第25話 Re:Start
どれほどの時間が経っただろうか? 村の人々が寝静まった頃、ついにアルトは自身の未来に決断を下した。
「イツキ……」
「うん」
「私、アトレア同盟を辞めないわ。辞めずに、内部からこの組織を立て直したいって、そう思ったの。あなたは、そんな私を無謀だと思うかしら?」
「思わないよ。アルトらしい決断だと思うよ」
イツキはようやくアルトに笑みを見せた。アルトは顔を少し赤らめて言う。
「あ、あなたの笑顔を見ると、なんだか本当にできるような気になるわ。なんでかしら? それに、なぜかあなたの方が私のことをよく理解している気がするわ」
「そんなこともないと思うけど」
「そんなことあるわよ。あなたとは年も同じくらいのはずなのに、どうにも同じ年の人間と話している気にならないわ……」
「あはは……まあ、私本当は二十八歳だからねえ」
「は……?」
イツキが思わず漏らした言葉にアルトは真っ先に反応を示す。
「あっ……」
一方イツキはすぐにハッとして口を抑えたが、アルトはそれをはっきりと聞いていたのだ。
「そ、そんなわけがないでしょう? そんな若々しい二十八歳なんているわけが……」
「えっと、それが実は本当なんだよねえ……。信じてもらえないとは思うけど、私は二ヶ月くらい前にこの世界に転生してきたんだ……」
イツキの告白にアルトは開いた口が塞がらないようだった。それもそのはず、まさかこれほどの美少女が実は自分よりも十個以上年が上で、しかもこっちに来てからまだ二ヶ月しか経っていないとは夢にも思っていなかったからだ。
しばしの間沈黙が流れる。アルトはその間ポカンとしていたが、しばらくしてなんとかこう問いかけた。
「えっと、さっき言ったことは、本当なの……?」
「う、うん、本当……」
「本当に、二十八歳なの?」
「うん……」
「どうりで……」
なぜか納得したような様子のアルト。
「ど、どうりでってどういうこと!?」
イツキは口をとがらせて問う。するとアルトは躊躇いがちにこう答えた。
「えっと、何と言うか、なんとなくあなたの言葉には若さがないと思ったと言うか……。なんか、一番上の兄上にお説教をされてるような気がしていたと言うか……」
「ええ!? 二十八歳ってそんなに年じゃないと思ってたのに……ってか一番上のお兄さんって年いくつ?」
「三十八歳よ」
「うへぇ……」
十歳も年上の人と同列視されて泣きそうな表情になるイツキ。
はじめこそ申し訳なさそうにしていたアルトも、それを見てついに笑いを堪えられなくなったようだった。
「うー、酷いよアルト!」
「ご、ごめんなさい! あなたをからかうつもりはなかったの。なんというか、なんだか懐かしくて……兄上はお仕事が忙しくてほとんど会うことができないから、なんだか、あなたと話すと落ち着くのよ。もしかして、あなた前世は男だったんじゃないかしら?」
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせる二人。アルトは冗談のつもりで言っていたので、イツキのその反応は完全に予想外であった。
イツキは動揺を隠せない。暗がりではあるが、彼女の額を汗が流れるのをアルトは見逃さなかった。アルトは恐る恐る尋ねた。
「もしかして本当に、前世は男だったの……?」
イツキは答えない。いや答えられない。その代わりに彼女はアルトとは反対方向を向き、唐突に下手くそな口笛を吹き出したのだ。だが当然のことながら、その程度で逃してくれるアルトではなかった。
「口笛全然音が鳴ってないわよ……。正直に言いなさい、あなたは前世では男だったんですよね?」
「ナニモキコエナイナァ」
「聞こえているじゃない……。無駄よ。私に嘘は通じないわ。今本当のことを言えばまだ怒らないから早く! 次嘘ついたら本当に怒るわよ!」
アルトは殴り掛からんばかりの勢いでそんなことを言う。イツキは恐れおののきすぐさま返事を寄越した。
「うわあ言います! 私……じゃなくて俺は、前世は、お、男、でした……」
「正直でよろしい」
アルトはそれを聞いて実に満足そうに笑った。まさかアルトにこんなことを言う羽目になるとは思っておらず、イツキはがっくりと肩を落とした。
「別に落ち込む必要はないわ。私は性別に対して偏見はないもの。それに、あなたはきっと、前世でもしっかりとした人間だったのでしょうし」
「どうかなあ……。前世はしがない会社員で、毎日上司に酷い目に遭わされてただけのような気もするけど……」
前世のことを思い出すとやはり表情が暗くなるイツキ。それを見てアルトは大体のことを察したようだった。
「カイシャイン、というものが何なのか分からないけど、あなたもなかなか苦労していることはなんとなく分かったわ……。でも、その経験が、こうやって私を導いてくれたのかもしれないし、無駄なことなんてきっとないと私は思うのだけど」
