第28話 大切な人
変装し準備万端のイツキ達は再びアレッホの街に調査に出向いていた。
しかし、変装しイツキ達であることは分かりづらくはなったものの、たたでさえ人が少ないこの街では彼女らのビジュアルが目立つことには変わりがなかった。その為イツキ達は、なるべくは人気の少ない裏路地を歩くようにし、極力はアトレア同盟の目につかないことを心掛けたのであった。
すると、絶賛調査中のイツキの念話用の指輪に、突然とある人物から通信が入ったのだ。イツキは急ぎ目を閉じ、心の中で相手にこう声をかけた。
『久し振りアルト! 元気にしてる?』
『げ、元気よ。私よりも、あなたはどう?』
通信の相手は先日再会し、イツキにとっても大切な仲間となったアルトであった。アルトは念話にも関わらず声が裏返っていたが、イツキは特に茶化すことなく話を続けた。
『俺の方も変わらないよ。特に怪我もしてないし』
『そう、それなら良かったわ。それよりも、今イツキはどこにいるの? 調査の方は進んでる?』
『えっと、今はアレッホっていう城壁に囲まれた街にいるんだけど、街は結構大変なことになっててね……』
イツキはこの街に来てから知ったことをアルトに話した。
それを聞いたアルトは思わず言葉を詰まらせた。
『それはなかなか厄介な事件ね……』
『そうなんだよ。アルトは聞いたことない?』
『粘液を使い、相手に記憶障害を起こさせる魔術師か……。ごめんなさい、私はちょっと聞いたことがないわね……』
アルトの声のトーンが若干沈む。そんなアルトを励ますようにイツキが言う。
『だ、大丈夫だよ! 普通そんなの聞いたことないだろうしね。今その調査をしているところだから、何か分かったらまた連絡を……』
『あ、ま、待って』
『え? なに?』
『その調査、私も手伝うわ』
『え? ホント?』
アルトの提案に喜ぶイツキ。
『ええ。こっちのデータベースに該当する情報があるか調べてみる。もし該当データがあればすぐにでもあなたに伝えるわ』
『あ、ありがとう! それはとても心強いよ!』
念話ではあるが、満面の笑みを浮かべているのが分かるくらい弾んだ声でイツキはお礼を言った。すると、アルトはまた照れながら返事を寄越した。
『べ、別にこれぐらい大したことないわ。例のごとく、アトレア同盟が邪魔をしてしまっているみたいだしね……』
『ううん、それは別にアルトが気にすることじゃないよ。アルトは自分にできることをやってくれればいいから』
『……ありがとう。あなたにそう言ってもらえると、少しは楽になるわ……』
沈んでいたアルトの口調が再び明るくなる。それを聞いてイツキはホッと胸を撫で下ろした。
若干の思案の後、アルトがこう言った。
『イツキ』
『ん?』
『さっき、調べたらあなたに伝えるって言ったけど、やっぱり、調査をして資料をまとめたら、私がそっちに行くことにするわ』
『え!?』
予想外のアルトの提案にイツキは驚きを隠しきれなかった。
確かにアルトが協力してくれるのは嬉しいし、心強くもあった。だが、今の彼女にはアトレア同盟の膿を出し切るという重大な任務があるのだ。協力は嬉しいが、それを中断させてまでわざわざここまで来てくれるのは申し訳ないと、イツキは思ったのだ。
『それは流石に悪いって! 資料ならこっちが取りに……』
『だ、大丈夫よ……そ、そうだ、私丁度そっちに用事があったのよ。どうせそのついでだし、イツキは気にしないでいいから!』
この時アルトの顔はトマトみたいに真っ赤になっていたが、幸いにも今は念話なので表情がイツキにバレることはなかった。無論、口調を聞けば彼女が焦り切っていることはすぐにわかることではあったが。
『それに、この事件にもアトレア同盟が絡んでいるかもしれないのよ? だとしたら、この事件を解決することは私がやるべき事と一致するはずよ。その可能性がありながら、私が見て見ぬフリをするわけにはいかないのよ』
アルトは語気を強めてそう言った。
イツキとしても、アルトがそこまで言ってくれるのなら断る理由はなかった。故にイツキは快くアルトの気持ちを受け取ることにしたのだった。
『そっか、じゃあ分かった! アルトのこと、俺待ってるよ。その間にこっちもできるだけのことは調べるから』
『分かったわ。それじゃ……』
要件が済んだ為念話を打ち切ろうとするアルト。
