第13話 黒い噂

「よし、サイズはピッタリね」

 黄色のビキニをサラに着せたアオイがそう言った。サラの胸は、今更だがとにかく大きく、通常のビキニでは入らない。だから、彼女の胸に合うフリーサイズのビキニを探す為にアオイとミナトがクレストの街を東奔西走し、ようやく彼女の胸に合うビキニを見つけ出したのである。

「ありがとう、アオイちゃん……」

「いいって、気にしないで」

 アオイはサラがこのビキニには満足していないことを知ってはいたが、元着ていたものが盗られてしまった以上どうすることもできず、やむなく別の服を着させたのである。

 初めての任務についていたイツキとサラを襲ったのは現在巷を騒がせている下着窃盗集団だった。イツキは必死に抵抗を試みた。だが相手の人数は彼女だけで対処できるような数ではなかった。結果的にサラの服が奪われ、イツキも服を奪われかけた。共に怪我はなかったが、心に傷を負ったことは間違いないだろう。

「それにしても迂闊だったわ。窃盗団の噂は聞いていたんだから、安易に二人だけで行動させるべきじゃなかったのに……」

 アオイは悔しそうに爪を噛んでいる。

「やつらの目的は女性を乱暴することではなく、服を奪い転売することにあります。なので恐らく、奪われたサラさんの服は近い内に古着屋などに転売されるものと思われます。また一部の噂によると、転売で稼いだお金の一部が『アトレア同盟』に流れているという話もあります」

 ミナトは固い表情でそう言った。

 一方イツキは、体育座りをし、膝に顔を埋めたまま動こうとはしない。もちろん、声を発することもなかった。

 アオイはそんなイツキを心配そうに見つめながら言った。

「あんな目に遭ったんだから辛いのは分かるわ。でもあたし達は立ち止まっているわけにはいかないのよ。残りの調査はあたし達がやっておくから、あんたは気持ちの整理を……」

「違うよ」

 アオイの言葉を遮り、イツキは短くそう言った。

「違うって、何がよ?」

「私は、襲われたことが辛いんじゃない。サラを守れなかったことが、情けなくて仕方ないだけだ……」

 顔を上げたイツキの目は真っ赤だった。

「でも、仕方ないわよ。あんな集団に襲われたら、魔術でも使えない限り男に対抗することなんてできないわ」

「それなら私に魔術を教えて! あんなやつらに負けないような魔術を!」

「落ち着いてイツキちゃん。わたしは大丈夫だから、イツキちゃんは自分を責めないで」

 いつもとは違う黄色のビキニを身につけたサラがイツキの腕を抑えて言う。

「魔術を教えてって言われても、魔術ってのは元々ポテンシャルにかなり依存する部分が大きいの。あんたがどうか分からないけど、もし才能がなければ魔術を会得することはできない。それにもしあんたが、『魔力生成』が得意でも、『魔術変換』は苦手だったとしたら、あんた自身がやつらに復讐をすることは難しいわ」

「魔力、生成って……?」

 イツキは聞きなれない単語に眉をひそめた。それに対し、ミナトが答えた。

「それは魔術の基本体系の一つのことです。魔術は『魔力生成』と『魔術変換』の二段階で成り立っています。魔力生成は魔術の元となる魔力石を生成する能力、そして魔術変換は取り込んだ魔力を魔術に効率よく変換する能力です。二つを総称して『魔術』と呼びますが、人によって得意不得意があり、どちらかの能力に偏っていることもありますし、そもそもどちらもできない可能性も高いです」

 曰く、アオイは魔術変換、ミナトは魔力生成を特に得意としているのだとか。戦闘においては、主にミナトが魔力生成を行い、魔術変換が得意なアオイが前面に立つとのこと。尚、二人に関してはどちらの能力もある程度は得意であり、いざという時は立場が入れ替わることはあるとのことではあるが。

「要は、もしあんたが魔力生成特化の魔術師ならサポートが主体になるから、一人で突撃していっても無駄ってことね」

「で、でも、どっちかなんて分からないじゃない?」

「分かるようになるまでどれくらいかかると思ってるのよ? 一日や二日の話じゃないわよ。いくら才能があったって会得するまでにはそれなりの期間を要するものよ。とにかく、あんたの魔術の会得を待っていたらいつになっても調査が進まないわ。悪いけど、あたし達はもう調査に行って来るわよ」

 アオイはすげなくそう言った。

 イツキはサラを見る。サラは下を向いてしまっている。彼女はあの服をとても喜んでいた。だからきっと、あれを奪われてしまったことが辛いに違いないはずだ。それでも、皆に迷惑はかけられない為、取り返してほしいとは言わないので、イツキは猶更何とかしてやりたいという気持ちが強くなった。

