第27話 街の異変

「これだけ不可思議な事件が既に六件も起こっていたとなると、ただ事ではないことは間違いなさそうね」

 医師曰く、事件は決まって夜の人気のない場所で起こり、被害者はいつもこの病院に運び込まれてくるらしい。

「こういった症状は初めてなので、我々も対応のしようがないのです……」

 医師は消沈した様子で更にそう言った。

 女性を預け、イツキ達が病院を出て辺りを歩くと、皆はすぐにあることに気が付いた。

「……なんか、本当に全然人が歩いていないのね。夜とはいえ結構中心街の方に来たのに、人っ子一人見受けられないわ」

「やはりこれだけ人が襲われては外を出歩く気にはなれないのでしょうね……」

 そこはどうやらこの街の繁華街であるようだったが、店の灯りはほとんどついておらず、また誰も外を歩いていない為、そこはゴーストタウンの様相を見せていたのである。

 誰ともすれ違うことなくしばらく歩くと、イツキ達はこの街で一番大きなホテルを見つけた。その建物は周りの建物と同じくレンガ造りであり、多少年季が入っている様子から、それが歴史のある建築物であることが理解できた。

 彼女らがホテルの中に入ってみると、やはりエントランスにはほとんど人の姿を見受けることはできなかった。

 アオイは受付にいる一人の男性職員に話しかけた。

「こんな時間に申し訳ないんだけど、今日泊まれるかしら?」

「あ、はい、大丈夫ですが、お客様、こんな時間に外を歩かれては危険ですよ……」

 なにやらおびえた様子の職員。職員の様子は例の事件の深刻さを物語っているように思われた。

「ごめんなさい、この街にはさっき着いたばかりなの。さっきあっちで被害に遭った女性を見たわ」

「きょ、今日も被害者が出たんですね……。それなら尚更、今日はもうここから出てはいけません。そして、明日にはもうここを出られた方がいいです。悪いことは言いませんから……」

 おどおどしながら部屋の鍵をアオイに手渡す職員。アオイはなるべく職員を刺激しないよう普段やらないような柔和な笑顔を浮かべて会釈した。

 念の為事件を警戒し、イツキ達は四人で一つの部屋を取ることにした。先日サラが下着を強奪されたこともあったので、念には念を入れてということらしい。

 部屋に着き、汗を流したい四人は連れ立って大浴場へと向かった。

「今回の事件、どう思いますか?」

 身体を洗いながらミナトは隣で頭を洗っているアオイに尋ねた。

「身体に付着した粘液だけを見れば、相手はベトベトのモンスターにも思えるわね」

「で、でも、この世界には魔物のような人間を襲う生物はいないんでしょ?」

 アオイの隣で頭を洗っているイツキがモンスターという単語に反応する。

「それはそうだけど、相手が人間じゃ、今のところあの粘液の正体の説明がつかないのよ。荒唐無稽な話ではあるけど、異世界の化け物がこの世界に紛れ込んでしまっている可能性だってゼロではないんだし」

 そう言ってアオイは頭に着いたシャンプーを洗い流した。

「しかし、粘液も気になりますが、被害者の女性が犯人について全く覚えていないというのも気掛かりです。犯人は魔術師で、彼女に記憶操作を行ったということも十分考えられるかと」

 ミナトが湯気で曇った眼鏡をタオルで拭きながらそう言った。

 身体を洗い終わった三人は、先に湯船に浸かっているサラの元へと向かう。サラは何故かプールみたいに湯船に背泳ぎのような格好で浮かんでいたので、イツキは慌ててサラから視線を逸らした。

「恥ずかしいからやめなさいっての……」

「はーい」

 アオイの言葉に素直に従い、サラはちゃんと肩までお湯に浸かった。

 気を取り直しサラを囲むように湯船に浸かるイツキ達。そこでアオイが言った。

「正直な話、さっきのミナトが言った記憶操作ができる魔術師ってのが一番濃厚だとあたしは思うわ。でもそうすると、なんでわざわざ被害者を粘液でベトベトにする必要があるのか疑問が残るのよね」

「うーん、よく分かんないけど、その魔術師が魔術を使うためには相手をベトベトにしないとダメとか?」

「……そんなかったるい魔術があるとは思えないけど、少なくとも二つには因果関係があるはずよ。今はまだ情報不足だから、明日から本格的な調査を始めるわよ。みんな、心してかかりなさい」

 アオイがそう言うと、三人は力強く頷いたのだった。

 そしてその翌日、予定通りイツキ達は街の調査に向かった。だが、出かけてすぐに厄介なことが明らかとなった。

 イツキ達の視線の先には、風を肩で切って街中を闊歩する男達の姿。そして……

「前貼りニプレス……ってことはあいつら、アトレア同盟か……」

 その男達の間に、あのアルトと同様に前貼りニプレスを着けた女が一人混じっていたのだ。無論それはアルトではなく、彼女よりももっと背が低く、胸も小さい女であった。

「彼ら、これだけ街の人間の姿が見当たらない中を実に堂々と歩いていますね」

「なんだか露骨に怪しいわね……。この事件にあいつらが絡んでいる可能性は十分にあるでしょうね」

 イツキ達がアトレア同盟にマークされていることは、これまでのやつらからの攻撃を考えれば想像に容易いことだ。幸い、この街の警察はアトレア同盟には買収されてはおらず、イツキ達が指名手配されるような事態にはなっていなかったが、やつらに見つかればイツキ達を捕らえようとすることは間違いないはずだ。

 この街で落ち着いて調査を行う為にもここで余計ないざこざを起こすべきではないというのがイツキ達の共通した見解だ。だがこのままの状態で彼らに見つからないように行動することは困難を極めるはずだ。止む無く、イツキ達はいったんホテルに戻ることにした。

「こういう時に、これが役に立つわ」

 ホテルの部屋にて、アオイが取り出したのは前の村でイツキが使用した変装セットだった。宝石のようなそれを、アオイは八つほど取り出す。そして各々二個ずつ手渡した。

「髪、肌の色、あとは服なんかも変えておきなさい。よく見られたらバレるかもしれないけど、遠目に見るだけではバレやしないだろうからね」

 変装セットを使い、イツキは目立つ巫女服&マイクロビキニをやめて普通のビキニを着用し、髪型を黒髪のツインテールに変えた。そして各々もそれぞれ変装を行ない、再度任務に向かったのだった。

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