第12話 君の笑顔
「この世界に『異世界人権連盟』の人間が入り込んでいることは絶対に誰にも漏らしてはいけないことよ。協力してもらうとは言っても、念のため秘密を漏らさないことを誓約書にサインしてもらう必要があるわ」
とあるホテルのロビーにて、アオイはイツキに対し二枚の紙とペンを取り出した。そこには秘密を外部に漏らさないこと、漏らした場合は処罰を受けることなどが記されていた。
「もし秘密を漏らした場合って、どうなるの?」
「聞いても無意味なことは聞かない方がいいわ。どうせそれを知る頃には何も分からなくなっているもの……」
アオイが悪そうな笑顔でそう言うと、イツキとサラは背中に悪寒が走るのを感じた。
「サラ、秘密はしっかり守ろうね……」
「う、うん……」
二人は改めてそう誓ったのだった。
「さて、本格的な活動は明日からだから、今日はもう休みましょう。このホテルの部屋をもう取ってあるから、二人ともこっちに来なさい」
「え? 私達も泊まってもいいの?」
「当たり前でしょ。臨時とはいえ、『異世界人権連盟』のメンバーに野宿なんてさせられないわよ。あんた達はこれから連盟が指定した宿に泊まること。いいわね?」
「わ、分かった!」
イツキは宿に泊まれることを素直に喜んだ。しかもお金まで連盟が負担してくれると言うのだから、まさに渡りに船である。イツキは任務のことなどすっかり忘れ、今日泊まるであろう部屋のベッドを想像して顔がにやけそうになってしまっていた。
「さて、それじゃみんな疲れてるだろうし、さっさと部屋に行きましょう」
そう言うアオイの後をみんなして追う。すると、その途中でサラがある張り紙を見つけた。
「ねえ見て見て。『衣服の窃盗が頻発しております。外出の際は十分注意してください』だって」
「ホントだ。なんだか物騒だな。服なんて盗まれたらそれこそ素っ裸にされるってことだろうし……」
公衆の面前で全裸になってしまった自分を想像し思わず震え上がるイツキ。
「ここのところ、窃盗団による被害が増えているらしいわね。道端でいきなり服を剥ぎ取って来るみたいだから、あんた達も十分に注意しなさいよ」
「え? 道端でいきなりって……それ本当なの?」
「街の人に話を聞いてみましたが、どうやら本当らしいです。手口が迅速すぎて、犯人確保には至っていないらしいです」
嫌な事件の話を聞いたものの、イツキ達はひとまず前を行くアオイ達に倣い、今日宿泊する部屋を目指すことにした。部屋に到着すると、イツキは目をキラキラさせてベッドの柔らかさを確かめた。
「久々のベッド……」
「良かったね、イツキちゃん」
「いやー、本当に嬉しい……」
イツキは涙でも流さんばかりに喜んだのであった。
「さて、荷物も置いたところでまずは汗でも流しましょう。作戦概要の説明は食事の後でするわ」
「分かった。お風呂はこの部屋にあるの?」
「あるけど、大浴場があるからそっちでいいでしょ? 何もこんな狭っくるしいお風呂なんて入ることないわ」
「え……?」
イツキはまさかの申し出に困惑した。しつこいようだが、イツキは今でこそ女だが、少し前までは男だったのだ。そして今でも彼女の心は男として精神を保ったままだった。それはつまり、彼女は、心は男のまま女湯に入らなければならないということだ。
(いやいやいや! それはマズイって! これまでサラの裸を見ないようになんとか別々に身体を洗ってたっていうのに、それが全員でお風呂に入るだって!? いったいどんな顔していればいいんだ……?)
