54話 ぺんぎんと神さまは

 珍しいイベント、神さまの家の側まで行けるというその参加をかけた抽選会。

 それで『魂の定義』の全員が当たるというミラクルが起こり、現在はそのイベントの場所へと、カレフリッチ馬車で移動中だよ。


「神さまの住んでる場所、海の中なんですよね。しかも姿は亀さまって言ってましたし、何だか竜宮城みたいですね」


 あ、でもそれだと主は乙姫さまか。


 今日はラシュエルくんに抱っこされている私。

 ラシュエルくんは眠そうにあくびをしている。今は抽選会の翌日、朝だからね。……いつもかな?


 キルティさんが手に持った魔女っ娘帽子をいじりながら応えてくれる。


「アオイちゃんと行ってみたいよ~。たぶん、すっごく綺麗だよね。うにゃ~、そういえばロウ。このイベントが終わったらアニモス行くんだよね?」

「ああ、前から一度寄ろうと話をしていたからな。その後は、西側に行ってみないか」


 アニモスには、ミュンちゃんと会いに行く約束してたからね。他にもメネさんとスフゴローさんや、天使さまにあやかり隊の皆さん。私がこの世界に転生してから、最初の頃に会った人達。

 もう、なんだかんだで半年…はいくかいかないか、くらいかな? それくらいは経ったんだよね。早く会いたいなあ。


 ロウさんの言った西側というのは、私は行ったことがない。この国の東端なら海と商売の街ミントレだから、行ったことあるんだけどね。



 昨日はしゃぎ過ぎたのか、珍しくレモナさんもあくびをしている。


「っふあーぁ。いーじゃん。なら、アニモス行ったら西なー」

「はい、楽しみです」


 これからの方針も決まったね。



 話がひと段落したところで、私は手元に目を落とす。


「……一号。げんきしてる、たぶん。ね、アオイさん」

「そうですね、ラシュエルくん」


 私の手の中には、エメラルドグリーンの綺麗な写真。一号さんが撮って、一緒に写っているものだ。


 あれから、一号さんはイタチの普及に成功しただろうか。

 きっと今この時も、オージおじさまと共にファンシーショップで頑張っているに違いない。


 次に会った時になんて言われるかな。……またいきなり勝負を吹っ掛けられたりしてね。今もぺんぎん対イタチの勝負中ではあるけど。


 ふと思い出して、自分の右頬っぺを触る。

 鏡がないから見えないけど、星のマークのシールタトゥーがある。一号さんにここ、おもろいもん付いてるでぺんはん、って突かれそうだよね。




 ふにふにと触っていると、馬車が止まる。目的地に着いたみたい。


 御者さんに促され降りる。今回は知らない場所だから、お城の人が案内兼、御者さんをしてくれている。


「船に乗るのか?」

「神さまは海の底におられますゆえ。ボートでおそばまで参ります」


 ロウさんがそう確認する。


 御者さんの回答を聞いたラシュエルくんが一言。


「ん。ふね、ねちゃう……かも」


 いつでも寝てますよね、ラシュエルくん?


「一週間ぶりですわね。『魂の定義』の皆さん」

「……んにゃ? えっと~」

「お、マキ。ちょい久しぶりだなー」


 あれれ、と首をひねるキルティさんの後ろから、レモナさんが身を乗り出し言葉を返す。


 話しかけてきた人は、修道服の上位版といえばいいのだろうか。少し装飾の多いため、位が高いと分かる服を着ているね。

 細面に、肩より短い髪はきっちりと整えられていて、癒されるような綺麗な緑髪。


 マキニカさんだった。


「すごいね、マキニカ~! ホントに聖女だよ!」

「ふふ、キルティさん。聖女として、このボートでは皆さんとご一緒いたしますわ」

「にゃにゃにゃにゃ……」


 柔らかく、慈愛に満ちた表情でほほ笑むマキニカさん。ついこの間までの、レモナさんと昼間から飲んでて怒られてた人とはまるで別人だね。


 そのあまりのギャップにキルティさんが、私さながらにぷるぷるしている。どう接していいか分からないんですね。

 聖女モード、恐るべし。


「元気そーじゃん。仕事片付いたんかー?」

「レモナさん。ええ、おかげさまで。さあ、ボートにお乗りになってくださいな。……ニーナ。貴女はここまででよろしいわ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ、皆さま」


