第23話 落日

「何だこれは!?」

「何って、魔力で編んだ糸よ」

 アオイは事も無げにそう言う。見ると、アオイの手から青い色の糸のようなものが伸びており、それが男の足に絡まっていたのだ。

「糸だと!? それが貴様の魔術か!?」

「そ。切り札は最後までとっておくべきよ。『あおいの糸ブルーライン』はそんな簡単に切れない。例えば、こうやってもね!」

 アオイが腕を振る。すると、糸に引っ張られるように男の身体が宙を浮き、そして男は天井に叩き付けられてしまった。

「うげ!?」

「まだまだ」

 アオイは何度も腕を振り、男を悉く壁や地面に叩き付ける。

「や、やめ、て、くれえ! これ、以上は、死んで、しまう!?」

「殺しはしないわよ……もし、もうあんたらがこの街から出ていくと約束するならね」

 男を中空に吊り下げながら、アオイは男にそう言った。だが、そんな状況でも男は首を縦に振ろうとはしない。

「だ、誰が、この村を出ていくなど……ひい!?」

 口答えしかけた男を再び容赦なく壁に叩き付けるアオイ。一切躊躇いなくそんなことができるのは、彼女が数々の修羅場を乗り越えてきたつわものであるからに他ならない。

 アオイはほぼ意識を失いかけている男を吊りながら、この男の相方であるアトレア同盟の男に向かってこう言った。

「ちょっとあんた、早く約束しないとこいつ死んじゃうけどいいの?」

「な、なんてやつだ!? 悪魔か貴様!?」

 男が叫ぶ。男はミナト相手に完全に防戦になりながらも、なんとか攻撃をしのいでいた。

 アオイは男の言葉に不快感を露わにする。そして怒りに顔を歪ませてこう言った。

「はあ? 悪魔はどっちよ? か弱い女の子がレイプされているのを分かっていながら、自分達の保身の為に見逃すお前らの方がよっぽど悪魔じゃない。しかも、今度はあたしらの大事な仲間を傷物にしかけた。これはとてもじゃないけど許せることじゃないわ!」

 アオイは捕えていた男を、もう一人の男に向かって思い切り投げつけた。

「うぐ!?」

 捕らえられていた男は意識を失ったが、投げつけられた方はそれでもまだ立ち上がってみせた。男は既に戦いを継続できるような状態ではなかったが、尚往生際悪くその両手に短刀を構え、戦いの姿勢をとった。

「無駄ですよ」

「なに!?」

 だが、その抵抗も一瞬の後に無に帰した。気付くと男の手から短刀がなくなっていたのだ。

 短刀を奪ったのはイツキだった。イツキはサラから魔力石の補給を受け、魔力を回復させていた。そして三度「時間停止」を発動させていたのである。

 丸腰の男に対し、イツキが忠告する。

「これ以上の抵抗は無駄です。痛い目を見たくなかったら、これまでの悪事を認め、さっさとこの村を去ってください」

「馬鹿な! 我々は昔からこの村の為に働いてきたんだ! 感謝こそされど、出ていくような理由はない!」

「なるほど、あくまで自分達の罪は認めないと?」

「当たり前だ! こんなことは言いがかりだ! このような真似をして無事で済むと思う、な……?」

 男が固まる。彼の視線の先にいたのは、身勝手な判定会を受けさせられていた大勢の女性達だった。女性達は一様にアトレア同盟の男を睨みつけている。アオイはそんな女性陣に対し問いかけた。

「ねえ、あなた達、アトレア同盟は村の為に働いてくれたのかしら?」

 すると女性達はいっせいに首を横に振った。彼女らは男に近づいていく。男は「く、来るなあ!?」と小さく悲鳴を上げその場から逃げようとしたが、それはアオイが許さなかった。そして女性陣が男を取り囲み、思いのたけをぶちまけ始めた。

