59話 ロウとぬいぐるみ
「アオイ……?」
海の底の家。静かになったその場所で、俺の呟きがやけに大きく聞こえた。
「ロウ。アオが消えたっつーことはねー、よな?」
「レモナ」
いつもはもっと、はっちゃけているレモナが、ゆっくりと俺に近づいて確認する。俺はどうとも言えず、目の前の少女、ミドリを見る。
「……おねえ、ちゃん。ラーちゃん、おねえちゃんは一人で転生しちゃったの?」
「転生はしてないラーノ。それだけは阻止したラーノ」
「なら、今は何が起こったんだ?」
黄緑色の魔物に問いかける。俺達は、魔物の行っている事が成功すれば丸く収まるものだと思っていたからな。だが確かに、魔物はそうとは言っていなかったか。
同じ見た目の魔物達が、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねながら解説を始める。
「とにかく、ぺんぎんのお腹にある魔道具に、魔法に使った魔力が集まってるのが問題だったラーノ! それを解放するのが一番の目的」
「でもそのまま転生したらヤベーラーノ。だから転生から、少しいじっただけでいい、転移に変更したラーノ」
「最初に発動したのはあるじーだけど、ぺんぎんに魔力が集中していたから、あるじーを影響外にするのは簡単だったラーノ♪ 二人同じところに飛ばされるとは限らず、神力も尽きたあるじーが外にいくのはマズイと思ったラーノ」
「異世界に行かないよう調整するのが大変だったラーノ。かなり近くに転移したはず!」
『『ラーノえらいラーノ♪』』
トランプタワーのように、ピラミッド型に組み合わさり声をそろえる魔物達。
「つまり、アオイは転生はせずにこの世界のどこかにいるという事か」
結果としては、こういう事だろう。問題はどこにいるかだが……。
「もう魔法を使っていいか?」
「終わったし、おけラーノ♪」
「キルティ。確か、アオイとしている従魔契約は、魔力を使えば居場所が分かると言っていたな。やってみてくれ」
「はにゃ、そだねロウ! さっそくやってみるよ~」
キルティが目をつむり、アオイを探る。
だがすぐに首を傾げ、何故かラシュエルに手を伸ばす。
「……? キルティ。なんで、ぼく?」
「何かね、あんまり良く分かんなかったんだよね~。魔力が足りないのかもって思ったんだよ!」
「むぅ。アオイ、さんのためなら……わかった」
キルティの場合は、“かわいい”を原動力にしているからな。ラシュエルも大人しくキルティに頭を撫でられている。
だが魔物が違うというように、くるくると回り言う。
「場所が遠いんだと思うラーノ。近くとはいっても異世界に比べたらで、あっても国内くらい! で、どんな感じラーノ?」
「うにゃにゃ、それじゃあ少しずつ移動しながら探すしかないのかな~。例えるならね、電波障害みたいだよ」
「それなら、魔道具の暴走の影響もあるかもラーノ。気長に探すラーノ」
そう簡単には見つからないらしい。となると、ここに長居しているわけにはいかないな。
結局魔力は関係なしに、ラシュエルのふわふわとした髪を触っているキルティから、ラシュエルを救出する。
「じゃ、帰りも送ってやるラーノ♪」
「あ、待ってだよです!」
急ぎ帰ろうとすると、ミドリに引き留められた。
「ミーもおねえちゃん探したいんだよです」
「そうか、俺達は問題ないが……」
「こっちに問題あるラーノ! 前世の姿のまま行かせるわけには、いかないラーノ」
プリンの、少ないカラメル部分が乗ったレア魔物が前にでる。
「じゃあ、この世界の見た目にしてほしいよです」
「それをするなら、アルバイト代使うしかないラーノ。でも、この世界の人間に転生する程の神力はないはずラーノ」
ほとんど無いと叫んでいるのも聞いたからな。だがそこで一つ、疑問ができる。
「もう一度アルバイトして、神力が溜まった時点で転生する事はできないのか?」
「えと。ここで出来る期間は決まってるんだよです。だから、その間にもらった神力で願いを叶えなきゃいけないのです」
「今の神力は、かすっかすラーノ。それこそ、サービスしたとしても小虫や物になるラーノ」
それは……。物にしたって、よほど良いものでないかぎり動かしにくいのではないか?
