第33話 少女の正体

 イツキとアルトは触手使いの少女から逃れると、すぐに病院へと向かった。医師は出血しているミナトを見ると、急いで応急処置をはじめた。

 幸いにもミナトの怪我の程度は軽く命に別状はなかった為、イツキはホッと胸をなでおろした。

 一方、イツキも敵の攻撃を受け、身体のあちこちを怪我していたことから、医師の治療を受けることになった。すると治療中のところに報せを受けたアオイがやって来た。

 アオイはイツキを見るや否や彼女に対して頭を下げた。

「あいつが馬鹿なことをしたせいで、あんたにそんな怪我を負わせてしまって本当にごめん。これはあたしの監督不行届きが原因よ……」

「そんなことは……」

 そして次にアオイは、イツキを助けたアルトに礼を言った。

「イツキとミナトを助けてくれて、本当に感謝しているわ。ありがとう」

「べ、別に私にお礼などいらないわ。当然のことをしたまでよ」

 そう言うアルトは言葉とは裏腹に実に誇らしそうな表情をしていた。

 しばらくしてミナトが目を覚ましたとの報せがイツキ達に届いた為、急ぎ全員でミナトの元へと向かった。

 病室に入ると、ミナトは虚ろな目で外を眺めていた。すると、真っ先にアオイがミナトへと近づき、なんと思い切り彼女の頬に平手打ちを食らわせたのだ。

「アオイ!?」

 驚愕するイツキをアオイは手で制止する。一方叩かれたミナトは左の頬を手で押さえながらも、相変わらずボッとした様子でアオイのことを見つめていた。

「あんた、自分が何をやったか分かってるの……?」

 ミナトはアオイの詰問に対して何も声を発することができず俯いてしまった。そんな態度が気に入らなかったのか、アオイはミナトの胸倉をつかんだ。怪我は既にほぼ治っているとはいえ、入院患者に対する暴力には流石のイツキとサラも止めに入った。しかし、二人に引っ張られながらも、アオイは声を張り上げて怒鳴り声をあげたのだ。

「一人の勝手な行動が、他の人間をどれほど危険な目に遭わせるか分からないの!? あんたはこれまで何を学んできた!? 自分やイツキが死ぬかもしれないって考えなかったの!?」

「アオイ! ここは病院だよ! 頼むから落ち着いて!」

 イツキに諭され我に返るアオイ。だが怒りは収まらないのか、尚も彼女は肩で息をしている。

 ミナトは俯いたまま布団を掴んでいる。その手は震えていた。

 アオイが踵を返す。そしてミナトを見ずに彼女はこう言った。

「今回のこと、あたしは絶対に許さないから……。当面、あんたは謹慎してなさい。心を入れ替えるまで、あんたの顔も見たくないわ……」

 アオイはそう吐き捨て、後ろ手に扉を思い切り強く閉めた。

 イツキはどうしたらよいのか分からなかった。今すぐアオイにミナトを許してほしいと言うべきなのだろうか? しかし、ミナトが独断専行をしたことは事実だし、ミナトが自身の命を軽んじていたことも事実であり、今は頭を冷やした方がいいかもしれないというのも確かに本音ではあった。

 それでも、一生懸命任務を遂行しようとした子にここまできついことを言うのもやり過ぎではないかとも思った。間違ってしまったのなら、正しい道に導いてあげなければならない。見捨ててしまっては、ミナトは永遠に正しい道には行けないのではないだろうか? イツキはそうも思えてならなかったのである。