「……あれ、俺いつの間にか凄く励まされてる?」
「い、いいじゃないの! 人は支えあわなければ生きていけないわ。私、あなたみたいな人は、き、嫌いじゃないですから……」
アルトは、最後はほとんど聞こえないぐらいの声でそう言った。
「え? 今なんて?」
「な、なんでもないわ! 今のは、忘れていただけると助かるわ……」
アルトは顔を真っ赤にさせてソッポを向く。イツキはアルトの言葉が気にはなったが、これ以上尋ねると本当に怒られそうなのでやむなく自重することにしたのだった。
「ねえ、アルト」
「なに?」
「色々と言ったけど、無理だけはしないでね。本当にどうにもならないことがあったら、俺達のところに来ていいから」
イツキはかつての自分に思いを馳せながら言う。
(逃げ道がなければ人は追い込まれる一方だ。頑張るのはいいけど、やっぱりいざとなったら逃げるのも一つの手だ。アルトには、俺と同じ道は歩んでほしくないから……)
すると、今度はアルトが笑みを浮かべてこう言った。
「ありがとう。あなたは本当に優しいわね」
そしてアルトはイツキの手を取り彼女の目を見据えた。そして少し顔を赤らめてこう言ったのだ。
「私、頑張ります。だからイツキも頑張って。でもどうか、あなたも無理だけはしないでください。あなたにもしものことがあったら、私も、寂しいから……」
「アルト……」
「私はアトレア同盟に残って、なんとか現状の打破を考えるわ。協力できることがあれば必ず協力するから」
「うん、心強いよ。お互い頑張ろうね!」
「うん!」
そう言って、アルトは力強く頷いたのだった。
「話は済んだ?」
二人の話が終わるのを見計らってアオイが二人の前に再度現れる。アオイは相変わらず機嫌は良くはなさそうだったが、もうアルトのことを睨んではいなかった。恐らく、今の二人の様子から、二人の間で行われた会話は大体想像がついたのだろう。
「うん。もう大丈夫だよ」
「そ。あそうだ、ねえ、アルト」
「な、なに?」
突然名前を呼ばれて僅かに困惑するアルト。しかしアオイは気にした様子も見せずにあるものを取り出し、アルトにそれを投げ渡した。
「これは、指輪?」
「そ。ちょうどさっき支給された新製品。指輪型トランシーバー」
「指輪型トランシーバー?」
何やらハイテクな響きに思わずイツキが食いつく。
「これは魔術使用者が指輪で相手と通信ができる代物よ。ほら、あんたの分もあるから、一度やってみなさい。それを指にはめて、相手を思い描けば、頭の中で相手と通信ができるから」
「何それすご!? こ、こうかな……」
指輪を着け、イツキはアルトをイメージする。すると、アオイが言った通りアルトの言葉が脳内に直接鳴り響いたのだ。
『イツキ、聞こえてる?』
『おお! 本当に聞こえる!?』
『す、凄いわね……。これはどんな魔術なのかしら……』
『うーん、それは俺も全然分からないけど……とにかく、これで離れてても通信ができるね!』
『そ、そうね。とりあえず安心、かしらね』
二人は通信を中断させる。するとアオイが言った。
「アルト、これを渡したからって、別にあたしはあんたを全面的に信じたわけじゃないから」
アオイの棘のある言い方に表情が曇るアルト。
「……そう」
「でもね、別に信じてないわけでもないから!」
「え……?」
「いやいや、どっちよ……」
煮え切らないアオイの言動に思わずイツキもつっこむ。
「うっさい! どっちでもないけど、イツキがそいつのことを信じるって言うなら信じてやらんこともないってことよ! いい? あたしが信じているのはイツキだから! イツキがあんたを信じたからそれ渡しただけだから! そこんとこ、間違えないでよね!」
よく分からないことを言って、さっさと退散しようとするアオイ。すると、その背中に向かってアルトが叫んだ。
「ありがとう! この指輪、大事にするから」
「べ、別にプレゼントしたわけじゃないから! 貸しただけだから! だから失くしたら承知しないから! 次会う時まで絶対失くすんじゃないわよ!」
アオイは顔を真っ赤にさせて叫び散らすと、今度は本当にどこかに走り去ってしまった。イツキはポカンとしていたが、アルトはアオイの後ろ姿を見つめながら笑みを浮かべていた。
かくして、アルトはアトレア同盟に戻ることとなった。それでも、アルトがイツキ達と志を同じくする仲間となったことは間違いない。イツキは仲間が増えたことに頼もしさを感じると共に、彼女に恥ずかしくない成果を出そうと、決意を新たにしたのであった。
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