第20話 黒髪褐色肌美少女現る?

「『女性は、局部を露出させない程度の衣類を着用するものとする』というのが、この国の女性の服装を定めた法律です。故に政府は、四肢を覆う衣服への緩和措置はあったものの、基本的には女性にビキニのような上下セパレートの服装をすることを強制しています。しかし、この法律には服装の具体例な数値は明記されていない為、実際の服装の判定は、王家から派遣された判定員の判断に委ねられているのです」

 はじめにイツキがいた農村の判定員は、法律に則り女性にマイクロビキニのような局部のみを隠せるような服を着るように指示を出していた。一方、サラのいた湖のふもとの街の判定員は、通常のビキニや下着といった比較的面積の大きめな服装を容認していた。どれも判定員のさじ加減であり、判定員の趣味が出ていたことは否定できないが、それでも彼らは最低限法律だけは順守していたのだ。

「他の街に対し、この村の女性の服はどう考えても法律を守っているとは言えないわ。確かに、パッと見では局部は布で覆われているようには見えるけれど、ひとたび汗をかけば透けて上も下も丸見えよ。これは実に悪質だわ」

 それ故の潜入捜査、これは判定員の不正並びにアトレア同盟の関与を暴く為には必要不可欠な任務であることは明白だ。

 しかし、そうは言っても実際に潜入捜査をやりたいかと問われると、素直にうんと言えないのが人間である。皆既に相当に際どい格好をしているが、それでもあのワイシャツ一枚はなかなかにハードルが高い。ここ数日暑い日が続いていることもあり、あれを着れば汗で透ける可能性が高いことも事実。それを分かっていながらあれを着られるほど、彼女達は恥も外聞もまだ捨てちゃいなかったのである。

「……それで、その任務をなんで私がやらないといけないの!?」

 今更だが、数刻前イツキがアオイに潜入捜査の任務につくよう指名されていたのである。

「嫌なの?」

「そりゃ嫌でしょ!? そりゃ、誰かがやらないといけないのは分かるけど、経験の浅い私に押し付けるのはどうかと思うよ!」

「押し付けてるわけじゃないわ。これはあんたなら一番安全に任務をこなせるからこその人選よ」

「ど、どういうこと?」

 アオイ曰く、判定員による判定は密室で行われており、中には基準違反を見逃す見返りに身体の関係を求めてくる悪質な判定員もいるらしい。

「もしそういった危険な判定員に鉢合わせした場合、あんたの能力『時間停止』さえあれば、安全にかつ騒ぎを起こすことなく脱出することができるはずよ。あたしやミナトじゃ荒事になりかねないし、サラじゃ逃げることすらできないわ。だからこそ、あんたが適任だとあたしは思うのよ」

「で、でも、潜入するにしたって、既に顔や容姿は向こう側に筒抜けなんだよ? そんなんじゃ潜入になんてならないと思うよ?」

「それも大丈夫よ。こういう時の為に、潜入捜査用の変装グッズも支給されているから」

 抵抗するイツキを他所に何やらゴソゴソとカバンを漁るアオイ。

「へ、変装グッズって何があるの?」

「髪の毛の色を一時的に染めるものや、肌の色を変えるものもあるわね。あんたのビジュアルは目立ちすぎるし、今回はどっちも使ってみようかしらね」

 それは何やら宝石のようなものであった。魔力石にも似ているが、それとはまた別のものらしい。アオイはイツキの髪の毛に宝石を近付ける。すると、宝石が砕け、一瞬の後にイツキの鮮やかな金髪は真っ黒な髪色へと変化した。

「く、黒髪イツキちゃんも可愛い……」

 サラの鼻息が荒いが、アオイは気にせず作業を続ける。

「次は肌ね。小麦色にしてみましょうかね。あ、日焼けあととかも再現してみましょうかね」

「人の肌で遊ばんといて……」

 嘆くイツキを華麗に無視し今度は別の宝石を彼女へと近付けるアオイ。そして、再び宝石が砕けると、イツキの肌は健康的な小麦色へと変化した。

「うわっ、すっご……」

「こ、こんがりイツキちゃんも、ベリーグッド……」

 サムズアップするサラ。しかしすぐに彼女は腑抜けた表情を正し、真面目な顔で尋ねた。

「でも待って、いくらイツキちゃんが時間を止められるからって、絶対安全とは言えないんでしょ?」

 サラの言葉にアオイ達は表情を曇らせる。確かに潜入捜査である以上、絶対安全ということはあり得ない。しかし、それでもこの任務自体に意義が大きいこともまた、イツキはよく理解していた。

