62話 ラシュエルとあの日のテーブル

「今度は、ようやく……アニモス?」

「そうだぞラシュエル。アオイを探しながらだから、ここまで戻ってくるのに時間がかかってしまったな」


 ぼく――ラシュエルが確認すると、ロウが返す。


 アオイさんと会えなくなって……もう、三年半。


 だからアニモスには四年くらい来てない、と思う。

 市場の人達、覚えててくれてる……かな。ぼくは少し大きくなったから。皆はあんまり変わらないって言うけど、喋るのも前よりは良くなったし。それに、もうキルティの背は越したから。



 懐かしさを感じながら街に入り、馬車を降りて道を歩いていると。


 向かいから来た人が、ぼくの顔を見るなり持っていたトートバッグを落とした。


「天使、さま……?」

「ん。市場の、果物屋さんの人」


 ぼくが気づいて近づくと、以前よく果物をくれた人だ。確か最初にリンゴをもらって、そこからいろんな食べ物をもらうようになった。


 相手は全く動かない。

 どうかしたのかなと、はふぅとあくびをして待つぼく。


 やがて五十代くらいの、その男性が感極まったように……ううん、もう極まって若干泣きながら話し始める。


「暴食の天使さま、アニモスに戻ってくださったなんて!  くぅ、これは八百屋のじいさんも知ったら驚いたろうな……」

「え」


 何で、過去形なの。前にぼく達が来た時、すでにおじいちゃんだった。……もしかして。


「会えないと悔しがるじいさんの顔が浮かぶようだぜ。ん、暴食の天使さま、そんな暗いお顔でどうされました?」

「だって、八百屋さんの人、は」


 野菜を食べるのじゃよって、元気そうに笑ってたのに。もっと早く来れればよかった。せめて生きてるうちに……。


「それにしても大きくなって! じいさんなら、そのうちソネリの村から戻ってきますんで、ちょいと滞在してってくださいよ」

「ん。生きて、るの?」

「まだまだ元気じゃよ、暴食の天使さま。こやつが変な言い回しをしたせいで、混乱させてすまんのう」


 果物屋さんの後ろから、八百屋さんが来てぼくに声をかける。確かに元気そうで、体を支えるための杖を、こつっと軽く果物屋さんに当てていた。


「早めに帰ってきてよかったのぅ。ほれ、ほかの皆もいるぞぃ」

「おやまあ! 天使さまじゃないかい」

「がっはっは。戻ってきてくれて嬉しいですぜ」


 さらにお肉屋さんのおばちゃんに、魚屋さんのおじさんまで、どこからか現れてきた。待ち伏せしてたわけじゃない……はず。不思議。



 ちょうど、以前に『天使さまにあやかり隊』と名乗っていた人達が集まったかたち。ここでぼくは、はっとする。前は胴上げとか、パレードとか言ってた……かも。


 アオイさんを真似して、ぷるぷる震えながら言われるのを待っていると。


 頭にぽんと、ロウが手を乗せぼくを止めた。絶対、ロウは頭をボタンだと思ってる。


「天使さまのおかげで、うちらの店も客足が増えたんだよう! ささ、ここはひとつ」

「お、宴すっかね!」


 パレードと言いかけたお肉屋さん。その前にレモナが、宴と言い換えてくれたから助かったかも。でも、レモナがやりたいだけな気がする。多分、そう。


 ここは大きめの通りだから、人が多い。宴、宴との騒ぎを聞いた人も集まってきた。ぼくの事を知ってる人も多くいて、天使さまー、と数秒ごとに聞こえてくる。


「うにゃにゃ! やっぱりラシュくんは大人気だね~。楽しいね、ラシュくん!」

「……ん、キルティ。楽しい」


 ぼくは静かにしてる……というより寝てる事が多いけど、騒がしいのも嫌いじゃ、ない。


 レモナや『天使さまにあやかり隊』、あとは集まった他の人にもみくちゃにされながら、結局は胴上げに近い勢いで押され。

 もっとお店の多い場所まで移動したぼく達は、懐かしいたくさんの人と宴を楽しんだ。



 ☆



「…………あれ、今いつ?」

「起きたのか、ラシュエル。まだ日は越してないぞ。もう解散して、宿屋に向かっているところだ」


 さっきまで、果物屋さんが自分のリンゴがどれだけ、テカテカじゅーしーっ娘だかを力説してたところだったのに。

 その少し前は、ぼくが貝がらや骨付き肉の骨を食べて驚かれ、何故か崇拝されて……。


 とにかく今は、気づけばのんびり歩いているところだった。


「ラシュくん疲れたのかな、途中から寝ちゃったんだよ~?」

「んだなー。てか、ラシュがいつからか身につけたさ、その歩きながら寝んの便利だよなー」


 横で魔女帽子をかぶり直しているキルティ、前にいるレモナが振り返って話す。レモナの金のポニーテールがまた長くなってて、綺麗だけどちょっと邪魔、かも。


「抱えてもらうには、大きくなった、から。……やろうと思えば、できる」

「や、無理じゃね?」


 レモナは言いつつ、やってみるかと、目をつぶる。


 けど眠くなって頭が落ちてきたところで、足元に置かれた箱に気づかず蹴っ飛ばし、ずれたバランスを戻そうとして、二次被害でロウにもぶつかってた。いつもの運動神経の良さが、全く発揮されてない。

