55話 そこから輝く

「むぴぇ。ここ、は?」


 ぺちり。床らしき硬いものに当たった感触で目を開ける。きっと、そこには見知らぬ天井が……。


「到着ラーノ♪」

「ぴぇ!?」


 視界いっぱい、黄緑色だった。


 先ほど突進してきた魔物達が、私を覗き込んでいたみたい。たまごのような丸いフォルムで、頭にオレンジの輪っかがある。

 この魔物のせいでボートから落ちたんだけど、もう私に対する興味は無くなったのか、ラーノラーノ言って散開していった。


 改めて目を部屋へ向けると、ここはドーム状。普通の壁だけど、窓からはときどき魚が見える。


 本当に海の底の家に来てしまったみたいだね。底にしては明るいけど。


「ラーちゃん達、ありがとねです。そして、ようこそおねえちゃん!」

「ミドリ。やっぱりミドリなんですね」


 床に座りこんでいた私を立たせ、目の前の少女が腕を広げて歓迎してくれる。そう、日本でいう小学校四年生くらいの、人間の女の子だ。


「あれ。でもさっきは亀さんの姿でしたよね。別人?」

「どっちもミーだよです。亀っちは、ミーが人前に出るときの仮の姿なんだですよ」


 くるりんと回るミドリ。巫女っぽい衣装の裾が広がる。


『魂の定義』の皆さんも転生者だけど、だからこそ、この世界の容姿だ。

 でもミドリは違う。


 日本の時と全く同じ顔に、腰まで届く緑がかった黒髪。

 勿論、格好は別だけどね。下が緑色の巫女服なのまでは分かるけど……。なんで頭にキャップを被ってるのかな? ツバの部分が黄色で、うーん、何か見覚えがある。


 じーっとそのキャップを見つめていると、ミドリがツバの部分に手をやり、上下に動かす。


「あ、おねえちゃん。これ気になるのかなです。えへへ、おねえちゃんとお揃いだよですよ!」

「それ私のくちばしですか!?」


 ふんす。自慢気にミドリが笑い、息を吐くことからも当たりらしい。


 むずむず。


 ……あれ。何だかお腹の辺りがむずがゆいような。気のせいかな?



『ん? これは。……聞こえるか、アオイ!』

「ロウさん?」


 突然聞こえたロウさんの声。

 辺りを見渡すけれど、ロウさんの姿はない。そもそも『魂の定義』の皆さんがいない。


『お、ちゃんと聞こえてるみてーだなー。アオ。そこさ、どこなんかね?』

「レモナさん。えと、私にも何がなんだか。皆さんはどこに?」


 よくは分からないけど、姿は見えずとも皆さんと会話ができる。

 それだけでかなりの安心感があるね。特にロウさんはおかん気質だからか、何だかほっとする声だし。


 ちょっ押すなってのキル、っと聞こえた後。レモナさんに代わってキルティさんが応えてくれる。


『あのね~アオイちゃん。わたしたちは変わらずボートにいるよ~。アオイちゃんから見ると上かな?』

「上、ですか」


 見上げると、黒猫尻尾と手を同時に振り、ボートから身を乗り出しているキルティさんがいた。

 違う。この部屋の天井が窓のようになっていて、そこに映っているんだけど……。不自然に大きく、映像なのが分かる。揺らめいているのは、海面から撮っているからだろうか。


「今だけ海面を映してるよです。急におねえちゃんを連れてきちゃったし、普通はここに来れないから、せめて映像だけでもと思ったんだよです」

「な、なるほど……?」


 人間が来れないのに私が来れたのは、何でだろう。そもそも、ミドリがどうしてこんな所にいるのかな。


 私が相当、疑問顔をしていたみたい。ミドリはまだ小学生だというのに察して、腰に手を当てて解説を始める。


「あんまり呼んじゃいけないけど、ミーの願いを叶えるのにおねえちゃんが来る必要があったです。ここに連れてきたラーちゃん達は、いっぱい水がある所だったら移動できるですよ。おねえちゃんが死んじゃわないように、頑張ってくれたよです」

「頑張ったラーノ♪ 感謝しろラーノ♪」

「あ、はい。その節はありがとうございました」


 ぴょんこぴょんこと、飛び跳ねる黄緑の魔物ことラーちゃん達。確かに、滝つぼに落ちた時は助かったもんね。


 しかしまだ気になることはいっぱいある。……触れてなかったけど、ラーちゃん達のお腹に漢字で『神』と書いてある事も含めて。


「あるじーは、ぺんぎんと再会する為にアルバイトしてるラーノ♪ 神代理のアルバイトー」

「ラーちゃん達はホントの神さまからもらった、ろーどーりょく、だよです。一緒に人間界の、アルヴァン王国を見守るお仕事してたですよ!」


 神さま……未成年のアルバイトはダメですよ?


