53話 ミラクルぺんぎんと笑顔の日

 王都に到着してから五日。


 お祭りを楽しんだり、依頼をこなしたり、またお祭り……と。やや遊び多めで過ごした『魂の定義』。


 今日は最終日だから抽選会がある。珍しいイベントの参加資格が景品らしい。


 さっそくその会場の、お城前の広場へと向かった。


「……デカイな」

「すごく大きいですね」


 ロウさんの呟きに私も返す。


 そこには透明な球体があり、色とりどりの小さなボールが入っている。要するにガラガラだね。遠いけど、それぞれに数字が書いてあるはず。


「私にとっては、このボールもちょっと大きいんですけどね」


 両手で持ったそれを掲げてみる。うん、軽くはあるかな。


 参加者の手元にも数字入りのボールがある。


 五人全員分たまった抽選券と、入り口で交換したもの。

 ちょうど五列、交換場所が並んで用意されていたので、皆さんバラバラの箱から取った。


 そして腕が短く、箱から出すだけの作業でも、体全身を使って器用に取り出す必要のあるぺんぎんボディ……。


 で、私の数字は1102。



「にゃう。持ってるボールの数字とね、同じ数字の書かれたボールが出たら当たりって事だよね~」

「つってもさ、人ヤベーいっかんなー。こりゃ当たんのかねー」


 ボールを握り、意外に柔らかくなくて残念そうなキルティさん。


 レモナさんはこの人混みに、確率の低さを心配しているみたい。

 広いはずだけど、そうと分からなくなるくらい人がいる。ここから選ばれるとなると、トランプをした時に垣間見たレモナさんの強運でも難しいんじゃないかな?



 と、ゆっくりお話しながら始まるのを待つ。


 やがて司会者が壇上にあがり、開始の挨拶をする。

 奥には高貴そうな人達と、シェオさんがいた。王族だからかな。結構、大事なイベントなのかも。


「うっし。始まるなー!」

「そうみたいですねレモナさん。こういうの、ドキドキします」


 大きな入れ物の中で、魔力によるものなのか、ボール達が回りはじめる。かなりシャッフルされているし、透明だからその様が良く見える。


「いろんな色が回ってて、綺麗だよね~」


 合わせて尻尾を回している。キルティさん、好きそうですもんね。



――――ぽんっ


 やがて上部に空いた穴から、一個ボールが飛び出した。


 黄色いだ。司会者がそこに書かれた数字を読み上げる。


「記念すべき最初のボール! さあ、ここに書かれているのは……1102!」

「ぴえ?」


 聞き間違いだろうか。念のために手元のボールを見る。



 1102。



 ……当たった?


 ぷるぷるぷるぷる。


「あ、あのののの。皆さん、こ、これ」


 小刻みに震えながら皆さんに声をかけ、確認してもらう。


「おおお、ヤベーじゃん! もってんなーアオ!」


 レモナさんが私のボールを覗きこみ、数字が合っている事を伝えてくれる。

 信じられない。まさか、ババ抜きでさえ運がなく負けた私が、こんなに確立の低そうな抽選で当たるなんて。


 震えが収まらないよ。今日一日は、消え無さそうだ。



 ……あれ。そういえば、これって何がもらえるんだっけ?


「確か、珍しいイベントに参加できる人を決める抽選会ですよね。それって何でしょうか?」


 皆さんに訊いてみるも、誰も知らずに来ちゃった為分からない。

 私も選ばれるとは思ってなかったしね。


 すると、近くで聞いていた男の子が振り返って教えてくれる。


「兄ちゃん達知らないんだ! 選ばれたらさ、神さまのもとに行けるんだよ」

「神さまのもとですか!? そ、それって死……」


 ぴえぇ。これ、にえ選出会だったの!?

 今度は怖さで……壊れた洗濯機みたいに、がったんがたんに揺れる。


 変なものを見るように、目を丸くする男の子。笑いながら、私の勘違いを訂正する。


「あっははは、面白いぺんぎん! そーじゃないよ。城の北にある海には、神さまが住んでるんだ。その近くまで行ける、すんごいラッキーなんだからさ! 神さまは亀さまの見た目っていうし、ぺんぎんの君なら会ってくれるかもね。他の人も、家族とか仲間だったら何人か一緒に行けるよ」

「そ、そうなんですね。安心しました……ありがとうございます」


 神さま、この世界ではかなり近しい存在みたいだ。亀さんって、それこそが神獣ではないだろうか。でも他に亀さんがいないなら、唯一だからそうは言わないかな? 難しい。



 話を聞いているうちに、次に進行していた。


 ボールはすでに司会者の手元にあり、数字を読む。


「さあ、二番目は……987!」

「お、マジか。アタシじゃね?」


 レモナさんが持っているボールを掲げる。確かに987番だ。

 すごい、こんな物語のような偶然って本当にあるんだね。それこそ神さまに選ばれているようで、嬉しいね。


「どんどんいきましょう! 三番目は、4701!」

「なにゃ!? わたしも当たったよ~アオイちゃん」


「まだチャンスはある! 四番目、803!」

「……おい。俺も803なんだが」


 キルティさんにロウさんまでもが、司会者の言う数字がと合致していく。つまり私やレモナさんと同じく、当たったという事だね。


 そして。



「さあ、ドキドキの時間もこちらで最後となります。最後、滑りこみで選ばれるのは。……5621番の君だあ!」


 今度は、自分もだとの声は聞こえない。そうだよね。まさか『魂の定義』全員がなんてことはありえない。


 一人だけ当たらなかったラシュエルくん、落ち込んでないかな。そう思い隣を見上げると、ラシュエルくんは寝ていた。


 長い杖と一緒に、ボールを抱えたまま眠っている。器用に眠るのはいつもの事だからいいとして。


「……5621番。ラシュエルくんも当たってます」


 代わりに私が読むと、司会者の言った数字と同じだった。



『『……』』


 偶然? 全員が?

