帰り道は、アキラと一度も会話を交わさなかった。いや、交わせなかった、という方が正しいかもしれない。

 アキラの表情の厳しさがそうさせたことは間違いないが、わたしは、それだけではない何かを、彼から感じとってもいた。

 アキラの家は、七階建てのマンションの一室である。その五階の、エレベーターから最も遠くに位置する部屋の前まで来ると、アキラは、鍵を取り出すことなく、ドアノブを手にとった。ノブが回ると、

「やっぱり、先に帰っていたか」

 と小声で言い、わたしが先に入るまで、ドアを開けたままにしてくれた。

 おじゃましまーす、と、半分は慣れたように、もう半分は幾分の緊張を感じながら、部屋の中へ声をかけ、靴を脱ぐ。

 廊下の先にある扉の向こうからかすかな足音が聞こえたかと思うと、妹のトキが扉を開けて出迎えてくれた。

「あ、パーちゃん。いらっしゃい、久しぶりだね」

 アキラよりやや背は低いものの、顔は兄妹で本当によく似ている。

「久しぶりね。高校に入ってからは、初めてかしら?」

 後ろを向いてアキラに訊ねたつもりなのだが、彼は黙ってうつむいている。

「ちょっと、どうしたのよ」

 と少し心配になると、やがてアキラは、決心したとでもいう風に顔を上げて、言った。

「トキ、お前がやったんだろう?」


     *


 リビングにあるコタツの三方を、わたし、アキラ、トキの順で囲んでいる。

 トキがすでに沸かしていたお湯で煎茶を淹れた急須と、三人分の湯のみをコタツまで運び、今、それぞれに茶を注ぎ終わったところである。

「トキを名指しした理由を説明しないと、ユカリちゃんは納得しないだろうね」

「そ……そうよ。何をどうしたら、トキちゃんが犯人だということになるのか、さっぱりだわ」

「それじゃあ、少し長くなるけど、話そうか。ぼくがトキに至った考えを」

 両手で慎重そうに持った湯のみから、茶をズズズッと啜ると、アキラによる〈かいけつへん〉が始まった。

「まず、手がかりとなったのが、ぼくの靴箱に入っていた紙切れだ。ユカリちゃんは、これを報告状と呼んでいるから、ここでもそうするね。この報告状には、『羽左の上履きはこの私が盗んだ』と印刷されていて、ユカリちゃんを狙った犯行を報告したものだった。ここで大事なのは、二学期の期末におこなわれた、英語の補習のテスト用紙を半分にカットしたものが使われていたこと。そして、それに『①』という数字が鉛筆で記されていたこと。この二点だ。その補習を担当した言野先生に確認してみると、補習を受ける生徒のクラスごとの人数がわかるように、一組は①、二組は②というふうに、先生がメモとして書いたものだった。そして、『①』と書かれたテスト用紙は、補習を受けた一組の人数分しかない、ということも確認できた。そのテストを受けた一組の生徒は、ぼくとユカリちゃん、加持くん、長、大河さん、香月さんの六人だった。つまり、報告状に使われたテスト用紙はこの六人しか持っていないから、犯人はこの中にいる、と最初は思ったわけなんだ」

「でも、違ったんでしょ? そこがよくわからないんだけど」

「その点については、後で説明するよ。続けるね。トキも、疑問があれば、いつでも言ってくれてかまわない」

「……わかったよ、兄さん」

 わたしは、いまだにトキが犯人だということが信じられず、向かいに座っている彼女の方に、あまり視線を送れずにいる。

「さて、ここでいきなり、犯人ではありえない人がわかるんだけど」

「あ、加持くんでしょう?」

「ユカリちゃん、正解。加持くんは、ぼくも驚いたんだけど、今日、そのテスト用紙の現物を持っていたんだ。もちろん、半分に切られていない、オリジナルをね。テスト用紙のアリバイが成立するから、加持くんは除外していい」

「結局、加持くんの持ち出したテスト用紙は、本物だと考えるしかないのね。まだちょっと悔しいわ」

「ついでに、補習を担当した言野先生も犯人として疑うことはできるんだけど、先生は昨日から出張に行っていて、帰ってきたのが今日の昼休みだったから、犯行は不可能だ。上履きが盗まれたのは、今朝の七時半から八時二十分頃の間だからね。出張のことで嘘をつくのは、他の先生に確認されたらバレる危険があるし、さすがにないだろう。だから、言野先生も犯人ではない」

