64話 アオイと仲間

 私――ただのぺんぎんは、仲間のぺんぎんさんを引き連れて来た新たな拠点にて、ゆっくりとする。


 ふと後ろを向くと、ここに決めた理由である湖が、陽を反射して綺麗に輝いていた。

 何故、湖が良かったのかは分からない。単純に水辺が住みやすいのもあるけど、なんとなくだ。


「うーん、やっぱりこの星マークは消えないんですね……。お腹の模様は、気づいたら消えていたのに」


 映った自分の姿に、ため息を吐く。頬にあるこれ、そのせいで中々ぺんぎんさんの輪の中に入れなかった。とはいえ、かなり気に入ってはいるんだけどね。

 まあ、星うんぬんの前に、人間くさかったから嫌われてたみたい。人の言葉も喋れるぐらいだし。


「ぴぎょぎょ?」

「なんでもないですよ。今日も、のんびりお魚釣ったりして過ごしましょうか」

「ぴっ!」


 ぺんぎん語が分からなかった私。でも今は、分かるようになったよ。

 こんな変な私だけど、他のぺんぎんさんよりもかなり魔力が多くて、超音波対決に幾度となく勝利した。それで、仲間もしくは子分とも言えるぺんぎんさんが、いつの間にか増えていたのだ。


 自然界で強いのって大事だね。



「やっぱり、人間は襲いたくないですからね。もし誰か来ても、いつものように超音波でけん制して、それでも来るなら気絶させて外に運んでください」

「ぴぴっぴぎょ」


 分かってるよボス、という元気な声を上げるナンバーツーのぺんぎんさん。通称ツーさんだ。

 ぺちぺちと、拍手をして号令をかけ、他のぺんぎんさんにも伝えてくれる。


「あんまり柄ではないんですけど。ボスらしく、魚をたくさんとっとかなきゃ」


 私は強力な超音波を湖に向けて発し、泳いでいる魚型の魔物の意識を奪う。気を失っていたり、混乱しておかしな動きをしている。


 さて、後はひきあげて……あれ。これ、どちらかというとパシリっぽいような。


「こ、細かいことを気にしたら負けです。子分を養うのは立派なボスの務め。人間から奪うのも気が引けますし、ぺんぎんさんに食べさせるなら、魚が一番らしい・・・ですからね」


 とはいえ、たまにオークとか狩って食べてるけど。



「そういえば、何で私は人間とぺんぎんさん、ぺんぎんさんにだけ『さん』をつけるんだろう。ふふ、何だか元が人間だったみたいです。最初から私もぺんぎん……」

「ぴぴぴぴぴっ!」


 一匹で考えながら魚を引き上げていると、ツーさんがアラート音を発しながら駆けてきた。ぺっちんぺっちんと。


「どうしたんですか、ツーさん?」

「ぴぴぎょ!」

「すごく強い人間が来て、超音波が全然効かない……? わ、分かりました。今すぐに……!?」


 向かいましょう、と口にする前にその人達が現れた。



 男女が二人ずつの、ハンターらしき人。

 大人の男性と女性、その二人より若い女性に、青年。


 ツーさんが報告してくれた通り、仲間のぺんぎんさんの超音波をものともせずに近づいてくる。


「あれは、結界? でも、あんな風に一人で張ってる人なんて。それに、超音波を防がれた事があっても完全にじゃないはずです。あの青年、は……うぴえっ」


 彼らについて観察していると、最近は久しくなかった、奇妙な頭痛がした。何故か急に、ケモミミなどのもふもふに思考が占領されるのだ。


 頭を振り、現実に意識を戻す。ちょうどその時、向こうからも私が見えたらしい。私の顔を確認した男性が、声を上げる。


「アオイ……っ!」


 え?


 何ともいえないような表情を浮かべている。懐かしさなのか、寂しさ……ほっとしているのかな。いろんな感情が混ざったみたいに見えるね。


 ここに越してきて数日な私を知っているのか、彼の仲間も次々に、はっきりとこちらを向いて叫び始める。


「アオー!」

「にゃにゃにゃあああ、アオイちゃん~」

「アオイ、さん。すぐ……行く!」


 んんん?


 超音波もぺんぎんさん達の体も、全てを通さない結界を貼り、進む彼ら。



 しきりと、アオイ、アオ、アオイちゃん、アオイさんと……。


 そんなに何度も言われなくとも分かります。


 ぺんぎんだから、青いのは知ってますよ!



「青い青いって……。まあ、馬鹿にしている声音ではないですが、とりあえずは敵。私が対応します」

「ぴぎょぎょっ」

「大丈夫です、私のなら強力ですから多少は効くかと。その間に、ツーさんは他のぺんぎんさん達を連れて逃げてください!」


 幸い、全員大した怪我もない。相手の情けなのかな、用があるのは私だけみたいだし。


 人間向けの超音波を発する私。


 さすがに効いてくれたらしく、少しだけ動きが鈍る。


「ピエ――ン……って。どうして逃げないんですか、ぺんぎんさん達!」

「ぴっぎょ、ぴぎょ」

「何があってもボスと一緒に、ですか」


 私の後ろに貼りつき、はたまた立ちふさがるように前に出て。おしくらまんじゅうのごとく、ぺんぎんさん達が取り囲んでくれている。


 嬉しい、けど。……いえ、仕方ないですね。一緒に捕まりましょうか。



 覚悟を決め、とはいえ最後のあがきとして超音波の威力を高め、彼らが目の前に来るのを待つ。


 かなり苦しいらしく、結界の中にいるハンターが顔をしかめていた。


「っ……!」


 けれど、決して止まろうとはしない。


 ゆっくりと、着実に一歩ずつ近くへと。


 私の前にいたぺんぎんさんが結界によって押しのけられ、左右に散る。



「……ようやく迎えに来れたぞ、アオイ」


 ついに、手の届く範囲にまで許しまった。


 男性の目。真紅にもかかわらず、どこか安心感のするその色を、しっかりと見据える。



「迎え、ですか。……分かりました。見世物に、もしくはぺんぎん肉にする気かは知りませんが、せめてこの子達だけぴぇぇ」

「アオイちゃんアオイちゃんアオイちゃんアオイちゃん」


 男性に向かい、私のマヌケ顔にできうる限りの決死の表情で語りかけていると。その隣から猫耳の女性が抱き着いてきた。いつの間にか結界は解いていたらしい。


「な、何をするんでふか」

「……」


 もみゅもみゅもみゅ。


 無言で私の頬っぺたを、こねくり回す女性。


 ぴぇ。こんなの、人間にされた事……。



――――あれ?



 こうやって優しく、どこかで。


「そう、いつでしたっけ……しまった。これだと、またもふもふ病がっぺぺぺぺぺ」

「うんにゃら~!」


 もふみに考えが奪われる前に、女性の手つきがさらに速くなった。今や、このもみゅりの事しか考えられない。

 頭の中から、狐やら狸やらのケモミミが消える。


 優しいだなんて甘いもんじゃない。どんどん激しく。



――――ああ、なんだ。



 こんな風に私をもみゅるのは、一人しかいないよね。




「……もう。そんなに揉まれたら、小顔になっちゃいますよ――――キルティさん」


「――っ! アオイちゃん!」



 ふんわりと、キルティさんの手を持ち、止める。


 彼女の桃色に輝く瞳から、涙があふれ落ちた。




 ……また、皆さんに見つけてもらっちゃいましたね。

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