珈琲物語
凪 奏
珈琲物語
喫茶店に入るとチャリンとベルが客の入店を知らせる。
喫茶店「Art」。ここは彼の店だ。正式には彼のおじいちゃんの店。でも私が来るときいつもは店をやっているのは彼だから彼の店だ。
店内はテーブル席が五つとカウンターに少し高めの椅子が八つあり、外にはテラスに席が二つあり底からは海が一望できる。
彼はそのテラス席で客の注文受けていて私に気づかなかった。私は自分がいつも座る席が空いているのに気付いたのでいつものようにそこに座った。彼がまだ戻ってきていないことに私は少しほっとした。今はまだ彼の顔を見れないから……
彼の店はテラスから海が一望できるという事でこの辺の穴場スポットである。そのためかいつも来るような彼のおじいさんのお客さんはよくカウンターの端にいて、テーブル席やテラス席には初めて見るお客さんが座る用になっている。
基本的には木をメインで使った雰囲気で暖かみを感じる店。でも今、その暖かみは私を締め付けるようで息苦しい。
彼が注文を取り終えて店内に戻ってくる音がした。
私は彼を見ることは出来ない。それでも何故か彼が私に気付いて少し驚く顔が脳裏に浮かんだ。するとすぐにいつものように彼がお冷やを持って来て注文を聞く。
「ご注文は?」
彼の声だ。当たり前か……彼の店なのだから。
「カプチーノ」
私はメニューも見ずにカプチーノを注文する。ここは何年も前から毎日のように通っている店だから。でも、ここ最近は来ていなかった。来るのは一週間ぶり。
今日来た理由は彼の返事を聞きに来たからだ。
一週間前。私は彼に「好きです」と告白をした。
そしたら、彼に返事は待って欲しいと言われたのだ。
彼と私は幼稚園からの付き合いで、いわゆる幼なじみ。ずっと仲良くやって来た。
小学校の頃はお互いの家が近かったため一緒に登下校したりそれぞれの家に遊びにいったりして、中学校はお互い地元の中学に入学。小学校と変わらずに一緒に登下校すると中二の頃からからかわれるようになった。お互いに少し恥ずかしくなったものの特に関係がこじれることはなかった。でも、ここで私は彼に対する考え方が変わり始めたのかもしれない。
そして高校入学試験。その頃ついに自分の恋心に気づいた私は何とかして彼の志望する高校を探り当ててそこを受けて合格。そこからも高校は一緒に通ったが会話は昔よりも少なくなっていた。
彼は昔から無口だったから私はそれほど気にしなかった。私が何かを話してもただ聞いてくれることが多かったが、たまに話を返してくる。それが私は嬉しくて、何度も何度も話しかけた。でも、今はそれが迷惑だったのではないかと思ってしまう……
そこから私は小学校の頃のよくわからないけど好きだった彼じゃなくて、その時初めて彼の無口なところという具体的なところが好きになった。
そしてその頃から私は彼も私のことが好きだと思い込んでいたのだ。
でも、予想と違った返事に私は驚きのあまり「うん」としか言えず、自分の勘違い故の恥ずかしさにその場を去った。
昨日。彼から「明日店に来てほしい。返事をする」とメールが来たから私はここに来た。
キッチンに戻った彼は豆を挽いてホルダーに入れてタンピングをする。つぎにホルダーを抽出口にとりつけ、少ししたら抽出レバーを下に引く。そして抽出口からはドロドロとイタリアンローストで更に濃くなったエスプレッソが流れ出てくる。
流れ出るエスプレッソをカップで受け止め、次はフォームミルクを作る。
ジュルルと音を立ててミルクがピッチャーの中で暴れる。
出来たフォームミルクを机てトントンと叩いて大きな気泡を消す。
そうすると閉め細かいフォームミルクが出来上がる。
この知識も通いつめて少しずつ彼に教えてもらったものだ。
いつもは心地よいミルクとピッチャー、ピッチャーと机の奏でる音が今日は私の鼓動を促進させ目頭を刺激して複雑な感情が私の中で暴れだす。
フォームミルクが整ったら彼はすぐにラテアートを描き始めた。
私は彼の抽出レバーを握る力のこもった手が好きだ。
彼がコーヒーを淹れる姿が好きだ。彼の淹れるコーヒーが好きだ。彼が描くラテアートが好きだ。そうして無口なところから始まり、今では私は彼のーー全てが好きだ。
私は何で今日来たのだろう。どうせ一人だけで舞い上がって、自分勝手な期待を押し付けて彼に迷惑をかけたというのに……
期待と失望の妄想が頭の中ををグルグル巡る。そこに彼はやってくる。
「お待たせ……」
私が色々と考えて待ってると彼はカップとソーサーをカタカタと鳴らしてコトンと机に置く。完成したカプチーノを持ってきた。
そのカプチーノを見て私は驚いた。
カプチーノのラテアートは綺麗なハートが描かれている。そしてソーサーのそばに一通の私宛の手紙が置かれた。彼の字だ。
私は驚いた上に怖かった。その手紙の中身に興味が湧くのに開くのが恐ろしい。
でも、見ないわけにはいかない。ちゃんと決着をつけるのだ。
手紙を読む。自然と涙が溢れてきた。落ち着こうとカプチーノを飲もうとしたが更に沢山涙が溢れてきた。
やっと涙は少し落ち着いたものの、私は恐る恐る顔を上げて彼を見た。彼は少しばかりか頬を赤らめて私の方を見ている。久しぶりにしっかりと彼の顔が私の水晶体に刻み込まれる。私はまた涙が溢れてきた。泣き声を手で抑え混んでまた彼をみる。
「私、ここ最近驚いてばっかり」
「うん、ごめん」
今にも消えそうな彼の声。緊張しているのかな。でもこれでいいの。こんな彼が私は好きなんだ。
Fin.
珈琲物語 凪 奏 @Keni
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