第17話 Escape from…
犯人はアルトではない。それならば、今回の騒動を引き起こしたのは誰なのか? よもや、イツキ達が襲われたのは、本当に単なる偶然だったのだろうか?
「どうしたの? 全員で固まったりして」
「い、いや、まさかそんな簡単に見逃してくれるとは思わなくて……」
「あら、それは随分と失礼なこと。我々『アトレア同盟』をなんだと思っているの? 我々はあくまで法律を守らない不届き者達を放っておかないだけ。今回はイレギュラーだし、それにこれまでのことは既に終わったことよ。私はいつまでもうじうじ恨み言を言うような小さい人間ではないので」
アルトは大きな胸に手を当ててそう言った。彼女の言説にはやはり澱みがない。心からそう言っていると皆は率直に思った。しかしそうすると、いよいよ今回の件の犯人が分からなくなるわけなのだが。
「なるほど。ごめん、ちょっと君のことを誤解していたかもしれない。君は単に、とても真面目なだけだったんだね」
「と、当然よ! むしろ今まで私のことを何だと思っていたの!?」
「巨乳瞬間湯沸かし器」
「そこ!? 今なんと言いました!?」
「いえ、なんでも」
アオイのあんまりな言い草にかみつくアルト。こうして見ると、彼女が他人を使って人を襲わせるような卑怯なことをする人間にはとても見えないとイツキは思った。
尚もアルトはアオイとやり合っていたが、しばらくして大きく咳ばらいをしてこう言った。
「オホン。我ながら悪ふざけが過ぎたわ。今日のところは見逃すから、もう行ってしまっても……」
「アルトさん!」
それは突然のことだった。街の方からアルトの名前を叫びながら一人の男がこちらに向かってやって来たのだ。その男はアルトに耳打ちし、何やらヒソヒソ話を始めた。
(急になんだ? なんだか、嫌な予感がするな……)
アルトは話を聞くと、一度イツキ達に視線を向けた。その表情は実に驚きに満ちていた。
アルトはイツキ達には聞こえないくらいの声のボリュームで男を問いただしているようだった。しかし、しばらくするとアルトは男との内緒話を切り上げた。
「アルト……?」
こちらに向きなおったアルトの表情は実に険しいものであった。その表情は驚いているというより、怒りに満ちているように思われた。そしてアルトが口を開いた。
「あなた達、私に嘘をついていたのね……?」
「う、嘘? 嘘なんて、私達は言ってないよ!」
「今、報告を受けたの。あなた達が、窃盗団の一味で、この街で盗みを働いているって!」
アルトの言葉に同意するように、件の男は頷いている。しかし、言われた当人であるイツキ達には当然それが何のことか全く理解できなかったのだ。
「ど、どうして私達が窃盗団なんだよ!? 私達は窃盗団の被害に遭ったんだよ! いい加減なことを言わないで!」
「でも、報告ではあなた達が窃盗団の一味として街で指名手配を受けてるって! 関係のない人間が、指名手配なんてされるわけがない!」
「指名手配だって!?」
イツキ達は驚愕する。しかし、それはあり得ない話ではなかった。もし、アトレア同盟と警察、更に窃盗団がグルになっているなら、偽りの指名手配を出すことも不可能ではない。しかしまさか、やつらがそこまで仕掛けてくるなどイツキ達は思いもよらなかったのではあるが。
「これは、やられたわね……」
アオイは唇を噛み悔しさをにじませる。
「認めるの!? あなた達は窃盗団の一味で、これまで数多の盗みを働いてきたことを!」
「違う! 私達は窃盗団じゃない! 聞いてもらえるとは思わないけど、窃盗団とグルになっているのは『アトレア同盟』の方だ!」
「なんですって!? 私達を騙しておいて、更に私達を冒涜するつもりなの!?」
アルトはまたすっかり頭に血が上っているのか、とても冷静に話を聞いてくれるような状態ではなくなっていた。それでもイツキは自分たちの身の潔白を証明する為、力の限り叫んだ。
「違う! 私達は証拠を掴んだんだ! 窃盗団のアジトで、アトレア同盟が窃盗団と繋がっているという証拠を見つけたんだ!」
イツキはアルトに対し、手紙と請求書を突きつける。そこには確かに、アトレア同盟の代表の名前が記されていた。
「こ、これは……?」
「これはルイス・アーヴィングが窃盗団のリーダーギデオンに宛てた手紙と請求書だ。まだ確証はないけど、恐らくアトレア同盟は警察とグルになり、窃盗団が逮捕されないようにする見返りに窃盗団から金銭を受け取っていたんだと思う。そしてその証拠を掴まれて、私達を勝手に指名手配して……」
「だ、黙れこの犯罪者どもが! アルトさん、こんなやつらの話を聞く必要はありませんぞ! 早く、そいつらを捕らえてしまいましょう!」
イツキの言葉を遮ったのは先ほどの男であった。イツキたちは一斉に男を睨み対決姿勢を露わにする。
一方アルトは突然突き付けられた証拠を前に、どうしたらいいのか分からない様子だった。
「そんなこと、あるはずないわ……。だって、ルイス様は、王家の為に力を尽くされているのに、窃盗団とつながっている訳が……」
「アルトさん! そんなことではやつらの思うつぼです! 資料などいくらでも偽造できます! そもそも、ギデオンなどという男が存在するかも怪しいところ。いいから、早くそいつらを捕まえてください!」
男はアルトに考える間を与えない。アルトは思考がまとまらず立ちすくむことしかできないでいる。
(くそ、この状況でアルトに正常な判断を求めるのは難しいな。とにかくこの男をなんとかしないと……!)
