第19話 招かれざる客

 あれからイツキ達はその村に唯一ある宿に宿泊することとなった。宿は二階建てのこじんまりとした建物で、イツキ達は二階の二部屋に別れて泊まることにしたのだ。

 つかの間の休息を堪能しようとしていたイツキ達。しかし、やつらは彼女らにそんな間すら与えてはくれないようであった。

 扉をノックする音が聞こえる。白髪の宿の店主はそれに応じて扉を開けた。そこに立っていたのは二人組の男であった。

「どなたかな?」

「アトレア同盟だ。少し尋ねたいことがあるのだがよろしいか?」

「こんなボロ宿の主人に何を尋ねたいのかね?」

 店主は気の抜けた声で問う。すると男が答えた。

「この村に四人組の女が滞在していると聞いている。やつらが泊まるとしたら、この村にたった一つしかないこの宿しか考えられない。我々はその女に用があるのだ。悪いが会わせてはもらえないだろうか?」

 男はハナからこの宿にイツキ達が必ずいると確信しているようだった。そしてその様子にイツキ達は実は聞き耳を立てていたのである。

「まずいよ……。早速見つかっちゃいそうだよ……」

 サラが泣きそうな顔で言う。

「案外早かったわね。こんな山奥の村ならもう少しかかるかと思ったんだけど……」

 アオイは苦い表情でそう言った。最早衝突は避けられないと皆は思った。

 しかし、皆の予想に反し、店主は意外なことを口にした。

「四人組の女? はて、いったい何のことかな? うちには今日宿泊客はいないのだが」

 なんと、店主は男にそう言ってのけたのだ。もちろん四人はさっき店主と言葉を交わしているし、彼女らが村の外から来た人間であることも知っていた。にも関わらず、アトレア同盟に対し堂々としらを切ってみせたのだ。

 男は思い切り顔をしかめて問う。

「……いないだと? 馬鹿な、なぜそんな嘘をつく?」

「嘘? なぜ私が嘘などつく必要がある? その女どもに何の用があるかは知らないが、いないものはいないんだ。スマンが、他を当たってくれ」

 店主はすげなく扉を閉じようとする。だが男は扉に手を掛けてそれを制止する。

「ま、待て! その女どもは王家への反逆者だ。そんな人間を庇いだてしたらタダでは……」

「それでは逆に問うが、その女どもは王家に対してどんな無礼を働いたのかな?」

「なんだと……?」

 店主の問いに対し答えに窮する男。それもそのはず、イツキ達は別にアトレア王家に対しては何の無礼も働いていないからである。店主は微笑を浮かべて言う。

「なんだ、答えられんのか? それじゃ、あんたの言ったことはデタラメであったということかな?」

「く、口の減らないやつだ……。やつらが具体的に何をやったかなどわざわざ教えてやる必要もないわい! とにかく我々は女どもに用があるのだ! ここにやつらがいるのは間違いない。出さぬと言うなら、部屋を調べさせてもらうぞ!」

 無理やり部屋に上がり込もうとする男。だが店主は少しも怯むことなく男を突き飛ばした。

「うおっ!? き、貴様!?」

「お前達は何の権限があってそんなことをするのか?」

「け、権限だと?」

「王家の権威を守る為とか偉そうなことをぬかしているが、別にお前達が王家から何か権限を付与されていることもないのだろう? お前達がやっているのはせいぜい特定の貴族に献金することぐらいだ。その程度では、所詮お前達は一般市民と同じでしかない。そんな人間がいきなりやってきて無礼にも家の中を見せろと言われ、従う義理がどこにあると言うのか?」

 あまりにストレートな反論に男の怒りもピークに達しようとしていた。だが、実際店主が言うように彼らに何か公的な権限があるわけではない。ここで下手に中に押し入り抵抗する店主をケガさせようものなら全面的に彼らが悪いことになる。

「け、権限などどうでもいいことだ! 我々は王家に忠誠を誓っている。我々の言葉に従わないということは、お前は王家に忠誠を誓っていないということになる。王家への反逆は立派な罪だ! そうしたら貴様だって……」