「言野先生を疑うなんて、これっぽっちも考えなかったわ……」

 わたしは、精神的に居住まいを正したい気分になった。すると、トキが、

「ストップ。その、七時半から八時二十分頃というのは、どこから出てきたの、兄さん?」

「それは、すぐにわかるよ。――次に触れておきたいのは、標的がズレたことについてだ」

「標的がズレた……?」

 トキが、思いがけない、という表情を浮かべている。

「報告状に記された標的の名前と、それが入っていた靴箱の持ち主がズレていたんだよ。犯人にとっては、思いもよらないことにね。つまり、ユカリちゃんを標的にした報告状は、ぼくの靴箱から発見されたんだ。その理由がおもしろいんだけど、今さっき除外した加持くんが原因なんだ」

 加持からわたしに、わたしからアキラに伝わった加持と葉山の賭けの話を、かいつまんでアキラがトキに説明する。

「なるほど、それで犯行時間がそうなるのね」

 トキの相槌に構わず、アキラは続ける。

「報告状が用意された時、犯人は、ぼくたちのネームプレートが入れ替わることなど、まったく予想していなかった。そして、ネームプレートが入れ替わった靴箱を目の前にした犯人は、標的と異なる人物の上履きを盗む羽目になった。ここからわかることが一つある。それは、〈犯人は、ネームプレートの入れ替わりに気づくのに十分な知識を持っていない人物である〉、ということだ。ネームプレートの入れ替わりに気づいていたら、当初の狙い通り、『鹿目』と書かれた靴箱の中に入っているユカリちゃんの上履きを盗めばよかった。その際、ネームプレートを元に戻しておいてもよかった。でも犯人はそうしなかった。入れ替わりに気づいていながら、当初の標的とは違うぼくの上履きを盗んだと考えることは、ぼくにはできないね」

 わたしも、そんなことがあったとは到底思えないので、肯定の頷きをする。

「この犯人の条件から、まず、ぼくとユカリちゃんを犯人候補から外すことができる。自分の靴箱の位置がわからない人なんていないし、第一、実際の被害者と当初の被害者だからね。アリバイという点でも、ぼくとユカリちゃんは、今朝、家の近くから一緒に登校してきたから、犯行の機会はない。学校までは歩いて四十分くらいだから、登校時刻の八時二十分頃から四十分さかのぼった七時四十分頃以降は、互いのアリバイを主張できる。七時半の開門時刻からそれまでの十分の間に犯行を終えて家に戻ってくるのは、どちらにもちょっと無理があるからね」

 自分が犯人候補から除外されて、わたしは一応ホッとする。

 トキが、何かを発言しようとしたように見えたが、言葉を呑み込んだように口を閉じている。

「この条件から、もう一人除外できるんだけど。ユカリちゃん、わかる?」

「えーっと、そうね……」

 犯人は、ネームプレートの入れ替わりに気づくのに十分な知識を持っていない人物。言い換えれば、ネームプレートの入れ替わりに気づくことのできる人物は、犯人ではない。

 わたしとアキラの靴箱は、一つ挟んで隣、という位置関係。そして、その間にある靴箱の持ち主は……。

「長くん」

「またまた正解。長の靴箱は、ぼくとユカリちゃんに挟まれていてね。そんな位置に自分の靴箱がある人が、両隣のネームプレートの入れ替わりに気づかないなんてことがあるかな」

「でも、両隣がわたしとアキラだということはわかっていても、左右が入れ替わっていたら気づかないかもしれないわ」

「確かにそう。けど、長に限って、それは考えられないんだ」

「どうして? 長くんは、よくわたしたちの名前を呼び間違えるじゃない。今日だってそうだったわよ」

「まさにそれだよ。ユカリちゃんは、長が、どうしてぼくたちが二人揃っている時にだけ、名前を呼び間違えるのか、考えたことはない?」

「それは、長くんが人の名前を覚えるのが苦手だからでしょ?」

「人の名前を覚えるのが苦手というのが理由なら、ぼくだけ、あるいはユカリちゃんだけの時にも、長は呼び間違えるはずだよ。長が間違えるのは、ぼくたち二人が揃っている時だけだ」

