第2話 TS美少女のマイクロビキニ初体験

 彼の名前は鷹野たかの伊月いつき。どこにでもいるような普通の会社員だ。いや、この場合正確には会社員だったと言った方が正しいだろう。

 かつて彼は大手印刷会社の四谷支店に勤めていた。都心で働いている彼を人は華やかだと思ったことだろう。だが実際は、彼の働くその会社は世間一般ではブラック企業と呼ばれており、彼はいつも終電近くまで働かされていたのである。営業の泥臭さは、華やかとは真逆のところにあったと言っても過言ではない。

 そして運命の日。その日も彼は疲れ切り、眠気まなこをこすりながら最寄り駅から自宅までの道を歩いていたのである。

「そ、そうか、あの時、ボッとしてたら、トラックが突っ込んできて……」

 そして実にあっさり彼は絶命した。あれだけ上司にいびられながらも根をあげず、ストレスをため込みながらも必死に耐え続けてきたにも関わらず、彼の頑張りが報われることはついになかったのだ。

 彼は絶望のあまり膝から崩れ落ちた。脇目も振らず、あらゆるものを犠牲にして頑張ってきたのに、最期は車に撥ねられて死んでしまうなんて、それは彼にとってあまりにも辛すぎる事実だった。彼は悔しさと哀しさのあまり、溢れでる涙を堪えることはできなかった。

「父さんや母さんにも、何も言えてないし、まだやりたいこともいっぱいあったのに、どうして、俺がこんな目に……」

 泣き崩れる彼。すると、そんな彼に声をかける人がいた。

「ねえ、あなた大丈夫?」

 それは女性の声だった。彼は涙の乾ききらない瞳で声の主を見た。そこで彼はまたしても言葉を失った。というのも、その女性はあろうことか、妙に布の少ない水着、つまり「マイクロビキニ」を着ていたからだ。

 身体は女になったとしても、心はまだまだ男を保ったままだった彼は、そんなセクシーなお姉さんに激しく動揺し、涙などあっという間に干上がってしまった。

「どうしたの? どこか痛むの?」

 心配そうな女性が彼に近づく。彼の眼前には、肌色満載のふくらみが迫ってきていたが、彼は寸でのところでその女性と距離を取った。

「い、痛いところはないです! そんなことよりもあなたは……」

「あら、あなた服はどうしたの? もしかして、誰かに乱暴された……?」

「え、服? ……は!? しまった、裸のままだった!?」

 このタイミングで自分が全裸であったことを思い出したイツキ。

「ら、乱暴されたとか、そういうことじゃないんです。あの、気付いたらなぜか裸でここに寝てまして……」

 彼は事情を説明するのに苦慮した。自分が本来は男であること、日本の出身であることをいくら話してもまるで取り合ってもらえなかったのだ。

(ダメだ、いくら俺が本当は男なんですって言ってもこの見た目じゃ信じてもらえない……。でもおかしいな、少なくとも日本語は通じてるはずなのに、なんでこの人は日本なんて知らないなんて言うのかな……?)

 噛み合わない会話に、彼の混乱は増すばかりであった。

(このままじゃ埒があかないし、無謀かもしれないけど、いっそのこと記憶喪失ってことにしちゃおうかな……)

 彼はそう決心し、緊張した面持ちで口を開いた。

「じ、実は頭を打ったみたいで、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまってまして……」

「え、ホントに!? そういうのってやっぱり記憶喪失ってことなのかしら? でもそれだと困ったわね……」

 お姉さんは心配そうに彼のことを見つめる。イツキは嘘をついてしまったせいで少し胸が痛んだ。

「あの、ちなみにここは何という国なんですか?」

「ここ? ここはアトレア王国よ」

 アトレア王国という国名は、残念ながらイツキは聞いたことがなかった。

「記憶喪失も困るけど、服がないのも困るわよね。すぐ近くに雑貨屋さんがあるから、まずはとにかく服を揃えに行きましょう」

 全裸のまま歩くのは躊躇われたが、幸いこの辺りにはあまり人影はなく、それほど人に遭遇することはなさそうに思われた。彼はお姉さんの後について行くことにした。

 しばらく歩くと、彼らは目的の雑貨屋に辿り着いた。するとそこでイツキを待っていたのは、またしても衝撃的な事実であった。

「服が、ビキニしかないのですが……」

「ビキニ? なんのこと?」

「あ、な、なんでもないです……」

(ビキニが通じないってことは、やっぱりここは日本じゃないのかな? あぁ、なんか俺の常識がことごとく通じないし、どうすればいいんだ……)

