第18話 イかれた村

「あー、お腹すいたなあ……」

 サラはお腹をさすりながら愚痴る。

「もうちょっと頑張ろうね」

 そんなサラを励ますイツキの顔にもさすがに疲労が色濃く表れていた。

 イツキ達がクレストの街を発って既に五日が経過していた。あの街を出てからというもの、イツキ達は「アトレア同盟」の敷いた包囲網に何度も捕まりそうになりながらも、なんとかやつらを退けることに成功していた。

 それでも、連戦に次ぐ連戦で皆の疲労はピークに達しようとしていた。これ以上闇雲に逃げ続ければ誰かが倒れてしまう可能性は非常に高かった。

「あんだけなんどもボコボコにしても追いかけてくるんだから、やつらの根性も相当なものよね……」

「それだけやつらは我々を危険視しているのでしょう。一応証拠品もこちらの手にありますしね」

「そうね。でもさすがにもう丸一日以上敵の姿は見かけないわね。ここまでは手が回ってないってことかしら」

 最後にイツキ達が敵と交戦したのがちょうど丸一日前。ここは既にクレストの街からも北にかなり離れた山奥である。さすがにこんなところまでアトレア同盟の手が回っていることはなさそうであった。

「それにしたって、サラじゃないけどさすがのあたしも疲れたわよ……。いい加減にまともなご飯を食べたいわよ……」

「同感です。幸い、地図によるとこの先には集落があるようです。宿の一つくらいはあるでしょう。もちろん、アトレア同盟の手が回っていないことが前提にはなりますが」

「集落ねえ。結構そういう小さな集落ほど閉鎖的で、女性への差別も強くなる傾向があるわよね。アトレア同盟はともかくとして、その集落の服装はチェックしておく必要はあるわね」

 引き続き山道を歩く四人。クレストからの道中、何度もアトレア同盟との交戦はあったものの、クレストの街の外れで分かれたアルトとは、その後一度も遭遇することはなかった。

 あの時、彼女はイツキ達を信じてあの場から逃がしてくれた。もちろん、完全にこちらを信用してのことではなかっただろうが、それでもイツキ達が犯罪行為をするような人間ではないと信じてくれたことは、イツキにとっては非常に嬉しいことであった。故に、イツキは彼女の身を案じていた。

 彼女にとって、本来イツキ達は敵だ。にもかかわらず彼女はイツキ達を逃がした。その結果彼女が酷い目に遭っていないか、イツキは心から心配していたのである。

「アルト、大丈夫だったのかな……」

「まあ、貴族の家柄の娘ですから、無下に扱われることはないとは思います。それにあの男は完全に気絶していましたし、取り巻きが裏切りでもしない限り、彼女が危険に晒されることはないと思います」

 ミナトが答える。するとアオイが少し呆れ顔で言う。

「あんたも大概お人好しよね。心配してほしいのはこっちだってのに」

「そ、それはそうだけど、やっぱり、私達を見逃したばっかりに辛い目に遭ったら嫌じゃないか……」

「ふーん。まあ、気持ちは分からんでもないけどね。それにしても、あいつ同盟は清廉潔白だって声高に主張してたわよね。やつらがどんなエグイことをやってるか全然知らないような口ぶりだったけど、本当に知らないのかしらね?」

「うーむ、彼女は組織内でもそれなりのポジションのはずなのですが、妙ですね」

 首を捻るミナト。

「案外あいつは単なるお飾りで、実際は権力なんて全然ないのかもしれないわよ」

 アオイはカラカラと笑う。ミナトは相変わらずだなとは思いつつも、それもまたあり得る話かもしれないと思った。それならば、彼女が何も知らない理由も説明がつくからだ。

「それよりまだ着かないのかなあ……もう足が棒みたいだよお……」

「まだ歩き始めて一時間くらいしか経ってないわよ。日雇い労働してたなら体力あるんじゃないの?」

「ぶー、育ち盛りだからお腹が減ってるだけだもん……」

 サラはアオイに対して唇を尖らせて抗議している。するとその時、イツキが前方を眺めながら口を開いた。

「あ! あれじゃない? 民家みたいなのが見えるよ!」

「え!? ホント!?」

 イツキの言葉にサラが真っ先に反応する。ちなみにイツキはアフリカのマサイ族並みに視力がよく、誰よりも遠くを見渡すことができた。イツキが見つけた方へと駆ける一同。そしてついに、全員がその集落の姿を捉えることができた。

