第3話 少女の旅立ち

 「靴・靴下・手袋コーナー」の商品は意外と充実しており、そこには様々な商品が陳列してあった。普通の靴や靴下もあれば、編み編みの妙にエロティックなものまであり、実に多種多様であった。

「お客さん」

 不意に話しかけてきたのは五十代手前くらいの男性の店員だった。

「お客さん可愛いね。それも凄く似合ってるよ。服を探しているなら俺が見繕ってあげるよ」

 この世界のセンスがわからないので、若干の不安を覚えながらも、イツキは彼の好意に甘えることにした。しかし、彼から渡されたものを見て、イツキは三度混乱に陥ることになった。それはなぜか、明らかに日本の巫女さんのコスプレを連想させるものであったからだ。

「あの、これはいったい?」

「ああ、これは神に仕える神聖な少女が着る装束さ。君みたいな清楚で気品のある子にはこれが良く似合うと思うんだ」

 イツキは改めてそれを見る。胴体部分の袴などがないせいで日本の巫女装束とはまた趣きが違っていたが、袖の部分は明らかに彼の知る巫女装束そのものであった。

(似合うって言われても、俺、いや、今は女なんだから「私」って言わないといけないのか……? とにかく、わ、私は巫女さんでもなんでもないのに、なんでこんなの着なくちゃいけないんだよ……)

 それは当然の疑問だった。しかも彼の胴体部分はほとんど肌の隠れていないマイクロビキニだ。それとこの巫女袖が合うかは甚だ疑問であった。

「袖だけじゃなくて、ちゃんと下の方もあるよ」

 そう言って彼が出したのは、草履と、巫女袖と同じような素材で足の先が親指とその他の指で別れているタイプの白色のニーハイであった。確かに草履とニーハイだけを見れば巫女さんに見えないこともなかった。しかし、彼は巫女セットを受けとりはしたが、本当にこれを着るべきなのかという決心はついていなかった。

 するとそこに現れたのは彼を助けてくれた件の女性だった。

「あ! 店長、ここにいたんですか?」

「え!?」

 まさか話しかけてきた男性が店長であるとは夢にも思っていなかったのか、イツキは思わず変な声を上げてしまった。

「なんだいカレン、君今日はシフトじゃないだろう?」

 店長と呼ばれた初老の男性は、件の女性、カレンさんに疑問を呈した。

「実は店長にお願いがありまして……」

 カレンさんは店長に耳打ちし、何やら内緒話を始める。服を譲ってもらえないか交渉してくれているのだろう。

 内緒話の最中、店長はちょくちょくイツキの方に視線を向けた。何やらネトッと絡みつくような視線に、イツキは少し嫌な予感を覚えたが、お願いをしている以上口をはさむことはできず、話し合いが終わるのを待つことしかできなかった。

 しばらくして話し合いが終わると、ふと店長はこんなことを言った。

「カレンから聞いたが、君が何やら大変みたいなので、服を譲ってあげようと思う」

「ほ、本当ですか……?」

「ああ。だが、それには一つだけ条件がある」

 彼の条件、それは服をタダで譲る代わりに、しばらくこの店で働いてほしいということであった。それは彼女にとって実に予想外のことであった。

「もちろん、タダ働きさせるつもりじゃない。働いた分はちゃんと給料も出す。実は前々から君の様な可愛くて若い女性の店員を探していたんだ。悪くない話だと思うんだがどうかな?」

 転生したばかりで右も左も分からない状況で、働くということを冷静に考えられるような状況ではなかったが、服がなければ満足に外を歩くこともできないわけなので、この提案はイツキにとっては決して悪い話ではなかった。

(お金もないし、ここは仕方ないか……)

 悩んだ結果、イツキは店長の提案を了承した。イツキの言葉を聞いた店長はとても機嫌を良くし、「どんどん服を選んでくれ!」と言った。

「ところで、さっきから手に持ってるその服、結構可愛いわね。これにしたらどう?」

 カレンさんがそう言ったのは、さっき店長に押し付けられた巫女装束であった。

「か、可愛いんですか? でもこれって神聖な衣装なんじゃないんですか?」

「うーん、でもこの衣装の神職の人がいたのはもう何百年も前だし、今から着ても誰も怒ったりはしないんじゃないかな?」

「そ、そうなんですか……」

 それから彼はしばらく思い悩んでいたが、女性と店員が執拗に巫女装束を推してくるので、結局彼は渋々ながらも巫女装束をもらうことに決めた。そして服を選び終わると、約束通りイツキは晴れてこの雑貨屋の店員となった。