「馬鹿を言うな。私が気に入らないのはその厚顔無恥なお前達だけだ。王家も、貴様らのような人間に名を語られてさぞ迷惑だろうよ」

「い、言わせておけばああああ!」

 殴りかかろうとする男。しかし、それをもう一方の男が止めた。

「やめろ! こんなところで面倒を起こすな! やつらを探す方法などいくらでもある。ここは退くぞ」

「く、くそ……」

 男は終始不満顔であったが、もう一人の男に諭され、やむなく引き下がることにしたようであった。

「貴様、覚えてやがれ! タダで済むと思うなよ!」

 男は捨て台詞を吐いたが、店主は全く意に介した様子もなく、すげなくその扉を閉めてしまったのだった。

「まったく、どこまで腐っているのだ……」

 店主は誰にでもなくそう呟く。イツキ達はゆっくり物音を立てずに一階まで降りてきた。イツキは店主に対して深々と頭を下げた。

「おじさん、助けてくれてありがとうございます」

「なに、気にするな。俺はやつらが大嫌いなんだ。あんなやつらに大事な客人を突き出すわけがなかろう」

「おじさんはどうしてあの人達が嫌いなんですか?」

 イツキの問に対し、店主は苦々しい顔で言った。

「この村の女どもの服を見ただろう? 本当に王家に忠誠を誓っているなら、あんなイかれた格好などすぐに正せばいいものを、やつらは判定員に媚を売りたいが為に、あの格好を黙認しているんだ……」

「なるほどね。じゃあ判定員に献金を送っているって話も嘘じゃなさそうね」

「金ぐらい、やつらは平気で渡すだろうよ。この地域の判定員は、世間の目が届かないのをいいことにやりたい放題に振舞っているんだ。この村でもあの服を嫌がっている者は多い。もちろん、判定員の耳に入ると何をされるか分かったものではないから、表立って嫌だと言うことはしないが、実際はこんな村から早く出たいと思っている人間が大勢いるんだ。お前達も悪いことは言わん、早くこの村から出た方が身の為だ……」

 店主は大きなため息をつくと、懐から煙草を取り出しそれに火をつけた。

(やっぱりあんな服嫌だと思う人がいて当然だよな。なんとか判定員を止めることはできないのか……)

 イツキは考えを巡らせる。すると今度はミナトが店主に尋ねた。

「ですが、アトレア同盟が判定員に献金をしているなら、やつらはこの村においてそれなりの立場を確立しているはず。公的な権限はなくとも、あなた一人をどうにかすることくらい可能なのではありませんか……?」

「かもしれないな。まあ、今の俺にはこの宿くらいしかないから、どうなろうと別に構いやしないさ」

 相変わらず店主は意に介した様子もなくそう言った。しかし、それに対してサラがこんなことを言った。

「ダメだよ! わたし達を助けてくれたような優しい人が酷い目に遭うのは嫌! イツキちゃん、なんとかならないのかな?」

 イツキとしてもサラと同じ気持ちではあったが、これについてはなかなか良い案が浮かんではこないようだった。

 一方、アオイは腕組みをしながらブツブツと呟き、何やら思案を巡らせている様子だったが、しばらくすると皆に対しこう言った。

「一つだけ、非常に有効な手段があるわ」

「ど、どんな?」

「潜入捜査よ。さっき外で聞いたんだけど、判定員による判定会が明日あるらしいのよ。判定員とアトレア同盟の暴挙を暴く為にも、実際に判定会に潜入するのがいいと思うのよね」

 アオイの作戦はこうだ。四人の内の一人がこの村の住人に扮して判定会に紛れ込み、実際に行われている判定会の様子を超小型のビデオカメラ(連盟からの支給品)で撮影するというものだ。

 実に作戦自体はシンプルだが、映像で残すことができればそれは非常に強い証拠となるのは間違いなさそうだった。

「なるほどね。でも、それって結構難しい任務だよね。誰がやる予定なのさ?」

 イツキが尋ねる。するとアオイはこう即答した。

「決まってるわよ。これはあんたがやるの」

「へー、私がねぇ……へ?」

 イツキはただただ驚愕するしかなかった。

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