「ようやく着いたわね」

 アオイの顔にも安堵の色が浮かぶ。村の入口へと向かうと、いくつかの民家と、農作業をしている男性の姿が見て取れた。

「見た感じは普通ですね」

 ミナトが辺りを見回しながら言う。

「まあでも、やつらが隠れ潜んでいる可能性は否定できないわよ。緊張感はしっかり持っていなさい」

 アオイの言葉にイツキ達が頷く。

 辺りには女性の姿は見当たらない。すると、農作業中の男性がこちらに気付き声をかけてきた。

「嬢ちゃん達、見慣れない顔だな」

「えっと、実はクレストの街から来まして」

「おー、それは遠いところからご苦労さん。こんな村に何の用だい?」

「長旅で疲れてるから、宿を探しているのよ」

「おお、宿か。この村には宿は一軒しかないから、今日はそこで泊まっていくといいよ」

 農作業中のおじさんは丁寧にイツキ達にそう教えてくれた。一通りのことを聞き終えると、さりげなくミナトが尋ねた。

「おじさまはおひとりでお仕事をされているんですか?」

「いや、娘が手伝ってくれているよ。今ちょっと農機具を取りに行っているんだがじきに戻ってくるだろう……おっと、噂をすれば影だ。娘が戻ってきた」

 イツキは、また自分のように布の少ない服を着させられているのではないかと思い、こちらにやって来る娘の方へと視線を向けた。しかし次の瞬間、全員は思わず声を上げてしまっていた。なぜなら、その少女はイツキ達が予想だにしていなかった格好をしていたからだ。

「あれ、お父さん、そちらはどなた?」

「旅の途中なんだと。そうだフレイ、せっかくだしこの子達にお茶でも出してあげなさい」

「分かった。みなさん、こっちが私らの家なのでよかったら寄ってってください」

 少女が笑顔を向ける。その少女は、他の四人とは全く異なる衣服に身を包んでいた。

 彼女が着ていたのは、イツキのようなマイクロビキニでも、サラのような縞パンでもなかった。彼女がまとっていたもの、それはなんと「ワイシャツ」であった。

 ワイシャツなら他の女性よりも布の面積が大きいじゃないかと思う方もいると思う。だが、これはそういう問題ではなかった。

 少女が着ていたのは、ワイシャツのみであったのだ。無論、その下に下着は着けていない。少女のワイシャツの胸元は、谷間がはっきり見えるほどざっくり開かれており、ワイシャツの裾は辛うじて少女の大事な部分が露出しない程度の長さであった。

 そして更に問題なのは、この炎天下の中少女は農作業をしていたのだ。それはもちろん沢山汗をかくということだ。汗を吸ったワイシャツはどうなるか? そんなことみなまで言う必要はないだろう。結論として、ワイシャツは水分を吸って透けてしまっていた。最早、それはあまり服としての役割を果たしているとは言い難かったのだ。

(ちょっ!? ワイシャツが透けて色々と見えちゃってるよ!? これってむしろビキニよりマズくない!?)

 あまりに際どい格好に、元男であるイツキは眩暈がしそうであった。そしてアオイもミナトも、斜め上の服装に度肝を抜かれると同時に、相当な憤りを覚えていたのだった。

「ついに下着まで着せないでワイシャツ一枚ときた」

「最早現行の国の法律すら無視しています。これはあまりにも酷い」

 二人は前を歩く少女に聞こえないくらいのトーンで話している。ちなみに、前を歩く少女はお尻がぴったりワイシャツに張り付き、完全に形がわかるような状態になってしまっていた。彼女の真後ろを歩くイツキはどこに視線を向けていいのか分からず、とりあえず横を歩くサラの顔を見るしかなかった。

 少女の家へと向かう途中、小声でミナトがアオイに話しかけた。

「何人かの村人とすれ違いましたが、やはり何の反応もありません。まあ、服装には目がいっているようではありましたが。とりあえず、ここまではわたし達の情報が行き渡ってはいないと考えてもいいかもしれません」

「そうね。さすがにこんな田舎までは手が回らないのかもしれないわね。でも一応警戒は怠らないでよ。いざとなったら応戦できるように準備だけはしておきなさい」

 ミナトがアオイの言葉に頷く。すると前を行く少女が言った。

「どうぞ、ここが私の家です」

 少女に促され、家の中へと入る四人。するとそこには、彼女と同じような格好をした小柄な少女が四人を出迎えてくれた。どうやら彼女は少女の妹のようだ。少女よりも胸が小さいので多少はマシだが、それでもその服装は十分に扇情的と言えた。

「お姉ちゃん達凄い格好してるね」

 妹はイツキ達を見るや否やそんなことを言った。冷静になって考えれば、確かにイツキ達の格好はとんでもないものばかりだ。ほぼ裸に近いマイクロビキニはその最たるものとして、アオイやミナトのようなビキニだって、本来であれば日常生活で着るような服ではない。そういう意味では確かにイツキ達は妹が言うように「凄い格好」ということになるのだろう。

「あなた達の服装もそれなりに凄いとは思うけど」

「そうですかね? しかし街の人の服には袖がないと聞きます。袖があるだけ私達の格好はまだ普通だと思いますけど」

 少女の言葉に皆は苦笑いを浮かべるしかないのだった。

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