやいや、これ以上は単なるイジメだから……。もう戦えないだろうし、とりあえずアオイの糸で縛っといてよ」

「はいはい、了解」

 イツキの言葉を受けて、アオイは改めてしっかり女の身体を糸で拘束し直したのだった。

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