第34話 それぞれの証言
それからしばらくアルトは思案を巡らせているようだったが、いきなり結論を出すところまではさすがに至らないようであった。
「まあ、今ここで結論を出せとは言わないわよ。あんたの人生においても重大な結論だろうし、そこまで時間はないけど、なるべくならじっくり考えなさい」
「あ、ありがとう、アオイ……」
アオイの言葉が意外だったのか驚きの表情を見せるアルト。
そしてアオイは皆に対しこう言った。
「さ、今やるべきことも明確に定まったことだし、とにかくそれに向かって行動するのみよ。このままだとあたし達はロクに活躍なしで終わっちゃうからね。なんとか犯人の女の子を保護し、一矢報いれるように頑張りましょう」
暗い雰囲気を気にしてか、アオイは少し明るい口調でそう言った。しかし、イツキとサラの表情は最後まで暗いものであった。
話し合いが終わる。イツキもサラも少女のことを考えてしまい、何も言葉を発することができないでいた。特にサラは目に涙を溜め、今にも雫が零れ落ちそうなほどになってしまっていたので、イツキは居ても立っても居られず、サラの頭を撫でてあげたのだった。
「……」
しかし、そんな様子を微妙な表情で見つめていた人物がいたのだ。
それはアルトだった。アルトは基本、念話をイツキとだけ行っていた為、サラとは会話をしたことがなかった。確かに、イツキと初めて会った時、イツキはサラを必死に守ろうとはしていたが、実際イツキとサラがどれほどの親密度なのかについてはあまり理解していなかったというのが実情だった。
アルトは二人の様子を見て、なぜかモヤモヤした気持ちを抱いていたが、なぜ自分がそんな気持ちを抱いているのか理由が分からず、尚のこと心がモヤモヤしてきてしまっていた。
アルトはモヤモヤを発散するかのように、二人をジト目で見つめながらこんなことを言ったのだ。
「お二人は随分仲がよろしいのね」
「え? そ、そうかな?」
何故かは分からないが、アルトの様子がいつもと違うような気がしたイツキは人知れず冷や汗をかいていた。
「そう見えるわ。お二人はもしかして、恋人同士か何かなのかしら……?」
引き続きジト目のアルト。するとそれに対しサラが口を開いた。
「ううん、わたしたちは恋人じゃないよ」
「あら、そうなの……」
サラの言葉に思わずほっとするアルト。だが……
「恋人じゃないけど一番の仲良しだよ。一緒にお風呂にだって入るし、一緒のベッドでいつもくっついて寝てるし」
「な!?」
実に語弊のあることをサラは言ってのけていた。イツキが男であることを知っているアルトは、サラの言葉に衝撃を受けた。
「お、お風呂に一緒に……それに、一緒にくっついて寝てるなんて……」
アルトはぼそぼそとさきほどのサラの言葉を反芻している。
「あ、いや、それは別に変な意味じゃなくてね……!」
イツキは思い切り首を振りながら弁明しようとするも……
「イツキちゃんの身体ってすごくあったかいんだよ! それに胸もお尻も凄く柔らかいから揉み心地が良いの」
さっきの沈んだ様子はどこへやら、テンションの上がったサラはイツキの言葉をぶった切り、最大限の笑顔でそう言ってのけたのだ。
「だからさっきから語弊のあることばっかり……!?」
「も、揉み心地ですって!? そ、そういうのってやっぱり普通は恋人同士がすることなんじゃないかしら!?」
あわあわするアルトもまたイツキの弁明を遮ってしまう。するとなぜか、テンパっているアルトの様子を面白がり、アオイがこんな横槍を入れてきた。
「まあ二人はあたしから見ても仲良いし、ほとんど恋人同士みたいなもんよね。そうだサラ、あんたイツキのことはもう抱いたの?」
「え? 抱いた?」
アオイの質問にクエスチョンマークを浮かべるサラ。
「アオイまでなに余計なことを言って……!?」
「よくわかんないけど、イツキちゃんのことは抱いたよ。ぎゅーって。もちろんイツキちゃんもわたしのことを良く抱きしめてくれるし」