「サラ」
「うん!」
イツキの合図に従い、サラが魔力石を生成する。
「見てくださいアルトさん! こいつら強攻策に出るようですよ! さすがは指名手配犯。どこまでも汚いやつらで……」
「うるさい! 止まれ!」
男の言葉を遮り、イツキが魔術を発動させる。停止した世界で、イツキは男の顔面に向かって思い切り蹴りを入れた。
「ぶへぇ!?」
「え!?」
刻が動き出し、男が吹き飛ばされる。男は今の一撃で意識を失っているようだった。
アルトは驚きに満ちた表情で倒れた男を見遣った。
「ど、どうして彼が……?」
「アルト、聞いて」
「は、はい!?」
イツキはアルトの手を取り、まっすぐ彼女の瞳を見つめて言った。
「この状況で信じてくれと言うのも難しいのは分かってる。でも、聞いて。私達は窃盗団なんかじゃない。それは命を懸けてでも誓う」
「ほ、本当なの……? で、でも、どうして彼はあなた達が犯人だなんて……」
アルトの瞳を揺れ動かしながらイツキに尋ねる。イツキは必死に想いを込めて答えた。
「私達は『アトレア同盟』について、知ってはいけないことを知ってしまった。だから彼らは邪魔な私達を捕まえたいんだと思う」
「それって、同盟が窃盗団と繋がっているっていう……? そ、そんなこと私は信じないわ! だって、これまでずっと同盟は王家の為に正しいことをしてきたのよ! なのに、実は裏でそんな悪いことをしていたなんて、そんなことあり得ないわ!」
アルトは激しくかぶりを振る。アオイはイツキの肩に手を置いて言う。
「イツキ、もう行こう」
「待って! あなた達、これからいったいどこに行くつもり?」
「決まってるわ。アトレア同盟の秘密を暴く旅よ」
アルトの問いに対し、アオイはいつもの悪そうな笑顔でそう答えた。
「そんなこと、あなた達は指名手配犯なんだから、逃すわけには……」
「お願い、アルト! 私達は本当に何もしてないんだ! 君が正義を信じているなら、ここは私達を見逃して! 一度だけでいいから。次に会った時に、君が私達を悪だと思ったなら、その時は私達をどうしようと構わないから。だから、今だけはお願い……!」
イツキは必死に頭を下げる。イツキに倣い、サラやミナトも頭を下げた。
アルトは皆の様子を見つめたまま固まる。彼女はどうしたらいいのか分からず目を泳がせている。だが顔を上げたイツキは決してアルトから目を逸らさなかった。「君の正義を信じています」、目ははっきりとアルトにそう告げていたのだ。
そして、ついにアルトが口を開いた。
「……わ、分かったわ」
「アルト!」
「で、でも、一度だけよ。もし、あなた達が私に嘘を言っていたのなら、私は今度こそあなた達を絶対に許さない。地の果てまで追い回して、罪を償わせるわ。でも、一度だけ、あなた達を信じることにするわ。私には、あなた達が盗みを働くような人間には思えない。だから、行きなさい……」
「アルトさん!?」「アルトさん正気ですか!?」
アルトの決断に対し、取り巻きの男達は口々にそう叫ぶ。しかし、アルトの決意は揺るがなかった。そしてアルトは、イツキ達に対し最後にこう言った。
「行きなさい。私の決意が揺らがない内に、早く……!」
「ありがとう、アルト!」
イツキ達は走り出す。振り返ることはせず、皆は一心不乱に走り続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます