第14話 目覚めの刻

 アオイは考える。いささか論理の飛躍は見られるが、ここ数日彼女らが調べただけでも、相当数の人間からアトレア同盟の黒い噂を聞いたし、実際に暴挙に出た彼女らを目撃もした。

(ただでさえ怪しい上に、あのアルトという女のことを考えると、確かにあり得ない話じゃないわね。それにしてもいつの間にこの子はこんな捜査力を身につけたのかしら? 探偵にでも向いてるんじゃないかしらね)

 アオイは眼鏡少女を見やる。相変わらず、彼女は少しも視線をそらす気配がない。

 リスクは高い。無事に帰れる保障もない。だがそんなことはいつものことだ。彼女らがいた世界で、彼女らは散々反政府を掲げる武装組織と戦いを繰り広げた。仲間が死ぬこともあった。それでも、彼女らは決して諦めなかった。だからこそ今がある。無理をしなければ得られないものもある。

(アトレア同盟の不正を暴く為にも、今がその時なのかもしれないわね……)

 そしてついに、アオイの腹は決まったのだった。

 アオイは仰々しく皆にこう言った。

「方針を変えるわ。これから、サラの服を取り返しに行く」

「あ、アオイ、それ本当……?」

「ええ。これからあたしとミナトがやつらのアジトに行ってサラの服を奪い返してくる。でもやつらも数が多いだろうから、無理そうだったら撤退する可能性もあるわ。もしそうなったとしても恨まないでよ?」

「そ、それなら私も行くよ! 役には立たないかもしれないけど、二人だけを行かせるなんてできないよ!」

 イツキは身を乗り出しながらそう言う。アオイはやれやれといった表情で肩をすくめる。

「……あんたも大概強情よね。いいけど、遠くから見てなさい。やつらにいることを悟られてはダメよ」

 もしもの時には助けを呼びに行く為にもと付け足すアオイ。イツキは神妙な面持ちで頷いた。

 すると、今度はサラが呟いた。

「……わたしも、行きたい」

「あんたはダメよ。これ以上非戦闘員を戦いに連れて行くことなんて……」

「わ、わたし、魔力生成なら、できるよ……」

「え!?」

 突然の告白に騒然とする一同。すると、いきなり彼女は祈りのポーズを取った。そして次の瞬間彼女の身体が光り出し、その両の手に魔力石と思しき青色の光を放つ石が出現した。

「使う場面がなかったから黙ってたけど、これぐらいならできる。だから、わたしもどうか連れて行って……」

 サラが頭を下げる。するとアオイはニヤリと笑いながら口を開いた。

「連れて行っても何も、これはもう立派な戦力よ。ってか、こんなのあんたどこで習ったの?」

「え? それは、昔、お父さんが教えてくれてね……」

 躊躇いがちにそう言うサラ。アオイはもっと突っ込んで聞きたいところであったが、彼女の表情を見てそれは思いとどまった。

「まあ、細かいことはいいわ。とにかくあんたも一緒に来なさい。しっかりと働いてもらうから」

 一方、イツキは驚きを隠せなかった。いつも一緒にいたサラにそんな能力があったなんて、彼女は思いもよらなかったのだ。

「そ、そんな凄いことができるのにどうして今まで隠してたのさ?」

 イツキはサラの創り出した魔力石を部屋の電気の灯りにかざしながらそう尋ねた。

「うーん、隠してたわけじゃないんだけど、あんまり使いどころがないかなって思って。わたし、魔術変換はあんまり得意じゃないから」

 魔力石は貯めておくことはできず、ものの三十分程度で壊れてしまう。それだけに、近くに魔術変換の得意な魔術師がいなければ、魔力生成のみが得意な魔術師には活躍の場がないのが実情であった。

「魔力石は砕いて身体に染み込ませるのよ。せっかくだしやってみたら?」

 アオイの指示の元イツキはサラから受け取った魔力石を砕くと、カケラは青い光となり、イツキの身体に吸い込まれていった。すると、魔術を使ったことのないイツキも、何やら身体中に魔力が溢れるのを感じたのだった。