だが聞いたミドリは顔を上げ、決意した眼でつぶやいた。
「おねえちゃんと、それで会えるなら。元々は、ぺんぎんさんの姿だと困るかなと思って、二人で転生するように考えたんだよです。でも今思えばその体も楽しそうだったし、おねえちゃんともう会えないのはヤだよですから。……ラーちゃん。ぺんぎんさんには、ミーはなれないのです?」
「動物は難しいラーノ」
「んにゃ~。だったらね、このキルティにお任せあれだよ!」
しゅたっと口で言いながら前に出るキルティ。その後で、何故かゆっくり俺の前まで後ろ歩きで戻ってきた。
何かと思えば、ギルドカードから取り出してほしいものがあるらしい。言われて収納していたものを取り出し、渡す。
プリンに侵食されていない床を探し、そこでキルティが作業を始める。
「アオ~イちゃん、ぺんぎんちゃんはアオ~イちゃん♪ うにゃっにゃにゃっにゃにゃ~♪」
尻尾を楽し気に揺らし、キルティらしい曲を歌う。ただ、その手元は残像が見える程の速度で動かされていた。
一体、何を作っているんだ? 出してと言われたのはソーイングセットだったが……。
「かんっせい~。じゃ~ん、アオイちゃん十五号だよ!」
キルティは振り返り、手に持ったものを掲げる。それは、まさしくアオイとしかいいようのないものだった。
「お、おねえちゃん!?」
「そっくりでしょ~。キルティ工房最高傑作だよ!」
作っていたのは、等身大ぬいぐるみだったようだ。アオイの色違いで緑。だが、その完成度はぬいぐるみを超越しているように感じるのは気のせいか?
縫い目が細かいのか、まるで見当たらないんだが……。今度キルティに教わってみるか。
欲しいおもちゃを見つけた子供のように、目を輝かせるミドリ。いや、実際その通りか。
「これね、ミドリちゃんにあげるよ~」
「い、いいのかなです」
「勿論! わたしはアオイちゃん十四号まであるもん。良かったらね、ミドリちゃんが入るのに使ってね」
「入る……。あ。これだったら『物』だから、ミーが入って人間の世界に行けるだよです!」
やっただよですー! とミドリが、アオイぬいぐるみと近くにいた黄緑の魔物を抱きしめる。
魔物はこっちが心配になるくらい潰れていたが、手を離された瞬間に元に戻る。
「じゃ、それをあるじーの器にするので決定ラーノ♪」
「ありがとだよです、猫のおねえちゃん!」
「はにゃにゃにゃ……。かわいいかわいいかわいい」
手で顔を覆いながら、指の間で見るという古典的な反応をしているキルティ。だらしなく開いた口から『かわいい』が漏れ出しているぞ……。
ぬいぐるみではあるが、ミドリはそれでいいらしい。
「ふふふ、これでおねえちゃんとお揃いだよです」
……転生したかったのも、単にアオイと同じ見た目になりかったからか?
この世界に普通に転生すれば、アオイと同じぺんぎんではなく人になる。もしくは、ぺんぎんに転生しても場所までは指定できなくて、その体では再会できるか不安だったとかかもな。
何はともあれ、ミドリが納得いくかたちになったのなら良かった。
しかし、俺としては一つ気になる事がある。
「キルティ。さっき言っていた十四号まであるというのは、どういう事だ?」
「そのままの意味だよ~? 作ったのはね、ギルドカードに入ってるよ~」
「いつの間に……」
通りで、ギルドランクが上がって収納容量も増えたはずなのに、あまり入らないと思った。
ふと気づき見ると。少し離れたところで、ラシュエルが羨ましそうにアオイぬいぐるみを見ている。
「ラシュエルに一つやってくれないかキルティ」
「もうあげてるよ~? わたしのとは別で、五アオイちゃん分ね。次は、ちっちゃいアオイちゃんをたくさんつくる予定だよ~」
キルティの中では『アオイ』は単位らしい。
そしてギルドカードの中には、アオイのぬいぐるみが全部で十九体。さらにちびアオイが増えるのか。
……今度、大掃除をしよう。
「んじゃ、ミドリも地上行けんだよなー。だったら後はさ、アオイ探すだけじゃん。どこいんのか分かんねーつっても、アタシらなら絶対探せるって。なー、ロウ」
「そうだな、レモナ。時間がかかっても、見つかるまで探せばいい」
肩に拳を当ててきたレモナにそう返す。
仲間から心配性だと言われる俺だ、やはり不安は残る。だが、出会ったばかりの頃とは違う。アオイが外でそう簡単にやられるとは思えない。
くるくると回りながらも、何だかんだで無事に過ごしているだろう。
俺達は、緑色のアオイぬいぐるみに入ったミドリと共に、地上へ向かう。
その後は、探し旅の始まりだな。恐らくはこの国にいるであろう、アオイの。
なあ、アオイ。
今、どこにいるんだ……?
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