ぺんぎんと軌跡

58話 ふたたびぺんぎん

 気がついたら、目の前にぺんぎんさんがいた。


 そうだ、ランタンペングイーノという種類の魔物だよね。


 私は……あれ。何、してたんだっけ。

 名前は? 思い出せない。いや、そもそもぺんぎんに名前なんてないか。私はただのぺんぎんだ。


 そう自分がぺんぎんである事を改めて認識し、目の前の、私と同じマヌケ顔を見つめる。


 明るい青色の二頭身寸胴スタイルに、まんまるな瞳。極太の真っ白な眉は、あんまり好きではなかったけど、最近は悪くないように思えてきてるんだよ。


 私の右頬っぺを、興味深そうに短い手でつつくぺんぎんさん。えと、何かついてますか?



 そうそう。頭のてっぺんで光るランタンは、結構便利だ。


 今もそのぺんぎんさんは、ぴっこんぴこんと、アラート音が聞こえるように激しく明滅させて――――え?


「ぴぎゃっ!」


 わたしに向けられた声は、敵意を感じさせるものだった。


 どうして? 特に攻撃とかはしてないはず、なんだけど。

 縄張りの問題だろうか。突然の事に驚き、うろたえながら後退する私。


 どん、と背中が何かにぶつかった。


 ぺんぎんさんは他にもいたらしい。何匹かに囲まれてしまっていたみたい。


「ぴぎょ?」

「ぴぃ」


『『ぴきゃっ!!』』


 ぴえぇ、何で私に鳴くんですか!?


 こんな事が、前にもあった気がする。私はそんなに嫌われてるんでしょうか、さいですか……。



 でも暴力を振るわれる気配はないね。警戒しつつも、私は攻撃の意思が無いとアピールする為、手を上げ一匹にゆっくり近寄る。


「ぴ」

「縄張りに飛び込んでしまったようで、すみません。私は」


 肝心な挨拶の途中。

 私はお腹から何かがせりあがってきて、そのぺんぎんさんに……。


「ぐぺっ」


 ぺちり。顔に向けてそれを吐き出してしまった。


「……」


 ぺんぎんさんの柔らかい頬っぺに当たり、地面に落ちる。

 装飾が外付けでついた、小柄な石だ。魔石に見えたけど魔力は感じず、石はさらさらと崩れ去ってゆく。


「ぴえ!? 本当にあの、申し訳な」

「ぴっぴぎゃ」


 必死に弁明しようとすると、ぺんぎんさんが口を開いた。どうしよう、スライディングぺんぎん土下座した方がいいよね。


 私はぷるぷる震えて、準備を整える。周囲のぺんぎんさん達のひそひそ話が聞こえるよ。



 だけど土下座する前に結論は下されてしまったらしい。


「……ぴっ!」


 そのぺんぎんさんの蔑みの入った掛け声で、私は数匹にドナドナされていく。


 やがて、縄張りの外なのか街道まで押し出された私。


「ぴきょきょ」


 お帰りはあちらとばかりに、道を指さすぺんぎんさん。


 うぅ、もう来るなって事だよね。

 ぺんぎんさん達はもはや振り返りもせず、ぺちぺちと帰っていった。



 放り出されてしまった私は、途方に暮れ立ち尽くす。


 まさか、同じ見た目なのにハブられるとは。途中からは私が悪かったけど、最初からわりと敵対されてたよね。


「……ん? そういえば。ぺんぎんさんの言葉、分からなかったです」


 ぺんぎん語は分からず、人間の言葉は覚えている。

 こ、こういうところが原因なのかな。言語って大事だし。



 どうせぺんぎんの中で生きられないなら、人の街へ行ってみようか。


 いや、ダメだね。何故か人恋しい感覚があるけど、人に見つかれば捕まってしまうと思う。衆目の前に立たされて、こども達にもみくちゃにされるんだ……。まあ、こどもは好きだけどね。

 それでも自由が奪われるのは困る。


「私には、目的が……ううん、会いたい人? 行きたいところ? あれ、何だろう。頭がいた……ぴぇ」


 思い出そうとすると、頭痛に襲われた。しかも、普通のではない。


「も、もふもふが! ケモミミや尻尾に脳が埋めつくされます……!?」


 なにこの、おかしな……病気、かな? もはや頭痛だよ。



 もふもふ病になったらしき私は、記憶を引き出す事を諦める。すると、もふもふも去っていった。


「はあ、うーん。とりあえず人間に見つからないようにしなきゃです」


 そうと決めた私は、道を少しだけ外れる。できるだけ、人の集まっていない方にね。



 と、足元に水たまりがあった為、何気なく覗き自分の姿を見る。


「あ、星のマークがありましたね」


 黄色いくちばしと、もう一つ黄色。つついてたのは、これだったんだ。

 他にも、さっき見たぺんぎんさん達と違う点を確認する。


 月にジグザグの線が組み合わさったような模様が、お腹にある事。


「これは、契約紋ですね。ペットか何かだったから人の言葉が分かるんでしょうか。……ペンキが禿げたみたいになってますけど」


 知識は、もふもふ病の範囲外みたいで助かった。


 お腹の紋はかなり薄く、ところどころ掠れている。それでも、星マークも含めて、擦ったくらいじゃ消えないんだね。



 まあ、いいか。


 少し普通と違う私だけど。


 ぺんぎんらしく、ぺんぎんとして生きよう。

 こんな私でも、受け入れてくれる場所を求めて旅に出よう。



 一人では無かったが、旅ならした事がある。



 人の気配のする街に後ろ髪……頭を引かれながら。

 私は星を手で抑えて、歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る