第29話 新たな被害者
「まさか、また例の強盗犯の仕業なの……?」
アオイは急いで倒れている少女に近寄ろうとする。すると付近の野次馬のうちの一人がアオイを制止しようとした。
「おい! 勝手に触るんじゃない! ここは医者に任せて……」
「うっさい、どいて」
しかしアオイはあっさり制止を振り切り、朱色の長い髪をたなびかせて少女に駆け寄った。周りでは「おい、勝手に触って大丈夫なのか?」とか「警察が来るまで待ったほうが……」といった言葉が飛び交っていたが、アオイはそれらを特に気にした様子も見せずに少女の身体に触れ、「大丈夫? しっかりして」と少女に呼びかけた。
「う、うーん……」
するとあの時の女性と同じように、少女はこちらの呼びかけに反応を示したのだ。アオイは少女が生きていたことにひとまずホッと胸をなでおろした。すると、今度はミナトが右手に持った何かをアオイに差し出しながら言った。
「アオイ、これを見てください」
「どうしたの?」
ミナトが手に持っていたものは、少女と同じく粘液塗れにされた鞄であった。
「鞄? それってこの子のものかしら?」
アオイが鞄の紐を解く。するとその中には少女のものと思しき財布が入っていたのだ。
「財布ですか? 中身は入っていますか?」
「……ガッツリ入ってるわ。物が盗られている様子はなさそうね」
アオイは更に辺りを見渡すと、付近には少女の脱げてしまった靴が転がっており、また少女の手には指輪がはめられていた。やはり、何かが持ち去られた様子はなさそうだった。
アオイは粘液に気を付けながら少女を抱きかかえる。すると、少女は完全に目を覚ました。だが、やはり以前の女性と同じように、少女は所在なさげに辺りを見回し、目を泳がせてしまっていたのだった。
「大丈夫?」
「え? あ、あの、ここは……?」
「ここは中心街から少し外れた裏路地よ。あなた何も覚えていないの?」
アオイが尋ねると、少女は俯いてしまいやはり何も言葉を紡ぐ事ができないでいる。
(やっぱり、今までの事件の被害者と同じ症状ね。でもだったらどうして……?)
アオイが思考を巡らせていると、向こうの方から複数人の男性の声が聞こえてきた。どうやら警察が到着したらしい。
「こっちです!」
野次馬の一人と思われる男性に連れられて警察官が数名こちらにやってきた。
やって来た警察官はアオイの目からも慌てていることが明白だった。それは恐らく、いつもは夜に出るはずの被害者がこんな真っ昼間に出たからに違いなかった。
「君、その子の具合は?」
警察官の一人が少女を抱きかかえているアオイに尋ねる。
「命に別状ありません。ですが、やはり一連の事件と同様に記憶が混濁しているようです」
アオイの言葉を聞き、警察官は一様に表情を曇らせた。
周りからは、「これだけ事件が起きているのに警察は何をしているんだ……」とか「警察がポンコツなせいでこんなか弱い女の子が被害に遭ったんだ」といった、警察を非難するような言葉があふれ出ていた。どうやら、この件に対する警察の対応に相当不満があるようであった。
「と、とにかく、応急手当感謝する。現場の保存が最優先なので、申し訳ないが後は我々に任せてくれ」
「分かりました、お願いします」
警察の要請に対しあっさり引き下がるアオイ。アオイがミナトに目配せすると、ミナトは一度だけ頷き、同じくあっさり引き下がった。
(もう情報は十分ね。後は念の為、目撃者がいないか聞き込みでもしようかしらね)
ふと、アオイがそんなことを考えていると、人だかりの中に見覚えのある男が混じっていることに気が付いた。
(あれはアトレア同盟の……。なんか妙に慌ててるわね……)
アオイが男を見ていると、男は人混みに入り込めないと踏んだのか、なくなく人だかりから離れていった。
「アオイ、女の子は大丈夫だったの?」
人ごみに飲まれてアオイたちから離れてしまっていた黒髪ツインテールのイツキがアオイに尋ねる。
「一応はね。でも、やっぱり他の被害者と同じで記憶障害を起こしている可能性が高そうね」
「そうなんだね……しかし、いつも夜なのに、まさか昼間に事件が起こるなんて……」
「それなんだけど、少し気になることがあるの。ちょっとこっち来て」
アオイはイツキとサラを引っ張って人通りの少ない場所までやって来た。そこでアオイは変装セットのおかげで大きくなった胸の前で腕を組みながら、先程見たことを二人に話した。
「さっきの事件、被害者の状態を見て、犯人はこれまでと同一であることはほぼ間違いないと思う。でも、あることがいつもと違っていたの」
「それって時間のこと?」
「それもそう。でも、もう一つ違うことがあったの」
「いつもであれば、被害者はお金だけでなく身につけていた金目のものは全て奪われていました。でも、今回に限って被害者は何一つものを盗られていなかったのです」
合流したミナトが詳細を説明する。
「え? ミナトさん、それは本当ですか?」
イツキが疑問に思うのも当然だ。この街で起きているのは連続強盗事件だ。当然ながら被害者は例外なく金目のものを奪われていた。にも関わらず、今回の被害者だけは何も奪われていなかったというのは実に違和感のあることであったのだ。
「奪う時間がなかったってことはない?」
イツキが首を捻りながら尋ねる。
「可能性は否定できないけど、あれだけ被害者を粘液塗れにする暇があったらさっさとお金を奪った方がいいでしょ?」
「それは確かにそうだね……」
「まぁ、被害者を粘液塗れにして記憶を弄ってから犯行に及ぶつもりだったのなら話は別だけどね。とりあえず、その辺のことを明らかにしたいからこれからこのあたりで聞き込み調査をするわよ。できれば第一発見者にも話を聞きたいわ」
アオイの提案に頷く三人。そしてそれから散会し、四人はしばし聞き込みを行なった。
日も暮れようかという時間帯になり、皆は聞き込みの結果を共有することにした。
「第一発見者によると、被害者を発見したのは普段はほとんど人通りのない場所であり、その人物はたまたま近道をしようとして入り込んだだけだったとのこと。そこを利用するのは土地勘のある地元の人間ぐらいらしいです。ちなみにその時怪しい人間は特に見かけなかったそうです」
ミナトがメモを広げながら言う。
「私の方も、特に怪しい人間を見かけた人はいなかったよ」
イツキは残念そうに首を振りながら言った。同じようにアオイも頭を振った。
「あたしの方もダメ。相変わらずアトレア同盟の様子は慌ただしかったけどね」
「彼ら、あれだけ余裕しゃくしゃくだったのに、いったいどうしたんでしょうかね?」
首を捻るミナト。それに対しアオイも肩をすくめて見せた。
「分かんないわねえ。怪しくもあるけど、事件は夜にしか起こらないと思って余裕ぶっこいてたら、昼にも事件が起こっちゃってこりゃ危ないな、ぐらいにしか考えてないかもしれないし……」
結局のところ、アトレア同盟がこの事件に関わっている可能性を匂わせる明確な証拠は現状では何もないのであった。
「とりあえず、今日分かったことを後で改めてまとめましょう。みんなも疲れたでしょうから、今日はもうホテルに戻るわよ」
結果的に煮詰まってしまった四人。これ以上有用な情報もない為、やむなくその日は皆休むことにしたのだった。
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