(そりゃ、できることならこんな任務はやりたくはないけど、やる必要があるなら誰かがやらないといけない訳だし、それを遂行できる可能性が一番高いのが俺だって言うなら、やっぱり俺がその任務に就くべだよなぁ)

 イツキは決意を固め、彼女を心配してくれているサラに対しこう言った。

「ありがとうサラ。でも大丈夫。大変だけど、なんとかやってみるからさ」

「……うーん、大丈夫かなぁ。わたしは、心配だよ……」

「ありがとう、サラは優しいね。でも、これは必要なことなんだよ。その為には多少の危険は仕方ないよ。まあ、そうは言っても、実際に襲われることなんて滅多にないことだから、そんなに心配しなくても大丈夫だと……」

「いや、やっぱり待ってくれ!」

 イツキの言葉を遮ったのは、先ほどから黙ったままであった店主だった。店主の表情は険しく、激しい憤りを覚えているようであった。

「お、おじさん? いったいどうしたんですか?」

「潜入捜査なんて、やはりやめた方がいいと俺も思うんだ……」

「なぜです? この村で行われている不正を暴くためにもやはり必要なことだと思うのですが……」

「いや、事はそれほど生易しいことじゃない……もう何年も前のことだが、実は、この村にも判定員に性的暴行を受けた人間がいたんだ……」

 店主の言葉に一同は騒然とした。そういった噂があると話したアオイですら、彼の話には衝撃を受けているようだった。アオイが尋ねる。

「そ、それは本当なの? この村にも、確かに被害に遭った女性がいるって言うの?」

「あ、あくまで噂だがな……。だが確かに、暴行を受けたと噂された少女は、数日後には村から逃げるように出て行ってしまった。それに、その噂を信じた大勢の人間もこの村から逃げ出してしまった。俺の娘や妻も、噂を恐れて出ていった……」

 店主の言葉に皆が衝撃を受ける。

「娘さん達も……どれぐらいの方が、この村から出ていかれたんですか?」

「五十人以上が出ていこうとした……だがその多くは連れ戻され、出ていったとしても、外で生活などできずこの村に戻ってきた者も多くいた。俺の娘や妻は、それきり行方知れずだ。生きているかも死んでいるかも分からない……」

「それは、大変でしたね……」

 アオイは沈痛な面持ちで言葉を紡いだ。

 噂はあくまで噂だ。だが噂されていた少女は実際に村を出て、噂を信じた人間が村から逃げ出そうとした事実がある。それだけで、十分この村は異常であると言うことができた。

(もし、本当にそんなヤバいやつが判定員だって言うなら、潜入捜査なんてものすごく怖い……。でも、このまま見過ごしたら、次の被害者が出ちゃうかもしれないし……)

「だから、君達の気持ちは嬉しいが、噂がある以上、君達にはそんな危険を冒してほしくはないんだ……」

「で、ですが、このまま何もしなければ状況は良くなりません……。私は、このまま見て見ぬふりをして、この村を出ることは、できません……」

 イツキの手は震えていた。だが、イツキにはそれでも譲れないことがあった。これ以上不幸な人を出さない為にも、イツキは潜入捜査をする決意を既に固めていたのだ。

 そしてイツキは店主を安心させる為に笑顔を作ってこう言った。

「おじさん、実は私、時間を止める魔術が使えるんです」

「な!? 時間を止める、だって……!?」

「信じられないと思うけど、この子の魔術は本物よ」

「うん。だから、私はその辺の女の子よりは強いと思います。もしそんな判定員がいたら、必ず証拠を掴んで、二度と私達の前に現れないようにしてあげます。だからおじさん、この任務は私に任せてください」

 イツキはまっすぐ店主を見据えてそう言った。その瞳からは自信がみなぎっていた。

 店主はそれからしばし思案に暮れた。しかし最後にはこう言ったのだ。

「……分かった、そんな力があるっていうなら、その潜入捜査とやらをお願いしたい」

「本当ですか? 許してくれますか?」

「あ、ああ。無念な思いをした子達の為にも、なんとか頼む……。だが無理はしないでくれ。危険を感じたらすぐ逃げろ。君達が村から逃げ出したとしても、俺は絶対に恨んだりしない。村に来たばかりの女の子にそんなことを頼むような、無責任なジジイで申し訳ない……」

 店主はイツキに対して深々と頭を下げたのだった。

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