『あ、待った待った!』
しかし、それをイツキが止めた。
『な、なにかしら? 私にまだ用事でも……?』
『ごめんごめん、用事ってほどじゃないんだけど……なんて言うか、声が聞けて嬉しかったよって、伝えたくてね』
(ちょっとこの言い方はキザか……? でもアルトの声が聞けたのが嬉しかったのは本当だしな)
あの夜アルトと別れ、イツキは彼女のことがずっと気がかりであった。彼女は本当に頑張れるのだろうか? 本当は彼女を迎え入れてあげるべきだったのではないだろうか? そういったことを、イツキは自問自答していたのだ。
『きゅ、急に何を言い出すのよ……?』
突然のイツキの言葉に困惑した様子のアルト。
『ご、ごめんごめん! いきなり変なこと言っちゃったね! 今のは忘れてくれていいから!』
イツキは大慌てで取り繕おうとする。だがイツキの予想に反し、アルトはこんなことを言った。
『べ、別に変なことではないわ! 私も、あなたの声が聞きたかったから……』
『え? ほ、本当に?』
『ほ、本当よ! 恥ずかしいことを何度も言わせないで! あなたは、私の行く道を示してくれた。だから私にとってあなたは、本当に大切な人なのよ……』
アルトは勢いに任せてそう言ったが、恥ずかしさのあまり穴があれば今すぐにでも入りたい気分であった。
『アルト……』
イツキはアルトが自分をそんな風に思ってくれていたことが堪らなく嬉しかった。だが同時に、真っ正面から「大切な人」と言われ、彼女もまたとてつもない気恥ずかしさを感じていたのだ。
(こ、こういう時って、どんなことを言うべきなんだろうか……?)
アレコレ考えてみたが、こういった事への経験が圧倒的に不足しているイツキはなかなか言葉が出ず、二人の間には沈黙が流れてしまった。
だがそれは、意外にも嫌な沈黙ではなかった。恥ずかしさはもちろんあったが、お互い相手のことを深く考えていたことを知れ、二人は心が温かくなるのを感じていた。
そしていつしか、二人は互いに笑い合っていたのだった。
それからしばらくして、不意にアルトがこう言った。
『とにかく、できるだけのことを調べてそっちに行くわ。だから、私のこと、待っててくれると嬉しいわ』
『ああ、待ってるよ。でも無理はしないでね』
『ありがとう、イツキ。私も、あなたの無事を祈っているわ』
互いに互いを思いやりながら、二人は念話を終了した。
「よし、頑張ろ」
最後に、イツキは誰にでもなくそう呟いたのだった。
そしてイツキがアルトと言葉を交わしてからあっという間に二日が経過した。その日もアオイ達が調査を行なっていると、何の前触れもなく街の人々が騒ぎ始めた。
「何かあったのかしら……?」
ただならぬ雰囲気を感じとり、長い朱色の髪をポニーテールにしたアオイが呟いた。そして彼女は付近を走っていたある中年男性を呼び止めた。
「ごめんなさい、お忙しいところ悪いんだけど、あっちで何かあったのかしら?」
すると男性はこう答えた。
「俺もよく分からねえんだが何やら事件があったらしい!」
「事件?」
「ああ。詳しいことは分からん。気になるならあんたらも見に行けばいい!」
そう言って男性は走り去った。どうやら彼は単なる野次馬であったらしい。
「どうしますか?」
金髪ロングのミナトが尋ねる。
「もちろん行くわよ。このままじゃ気になって仕方ないわ」
アオイはそう言い終わらない内に既に走り出していた。ミナトはやれやれと肩を竦めながらも、そんなアオイを追って同じく走り出した。
現場に到着すると、そこには既にイツキやサラの姿もあった。
「何が起こったの?」
アオイは先に来ていたイツキに尋ねる。するとイツキは若干狼狽した様子で答えた。
「女の子が襲われたみたい。怪我もしてるって……」
「襲われたって、傷害事件ってこと?」
「そ、それはそうなんだけど、とにかくこっちに来て!」
「ちょ、ちょっと!?」
イツキに手を引っ張られるアオイ。
(イツキがこんなに慌てているなんて珍しいわね……。まさか……?)
アオイの頭に中に嫌なビジョンが駆け巡る。
手を引かれ連れてこられたアオイが見たものは……
「こ、これは……」
服を引き裂かれ、身体中を白濁の粘液塗れにされ意識を失っている女の子の姿であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます