56話 魔法の道具

「何だ。一体何が起こってるんだ……!?」

「ね、ね~ロウ。アオイちゃんすごく光ってるよね~!?」


 俺は、キルティの確認に頷き状況を整理する。


 神である亀が現れ、アオイが海の底にあるという家に連れていかれた。

 海面に大きく映っていたアオイ達の姿。亀は、実は巫女服の少女でアオイの妹らしい。ミドリというその少女が術を発動した後の事だ。突然アオイから光が出て、映像がその光によって乱れていた。


「アオ、ついに光るよーになった……つーわけじゃねーよな」

「ん。なにか、げんいんある。かも」


 レモナのアホな呟きに、ラシュエルが濡れた杖を抱きしめ言葉を返す。濡れているのは、珍しく動転していたのか、先程まで杖で海をかき回していたからな。



 光は増すばかり。


 こちらからはいけない為、海上にいる俺達にはどうする事もできない。

 アオイの身に異常が起きているというのに、とこの状況に歯噛みしていると。いくつかいた内、一匹の黄緑色の魔物が海から飛んできた。


「ふぅ。ちょっとヤバい事になったラーノ。説明と、あとは魔法を使うなって言いに来たラーノ♪」

「んにゃにゃ。魔法を使うなってどういう事かな~?」


 ミドリにラーちゃんと呼ばれていたその魔物を、ごく自然な動作でキルティが持ち上げる。ふにふにと感触を確かめるように触りつつ訊いているのは、さすがキルティというべきか……。


 腹に漢字で書かれた『神』の字を横長にされながら、魔物が答える。


「今の状況は、ぺんぎんのお腹にある何かが原因ラーノ。きっかけは、あるじーの転生魔法発動だけど……。とにかく、その何かに魔力が反応して暴走してるラーノ!」

「何か? アオイの腹にそんな変なものがあったのか」

「あ、あらー。ロウ、それあたしのせいかもしれないわ」


 魔物の言う何かについて疑問に思えば、聖女として一緒にボートにいるマキニカが、小さく挙手をしていた。


 聞けば、アオイの腹の中には魔道具が入っているらしい。内包魔力の高い記録用の道具を、渓谷にいる間にアオイが飲み込んだ。国宝級らしいが、いつの間にそんな大層なぺんぎんになったんだ。

 恐らく巨大ぺんぎんやらで忘れていたんだろうが、かなり大事な話ではないかアオイ……。



「原因は一つじゃないラーノ。魔道具が入っていたこと、飲んだ時にスイッチが入っていたこと。相性が良くて、ぺんぎんと魔道具が半分一体化してること。あるじーがこの世界の人間じゃないから借りた力をうまくコントロールできないこととか、偶然も含めてたくさんあるラーノ。つくづく運のないぺんぎんラーノ♪」