「わからないわ……」

「ギブアップかい? じゃあ答えを言うよ。長は、彼から見て、左にぼく、右にユカリちゃんがいる時に、名前を呼び間違えるんだ」

「うん? それって答えなの?」

「もっとちゃんと言おうか。長は、左にユカリちゃん、右にぼくがいる時は、間違えない。左にユカリちゃん。左に羽左……」

「左に……ああっ! 左に、羽・左。わたしの苗字に『左』が含まれているんだわ!」

「やっと気づいたね。長は、二つの理由から、んだよ。一つは、入学当初の座席。そしてもう一つは、ネームプレート」

「わかってきたわ。入学当初の出席番号順の席が、長くんから見て、わたしが左、アキラが右だった」

 わたしの左がアキラ、アキラの前が長という座席配置を思い出す。

「それに加えて、ネームプレートの位置関係も同じ。極めつけは、左のわたしが、『羽左』という珍しい名前で、『左』という文字を含んでいた。ここまでくれば、長くんの中でイメージが固定された、というのも頷けるわ」

 出席番号順の座席は、定期試験のたびに着かされる席でもある。長の中で、定位置が定着してしまうのも納得だ。

「そういうわけで、長には、ネームプレートの入れ替わりに気づくのに十分な知識があったと考えられる。よって、長も犯人ではない」

 わたしは認めるしかなかった。トキが黙っているのは、おそらく、問題ないという判断をしているからだろう。

 それなら、長は今朝、ネームプレートを戻しておいてくれてもよさそうなものだが、いつも両隣を見るわけでもないだろうから、仕方ないか。

「残ったのは大河さんと香月さん。この二人については、ここまで考えてきたことだけでは、除外することができない。だから、犯人ではありえないことを示す根拠がないか、個別に見てみることにする。まず大河さんだけど、彼女が犯人ではありえない根拠は、あった」

 ミサキについて、わたしには思いあたることがあった。

「ひょっとして、ミサキちゃんは背が低いから靴箱に届かなかった、ってことじゃないかしら?」

 放課後に盗み見たアキラのメモ帳には、ミサキの身長と、靴箱の高さに関する記述があった。

「いいところを突いているんだけど、少し違う。確かに、ぼくたちの靴箱は一番高い列にある。けど、大河さんの身長なら、背伸びをすればだけど、届かないことはない」

 確か、ミサキの指高、つまり、手を上に伸ばした時の指先までの高さは、百六十五センチ。一方、靴箱の高さは、百八十センチ。背伸びをしてプラス五センチと考えれば、最上列の靴箱を開けることは可能だ。

「それなら、ジャンプをすれば、靴箱の頂上にあった、あの靴跡を付けることも、もちろんできたわよね。だったら、ミサキちゃんには犯行ができたんじゃないの?」

「ユカリちゃん、あそこの靴箱の下に足場として置いてあるすのこを思い出してよ」

「ああ、脚の具合が悪いのか、ガタガタうるさいアレね? アレがどうしたっていうのよ」

 今朝は、あの音で恥ずかしい目に遭ったのだ。

「想像してみてよ。大河さんが、ジャンプして、靴跡を付けたのだとしたら?」

「そりゃあ、すのこがこう、じゃない」

 ミサキがぴょんと跳ぶ姿は、さぞや可愛らしいだろう、と言うのはやめておいた。

「ほら、大河さんも犯人じゃない」

「待って、あんたが飛躍ジャンプしてどうすんのよ」

「事務員さんはこう言っていたでしょ。、ユカリちゃんが立てた音と声以外には、って」

「わたしが立てた云々とは言ってなかったわよ! でも、わかったわ。ミサキちゃんが犯人だと考えると、事務員さんの証言と矛盾しちゃうわけね」

「そう。ユカリちゃんが立てた音が印象に残ったなら、大河さんが立てたかもしれない音にも気づいていて当然だ。でも、そうではなかった。なら、大河さんは犯人ではなかった、と考えるのが道理さ」

「なるほどね、うまいもんだわ」

 トキの方を見ると、依然として黙したままである。

「じゃあ、香月さんは?」

「香月さんにももちろん、彼女が犯人ではありえないことを示す根拠があった。でもその前に、昼休みに見つかった上履きから出発した、ぼくの考えを聞いてほしい」

「東屋で発見されて、なぜか濡れていた、という上履きね」

「うん。八時半頃に、用務員さんが、見つけたばかりの上履きを、職員室の学年主任へ届けてくれた。その上履きは、学年主任によると、『雨に降られたように濡れていた』らしい。水の溜まった所に落ちて濡れたとか、水道の蛇口から出た水を浴びて濡れたとか、そういった他の濡れ方と区別した表現だと思う。実際、そういう濡れ方だったら、この天気だし昼休みには乾いていなかったかもしれない。だから、雨か、それに似たシャワー状の水によって上履きが濡れたと解釈していいと思った」