「おお、なんか力が溢れるような感覚があるな」

「ホント? そう感じるってことは、もしかしたらあんたは魔術の素養があるのかもね。鍛えれば使えるようになるかもしれないわ」

 アオイの言葉にイツキは僅かにではあるが表情を綻ばせた。するとすぐにアオイが釘をさすようにこう言った。

「そうは言っても、さっきも言った通り、一朝一夕で魔術なんて使えるようにはならないから、今回に関しては期待しない方がいいわよ。逆に、サラは今まではその力を使う場所はなかったと思うけど、今回はあたしとミナトがいるから十分に活躍できるはずよ。とにかく、やつらのアジトの場所は調査済みだからすぐに向かうわよ。ボサッとしてるとサラの服が売られかねないわ」

 聞けば、この界隈で犯罪行為を行っている件の窃盗集団をアオイ達は数日前よりマークしていたのだとか。そして調査の結果やつらのアジトの位置のおおよその見当を付けたらしい。

 急ぎホテルを飛び出す四人。アジトは郊外にある人気のない岩場にあるとのこと。

 そのアジトに向かう途中、改めて四人は作戦を確認した。

「殴り込みをかけるのはあたしとミナトの二人。主目的はあくまでサラの服の奪還だけど、可能であればアトレア同盟に関する情報も探すわ。サラは魔力石の生成は行うけど、敵に見つかるとあたし達二人だけじゃ守りきれないからイツキと二人で隠れていて。魔力が足りなくなったら合図を出すから、そうしたら魔力石を転送して。イツキはあたし達の戦況がまずくなったら助けを求めに行って。全員、自分の役割は分かった?」

 アオイの言葉に頷く三人。そしてついに、皆は岩場に佇む砦のような施設に辿り着いた。

 ここはもともと、今の王家の礎を築いた部族が五百年前の統一戦争で使った砦の跡らしく、その後ずっと放置されているのだとか。実際佇まいこそ立派だが、やはり長い間打ち捨てられていたこともあり、建物の節々にはひび割れなどが見受けられた。

「いい? いくらやつらの一人一人の能力は高くないとはいっても、敵の真っ只中に行くわけだから絶対に油断しちゃダメよ。無理そうならすぐに離脱すること。やつらはただの転売ヤーだけど、アジトに乗り込まれたとあればどんな抵抗をしてくるか分からないわ。なりふり構わない人間ほど厄介なものはないからね」

 アオイの忠告に唾をのむ戦闘経験のない二人。戦う前から顔色が悪い二人に対し、ミナトが眼鏡を整えながら言った。

「それでも、これしきのことができなければ世界を一つ救うことなどできるはずもありません」

 ミナトの表情には自信がみなぎっている。そしてそれに対しアオイは、

「そういうことよ。これぐらいサクッと解決しないと今後あんた達にも舐められるだろうし、今のうちに目に物を見せてやるわよ」

 と、同じく余裕しゃくしゃくの様子で宣言した。二人の不安は、それでかなり和らいだのは間違いない。

 入口の付近に男が二人立っている。恐らく見張り番なのだろうと皆は思った。わざわざ放置された砦跡に見張りなどつけるはずがない。どうやら、ここが敵のアジトであることは間違いないようであった。

 イツキ達と別行動をとっているアオイとミナトは武器を構え、見張りに気付かれないように後ろへと迫る。ちなみに、二人の武器には不殺処理がなされており、その為いくらそれで攻撃しても人が死ぬことはないのだとか(下手な殺生を行うと異世界間問題になりかねない為、異世界人権連盟の規約で制限されているのだとか)。

 見張りの二人は何やら談笑しており、誰かがやって来ることなど想像だにしていない様子だ。そこに一斉に飛び掛かるアオイ達。すると、実にあっさり、見張りは二人の得物の前に組み伏せられることとなった。

「うわ、すご……」

 味方ながら二人の戦闘力のあまりの高さに開いた口が塞がらない様子のイツキ。一人はアオイの槍のラッシュを食らい地面に半分めり込んでしまっており、もう一人はミナトのハンマーを思い切り食らって十数メートル先まで吹き飛ばされてしまった(生きているのはイツキが確認した)。