 誰かに仕組まれた可能性もあるけど、ただのDランクバーティにする必要があるんだろうか。

 そもそも、あれにどう仕組みをしたらできるのか見当もつかない。


「では。選ばれたラッキーボーイ、アーンド、ラッキーガール。壇上へどうぞ!」


 王族の前で呼ばれて、進み出ないわけにはいかない。


 恐る恐る司会者の隣に出ていく私達。ラシュエルくんは、高速振動する私が顔面に貼りつくことによって起こしたよ。


「選ばれたのはこの五人! ご家族やお仲間の方もご一緒に参加できます。皆さん、どなたと行く予定でしょう?」

「いや、俺達は全員同じハンターパーティなんだが……」

「はい?」


 意味が分からないといった様子の司会者さんに、ロウさんがこのミラクルについて説明する。


 何回か繰り返した後、ようやく、なんとか納得してくれた司会者さん。会場の人と一緒に半信半疑だけど。いや、私達もか。



 そんな微妙な空気のなか。

 叫んでいないのによく通る声で発言したのは、第三王子さまであるシェオさんだ。


「このような出来事、奇跡と呼ばずして何といいましょう……! まさしく神に愛されている証。めが……失礼しました。レモナさまを始め、『魂の定義』の方々こそが神の御許に行くべきとのお告げという事でございましょう」


 レモナさんを女神さまと言いかけ、訂正しているけど。その前に、リーダーはロウさんです。


 徐々に浸透してゆくその言葉。


「ありえねぇ、あいつら本当に人間か?」

「ぺんぎんもいるぜ」

「奇跡の瞬間に、立ち会ってるのよ……!」


 会場の人達がどんどん沸き立ってゆく。そして。


「こりゃ胴上げだな!」

「パレードが必須に決まってるわーん」


 そんな言葉まで聞こえ始めた。

 せっかくアニモスではパレード阻止したのに、まさか王都ですることになるんですか!?



「神さまは亀さまですが。ぺんぎんくんは神獣でございますから」


 シェオさんの紳士スマイルとともに飛び出たその言葉に、盛り上がりの方向がまた変わっていく。


「神獣……言われてみれば、品のいい生き物だわ」

「ああ、神のご加護があるに違いねえ。……ぺんぎんさまーっ!」



 ぺ ん ぎ ん ! ぺ ん ぎ ん !



 いや、おかしいですよね!?

 ……ってキルティさん。一緒に拍手してる場合じゃないですよ!



 収まりのつきそうにないこの騒ぎ。実はさらに奥で見ていたらしき王さまが、大仰に頷き前へとでてきた。


 良かった、鶴の一言があれば収まるはず。


「皆の者。これは建国以来の、歴史に残る瞬間じゃ。……本日は無礼講! 心よりこの者達への祝福を、宴に乗せて届けようぞ」


 軽い、軽いですよ王さま!

 直々のお許しも出てしまった、これ。一体どこまで盛り上がるんだろう……。


 キャパシティをオーバーしたのか、もうどうにでもなれと思ったのか。遠くを見つめて微動だにしないロウさん。

 宴と聞いて楽し気なレモナさんに引っ張られ、ロウさん含め全員、興奮状態の人波へ飛びこんだ。



 その後は、人混みで皆さんと離れ、ぐっちゃぐちゃになる。


 私なんて、軽いからかずぅっと胴上げされている。放り投げられているともいうけど。


「ぴえぇぇぇ」

「ア、アオイ無事か。俺はもう……」

「ロウさん、お気を確かに!」


 放り投げられた先は、ロウさんだった。大分もみくちゃになったらしい。


「ぷはっ。ロウとアオじゃん。やっぱ宴っつーのは、いーよなー!」

「アオイちゃん、探したよ~。もみゅりが足りないんだもん」

「もらったの、たべる? アオイ、さん」


 レモナさん、キルティさん、ラシュエルくんもちょうど来た。


 また離れないようにと、軽く酔ったレモナさんが私達を一緒くたに抱き寄せた時。

 ラシュエルくんが目を輝かせ、空を見上げる。


「ん……! おっきい、わたがし」

「ぴえ?」


 私も見ると、出店で見た、巨大なわたがしが風に流されてきていた。

 私達の方へ。


「なにゃ!?……わぷ」



『魂の定義』が、わたがしに埋まる。



 ぷは、と顔をだし、きょとんとしている皆さん。


 しばしの沈黙。やがてロウさんから順に、笑みがこぼれる。


「……く。ははっ」

「なっはは! べったべたじゃん」

「ホントだよレモナ~。にゃはは!」

「はむ。おい、しい。……ん!」

「ぴゃ~。って、この状態でも食べるんですね、ラシュエルくん」


 わたがしに埋もれて、甘い匂いに包まれる。べたべたして、私は顔しか出ていない。

 そんな状態の皆さんで、笑いあう今。


 ありえないような奇跡が起こって、最後はわたがしが降ってくるなんて。何ですかこれ、もう。



 ……ふふ、やっぱり皆さんといると楽しいですね。


 お祭りや宴のせいか、ふわふわとして現実味がないくらい。


 こうしてずっと、皆さんと遊んでいたい。



 なんて、何故だか感傷に浸ってる暇じゃない。

 わたがしばっかり食べてたら、お腹壊しちゃいますよラシュエルくん!

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