「わたしもそう思うわ」

 トキも頷いている。

「上履きが見つかったのは、昇降口から校門まで伸びた舗装路から左に外れて、運動場まで続く地面の途中にある東屋。屋根の下にテーブルと椅子があって、その椅子の下に放置されていたらしい。シャワー状の水で考えられるのは、雨か、シャワーか、ジョウロか、少し勢いは強いけどホースくらいのものだけど、四阿の中はテーブルと椅子しかなくて、見つかるまでの間放置されていた上履きが、たまたま、そのようなものから出た水に濡れることはない。

 では、犯人が故意に上履きに水を掛けた可能性。シャワーやジョウロ、ホースを使ってそんなことをしていたら目立ってしょうがないし、なるべく早く犯行を済ませたいはずだから、これらを使った可能性もないと考えていいと思う。

 となると犯人は、昇降口から東屋までの道中、雨に晒して上履きを濡らしたということになる。これなら、今言ったのよりは目立たないし、犯行を迅速に遂行する妨げにもならない。今朝は、八時頃に止むまで、強い雨が降っていた。開門時刻は七時半だから、犯行時間帯との矛盾はない。つまり、犯行時、雨が降っていたということになる」

 上履きが濡れていたことから展開される推理を聞きながら、わたしは、職員室で上履きが見つかった時に、アキラが目を瞠ったような表情を見せたのを思い出していた。

「ん? 要するに、香月さんが八時十分頃に登校したと言っていたから、雨が止んでいる以上、彼女は犯人ではありえない、ということ?」

「その登校時間は彼女がそう言っているだけで、本当のところはわからない。でも、もっと別のことから、香月さんが、雨の降っていない時間帯に登校したことが言えるんだ」

「もっと別のこと?」

「今朝、教室に入る前に香月さんと廊下ですれ違った時のことを思い出して。あの時、香月さんは、いつものように、地面すれすれまで伸ばしたスカートを穿いていた。けど、あのスカートは、濡れていなかった」

 あの廊下での光景を頭の中で引っ張り出してみる。すれ違いざまに、わたしは香月の後ろ姿を見つめていた。より正確に言えば、スカートの揺れを見つめていた。

「確かに、あの時、香月さんのスカートは濡れていなかったけど」

「犯行時、雨が降っていたということは、昇降口から東屋までぼくの上履きを持って移動する間、空の下にいたことになる。傘を差したとしても、普通の膝丈くらいならまだしも、んだ」

「あっ!」

 わたしは、今まで以上の驚きとともに小さく叫んだ。

「それに、東屋の周囲には細い草が生えていたから、雨に打たれて濡れそぼった草に触れることによっても、スカートが濡れたり汚れたりしたかもしれない。だけど、本鈴が鳴る直前の香月さんのスカートには、まったく濡れたり汚れたりした形跡がなかった」

「濡れないように、スカートをたくし上げたとかは?」

「片方の手で傘を持っている上に、もう片方の手で上履きを雨に晒すという状態では、両手が塞がってできないよ」

「そっか……」

「そもそも、犯人が学校に来るまでの道中にも雨が降っていたことになるから、香月さんが犯人なら、あの長いスカートがまったく濡れないとは考えられない。香月さんは、学校から徒歩五分のところに住んでいるらしいから、彼女は本当のことを言ってくれていたわけだね。ということで、香月さんも除外される」


     *


 香月も犯人ではありえないことになり、結果、なんと補習を受けていた六人全員が除外されてしまった。

 その事実は驚くべきことだが、ここまでの推理展開にただただ圧倒されたという心もあった。わたしには、どう扱えばいいのかわからなかった、いくつかの手がかり。だが、その他にも推理を組み立てるのに必要な情報を、アキラの目は決して見逃していなかった。

 自分の目が、いかに狭い範囲しか見ていなかったか、ということに対する自虐と、どんな些細なものもその目に捉える、アキラの観察力への感服。それらが入り混じった気持ちを、わたしは抱いた。

 トキも、呆然とした顔をしている。

「六人とも消去されたということは……つまりどういうことなの?」

「前提が間違っていたんだよ。テスト用紙を持っている六人の中に犯人がいる、という前提がね。なら、正しい前提は何か。もっと正確に理解するべきだったんだ。、ってね」

「ああ……」

 確かに、問題用紙を使えた人物は、持ち主に限らない。なぜ、言われるまで間違いに気づけなかったのだろう。

「では、消去された補習組以外で、テスト用紙を手に入れる機会があったのは誰か。言野先生は犯人ではないから、先生が『①』と書いたテスト用紙は、補習を受けた一組の生徒の人数分しかない、と言ったことを疑うことはない。やっぱり、補習組が持っているテスト用紙が焦点になってくるわけだね。それで――」

