第15話 KILLING TIME
時間が止まっている。イツキは、そう理解した。
(確か、初めてアトレア同盟と戦った時も、そんなことがあったような……)
それでもその時はほんの一瞬敵の動きが止まったように見えた程度だった。イツキ自身も、それはきっと幻だったのだろうと思ったほどであった。だが、今は違う。ほんの一瞬などではなく、確かに人が敵味方問わず動きを止めていたのだ。
「イツキ!? なんで来たの!?」
しかし次の瞬間には、アオイの怒声がイツキの耳に届いていた。
男達はイツキを見つけると一様にニヤリと笑みを見せた。人質にでもするつもりなのだろうと、イツキは思った。普通であれば、これは足がすくんでしまうような状態だ。それでもイツキが冷静だったのは、彼女には確かな手ごたえがあったからだ。
「サラ、魔力石を」
「え? イツキちゃん?」
「いいから早く!」
「は、はい!」
躊躇うサラを一喝し、魔力石を受け取るイツキ。彼女は魔力石を砕くと、全身に魔力を行き渡らせた。
アオイはイツキの行動が理解できないのか、のどがつぶれんばかりの声で叫んだ。
「馬鹿じゃないの!? あんたで何とかなると思ってるの!? あたし達のことはいいから早く逃げなさい! さもないとあんたも無事じゃ済まなくなる!」
「大丈夫だよ。止まって!」
掛け声と共に、イツキは魔術を発動させた。すると、またしても全ての動きが停止したのだ。イツキはそれで確信した。
(やっぱり、間違いない! これが俺の魔術なんだ。俺は時間停止の魔術が使える魔術師なんだ!)
止めていられる時間はほんの僅かだ。ものの五秒もないだろう。それでも、その五秒が敵と戦うのに十分な力を彼女に与えてくれた。
イツキは自身に迫る男へと向かう。彼女には、アオイのような槍も、ミナトのようなハンマーもない。あるのはその抜群の身体能力を誇る身体だけだ。停止し無防備な相手であれば、それは十分武器になる。
長い金色のポニーテールを振り乱し、イツキは右足を振りかぶる。そしてそれを、
「これでも食らえ!」
思い切り敵の股間めがけて蹴り上げたのである!
「うぎゃああああああ!?」
瞬間、男の絶叫が室内に木霊する。それはあまりに痛々しい悲鳴であった。
「なになに!? 何が起こってるの!?」
アオイは目の前で起こっている事象が理解できないのか、目をぱちくりさせてしまっている。一方、攻撃を受けた男の仲間も何が起こったのか分からず混乱の只中にいた。蹴りを受けた男は、口から泡を吹いて卒倒してしまっていた。
「てめえ! いったい何しやがった!?」
仲間の男が怒声を挙げる。だがそれも無駄だ。イツキはこれまでなんども罵声を浴びせかけられてきたのだ。三下男のはったり程度に一々恐怖を覚えたりしない。
(パワハラ上司の方がよっぽど怖かったっての!!)
「止まれ!」
最早容赦をするつもりなどなかった。イツキは素早い身のこなしで、一人一人の股間を次々と蹴り上げていった。
そして動き出した刻の中でアオイの視界に広がっていたのは、地面をのたうち回る男達の姿だった。
「な、なにがどうなってんのよ……」
「ここにいた敵は戦闘不能にしといたよ」
そう言いながら、手近にあったタオルをアオイにかけてやるイツキ。
「はあ!? これってまさか、あんたがやったって言うの……?」
アオイは俄かには信じられない様子で呟いた。
「イツキちゃん! いったいどうやったの!?」
「サラ! 詳しい話は後だよ。今はとにかくサラの服を探そう。一緒に来て」
サラの手を引きイツキは走り出す。その後に続いてアオイとミナトも走り出した。当然ながら二人とも疑問は尽きないようではあったが。
三階から四階へと向かう。すると、そこには何やら倉庫のような部屋があった。倉庫の前にも数名の見張りがいたが、またしても一瞬の後に、見張りは一人残らず意識不明となった。
「な、なんでこいつら全員股を抑えてるのよ……」
「詳しい話は聞かない方が身のためだよ」
いつか言われたような言葉を返され、アオイはそれ以上言葉が出なかった。
「たあああ!」
ミナトがハンマーで倉庫の扉を破壊する。するとそこには、おびただしい数の下着やビキニが見受けられた。どうやらここが奪った服を保管する場所らしい。
「あいつら、こんだけ沢山奪ってたのね……」
アオイは部屋一面に敷き詰められた下着類を見て怒りをにじませる。
「むかっ腹が立つけど、今はサラの服を探す方が先ね。まだ転売されてなければ服はここにあるはずよ。早いとこ見つけましょ」
彼女は自身の気持ちを落ち着かせ、黙々とサラの服を探し始めた。
アオイに倣い全員でサラの服を探す。そしてついに……
「あった! これだ!」
「ホント!?」
イツキが服を発見し、サラがすぐさま飛びついた。その縞模様かつフリーサイズのブラは間違いなく、イツキがサラの為に買ってあげたあの服であった(ご丁寧にガーターベルトもセットになっていた)。
「はい、サラ」
イツキはサラに服を渡そうとする。しかしサラは、それをなかなか受け取ろうとはしない。皆が一様にどうしたのかと思っていると、サラが洟をすする音が聞こえてきたのだ。
「サラ大丈夫? どこか痛いの……?」
イツキの質問に対し、サラは首を横に振った。顔を上げたサラの目は真っ赤だったが、それでも彼女は確かに笑っていたのだ。
「違うよ、わたし、嬉しくて……。イツキちゃんがわたしの為に買ってくれた本当に大切なものを取り返せたことが、本当に嬉しくて……」
そしてサラは、イツキの身体をギュッと抱きしめた。突然のことにイツキは驚いたが、彼女はすぐにサラを抱きしめ返した。
「よしよし」
イツキはサラの頭を撫でてやる。すると、胸の中のサラは顔を上げ、イツキに満面の笑みを向けてくれた。イツキは、そんなサラが堪らなく愛おしく感じられ、また彼女のことをギュッと抱きしめたのだった。
「水を差すようで悪いけど、まだアトレア同盟に関するものを何も見つけ出せていないわ。邪魔が入る前になんとか探し出しましょう」
「そ、それもそうだね。ごめんごめん」
アオイの言葉を受けて離れる二人。皆は気を取り直して建物内の探索を再開したのだった。
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