48話 ロウとふわふわ尻尾
「残ったのは俺とキルティだけか。怪我はないか、キルティ」
「うん、だいじょぶだよ~。ロウが馬車の中で庇ってくれたもんね。ロウにも怪我なくて安心したよ~」
俺、ロウは落ちた馬車から出ながらそうキルティに確認した。
今この場所にいるのは、人は俺達だけだ。あとは馬車とカレフリッチ。
軽く馬車を確認したところ、壊れている様子はない。頑丈だとは聞いていたが、崖から落ちても壊れないとはな。報酬とはいえ、本当にいいものをもらった。
カレフリッチは逃げるかと思ったが、相変わらずヌボーっとした顔をしてそんな素振りもない。やはり変な魔物だ。
「レモナとラシュエルは、恐らく同じ場所へ落ちたはずだ。あの二人なら心配はいらないだろう。問題は……」
「アオイちゃんだよね~。マキニカのいる前の席に行ってたし、二人もおんなじ方に向かって飛んでったんじゃないかな~?」
強く吹く風に飛ばされぬよう、つばが広い魔女風帽子を押さえるキルティ。
とは言え、レモナ達とは違いアオイ達には懸念が残る。
「アオイの軽さならば一人だけ遠くに飛んで行った可能性がある。それに、魔物がいた場合戦えないだろう。御者になったマキニカも、戦えるかはまだ分からんからな」
俺は、足元の草を食べているカレフリッチを馬車に繋ぎながら考えを続ける。
「……そういえば、シェオがどうとアオイが言っていたが。崖を駆け下りていく馬に乗った人影が見えたな。シェオならばどちらかの方に行ったのかもしれん」
シェオは銀色の長髪だったはずだ。ちらと見えた人影のイメージとも符合する。間違いないな。
ハンターのシェオが向かっているかもと、ほんの少しだけ安堵した俺。だがキルティがその大きな桃色の瞳を右上に寄せ、俺にとってあまり思い出したくない出来事を言う。
「う~ん。シェオって人、あんまり強くなさそうだったよね~。ほら、ロウがレモナのナイトって言われたときね。ボエボエする花に、レイピア当たってなかったもん」
「あの時か。確かにそうだが、弱いなら何故コカトリスの羽なんて持っていたんだ?」
しかも珍しいものと言っていた気がするが。まあ、物ならば本人がとったとは限らない。
結局シェオがアオイ達の元へ行っていたとしても、不安は拭えないという事だ。マキニカもアオイの元にすぐ着くとは限らない。
今頃、どの辺りにいるのだろうか。飛ばされた先で一人、おろおろしているアオイの姿が、驚く程鮮明に目に浮かぶ。
…………。
「あれれ! ロウ、どこ行くのかな~!?」
「キルティ。アオイ達の方に魔物が出たらマズイだろうから、俺が探してこようと思ったんだが」
「みんなすぐ、ここを目指して来てくれるよ~。だからロウが離れちゃダメでしょ~?」
「そ、そうだな。少し待ってみるか」
気づけば俺は、キルティに腕を引っ張られていた。
はぐれたからといって、この状況で俺がいきなり向かうのも良くはないな。思わず駆け出しそうになっていた足を戻す。
ひとまずは、ここに魔物が襲ってこないか警戒しよう。
無事に戻ってきてくれるといいのだが……。
☆
遅い。あれからどのくらい時間がたったのだろうか。
「キルティ。そろそろ一時間程経つな。馬車を連れてでも探しに……」
「まだ二十分も経ってないと思うよ~。レモナ達のがアオイちゃんより早いだろうしね、もう来るんじゃないかな~」
キルティの声が後ろから聞こえる。待っている途中から、背後にある馬車に腰掛けているからだ。
中に入る訳ではないから俺もと誘われたが、立っていたかった為断った。何があっても対応できるようにしておきたい。
俺はその言葉に納得し、カレフリッチを落ち着かせる為に長い首を撫でる。行動するにも、レモナ達が帰ってきてからだな。
……しかし、魔物に囲まれている可能性も考えられる。それなら急いで駆けつける必要があるか。
「ならこのカレフリッチに乗っていけばすぐに着くな」
「なんでかな!? 会話が噛み合ってないよロウ! アオイちゃんならね、倒せなくても超音波で動きを止められるよ~。ね、だいじょぶだいじょぶ!」
いつも以上に元気な声を出すキルティ。
右手に剣を持った状態で、左手でカレフリッチをまた撫でる。案外すべすべしていて気持ちがいい。
そのまま機械的に左手を動かし続けていると。キルティが馬車から降りた音がした。
数歩歩き、俺とカレフリッチの間に立つキルティ。
ぽんぽんと肩を叩く感覚に後ろを振り向くと、キルティの黒猫尻尾だった。
「も~。カレフリッチちゃん、首がくすぐったいって言ってるよ? はい、ロウ~」
「……何がだ?」
仕方ないなあ、というようにキルティが笑い、尻尾を差し出す。何がしたいのか分からないがその前に、この主体性の無さそうなカレフリッチの表情が分かるのか?