 と言って、アキラは、例のメモ帳をポケットから取り出した。目当てのページを開いたらしいアキラが続ける。

「合計六枚の、『①』と書かれたテスト用紙が存在するわけだけど、それぞれの行方はこうなっている。加持くんのテスト用紙は、所在が確認済み。大河さんのものは、彼女がゴミ箱に丸めて捨てたと言っていた。彼女は犯人ではないから、信用していいと思う。そして、残った四人。ぼく、ユカリちゃん、長、香月さんのものは、それぞれの家のどこか。これも同様に信じていい」

 一旦、間を置くと、

「そこで、ぼくはこう考えた。なら、テスト用紙を手に入れる機会があったのではないか、って」

 本来の持ち主からこっそり拝借するのに、家族ほど容易な人物はいないかもしれない。

「靴箱から見つかった報告状は、新品のように折れ目も皺もなかったから、大河さんが丸めて捨てたものが使われたとは考えられない。だから、大河さんを除いてだけど、、ということになる」

「補習組の家族の中に犯人がいる……。なるほど、それで、あんたのメモ帳に、家族構成がメモしてあったのね」

 アキラが一つ頷いて、

「ここで、検討しておかないといけない問題がある。それは、犯行の容疑がある補習組の家族の中に、現在進行形での楓山高校関係者がいる可能性についてだ。前提を間違えて、補習組だけを真っ先に疑ったのは、犯行の機会を得やすい学校関係者であるということが強く作用したからだと思うんだ」

 言われてみると、そのような気がする。自己弁護のようだが、学校の昇降口で事件が起きれば、犯人は学校関係者の中にいると考えてしまっても無理はない。

「学校の関係者であるか外部の人間であるかの違いは、犯人特定に関わってくる問題だから、ここでちゃんと確認しておこう。で、補習組から家族構成を訊いてみたんだけど」

 アキラが、補習組の家族構成が載っているページを開いて、わたしとトキが等分に見られるように、コタツの中央からややアキラ寄りに置いた。

「見てもらうとわかるけど、補習組の家族に、高校で働いている人も、高校に通っている人もいない」

 会社員、銀行員など、高校に関係のない職業と、大学生、中学生、小学生など、高校に関係のない身分しか書かれていない。

「自分のことだから、ぼくの家族構成はそこに書いていないけど、両親は旅行に出かけていて、アリバイは成立。ぼくの家族に関しては、妹であるトキだけが、犯人候補になる」

 トキは、何の反応も見せず、ただ兄を見つめている。

「よって、補習組の家族は、楓山高校の関係者ではない、外部の人間だということになる。それはつまり、犯行をおこなうにあたって、犯人は校門をした、ということだ。ここでうまい具合に、大河さんが、開門時刻の七時半から三十分の間に、校門を出ていった人を三人見かけている。今年度から新しくデザインされたブレザーを着た一年の男子が二人と、一年の女子が一人だったらしい。証言だから、大河さんにはそう見えた、と捉えておこう。ちなみに、七時五十分からは、生活指導の鮫島先生が、校門に立って生徒を迎えていたんだけど、先生がいた間には、門を出ていった生徒はいなかったそうだ」

 ラストスパートにかかったのか、アキラは喉を潤すために、茶を啜った。

「登校時間を過ぎても犯人が学校に留まっていたはずはないから、犯人はその三人の誰か、ということになる。でも、そのうちの一人は、イカサマ行為を終えた加持くんだろうから、実質は二人のどちらか。犯人は高校生に見えてもおかしくない年格好で、現一年生しか持っていない新デザインのブレザーを着ることのできた人物。ブレザーなんかは普通一着しか買わないから、補習組の中で、の家族にだけ、それを着る機会があったことになる」

 アキラが一息つくわずかな間に、わたしは、緊張とともに唾を飲み込んだ。

「ぼくの家族の中で、高校生に見えてもおかしくなくて、今朝、ぼくより早く家を出ていて、中性的な顔をしているから、男子の格好をしていても不自然ではない人物が一人だけいる。ズボンの方は、夏用を拝借したんだろう」

 アキラは、斜め前に座る人物を見据えて言う。

「と、こういうわけだ。トキ?」

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