「あー。そもそも野生のぺんぎんに転生したっつーだけでもさ、けっこーハードなぺんぎんせいだよなー」


 人生ならぬなー、とレモナは納得顔で頷いているが、不運で済まさないでやってくれ。まあ俺もそう思う節はあるが。


 伸縮性が異常にいいらしく、今度は細長い『神』になって魔物が言葉をこぼす。


「こんな面倒なことになるなら、あの転生者に魔道具を渡すんじゃなかったラーノ」

「ん? それは誰の事を言っているんだ」

「ぺんぎんじゃないラーノ♪ あるじーの前のあるじー、つまり神代理アルバイターラーノ♪」

『ふえぇ、おねえちゃんー!……あ、ミーの神力がある程度は残ってるはずだよです。それでお腹の取り出してみるよです!』


 いまだに収まらない光。その揺らぐ映像から、ミドリがまた何かを発動させようと集中しているのが見えた。

 転生魔法なんかを発動できる程だ。魔道具をアオイの腹から出す事もできるのだろう。


 ボート組が少しの安堵感とともに見守るが、何もおきない。まだ、ぴっかぴっかしている。


 やがて小さく、あ、と呟きが聞こえたかと思えば。ミドリがアオイを抱きしめ叫ぶ。


『神力もうそんなに無いよです。……昨日、抽選会でおねえちゃん達全員に奇跡を使ったからだよですー!』

『あれミドリの仕業だったんですか!? 全員ってミドリ、やりすぎですよ』

『だって、手違いがないか不安だったんだもんです』


 奇跡の手違いはあってほしくないが……。

 本来、一人当たればいいところを念には念をいれたという事か。ミドリによる、本当の奇跡だったわけだ。




 もふ。


「……ん? いま、アオイ達の映像に変なものが映らなかったか?」

「そだねロウ。わたしの耳みたいなのが見えたよ~」


 キルティの黒猫耳がぴこぴこする。


 もふもふ。

 もふもふもふもふ。


「きつねの尻尾みてーなのも見えんなー。触り心地よさそーじゃね? なーラシュ」

「む。レモナ、うらぎり。アオイ、さんのが……もみゅれる」

「おおう。分かったからさ、じと目なのか眠いんか、な顔やめよーな?」


 ボート下の海面が、ぺんぎんと少女から、ケモ耳と尻尾に埋め尽くされてゆく。



 それを見た黄緑の魔物が全く変わらない表情で、声だけ焦ったように言う。


「やべーラーノ。じゃ、魔法は使うなラーノ! 行くラー……」

「ちょっと待ってね~ラーちゃん」


 キルティの手の中から抜け出そうとした魔物。すかさずキルティが力をこめ、逃がさない。


「まだ説明終わってないよ~。まずね、あのもふみは、何かな?」

「あれは魔道具に入ってる記録ラーノ! 前に渡した転生者が、ケモミミ少女もふりたいって言うからバイト代をそれにしたラーノ」

「そういえば魔道具を持ってると、動物に好かれやすい気がしたわね」


 やっぱりここにシェオがいなくて良かったわ、ケモミミ少女に目覚めたらお姉さん悲しいもの……と続けてマキニカが小声で言っているが何の話だ?


「へ~!……あ、好かれやすいってホントだね~。最近ね、一段とアオイちゃんが可愛く見えるんだよ!」


 それはキルティが猫の獣人だからと言いたいのだろうが。常日頃からもみゅり過ぎて、違いが分からん。


 アオイの可愛さに話がそれそうな気がした為、大事な部分を聞く。


「それで、何がヤバいんだ?」

「さっき言ったように、ぺんぎんと魔道具は繋がってる部分があるから恐らく、ぺんぎんの記憶がもふもふに侵食されるラーノ。そしてこの記録が見れてるという事は、魔力が十分に集まって、転生魔法がそろそろ完全に発動するっつー事ラーノ!」

「しん、じゃうの……?」


 ラシュエルの表情がひどく泣きそうなそれに変わる。

 転生とは、一度死んで生まれかわる事。このままでは、アオイが……。



 説明は終わりとばかりに、キルティの腕から逃れようともがく魔物。

 だがキルティは、ぎゅうと握り込んで離さない。もはや『神』の字には見えないな。


「待って。わたし達も一緒に行かせてほしいよ!」

「何言ってるラーノ。あそこは勝手に人間が行ける場所じゃないラーノ!」

「だからね、ラーちゃんに頼んでるんだよ?」


 いつもなら、さっきまでなら、魔物をもみゅりまくっているキルティ。今は真剣な顔で、指先一つ動かす様子がない。


 握りしめられたその手の固さとは裏腹に、そっと、言葉がこぼれ落ちる。


「アオイちゃんを助けたいもん……」


 しんと静まりかえるボートの上。海面から、ミドリと他の魔物達の声がする。

 アオイは……よし。まだ、ぴえぇと聞こえるな。


「アオが大変だし、なんかをこう、ぶっ壊したりならできっからさ!」

「ん。ちかく、いるだけでちがうかも。……ううん。ちがう、から」

「頼む。俺達にできることがあればやりたい」


 レモナにラシュエルが、黄緑色の魔物に頼み込む。勿論俺もだ。



 はあラーノ、と盛大にため息を吐いた魔物。こちらを見て、初めて表情を動かし、にやりとした笑みを浮かべる。


「しゃーねーぜ。緊急事態、それに四人は転生者だから純粋なこの世界の住人じゃないって事で、まあグレーゾーンラーノ。その代わり、きっちり仕事は……おーい、アレ四つ送ってほしいラーノ!」

『このクソ忙しい時に仕事増やすなラーノ! でもぺんぎんに近しい人間がやれば効果は上がるかも? いいぜ、今送るラーノ』


 依然キルティに掴まったままの魔物が、海の底にいる魔物と会話をしている。

 やがて海面から、何かが四つ、魔物がきたときと同じく飛んできた。


 俺は落ちないよう、その何かを両手でキャッチする。



「さあ、これを持って一緒に行くラーノ」


 そう言い頭……いや、顎のつもりか? とにかく、くいっと海へと向ける魔物。


 魔物は普段、神の代理をするミドリの仕事を手伝っているという。

 そんな存在から送られてきた物だ。


 神具とも言うべきであろう、それに。覚悟を決めた俺たちは目を向ける。



 抱えた俺の腕の中にあるものは……おもちゃ売り場に置いてあるような、魔法のステッキだった。

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