「あの私お腹の調子が……」
「やったねイツキちゃん! 大きなお風呂だって! それなら今日は一緒に入れるね!」
「え!? ちょっ……!?」
イツキの主張をサラが思い切り遮った為、彼女は抵抗空しく女湯に連れて行かれることになってしまった。
風呂に連れていかれたイツキは、女性陣の裸を見ないように最後まで抵抗を見せていたが、事情を知らないサラたちによってあっさり湯船に引きづりこまれてしまった。こうなってしまってはもはやイツキにはどうすることもできず、ついに彼女は女として彼女らの輪に入ることを泣く泣く決意したのであった。
サラはイツキと一緒に風呂に入れることがよほど嬉しいのか、イツキをシャワーの方まで連れていき、イツキの身体と長くて奇麗な髪の毛を洗ってあげた。そしてそのお返しに、イツキもサラの身体と髪を洗った。その頃には、イツキは既にやけくそ気味であり、一々サラの裸を意識することもなくなっていたのであった。
「イツキちゃんは髪を洗うのも得意なんだねえ」
サラはイツキに髪を洗ってもらいながらルンルンと鼻歌交じりにそう言った。
「そ、そう? 気持ちいいなら嬉しいだけど」
「気持ちいいよ。イツキちゃんは何でもできて、わたし憧れちゃうなあ」
「何でもなんてとんでもないよ。転生する前は本当に何もできなかったんだから」
イツキはサラリーマン時代の辛さを思い出し、思わず顔をしかめた。営業マンとしてはそこそこに優秀な成績を収めてはいたが、上司とソリが合わず、酷いパワハラにもあった。
保身ばかりを考える周りの人間は、孤立無援となった彼女に対する理不尽な仕打ちに異議を唱えることも、もちろん彼女を守ろうとすることもなく、かつての彼女は誰からも評価されることはなかったのである。
「そうなの? おかしいなぁ、イツキちゃんはこんなに凄いのに……。なんで周りの人はそんなに理解がないのかなぁ」
サラはまるで自分のことのようにイツキのかつての境遇に対して不満を漏らした。
「……そう言ってくれるのはありがたいけど、なんでサラはそんなに言ってくれるのかな?」
イツキは仕事も上手くいかず、満足な恋愛もできなかったかつての自分のことがあまり好きではなかった。
すると、サラは不意にイツキの方に振り返った。そして彼女をまっすぐ見つめてこう言ったのだ。
「だって、イツキちゃんは危険を顧みずにわたしを助けてくれたんだよ! あんなに素敵なお洋服を買ってくれたんだよ! わたしに旅に出る勇気をくれたんだよ! わたしにできないことをこんなにしてくれた人が、凄くないわけないよ!」
そう言ってサラは満面の笑みをイツキに向けたのだった。
「サラ……」
全く飾らないサラの言葉。それは本当に子供のような率直な言葉だったが、飾り気がないだけに、それは直にイツキの心を震わせた。
(ああ、きっとそんな言葉が、サラリーマン時代に一番欲しかった言葉なんだろうな。サラともっと早く出会えていたら、俺の人生もっと変わったのかなぁ……)
イツキの頬を一筋の雫が伝う。それはイツキ自身も自覚のない涙であった。
「イツキちゃん? 泣いてるの?」
気付くと、イツキの視界には心配そうに自分を覗き込むサラの顔があった。イツキはハッとして、すぐに涙を拭い、強引に笑顔を作って言った。
「な、泣いてないよ! ちょっと暑くて汗が出ただけだよ」
イツキはサラの頭を撫でた。すると、サラはまたイツキに笑顔を向けてくれたのだ。
イツキは出来ることならずっと、そんな彼女の笑顔を見ていたいと思った。
(サラの笑顔が、今の俺には一番大切なものだから……)
二人はそれからしばらく笑いあった。そしてその日の夜は、二人は同じベッドで寄り添うように眠りについたのだった。
●
「やめて! サラを離して!」
イツキは喉が潰れんばかりに叫んだ。
サラは男達数人に羽交い締めにされ身動きが取れないでいる。やつらはイツキの必死の願いにも一切耳を貸さず、黙々と自分達の作業に没頭した。
サラのブラのホックが外され、彼女の大きな胸が露わになる。口を押さえられているせいでサラは叫び声すらあげられない。更に男達は、サラの上半身と下半身を持ち上げる。そして今度は彼女の縞模様のショーツに手を伸ばした。
一瞬でサラが丸裸にされる。その光景を前に、男達に捕まっているイツキは成すすべもなく眺めていることしかできなかった。
ブラとショーツ、ガーターベルトを奪った男達は裸のサラを地面に放置し、今度はイツキの服を奪いに向かってくる。このままではイツキの服も奪われてしまう。しかし、その時だった。
「イツキ!!」
颯爽と現れたのは、右手に槍を持ったアオイ、そしてハンマーを担いだミナトであった。
「おらああ!」
槍とハンマーの嵐を前にイツキを取り押さえていた男達は成すすべもない。あっさりイツキを離し、逃走を図った。
「待ちなさい!」
二人が男達を追う。だが、やつらのスピードは並大抵ではなかった。結局、サラの服を持って逃げた男を、二人は捕まえることができなかったのである。
イツキは裸で地面に転がり、自身の身体を抱き震えているサラの元に駆け寄る。
サラは泣いていた。恐怖のあまりガクガクと身体を震わせていた。そんな彼女を見て、イツキは膝から崩れ落ち、そして彼女もまた、涙が止まらなくなってしまったのだった。
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