 ニーナと呼ばれた、眼鏡をかけたしっかりしてそうな女性が、頭を下げて見送ってくれる。



 ボートへ乗り込み、海へとでる私達。


 乗ってからもしばらく微笑を浮かべていたマキニカさん。急にふっと雰囲気が変わったと思ったら、以前見た、だらりとした表情に。


「ふぅ。それにしても驚きよー。皆でいっぺんに当たったのよね? 奇跡じゃない」

「俺達としては、マキニカの変貌ぶりが驚きなんだが……」

「んーロウ、そうかー? アタシはあんま、マキはマキで変わってねーと思うけどなー」


 それはレモナさんだけかと。聖女だと聞いてはいたけど、こんなに雰囲気が違うとはね。


「あらー。さすがレモナはよく分かってるわね。聖女なのですからって、だらけるのはニーナが許してくれないのよ」

「変わんねーつってもさ、聖女のマキもカッコいーって。どっちもマキでいんじゃねーの」

「レモナに口説かれちゃったわ。ごめんなさいね、ロウ」

「何故俺にふる……」


 マキニカさんには前に、レモナさんの前世が男性な事は話してある。だから今のは……うん、遊んでるだけだね。



 それこそ久しぶりに見る、ロウさんとレモナさんの関係否定やらのやり取りがあったりして。

 ある程度、陸から離れた場所でボートが止まる。浮き・・、と言っていいのか分からないけど、そんな感じのもので辺りが囲われている。飾りもあって、神聖そうだ。


 マキニカさんがそれを確認して、先頭へ移動する。きっとこれから、聖女としての仕事をするんだと思う。


「さてと。じゃあ、あたしは神さまへの感謝と祈りの舞を踊るわ」

「いいね~! ならね、わたし達もお祈り……」


 キルティさんの言葉が途切れる。


 海から突然――……亀さんが飛び出してきたからだ。



『待ってただよですー! ふえぇぇぇぇ!?』


 叫び、水を巻き上げながら勢いよくジャンプした亀さん。も、もしかして神さまだったりして……?


 思ったより飛び過ぎたのか、何だか可愛らしい声を発し、落ちてくる。私のすぐ前に。



「か、神さま!? まさかとは思ってたけど本当に……。皆、とりあえず頭を下げなさい」


 マキニカさんの指示で、慌てて首を垂れる皆さん。誰かが言っていた、神さまに会えるかもという言葉が本当になってしまったようだ。


 一方、私は。


「アオイ? どうしたんだ突っ立って。今は……」

『ミーは今、願いが叶ったんだよです。ううん、これから叶うねです』


 ロウさんが私に声をかけようとするが、神さまの言葉や仕草が気になる。


 神さまだから願いを叶える側っぽいのに、願いが叶うとは?

 でも、今の私にはそんな事はどうでもいい。



 自分の事を、頭文字からとり、ミーと言って。


 私の敬語癖がうつったのかな。その、タメ口に敬語がくっついたみたいな変な語尾。



 知っている。こんな亀さんの見た目ではないけれど。


 だって、ここにいる神さまは。この子は。


「…………ミドリ?」


 鍵尾碧かぎおみどり

 その挙動の全てが、私の妹、ミドリにそっくりだった。



 小さな呟きを聞いた神さまは、亀さんだけど花が咲いたように笑顔になる。


『正解だよです、おねえちゃん!』


『『ラーノ♪』』

「ぐぴぇっ」


 海から続々と、黄緑色の魔物がこちらへ向かってきた。お腹に体当たりをくらい、その衝撃に、前にも会った魔物だと思い出す。



 魔物達に弾き飛ばされ、ボートから落ちる私。


「アオイ、さん……!」


 珍しく素早い動きで、ラシュエルくんが杖を伸ばしてくれるが間に合わない。



 海に音を立てて入っても魔物の勢いは収まらなかった。ぺんぎんボディが沈んでゆく。



 ミュンちゃんに、会うのまた遅くなっちゃうな。



 そう思ったのを最後に。


 私の体は、海の底へと深く沈んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る