 彼が店の中を見ると、服(ビキニとか紐パンとかしかない)を見ているのは、その女性と同じようにほとんど裸に近い格好をした女の人ばかりであった。

「あの、どうしてみなさんこういった格好をされているんですか?」

「ん? こういった格好って?」

「その、布の少ない服といいますか……」

「えっと、服装は法律で決められていて、上下は私みたいにセパレートの服を着ることが義務付けられているのよ」

 宗教上の理由で服の制限があることは海外ではままあることだが、上下セパレートの服を着なければいけない法律なんて彼は聞いたことがなかった。

「ほ、法律でですか? それは男の人もですか?」

「いいえ、それは女性だけね。男の人の服装は自由よ」

「で、でもそれだと男女差別じゃないんですか? 女の人だけ着る服を決められちゃうなんて……」

「うーん、確かにそうだけど、昔から決まってることだからねぇ。私はこの格好で特に困ったこともないしね。それじゃ、服を選んであげるわね」

 その女性の言葉にイツキの疑問は増すばかりであったが、彼女はあまり気にした様子も見せずに彼の服を選び始めた。しかし、彼女が選ぶ服は、やっぱり彼女が着ているものと同じようなマイクロビキニであった。元男である彼は当然ビキニすら着たことがないのに、よりにもよっていきなり更に布の少ない水着を着させられそうになっていることに相当困惑してしまっていた。

「ほら、これなんてあなたの碧い瞳とあっていて凄く似合うと思うわ」

 渡されたのは青色のマイクロビキニだった。と言うかそもそもイツキが自分の瞳が碧いことを知ったのは今まさにこのタイミングであり、彼にとってはその衝撃の方が大きかったりもした訳なのだが。マイクロビキニの着方など彼は知らなかったので、彼はお姉さんにマイクロビキニを着けてもらったのだった。

「あそこに姿見があるから見てみなさい」

 彼は言われるがままに姿見の前へと行き、案の定鏡の中に広がる世界に言葉を失った。

「こ、この美少女が、お、俺なの……?」

 そこにいたのは、金髪のポニーテールと碧い瞳が特徴的な超絶美少女であった。彼がいた日本で、こんな可愛い子を見たことなどなく、その可愛さたるやまるで深夜アニメにでも出てくるような美少女ヒロインのようであった。しかも、その美少女がもう少しで大切な部分がポロリしてしまうんじゃないかと思えるくらいのセクシー水着を身に纏っているのだから、彼にはあまりに衝撃が大き過ぎたのである。

「どう? 似合っているでしょ?」

「え、ええ、まあ……」

 鏡の中の人間=自分という方程式がなかなか成り立たないイツキは、まるで他人のことを評するような感じでそう答えた。実際水着は似合っていた。もちろんこんな格好で外を出歩けるかと言われると、それとこれとは話は別であるが。

(せめてTシャツだけでもいいから、この上に何か着たいんだけど……)

 イツキはそう思い、お姉さんに何か着られないか尋ねた。しかし、それは彼女によってあっさり否定されてしまった。

「ダメよ、その上に服を着たら逮捕されて留置所行きよ」

「うえ!? 留置所って、厳しくないですか……?」

「厳しいけど、決まっていることだからね。あ、あと靴もあった方がいいわね。靴はあっちにあるから、見てくるといいわよ」

「はあ……」

 と、ここでイツキはあることに気が付いた。それは……

「あの、そもそもお金がないんですけど……」

 全裸で転生していたイツキは一銭もお金を持っていなかったのだ。

「そのことなんだけど、実はここって私のバイト先なのよね」

「え!? そうだったんですか!?」

「そ。だからこれから店長に服を譲ってもらえないかお願いしてくるから、あなたはちょっとここで待ってて。そうだ、その間に靴も見てくるといいわ」

 そう言って、女性が指差した方には「靴・靴下・手袋コーナー」と、いったい何語なのか分からない文字で書かれていた。彼がそれを普通に読めた理由は分からないが、とにかく彼はそのコーナーに向かって歩き出したのだった。

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