 見張りをあっさり倒した二人は鍵を奪って門を開けた。どうやら正面から押し入るらしい。

「……ねえ、イツキちゃん」

「どうしたの?」

「あの、わたし、魔力石の転送って、あんまり長い距離ができないんだけど、どうすればいいかな……?」

「え!?」

 このタイミングでのまさかの告白に困惑するイツキ。

「あんまりって、具体的にどれくらい?」

「五メートルくらいかな……」

「そ、それじゃ、ここからだと二人には全然届かないじゃないか!?」

「だから、どうしようかと思って……」

 サラは今にも泣きだしそうな顔で言う。イツキは思わず頭を抱えた。

(ちゃんと確認しなかった俺達も悪いけど、いったいどうしたら……。もし二人の魔力石がなくなったら、大変なことになる……)

 イツキはもう一度アジトの方を見る。既に、男達の叫び声や悲鳴が辺り一帯に木霊していた。戦闘が始まっている証拠だ。この期に及んで魔力石が送れないなんてことになったら作戦自体が瓦解する恐れすらある。そうなれば、アオイ達の身にも危険が及びかねない。

 こうなってしまっては、彼女らにできることは一つしかない。イツキは腹を決めた。

「行こう、サラ」

「で、でも、アオイちゃんは隠れてろって……」

「それは魔力石が潤沢であることが条件の話だよ。送れないなら私達が近づくしかない。二人だけにリスクは負わせられないよ」

 イツキの表情を見てサラも決意が固まったのか、イツキの手を取り二人で建物へと接近し始めた。イツキは注意深く辺りを見渡すが、敵の姿は見受けられない。どうやら外にいたのはあの二人だけだったようだ。

 開け放たれたままの門から中に侵入する。すると、近くには既に三人の男が倒れているのが目に入った。そして砦の三階の辺りから、二人の雄叫びがイツキ達の耳には届いていた。

 イツキには一個の魔力石でどれほど魔術が持続するのかは分からなかったが、それでも相手が多ければ多いほど消費が早いことは理解できた。二人は手を放さぬよう、アオイ達の元へと急いだ。

 二人がいる階へとなんとか辿り着いた二人には、アオイ達の状況が優勢であることはすぐに分かった。しかしその時、予想外のことが巻き起こったのだ。

 男達は確かに実力的には大したことがなかった。だが、それでも窃盗を続けてきただけのことはある。やつらの狙いは、真っ向勝負による戦闘不能ではなかった。やつらの内の数名がアオイと手合わせしている最中、ある男がひそかにアオイに近づいていたのだ。そしてその男は、ほんのわずかな一瞬だけを狙っていた。

 男がアオイの身体を掠めるように走る。アオイはそれをなんとか躱そうとしたが、やつが何かを振り抜くと、何やらビリっと音がした。そして、次の瞬間には……

「あっ!?」

 アオイの緑色のビキニの左胸の辺りが切れ、彼女の胸が露わになってしまったのだ。

「きゃあ!?」

 いくら戦闘の達人といえどもアオイは年若い女の子である。小ぶりではあるが胸を隠すものがなくなってしまっては完全に平静を保っていられる訳もなかった。そしてその一瞬の隙を突き、敵の一人がアオイの槍をはたき落としてしまったのだ。

「しまった!?」

「アオイ!? なんて姑息な真似を!?」

 ミナトはアオイに加勢しようとするも、アオイとは距離がありすぐに駆けつけることは不可能であった。圧倒的優勢がほんの一瞬で、しかもあんなハレンチな真似で逆転されてしまったのだ。

(大変だ! このままじゃやられちまう! でも俺じゃ何もできないし、いったいどうすれば!?)

「こんなバカみたいなことで……」

 徐々にアオイは男達に距離を詰められていく。このままでは彼女の身が危ないことは明白であった。

 反射的にイツキの身体が動く。湖の麓でサラを救った時のように、イツキの身体は瞬時にアオイを助けに動いたのだ。

(頼む! 俺に彼女を救い出させてくれ! 彼女は俺達の為に危険を冒してくれた! そんな人を酷い目に遭わせる訳にはいかないんだ! だから、頼むよ!)

 イツキは最早なりふり構わなかった。策など何一つなかったが、彼女を助けたい気持ちだけは誰よりも持っていた。そしてその思いは、ついに眠っていた彼女の力を呼び覚ましたのだ。

「アオイぃぃぃぃ…………って、あれ?」

 イツキの視界には信じられない光景が広がっていた。なんと、全ての人間が、巻いてあったネジが切れたゼンマイ人形のようにその動きを止めてしまっていたのだ。

「これは、いったい……?」

 イツキはその様子に、ただただ困惑するしかないのだった。

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