63話 ロウとその湖から

「今日はそうだな……。まずは冒険者ギルドに行って、その後はアオイと会った湖に向かってみないか」

「おーロウ、それいーなー!」


 俺――ロウはアニモスの宿屋にて、『魂の定義』のメンバーへ問いかける。レモナも賛成し、他の皆も異論はないようだ。


 昨日は到着したばかりだからか、市場の人達と宴を開き、宿屋ではミュンと話したり遊んだりしたが。少し遅い時間まで寝ていただけで全員元気そうだ。特にレモナが。



 通りを歩く人に声をかけられ、ラシュエルが食材を貢がれ即座に完食しつつ、ハンターギルドのアニモス支部にたどり着いた。


「おや~。『魂の定義』の皆さんですね~」

「メネじゃん。やっぱ久しぶりでもさ、覚えててくれてるっつーのは嬉しーなー」


 俺を押しのけ、ずいっと受付カウンターに身を乗り出したレモナ。対する女性は、きつね色のショートヘアーにまろ眉で、優しそうな微笑を浮かべている。メネというギルド職員だ。


 ゆっくりとカウンターの上、それから俺達の手元と足元を見ながらメネが話す。


「皆さんは特に印象的ですから~。お綺麗な見た目で注目は高かったのと、こちらが、ふれあいショーでアオイさんに失礼をしてしまった事もありますし。……そういえば、アオイさんは今日は?」


 あちこちを見ていたのは、アオイを探していたからだったようだ。俺は、何度か繰り返したアオイの現状について説明する。


 関わりのあった人は皆、アオイがいない事に気づき訊いてくる。それだけアオイが好かれているという事だと思うと、仲間として嬉しいな。



 その後は旅先での、ダンジョンやら魔物についての話を振られたので話しこんでいると。


「うわーんっス! 『魂の定義』が返ってきたっスー!」

「ふにゃにゃ!? びびびっくりしたよ~」


 大柄な狼男が俺達に向けて、入り口から飛びこんできた。スフゴローという、アニモスで世話になったもう一人のギルド職員だ。

 危うく巻き込まれてぶっ飛びそうだったところを、キルティが紙一重で避けている。


 カウンターに音を立てて激突するスフゴロー。


 ちらりとメネの方に視線を移すと、変わらぬ笑みなのに、ぞくりと背筋に冷たいものを感じる雰囲気。


「ス~フ~ゴ~ローく~ん? 皆さんにぶつかりそうだったどころか、他のハンターがいたらさらに大惨事ですよ?」

「うぅ、すんませんっス。メネ先輩」


 確か、メネは三度か四度か怒らせると本気で怒り怖いのだと、以前にスフゴローから聞いたな。

 あんな調子のスフゴローだから一発アウトなのか、それともすでに数回目なのか……。


 そのまま続ければ、いずれまたスフゴローがやらかしそうな為、ある程度で話を切り上げる。


 次に向かうのは、朝の予定通りアオイと会った場所。リンドの森の湖だ。



 ☆



「うんうん、ここだよね~。ロウロウ。アオイちゃんね、見た瞬間からすっごくかわいかったんだからね~!」

「そうだな、キルティ。……なあ、尻尾の攻撃もだんだん強力になっているからな?」


 “かわいい”が魔法の原動力のキルティにとって、アオイがいなくなった後の一時期、魔力が少なくなっていた。だが、会いたい気持ち一心で前よりも魔法の威力を上げたキルティ。

 だからといって、黒猫尻尾をバシバシする攻撃というのか、それまで強くならなくてもいいと思うぞ。当たる俺の背中がな……。



「うっしゃ、一番ノリー!」

「あ~! レモナずるいよ~。待て~」


 先を行くレモナを追い、キルティが湖の縁まで駆ける。


 俺とラシュエルもゆっくり着き覗き込むが、相変わらず、おかしな魔物が湖の中を泳いでいた。ヒレがないのに、あれはどうやって泳いでいるんだ? 代わりに刃がつき、そうせねば死ぬかのような必死な形相で泳いでいるやつもいるが。


 ラシュエルが周囲を見て位置を確認し、自分の立っているところを指し示す。


「ちょうど、この……辺りかも。アオイ、さんがいて、ぼく達が来たら土下座してた」

「なはは! あれは驚いたよなー。しかもスライディングぺんぎん!」


 いつかの光景を鮮明に浮かべたらしいレモナ。デジャブかと思う程、レモナが同じように腹を抱えて笑っていた。


「まあ、あれは……毒気を抜かれたというのだろうな。魔物かと思えば、妙に人間くさかった」

「そ~そ~ロウ。最高にかわいくて、すぐに仲間にしたくなっちゃったんだよ!」


 そうか、キルティが始めに、アオイを仲間にしようと言い出したんだったな。


 水の中に杖を入れ、魚をつつこうとしているラシュエルを止めながら記憶をたどる。……懐かしいな。この場所にいると、案外、数日前の事だったのではないかなどと思えてきた。実際はもう四年も経つというのにな。



 珍しく静かなレモナに、俺もぼんやりとしてしまった時。


 泳いでいる魚とは違う、黄緑色が唐突に湖に現れた。


『ラーノ参上ラー……へぶっ』


 見えたのは、海の底の家にいるラーノという魔物だった。

 いきなり来たかと思えば、いまだ浸かったままだったラシュエルの杖に突き刺さっている。


「んおい、大丈夫かよ!」

『へ、へいきラーノ。ラーノはこんな事で動じない……』


 レモナの言葉に、魔物がもがきつつ答える。

 腹に書かれた『神』の文字の部分にちょうど被っていた。とはいえ、本当に刺さっているわけではないようだ。


「すごい伸縮性だな。前に進もうとせず、戻ればいいんじゃないか?」

『お前、良い事言ったラーノ! ぽこんラーノ♪』


 もちのように伸びる体。杖に引っかかっていた腹も、後ろに行くことで元に戻っていた。ある意味、羨ましいな。


『と、そんな事より。ラーノ達のこと、すっかり忘れてたラーノ!? 海や湖しか移動できないから、そこに近寄ってくれなきゃ、せっかくの情報をすぐに伝えられないじゃねーかラーノ』

「あー、悪ぃ。ちょい忘れてたっつーことはないかんな? てかあんま、そーいうとこ無いんだよなー」


 水からは出られないのか、独特な泳ぎ方で留まる魔物。レモナが返事をしたが、興味がないのか緊急なのか、そのまま続ける。


『とにかく急ぐラーノ! ぺんぎんが』

「アオイか。まさか、見つかったのか!?」

『ラーノを舐めるなだぜ。やっと移動できるような場所に、ぺんぎんが来たラーノ! 場所は……』


 アオイの特徴については、すでに話してあるから魔物達も見つけられる。


 場所を聞き、それなりに離れてはいるが、問題はない。すぐに向かえば、そうかからずに着くだろう。


「助かった!……今すぐ、行こう」

「だなー。サンキュー、ラー!」

『ふっ。行ってこいラーノ♪』


 仲間を促し、鈴の音のような小動物じみた魔物の声を背に、駆け出した。



 ☆



 あれから、できうる限りの速さでここまで来た。



 近くへ行くが正確な位置までは分からず、現地の人へ訊き、その後は俺達だけで向かう。


 かなり奥まったところにあるらしい。



 急く気持ちを抑え、慎重に草木をかき分け進んだ先は。




 アオイと最初に会ったような、綺麗な湖の前。



 右の頬に星のマークをつけたぺんぎんが――――……アオイが、いた。

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