 カレンさんは強引な店長の提案に若干申し訳なさそうな様子だったが、イツキは服をもらえただけでもありがたかったので、カレンさんにしっかりお礼を言ったのだった。

 こうして雑貨で働き始めたイツキ(これ以降は彼女と呼ぶこととする)だったが、なぜ彼女が日本からこの世界に転生したのかは分からず終いだった。向こうに残してきた両親のことが気がかりではあったが、今の彼女にはどうすることもできそうもなかった。



 それから一ヶ月が経過した。幸いにも、絶世の美少女である彼女に対するお給料はこれだけの田舎にも拘わらずそれなりのものであった。だが、それには裏があったのだ。

 とんでもなく美しくてセクシーな少女がいると口コミで話題になり、農村の小さな雑貨屋にも拘わらず来店客が相次いだのだ。だが客の九割以上は男であり、しかも彼からの目的はイツキを目にすることであったのだ。しかし、それこそが店長の狙いであった。店長はイツキを店の看板娘にし、売上アップを目論んでいたのである。

(みんな視線が厭らしいんですが……)

 店にやって来た客はそのほとんどが彼女を頭から足の先まで眺め回すだけであったが、一部の客は混雑している時に彼女のお尻や胸を触るなど、とにかくやりたい放題に振舞った。

 この世界には、合意なく女性に性的暴行を働いた場合、なんと「去勢」させられるという恐ろしい法律がある。その為、堂々と彼女を襲おうとする者はほぼいなかったが、それでも半ば強引に「合意の元」彼女を外に連れ出そうと考えた者たちは少なからずおり、そういった人間を見つける度に店長が出てきてはその男性客と一触即発の緊張状態となった。

(会社に通ってた時よりも辛い……。男から口説かれたって気持ち悪いだけだっての……)

 そんな日々を過ごすイツキのストレスは想像を絶した。ただでさえ慣れない世界と慣れない身体なのに、元同性である男たちから求愛されたり性的な目で見られたりと、もはや彼女の忍耐も限界に達した。

「あの、女の人にこんな格好をさせているのは誰なんですか?」

 彼女は我慢しきれず、店長にそう尋ねた。彼は実に軽い口調で答えた。

「それはこのアトレア王国の王家だよ。彼らは世の中が乱れないように法律の順守を徹底しているんだよ」

「この服装も世の中が乱れないようにする為に必要なことなんですか……?」

「うーん、俺にはよく分からないが、必要だからやっているんじゃないか? まあ、地区の判定員によって、服の面積には差があるようだが」

 「判定員」とは、学校でいう風紀委員のようなものだ。スカートが短ければ注意を受けるように、この世界ではビキニやブラの面積の基準があり、その面積を超えないように監視しているのが王家から派遣されてきた判定員なのである。かくいうイツキも先日一度だけ判定員の判定を受けた。判定員は全員男で、審査と称し彼女のマイクロビキニをじっくり眺めていたので不愉快極まりなかったが、イツキはかなり厳しい基準が定められているのだなと思い、極力気にしないようにしていたのだ。

 しかし、もし地区によって面積に差があるくらい判定が適当なら、あんなに彼女の胸や尻をまじまじ見る必要などなかった訳であり、あれがただ変態男が女性のあられもない姿を堪能できるだけの危険なイベントであるなら、それはまかり通るべきでないと彼女は思ったのだ。

(判定員とかいってちゃんとしているように見せかけてとんでもない変態どもの集まりじゃないか! この世界はいったいどうなってんだよ!?)

 こうして、彼女の怒りは限界を突破し、ようやく冒頭のシーンにつながるわけである。

 それにしても、彼女は村を飛び出して、これからいったいどうするつもりなのだろうか?

(この国の法律を定めているのがアトレア王家なら、王都に出向いて王様に直接意見書を出そう! そうすれば少しは変わるかもしれない!)

 彼女はなんと大真面目にそんなことを考えていた。それこそ、民主主義の世界に生きてきた彼女ならではの考え方であったが、この国で本当にそんなことができるかと言われると、それは実に疑わしい。王家に盾突くだけで死罪になるような国もあるのだ。果たして彼女はその危険性をどれだけ認識しているのか、それは甚だ疑問であったのだった。

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