第24話 決意の夜
「まさか、アルトがここまで来たって言うの!?」
扉の向こうのアオイに向かってイツキが尋ねる。
「そうよ。どうやってこの村に入り込んだのか分からないけど、間違いなくあいつよ。事情はよく分からないけど、あんたに会いたいって言ってる。すぐ出られる?」
「う、うん! 今すぐ行くよ!」
「今あいつのことはミナトが見張ってるから。あと、あいつの格好を見たら多分驚くと思うわ……」
「え? それってどういう……?」
「まあ、見てみればすぐ分かるわよ」
事情はよく分からないが、とりあえずイツキはベッドから飛び起きた。イツキは地面にぺたんと座っているサラの頭を撫でながらこう言った。
「すぐ戻るから。待ってて」
「うん。行ってらっしゃい。気を付けてね」
サラは少し不安そうな表情ではあったが、無理にイツキを引き留めることはしなかった。イツキはそんなサラに笑顔を向け、部屋を出たのだった。
「疲れてるのに悪いわね」
「いいって。アルトが来てるのに行かないわけにはいかないし」
アオイと連れ立って宿の裏側まで行く。その途中でアオイは「あいつが妙な動きをしてきたらすぐにあたし達を呼びなさい」とイツキに念を押した。
目的の場所にたどり着くと、そこにはミナトと、そしてイツキと同じようなマイクロビキニを着た少女が夜空の星々と宿から漏れる灯りにのみ照らし出されていた。
「え? マイクロビキニ?」
イツキの知るアルトはニプレスと前貼りしか付けていなかった。それならば、目の前にいる少女はいったい誰なのか?
イツキが近づくと、星空を眺めていた少女がイツキの方を向く。そしてイツキは改めて驚愕することとなった。
「やっぱりアルト!? 君、その服はどうしたの!?」
「お久しぶりイツキ。あの格好ではアトレア同盟であると勘繰られると思ったの。だから、カモフラージュであなたと同じような服を見繕ったのよ」
「面積的にはあんまり変わんないけどね……」
アオイがボソッと呟く。
「そこ! 何か言ったかしら!?」
「いいえ何も。さ、イツキに何の用があるのか知らないけど、二人で話したいって言うならどうぞ。でも、この子に変なことしたらタダじゃおかないからね」
「分かっているわ。私が約束を破るような人間に見える?」
ジト目でそう尋ねるアルト。するとアオイは腕組みしたままつっけんどんにこう言った。
「見えないわね。クッソ真面目な堅物女にしか見えないわ。だから二人にしてやるって言ってるの」
「アオイ、一々喧嘩を売るようなセリフは慎んだ方がいいかと……」
ミナトに諭され、「うっ……」と動揺するアオイ。それでもアオイは相変わらず面白くなさそうな表情だったが、しばらくして観念したのか、それ以上は何も言わずに引き下がってくれたのだった。
二人が去り、後にはイツキとアルトだけが残された。
イツキがアルトと最後に会ったのは、クレストの街から逃避する時だった。それから既に十日という日数が経過していたのである。
「あの時は見逃してくれてありがとうね」
「お礼を言われるようなことじゃないわ。あの時は、私は自分の信念に従っただけだから」
「うん。それでも、ありがとう」
「……あなたは本当に相変わらずね」
アルトが呆れた様子で肩をすくめている。しかし、彼女はすぐに真面目な表情をして言った。
「あれから、アトレア同盟についてできる限りのことを調べたわ……そうしたら、色々なことが分かった。それはとても、正義とはかけ離れたことばかりだったわ……」
「うん……」
イツキはアルトの心中を推し量る。これまでアトレア同盟を絶対的な正義と信じ、彼女は組織の活動に全力を尽くしてきたはずだ。しかし、実際はその組織は腐り切り、アルトの信じているものはまやかしでしかなかった。彼女は自身でそれを調べ、その残酷な真実にたどり着いたのだろう。
「私はこれまで、規則を守らない人間を徹底的に捕まえてきた。それが王家の為、ひいてはその人自身の為になると思っていたから。そしてたくさんの人を捕らえ、私は組織内でもそれなりに実力をつけることができたと思っていた。いろんな人から、頼りにされていると思っていた。でも実際は、そうじゃなったの……」
アルトは胸に手を当て、苦しそうに目をつぶっている。
「もう三年近くアトレア同盟にいたのに、私は何も知らされてなかった……。それはつまり、誰も私自身に価値なんて感じてなかったということ。私は、王家に仕える貴族の家柄の娘。その立場は利用価値がある。きっと、同盟の人間はそう思ったんでしょうね。だから私を持ち上げて、その気にさせた。本当は、私は単なるお飾りでしかなかったのよ……」
そう言って、彼女は鞄から色々な資料を取り出し、イツキに突きつけた。
「これが、私がこの十日間死に物狂いで集めた情報よ。読んで」
イツキはアルトから資料を受け取り、目を通す。既に知りえていた情報もあれば、初めて聞く情報もあった。それはどれも、卑劣で、卑怯で、陰湿で、正義とは正反対のところにあることばかりであった。
「警察、判定員、そして窃盗団との癒着! 捕まえた少女達に、再教育プログラムと称し性的暴行を加え、人体実験まがいのことを行う! これのどこが王家に忠誠を誓うことになるの? これのどこに正しさがあるというの? ……馬鹿にしているわ! 私が同盟の為に働いてきたのは、こんなことに協力する為じゃないのに!」
アルトは泣いていた。悔しいのか、悲しいのか、その両方か、どれかは分からないが、彼女はぶつけようのない感情を抱き、それをどうすることもできず迷子になってしまっているようであった。アルトはしゃがみ込み、うわ言のように呟いた。