またしてもイツキの言葉を最後まで聞かずしてサラが余計なことを言ってのけた。
「やっぱり抱いたの!? それでもあなたたちは恋人同士じゃないと言うの!?」
先ほどから動揺しっぱなしのアルトにもはやイツキの言葉は届かない。
「だから違うって。友達同士のスキンシップだよ」
「それがスキンシップですって!? でも普通は友達にそんな、ひ、卑猥なことなんてしないはず。私は友達いないから詳しくは知らないけど……」
最後の方はほとんどぼそぼそとしかアルトの声は聞こえない。
「えー、だって、わたしはイツキちゃんの身体に触ってるのが好きなんだもん! 他の人は知らないけど、わたしはイツキちゃんを抱くのをやめたりしないよ!」
アルトに応戦する形で、やっぱり思い切り誤解を招くようなことをサラは言い放った。それにはアルトの混乱は増すばかりだった。
「さ、サラ、もう少し言い方をね……!?」
訂正を求めようとするイツキ。だがまたしてもそれをアオイが妨害した。
「サラはイツキの身体目的なのよね?」
「え? えーと、別にそれだけじゃないけど、でもイツキちゃんの胸やお尻は触りたいし……うーん、じゃあやっぱり、アオイちゃんが言うことも間違ってないかも」
「いやああ!?」
思い切り頭を抱えるアルト。そんな様子に耐えきれなくなったイツキがついに叫び声をあげた。
「どう考えても間違ってるでしょ!? サラ! さっきから言葉の意味がわからないなら適当に答えないの! ってかアオイもなんでさっきから邪魔するんだよ!?」
「け、汚らわしいわ! あなたは真面目な方だと思ってたのに!」
「アルトも話をややこしくしないでって!?」
しっちゃかめっちゃかの状況にツッコミが追いつかないイツキ。結局その後、イツキはアルトの誤解を解くのにそれなりの時間を要す羽目になったのだった……。
しかし、無駄に疲労困憊になりながらも、イツキ自身の表情は決して暗くはなかった。
(なんか大変だったけど、みんなが少しでも元気になってくれたなら、それはそれで良かったのかな)
イツキはツッコミ疲れをしながらも、皆の様子が少し明るくなったのを見て目を細めていたのであった。
そしてその翌日、イツキ達はいつもの変装を行った後に中心街の方へ繰り出していた。ちなみに、アルトは昨日イツキが言った通り、イツキ達と行動を共にしていることがアトレア同盟に知られないように、病院を退院したミナトと共にホテルの部屋に待機することになった。
イツキたちはひとまず昨日少女と戦闘になった現場へと向かった。地面にはレンガが散乱しており、周りの建物はすっかりボロボロになってしまっていた。家に穴が開いてしまった住人は家の修理に追われているようであった。
「こりゃ、なかなかに凄いわね……これだけのことをやった人間を、果たして保護なんてできるのかしら……」
「んー、確かに大変そうだけど、でもこのままだとわたし達は全然活躍しないで終わっちゃうんでしょ?」
「う……それは、まあ」
サラに突っ込まれタジタジになるアオイ。珍しい光景にイツキは思わず笑みを漏らした。
「だったら頑張ろう! ほらほら、元気出して!」
「わ、分かったわよ!」
サラなりの喝を受け取り、気合を入れなおすアオイ。三人はそのまま走って聞き込みに向かった。
聞き込みを行う内容は、犯人の少女を目撃した人間がいないかということだ。これまで張り込みなどは効果を発揮しなかったが、これだけこの街で事件を起こしていれば、少女を目撃した人間が全くいないということは考えづらいはずだ。イツキ達としては、どんな些細なことでも、少女についての情報が今は是が非でもほしいところであった。
すると、闇雲に調査を行っていた時は全く情報が得られなかった訳だが、今回の聞き込みでは以前とは違う様相を見せたのである。
調査が始まってそれほど時間も経たない内に、アオイにイツキから通信が入ったのだ。
『女の子の名前が分かったよ!』