 まあそれは置いておいて、ちょっとややこしい。つまり。


「えと。亀さん姿の神さまはミドリで、でも本当の神さまじゃなくて代理ってことですか?」

「うんです」

『あらー。それは衝撃の事実を聞いちゃったわねー』


 頭上から、聖女であるマキニカさんのちょっと困った声が降ってきた。神さまだと思ってたら、代理でしたは困るよね。


「ミーが代理をするのに、細かい記憶の調整とかはラーちゃん達がやってくれたんだよです。んと、しすてむかんしょー」

「おうだぜラーノ♪ おまかせあれラーノ♪」


 そう言い、ラーちゃんがコロコロ転がって行った先には複数の画面と機械。SFの世界だったかな、と思ってしまう程ここにミスマッチだ。魔法の力っぽくない……。



 というよりも。


 私がぺんぎんしてるというのに、妹は可愛い巫女姿で神さま代理中。私と会う為なのは嬉しいけどね。

 この格差は一体。


「やっぱりクーリングオフがしたいです」

「おねえちゃん。世の中は常に、りふじんだぜです」


 妙に達観した事を言う小学生に諭される。

 orzが出来ずに死んでるポーズで、床をぺちぺち叩く私。うん、こういうところが違いなんだね……。



『お、おいラシュエル。杖でかき回すな、映像が見えん』

『ロウ……むぅ。アオイ、さん。そっちいる……のにとどか、ない』

『分かった。分かったから落ち着いてくれ』


 ロウさんとラシュエルくんのやり取りが聞こえ、ころりと回って天井を見る。

 映像がぐっにゃんぐにゃんに波うっていた。ラ、ラシュエルくん。



 それだけ心配してくれるのが嬉しい。皆さんに声をかけようとくちばしを開いたら、嬉し気に笑うミドリに持ち上げられた。


「でもこれからはずっと一緒だねです、おねえちゃん」

「そうですね。ミドリも地上に……」


 ふるふる。緩くかぶりを振るミドリ。


「ミドリは本来、この世界に転生する予定じゃなかったんだよです。だから前のままの見た目なのです。勿論、地上にミーが行く事もできないだよです」

「えと。じゃあ、どうやって?」


 ふふーんでーす、と私を持ったままミドリがくるりんと回り、顔を近づかせる。

 海の揺らめく青い光が映るその瞳に、吸い込まれそうに思う。


「この世界がダメなら、新しい世界に行けばいいじゃないです」

「……はい?」


「つまり、転生しちゃえばいいんだよですー!」

「ミドリ!?」


 言い直された言葉は、そうとうな破壊力だ。小学生らしい高く可愛い声だけど、だいぶとんでもない事を言っている。




「あるじーのバイト代は神力ラーノ♪ 溜めたから二人分の転生術ならできるラーノ♪」


 ラーちゃんが情報を補足する。


「ミドリ。でも、私は」

「ミーがイヤなのです?……ミーと一緒にいてくれるよねです、おねえちゃん?」

「ぴゃい」


 至近距離で私を見つめるミドリ。その瞳孔は開かれ、全くハイライトが飛んでいない。怖い、怖いですミドリ。

 私が姉だというのに、気づいたらミドリに主導権がいっているのは、昔からだ。あれだろうか、やっぱり敬語癖がいけないのだろうか。ぴぇぇ。



「それに、おねえちゃんもぺんぎんさんの姿だと、困る事もあったよねです」

「それは……」


 まあこの、短足二頭身ですので。単純に、人混みに埋もれたりもするしね。


「別の世界で人間に転生すれば、私TUEEEが!」

「ぅぴ」


「さらに、可愛い容姿ならモテモテにだよです!」

「ぅぺぺぺ」


 さらに顔を寄せるミドリ。敏腕セールスマンさながらの説得におされかける。

 ぺんぎんの体ではできない事を言われるとね。



 でも、やっぱり私は。


「あの、ミド……!」

「と、いうわけで。れっつごー、『転生魔法』はつどーだよです!」


 私が断る前に、ミドリがそう高らかに叫ぶ。長いその髪が舞い上がり広がった。


「わわっ」


 この世界で魔力を知った私。だからこそ、ミドリが本当に発動させてしまった事が分かる。

 部屋の中心、ミドリの元へとすごい勢いで魔力が集まっているのが感じられるからだ。ミドリが何か、魔力とはちょっと違う力でこれだけの量を集めてるみたい。もしかしたら神力というやつかな?


 むずむず。


 そんなことを考え、どうミドリを止めたらいいのかオロオロしていると、またお腹が気になってきた。痛いわけでもないから、無視してきたけれど。


 ここにきて、いよいよ目をそらせないほどになっている。


 もはや、むずがゆいなんて騒ぎではない。

 お腹の中やら外やらで何かが渦巻いているようだ。これは……魔力?



 ミドリによって、現在進行形で展開されている転生魔法。


 どう考えてもおかしな事が起こっている私のお腹。



 これだけでも危機的状況なのに、ダメ押しで不思議な用件がプラスされた。



 光り始めたのだ。…………私のお腹が。



「ふえ!? お、おねえちゃん。光ってるだよですよ!?」

「ぴえぇぇぇ、なんでですか――っ!」


 発光するぺんぎんには、なりたくないですよ!

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