「私が捕まえてしまったせいで、酷い目に遭った女の子がいる……。私がこの組織にいたせいで、可能になった不正がある……。私のせいで、不幸になった人が、この世界にはたくさんいる……。私は、取り返しのつかないことをしてしまったのよ……」
「アルト……」
イツキはしゃがみ込んでいるアルトの肩に触れる。アルトの身体は震えていた。そして、彼女の身体は、イツキが思っていたよりもずっと小さかったことにも改めてイツキは気が付いたのだった。
アルトは絞り出すように声を発する。
「ごめん、なさい……。慰めてもらう為に、あなたを探しに来たんじゃなかったのに……」
「無理をしちゃ駄目だよ。辛いときは辛いって言わないと、君が潰れちゃうよ……」
「……あなたはどうしてそんなに優しいの? こんな愚かな人間に優しくできるなんて……」
「愚かじゃない。君は自分の信念に従っただけだ。それを踏みにじった奴らこそが愚かだ。それに君はあの時、私達を信じてくれた。嬉しかったんだ。きっと君とは仲良くなれるって、あの時思ったんだ」
それは紛れもないイツキの本当の気持ちだった。
それからしばらくアルトは泣き続けた。声を上げずに歯を食いしばって泣いているあたり、実にアルトらしいとイツキは思った。イツキは何も言わず、ただ黙って彼女に寄り添った。
「……ごめんなさい、もう大丈夫よ。今日はこんな醜態をさらす為にあなたに会いに来たんじゃないの」
アルトは深呼吸をする。そしてゆっくりと口を開いた。
「私、アトレア同盟を辞めようと思うの……それで、厚かましいお願いなのは分かっているけど、あなた達がもし許してくれるなら、あなた達と一緒に、アトレア同盟の不正を暴く旅をさせてほしいと思ったの」
アルトは恐らく、優しいイツキならアルトの想いを汲んで、「一緒に旅に出よう」と言ってくれるものだと思っていたのかもしれない。だが、彼女の予想に反し、イツキは首を縦には振らなかった。そして逆にこんなことを彼女に問いかけたのだ。
「アルトは、それでいいの?」
「え……?」
それはアルトにとって完全に予想外の問であった。アルトはなんと答えてよいのか分からず、何も言葉を返すことができなかった。
「確かに、もしかしたらお飾りという側面もあったかもしれないけど。けど君はこれまでアトレア同盟で頑張ってきて、この十日あまりでそれだけの情報を集めることができた。それって凄いことだと思わない?」
「そ、そんなことないわ……。これしきのこと、私じゃなくたってできるもの」
アルトは首を横に振る。しかしイツキは尚もこう言った。
「そんなことはないよ。君は自分の力に気付いていないんだよ。君はこれまでの経験で培ってきたその能力がある。そして、君にとっては気に入らないことかもしれないけど、貴族の娘という他の人間には絶対にない特殊な立場がある。でも、私達にはそれはない。君がこの十日間でやり遂げたことは、私達では到底できるようなことじゃないんだよ」
実際、イツキ達がアトレア同盟の悪行について知ることができたのも、アオイやミナトの地道な調査があったからこそだ。そして、これ以上のアトレア同盟の暗部を知る為には、これまた膨大な量の時間と労力が必要となることだろう。それは並大抵の努力ではなしえないことだ。それにもしかしたら、今度こそ命を落とす可能性だってあるのだ。
「そんなアルトがもしアトレア同盟を辞めたら、もう重要な情報は手に入らないかもしれない。それはとてももったいないことだと私は思うよ」
「そ、それは、そうだけど……」
「それじゃ聞くけど、アルトはどうしてアトレア同盟の不正を暴きたいと思ったの? 単なるアトレア同盟に対する腹いせの為?」
イツキがそう尋ねると、アルトは途端に表情をキツくさせ答えた。
「そ、そんなくだらない理由なわけがないわ! やつらのせいで泣いている人がいるのよ!? 王家に忠誠を誓うと言っておきながら、同盟は王家を欺くようなことばかりしているのよ!? そんなこと、許せるわけがない! 正さなくちゃダメなのよ! 同盟が本来あるべき姿に、やるべきことを思い出させる為に、立ち上がらないといけない。だから、不正を暴きたいと思ったの!」
アルトは思いのたけをぶちまける。そこに嘘偽りはないように思われた。
イツキはアルトの答えを聞いて安心した。彼女はやはり、イツキの知るアルトだ。彼女なら道を間違えることはないはずだと、イツキは改めて確信したのだった。
「アルトは、アトレア同盟のことが好きなんだね」
「え……? ど、どうして、そう思うの?」
「だって、君はアトレア同盟のことをちゃんと考えているじゃないか? 本当に嫌いなら、アルトみたいには思えないと思うんだ」
アルトは言葉を失う。どうやら自分自身でも自分の気持ちは分かっていなかったようだ。
「私、アトレア同盟のことが、好きだったのかしら……?」
アルトは眼を泳がせる。するとイツキはアルトの肩に手を添えてこう言った。
「私はそう思うよ。好きだったからこそ、裏切られてショックが大きかったんだと思う。それでも君はまだアトレア同盟を見捨ててはいない。それなら、君がやれることはまだあると思うんだ」
「私が、やれること……」
アルトはイツキの言葉を反芻した。
彼女は目をつぶり、思いを巡らせている。イツキはそれ以上何も言わず、アルトが答えを導き出すのを黙って見守ったのだった。
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