『マジ!?』
アオイは念話にも関わらず思わず叫び出しそうになったが、なんとか堪えてみせた。
『ああ! 街にある高校の元先生だったっていうおじいさんが、そういう不思議な格好をしてた女の子を学校で見たことがあるって言ってたんだ』
ようやく得られた有力な情報にイツキも興奮を隠しきれないようだ。
少女はシャムロックという名前で、その老人曰く、いつも法律違反の変わった格好ばかりして先生に怒られていたらしい。
『彼女、学校では有名な不良だったらしいよ。でも、弱いものイジメとかはしなくて、とにかく色んな規則に反発してたらしい』
イツキはそんな種類の人間がかつて日本にもいたことを思い出した。彼女の周りには、大人が決めたルールに反発し、自分を示そうとしていた学生が少なからずいた。そういう人間が、この世界にもいたとしても何らおかしいことではないとイツキは思った。
『なるほどね。まあ、色々と雁字搦めにされてるわけだし、そういうことに反発しようとする人間もいるわよね。シャムロックって子も、きっとそういうタイプの子だったんでしょうね』
『うん、そうだと思う。でも、この国でそれをやったせいで、彼女はアトレア同盟に捕まってしまった……』
自由の為の反抗の結果、彼女は途方もない代償を払うこととなった。自分の意思を示すことすらできないこの国は、やはり異常であると言わざるを得ないと、イツキもアオイも改めて思ったのであった。
ちなみに、そのシャムロックという女の子の居場所については、残念ながら男性は分からないと言う。
『もう、ここ一年くらいは姿を見てないんだって。学校でも、急に姿を消しちゃって当時は大問題になったみたい。でも、彼女は両親もいなくて、誰もその後の足取りは分からなかったみたい』
人知れずアトレア同盟に捕らえられ、人体実験場に送られてしまった彼女はその時何を考えたのだろうか? イツキは彼女のことを思うと、胸が張り裂けそうな想いであった。
名前という有力な情報を得たイツキ達は、その後も少女についての情報を得ることとなった。
アオイはこの街で数少ない営業中の商店で情報を得た。店主曰く、彼女には店の壁に落書きされて困ったが、一度だけ万引きした学生を捕まえて謝らせたことがあったのだとか。彼は、彼女は不良ではあるが、なんだかんだで正義感が強い子なんだと思ったらしい。
『でもその人もシャムロックの今の居場所は知らないみたいだったわね。一年ほど前にアトレア同盟に捕まったっていう話は噂で聞いていたようなんだけどね』
また更にその後、サラがある女性からも証言を得た。その人は中学校時代にシャムロックとクラスメイトだったらしい。
『やっぱりシャムロックは授業にも出ないくらいの不良だったんだって。でも別に生徒に嫌がらせとかはしないで、むしろいじめとかをする悪い生徒や、いじめを黙認する先生をこらしめたりしていたみたいだよ』
その女性は、そんなシャムロックに憧れていたのだとか。いつも仏頂面の彼女は怖かったけど、悪を許さないその姿から、彼女は一部の女生徒に大変に人気があったらしかった。
『それでね、その人の友達が、今回の事件が起こり始めた頃に、シャムロックのことを見たって言ってたんだって』
『そうなの? それは間違いなさそうなの?』
イツキが尋ねる。だが、サラは少し沈んだトーンで答えた。
『うーん、でもね、その子、この前被害に遭っちゃったからそれ以上話は聞けないみたい』
『……そうなんだ』
『その人、もしシャムロックがこの街にいれば、その子のことも助けてくれたかもしれないんだけどねって言ってた……わたし、なんて言っていいか分からなかったよ』
サラは辛そうな声でそう言った。イツキも、彼女に関わってきた色々な人のことを思うと、やりきれない思いがこみ上げてきてしまったのだった。
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