 イツキは無理を承知の上でアオイに尋ねた。

「待って。なんとか、サラの服を取り戻せないものかな……?」

「気持ちはわかるけど、やつらから服を取り返すってことは、やつらのアジトに乗り込むってことよ。そんなのリスクが高すぎるわ。代わりの服だって買ったんだし、もうそれで我慢しなさい。連盟の一員である以上、任務を優先しなさい」

 それでもやはりアオイは譲らない。イツキは両手をグッと握り締め、唇を噛んだ。

(俺に力がないばっかりに……)

 イツキは自身の無力さを嘆いたのだった。

 すると荷物をまとめようとするアオイに対し、ミナトが耳打ちし、こう尋ねたのだ。

「本当によろしいのですか?」

「何回も言わせないで。組織に所属している人間が私情を優先するわけにはいかないの」

 だがアオイの言葉に対し、ミナトは頭を振る。

「いえ、そうではありません。件の窃盗団のバックには『アトレア同盟』がいるかもしれないのに、ロクに調査もしなくていいのですかと言っているんです」

 ミナトはアオイを厳しい目で見つめる。

「そ、それはそうだけど、あれはあくまで噂でしょ? 噂のレベルでやつらのアジトにまで乗り込むなんて……」

「噂は噂ですが、噂を一つずつ潰していかなければ真相には辿り着けません。それに、わたしはやつらと窃盗団が関係していると何の根拠もなく言っているわけではありません」

「ど、どういうこと?」

 困惑するアオイとは裏腹に、ミナトは何やら自信があるようだった。

「イツキさん、サラさん、お二人はわたし達に会う前に、既にアトレア同盟とは会っているんですよね?」

「うん。わたしが連れ去られそうになったのを、イツキちゃんが助けてくれたの」

「なるほど。それでは、昨日あそこにいた赤い髪の女もそこにはいたんですよね?」

 イツキとサラは首肯する。すると、ミナトは手帳を取り出し、皆に対しこう言った。

「彼女、アルトという人物について調べたのですが、どうやら彼女は、貴族院で議長を務める有力貴族の娘なんだそうです。彼女の上に兄弟姉妹が多い為、彼女自身が家督を継ぐことはないでしょうが、彼女が高貴な人間であることには違いありません」

「あの子、そんなすごい家柄だったんだ……」

 衝撃的な事実にイツキは驚きを隠しきれないでいる。

「あんた、そんなのいつのまに調べたのよ……」

 一方アオイはミナトの調査力の高さに驚愕しているようであった。

「ちょっと気になったんです。どうにもアトレア同盟の男性陣が随分と素直に彼女の指示に従っていたので、どういう立場の人間なのかと思いましてね。どうやら彼女はその高貴な血筋から、アトレア同盟内においてかなり高いポジションにいるのだとか。つまり、彼女の一声で数十人数百人の人員を動かすことができるということです」

「あんなハレンチ女にそんな力が……」

 アオイは呆れているのか驚いているのかよく分からない表情で呟く。確かに、あんな格好の少女が組織内で高い位にいるというのは、外から来た人間にとって奇妙であることは間違いないだろう。

「そして、彼女は二度に渡ってイツキさん達を拘束しようとしたが、敢え無く失敗しました。彼女の面目が丸つぶれなのは間違いないでしょう」

「なに? 要はアルトとかって女がイツキ達を恨んでて、それで窃盗団を使ってイツキ達を襲ったってこと? いくらなんでもそれは飛躍しすぎじゃない?」

 アオイはそう言って首をすくめて見せる。しかし、ミナトは首を横に振った。

「わたしは決して飛躍のしすぎとは思いません。彼女は今まで実に多くの違反者を捕らえ、アトレア同盟内で存在感を増してきました。しかし、今回は二度に渡って違反者の確保に失敗しました。しかもそのうち一回は、彼女自ら乗り出したにも関わらず、敢え無く我々に返り討ちにあったのですから、相当屈辱的だったはずです。まああの場で彼女を撃退した我々も相当恨まれているとは思いますけど」

 イツキはあの時、最後に彼女がイツキに向けた表情を思い出した。確かに、あの時の彼女の表情は筆舌に尽くしがたいものがあった。しかし同時に、イツキは本当に彼女がそんなことをするのだろうかと疑問にも思った。イツキは彼女とはほんの少ししか言葉を交わしていないが、彼女は彼女なりに正義感や責任感が強そうだということはなんとなく理解していた。そんな人間が、果たして個人的な恨みから他人を襲ったりするだろうか?

「もちろん、これはあくまで推測でしかない。それでも、昨日の今日でお二人が襲われたことが、わたしは決して偶然だとは思えないんです。だから、我々は窃盗団のアジトに乗り込み、真相を探る必要があると思います」

 ミナトはそう言ってアオイを凝視した。それに倣い、イツキとサラもアオイの言葉を待ったのであった。

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