 すると、そんなイツキに突如として通信が入った。イツキは驚きながらも目をつぶり、相手に意識を集中させた。

『イツキ、ちょっといいかしら』

『え? あ、アオイ?』

 なんと念話をしてきたのは、今しがた部屋を出ていったばかりのアオイであった。

『悪いんだけど、ちょっと下の待合室に集まってもらっていいかしら? 襲われてすぐで申し訳ないけど、あんた達が見たことを教えてほしいのよ』

『あ、なるほど……分かった、今行くから待ってて』

 イツキは正直ミナトのことが心配だった。だが相変わらずミナトは上の空なので、今はひとまずイツキはサラ達を連れてアオイのいる待合室まで行くことにしたのだった。

 そこには少し落ち着いたのか、さっきよりは表情を柔らかくしたアオイの姿があった。

「悪いわね。とりあえずみんなそこ座って」

 アオイに促されて椅子に座る三人。

 「悪いけど、犯人の特徴をもう一度教えてくれないかしら」とアオイが尋ねた為、イツキとアルトはもう一度アオイ達に犯人の詳細を伝えた。

「まさか、触手を使っていたとはね……」

 話を聞き終えたアオイが腕組みをしてそう呟く。ちなみに今は全員変装を解いている為、アオイの胸のサイズは元に戻っていた。

「その触手から出ていた粘液が被害者の身体に付着していたもので間違いないわね。それを浴びると記憶障害を起こすのかしら?」

「うーん、それは分からないけど、なんかあの触手は私の口に入ろうとしていたような気もするんだよね。もしかしたら、その粘液を飲ませるのが目的だったのかもしれないよ」

「触手から出た液体を飲ませるなんて、なんだか卑猥ね……」

 アオイは思わず顔を赤くしていたが、エッチな同人誌について知らないアルトとサラは何のことだか分からず首を傾げてしまった。

「……って、そんなことはどうでもいいわ。とにかく犯人の正体は触手を使う女だったってことね。しかし、そんな人間がこの世にいるなんてね……」

 アオイが唸っていると、不意にアルトが手を挙げこう言った。

「それについてなんだけど、私からみんなに伝えないといけないことがあるわ」

「え? もしかして、犯人について何か情報を得たの?」

 イツキが尋ねると、アルトは首肯した。

 アルトは持っていた大きめのケースを開ける。すると中からおびただしい量の資料が出てきたのである。

「す、凄い量ね……」

「同盟の秘密書庫を漁ったからね。あそこは他の人間が知り得ない情報がゴロゴロしているわ」

「そんなとこがあるのね……ってかやっぱりあんた、結構組織の重要なポジションの人間なのね」

「あら、今頃気が付いたの?」

 アルトはニヤリと笑う。それに呼応するようにアオイも悪そうな笑みで返答した。

 アルトは資料をいくつか手で示しながら、皆に対してこう言った。

「情報を総合した結果、犯人についてのおおよそのことが分かったわ」

「アルト、それは本当なの?」

 驚きを隠しきれないイツキ。アルトは頷きを返事とした。

「それで、何が分かったのよ?」

「……犯人は、アトレア同盟による人体実験の被験者であるという事実よ」

 アルトの答えに一様に息を飲むイツキ達。人体実験についてはイツキが既に説明を行なっていたので、皆そのことについては知り得ていた。そして犯人がアトレア同盟の人体実験によって生み出された可能性があるということも皆は既に聞いていた。しかし、いざそれが事実であると言われると、とてもではないがすぐには信じられないのが人間ではあるのだが。

「ほ、本当に、犯人は人体実験の被験者なの……? 何か、根拠はあるの?」

「もちろんあるわ。今日はそれを見せに来たんだから……」

 資料の中からアルトがいくつかをピックアップする。それはどうやら、人体実験の結果をまとめたものらしかった。

「原本の持ち出しはできないから私がまとめたものにはなっちゃうけど、ここ見て」

 アルトが指し示したのは、とある実験の結果だった。そこには「実験結果:成功」と書かれていた。

「実験の成功率は、主観だけど正直一%にも満たないわ。その中でも彼女は貴重な存在。実験によって得た能力の内容も犯人の少女と一致しているし、彼女が記録に出てくる少女で間違いないでしょうね」

 資料には少女は異世界の魔物との合成実験により、右掌から触手を出せるようになり、その触手は記憶を操作する粘液、物質を溶解させる液体を出せると記載されていた。それはまさに、イツキ達が遭遇した少女と特徴が一致していたのである。

 実験結果を見たアオイは表情をかなり険しくさせ、絞り出すようにこう呟いた。

「これが本当なら、あいつら本当に狂ってるわ……」

 アオイと同様にイツキとサラの表情も非常に険しいものになる。

 そしてそれからしばらくの間は、誰も言葉を発しようとはしなかった。恐らく、人体実験という憂き目に遭ってしまった少女にかける言葉が見つからなかったのだろう。

 数分の後、ようやくアオイが口を開いた。

「……被験者の少女について、何かわかることはないの?」

 しかし、アルトは無念そうな表情で首を横に振った。

「残念ながら、データベースでは個人情報は抹消されていて、本人の詳細を知ることはできなかったわ」

「まあ、そりゃそうよね。人体実験の被験者を人間としてなんて見てないでしょうしね……」

「ええ……。残念ながら少女個人については分からないけど、アトレア同盟の人体実験の結果彼女が化け物じみた能力を得たのは間違いないと思う。故に我々は件の事件の犯人である少女を保護し、彼女に証人になってもらえれば、アトレア同盟の罪を公にできると思うの」

 アルトがそう言うと、アオイも頷きこう言った。

「あたしもそう思う。まあ、保護とは言っても、さっき二人が鉢合わせしたような感じだと話し合いができるかは微妙なところだけど、他に手はないし、これでいくしかないとあたしは思うわ。あんた達はどう?」

 アオイに意見を求められたイツキとサラは顔を見合わせ、そして頷きを返事とした。すると、イツキがアルトに対してこんなことを言った。

「方針としては私もそれでいいと思うよ。でも一つだけ私から提案があるんだ」

「提案? 何かしら?」

「私は、私達の活動にアルトが加担していることはアトレア同盟に悟られないようにした方がいいと思うんだよね」

 それは皆にとって意外な提案であった。アルトは若干表情を曇らせて尋ねた。

「どうしてそう思うのかしら? 私が参加すると何か不都合でも……」

「あ、違う違う! そういうことじゃなくて、アルトが私達に関わっていることがアトレア同盟に知られると、アトレア同盟でのアルトの居場所がなくなっちゃうと思うんだよね。私は現体制を崩壊させた後は、なんとかアルトにアトレア同盟のトップに立ってもらいたいと思ってるんだ。その為にも、今はアルトは何も知らなかったことにした方がいいと私は思うんだ」

 「アトレア同盟のトップにアルトが立つ」、それはアルト自身考えもしないことであった。だが確かに、現体制を崩壊させた後、誰が新体制のトップに立つのかというのはかなり重要な話ではある。今のうちにそこを見据えて行動を起こすことは、非常に大事であることは間違いない。

「確かに一理あるわね。トップを挿げ替えても後任がどうしようもないやつじゃ結局何も変わらないだろうけど、アルトが無関係って分かれば新体制には残れるかもしれないし、どうせならアルトがトップになっちゃえば尚良いわけだしね。あたしは良いアイデアだと思うけど、アルト、あんた自身はどう思うかしら?」

「わ、私? そうね……」

 アルトは突然のことに困惑しているようだった。

「私がアトレア同盟のトップに立つなんて、今まで考えたこともなかったわ。でも、アトレア同盟を本気で正しい道に導こうとするのなら、イツキの言う通り、私が先頭に立って引っ張るぐらいの気持ちがないと駄目なのかもしれないわね……」

 アルトは目をつぶり、それについて真剣に思いを巡らせ始めたのだった。

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