 もしかして、皆できないの? 簡単なのに。


「レモナ……。せめて室内でやってくれ。無駄に脚が長いから、被害がでかいぞ」

「ってて。悪ぃロウ。これできるとかヤベーけど、ま、ラシュだかんなー」

「にゃはは~! レモナ、ドタバタしてたよ~」


 尻尾をバシバシと振りながら笑うキルティを、レモナが追っかけて遊んでる。また別のものにぶつかりそうになるけど、今度は見えてるから回避。


 ぼくは大きくなったのに、皆はあんまり変わんない……かも。


 アオイさんがいなくても超音波を防げるように、専用の結界も習得した。あとは、依頼を結構こなしてたから、ギルドランクは上がったよ。



「ラシュエル、どうした? もう宿屋だぞ」

「ロウ。ミュン、ちゃんも。大きくなった……かな」


 ぼんやりしてたぼくを見て、ロウがレモナを捕まえながら言う。

 ミュンちゃん、会った時は三歳くらいだったはず。


 答え合わせにと、ミュンちゃんのいる宿屋へと入るぼく達。


「いらっしゃいませー! 四名さまですね……あ、あれ?」

「久しぶりだな。さすがに小さかったから記憶にないか?」


 扉を開けたとたん、七・八歳程の少女の、元気な声に迎えられた。

 オレンジ色の髪、てっぺんで一束結ぶのは変えてないみたい。今のミュンちゃんはもう、ぺんぎんの着ぐるみは着ていない。少し、寂しい。


 ぼく達の顔を順繰りに見て、驚き笑うミュンちゃん。


「勿論、覚えてますよ!……といいたいところですが、具体的にはあんまり。すみません、でも皆さんにこの宿屋で会ったことは、はっきりと!」

「お、やっぱ宿屋の娘だなー」


 レモナはすぐ忘れそう。


「それで、ぺんぎんさんは今日はいらっしゃらないんですか?」

「あれれ? アオイちゃんは覚えてくれてる?」

「はい。ぺんぎんさん大好きで、滞在されてた時はすごく楽しかったですから」


 にっこり。アオイさんを思い出し、太陽のような華やかな笑顔になるミュンちゃん。

 笑った顔は、四年前と一緒。


「ミュン? 何かあった……あら。皆さん、お久しぶりです。ミュン、ここはいいから皆さんとお話してきなさい」

「ホント!? ありがとう」


 ミュンちゃんのお母さんが、様子を見にきて、受付を交代してくれる。お母さんはあんまり変ってないみたい。

 ひとまずは受付をすまして、ミュンちゃんと食堂に。


 ぼく達がよく座っていたテーブルが空いていたから、そこで話を再開する。


「にしてもさ、ミュンでかくなったなー」

「はい、おかげさまで!」


 レモナが、ミュンちゃんの頭の上に手を当てて計測しながら話す。みょんって伸びた、髪の毛は身長に入らない、と思う。


「あの、それでその」

「アオイちゃんの事かな? ミュンちゃん、あのね。今アオイちゃんは……」


 笑顔をふと薄めたミュンちゃん。キルティは、アオイさんがどこにいるか分からない事を説明する。


「そう、だったんですね。……そうだ、皆さんにお返ししたいものがあるんです!」

「返したいもの?」


 そう繰り返したロウに、はいと頷き、奥へと行ってしまったミュンちゃん。

 すぐに戻ってきた手元には、しおりがあった。


「これ……ククロの、花」


 ぼくは見て、それが少し珍しいハート型のククロの花を押し花にしたものだと気づいた。


 この花を採ってくることが、アオイさんと初めて受けた依頼。


 そのしおりは大事に保管されてたらしく、綺麗だった。優しく持つミュンちゃんが答える。


「そうです。花びらがひし形の、普通の花言葉は『繋がり』。でも、母から皆さんに依頼をしたこの花は『再会』で、いつかまた会えるって言われてるんです。皆さんがぺんぎんさんに会えるように、これをお返ししようと思いまして」

「ありがと~ミュンちゃん! だけど、ね~?」


 キルティは差し出された押し花を受け取らず、ぼく達を見渡す。

 言いたいことは、分かるから。ミュンちゃんに伝えていく。


「それは、アオイがミュンに渡したものだ」

「んだなー。しかもさ、アタシらはアオをすぐ見っけられるって!」

「うんうんだよ~。ミュンちゃんにはね、アオイちゃんを探せたら絶対連れてくるからね~。その時に見せてあげてね」

「ん。ミュン、ちゃんが持つ……べき」


 ロウもレモナも、キルティもぼくも。全員、同じ気持ち。

 アオイさんが会いたがってたから、きっとミュンちゃんが最後まで大切に持ってる方が、喜ぶ。


「皆さん……! 分かりました。ぺんぎんさんに会えるまで、ずっと持ってます!」


 目の端に涙を溜めたミュンちゃんが、またとびきりの笑みを浮かべる。



 ここは、アオイさんがこの世界で初めて泊まった場所。


 今いるテーブルで、レモナの前世が男の人だって知ったアオイさんは、何でかこの世の終わりみたいな顔してた。


 たくさん、思い出す。



 ……ん。アオイ、さん。


 キルティ、あんまり撫でてこなく……なった。ぼくが大きくなったからかも、しれない、けど。多分、アオイさんいないから。

 今度会ったら絶対、やられるだろうから。一緒に覚悟……しとこう。


 あと、ちゃんとご飯食べてて。皆でロウの美味しいご飯、食べよう?

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