「この人達が村の為に動いてくれたことなんて一度もないわ!」

「こいつらは判定員の狗よ! 判定員に他の子が襲われても見て見ぬふりをしていた!」

「もうこいつらには我慢の限界だわ!」

 堰き止められていたものが溢れるように、女性陣の口からはアトレア同盟に対する憎しみがぶちまけられていった。そしてその中に、彼らに感謝を示すような言葉が出ることはついぞなかったのである。

「はいストップ! 気持ちはわかるけど一旦引いて!」

 尚も怒りの収まりそうもない女性陣をアオイが宥める。後にはふらふらになっている男だけが残されていた。そんな男に対し、イツキが尋ねた。

「これでもまだ自分達がこの村の為に働いてきたなんて、胸を張って言えますか?」

「…………ち、ちきしょう……」

 男が膝から崩れ落ちる。最早、一切の反論を持ち合わせていないことは火を見るよりも明らかであった。


 結局、その後判定員並びにアトレア同盟の面々は一時的に村にある警察署の留置所に拘留されることとなった。

 判定員はイツキに性的暴行を働こうとしたこと、そしてアトレア同盟に関してはこれまで村人に数多の暴行や恐喝を行い、また住居へ不法侵入をしたこと等が拘留の理由であった。

「これで多少なりともこの村に良い影響があればいいんだけど……」

 村役場の職員から結果を聞いたイツキはそう呟いた。

「そうね。でも、むかっ腹が立つけど、こればっかりはお上に任せるしかないのよ。判定員は王国直属だし、こういうのって結構お上は身内に甘かったりするから、もしかしたらあんまり期待はできないかもね」

「そう、なんだね……」

 アオイの言葉を聞いて、イツキは沈んだ声で言った。

「でも、あんたがあいつらをぶちのめしたお陰で、少なくともあいつらはもう二度と同じことをしようだなんて思わないわよ。それだけでもあんたは十分に仕事をしたとあたしは思うわよ」

 アオイはイツキの背中をポンポンと叩いて労をねぎらった。アオイのその言葉に、イツキも若干ではあるが笑顔を浮かべたのだった。

「それよりも、断罪されるのはアトレア同盟の方よ。あいつらにはもともと公権力なんてないのに、出しゃばって判定員に媚を売りまくっていたから、今回の件で村人は絶対にあいつらのことは罪に問うでしょうね。国だってあいつらを守る義理なんてないし、なんとか刑事罰を受けさせられたらいいんだけどね」

 アオイは期待を込めてそう言った。イツキとしても、彼らとは敵対関係にある以上、僅かにでも反撃できたことは非常に大きなことだった。もちろん、ここが山奥の村という限定的な場所である以上、周りにどれほどの効果をもたらすかは微妙なところではあったが。

「さて、この村にも結構長居しちゃったし、そろそろお暇しないとね」

「ですね。なんだかんだで五日近く滞在していましたし、いくらアトレア同盟がこの村から出禁になったとはいっても、村の外は関係ありませんからね。見つかりづらいルートを見つけて、早々に次の街を目指した方がよろしいと思います」

 ミナトの言葉に頷く一同。そして皆は、明日の出発に向け各々旅館で静養することにしたのであった。

 イツキとサラは同じ部屋で休み、ここ数日の疲れを癒した。日中は特に問題も起こらなかった為、彼女らはこのまま何事もなくこの村での最後の夜が終わると信じて疑っていなかった。だが、安息は唐突に破られたのだ。

 辺りが暗くなるや否や、コンコンと、突如として彼女らの部屋の扉が何者かに激しく叩かれた。

「!?」

 すっかり休息モードに入っていた二人の心臓の鼓動が脈打つ。そしてそれと同時に、扉の向こう側からアオイの声が室内に飛び込んできたのだ。

「イツキ! いるんでしょ? こんな時間に悪いけど緊急事態なの! あいつが、あのアルトとかいう女があんたを訪ねてきたのよ!」

 イツキとサラはアオイの言葉に驚愕せざるを得ないのだった。

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