俺の顔の前で、ゆ~らゆ~らと揺らしている。
「さっきからず~っと撫でてるよ? 心配なのは分かるけどね、これで落ち着いてね~」
「……そんなにずっとやっていたか?」
自覚は無かった。どうやら俺は、思っている以上にそわそわしてしまっているようだ。我ながら心配性が過ぎるな。
有難く、目の前で揺れる尻尾を掴む。毛が柔らかく、触り心地が良い。
満足気に頷くキルティ。
「うんうん。そうやって柔らかくね~。あんまり強く掴んじゃダメだよ? ちゃんと痛みあるもん、猫の尻尾は優しくだよ!」
「ん? ああ、それは勿論だが」
自分から当てるのは痛くないのか? たまに、俺の背中にバシバシ音を立ててぶつけてる事があるが……。
大きな木々を見上げ仲間を待つ。
それからほんの少し経った時。前方の木の奥、いやその上空から声が聞こえてきた。
ただの声というよりこれは……レモナの叫び声か?
「うああ、なーラシュ! 結界もうやった方が良くねぇ? 落ちる、落ちるってーの」
「へいき、レモナ。ロウがいる……かも」
「や。さすがにロウでも、飛んでくるアタシ達はどーしよーもないんじゃねーかね」
レモナとラシュエルだ。が、何故かまた飛んで戻ってきている。
待て。この勢いのまま来るつもりか?
「お、ロウ……が見えるってー事はヤベー! ラシューっ!」
「はふ。ん、やる」
レモナに抱えられたラシュエルが、レモナの足元に結界を貼る。それにより、少しだけ向かってくる速度がゆっくりになった。だがそこまで遅くはなっていない。
そもそもすでに目の前だ。
「……ん!」
「ラシュエル」
レモナからふわりと離れたラシュエルを、俺が抱き留める。膝を曲げて受けたから、衝撃は躱せた。
大事そうに持っている、大きな赤い実はリンゴか?
そしてレモナは……。
「んっとっとーぉ! うっし」
馬車を通り越し、崖にぶつかっていた。
ただ、持ち前の運動神経により、驚くことに激突はしていない。馬車の屋根や崖を蹴り、一回転して勢いを殺したようだ。恐ろしいな。
「はーっ。死ぬかと思ったっつーの。もう飛びたくねー」
「ぼくも、とぶのはもう、いい」
レモナもラシュエルも、げんなりした様子だ。
ラシュエルを下に降ろし、二人に聞く。
「一体何があったんだ? まさか戻ってくる時まで空からとは思わなかったぞ」
問われたレモナが、反転、嬉々として語りだす。よくぞ聞いてくれた、と顔に書いてあるな。
「そーだよロウ、あのさ。アタシ、ゴザルとダチになったんだよなー。ま、途中で怒らせちまって飛ばされたっつー訳だけどさ」
「ござる? 誰だそれは」
うさんくさい侍みたいな名前だ。
こんな渓谷の中に他に人がいたのかと思っていると。ラシュエルが疲れたのか、船を漕ぎつつ俺に伝える。
「ひとじゃ、ない。たぶん、レモナがさるにつけた、なまえ……かも」
「猿つってもさ、中々強かったんだよなー。アタシらはあれだ、殴りあいで絆が深まったってーやつ」
よほど楽しかったのか、シャドーボクシングで再現するレモナ。よくわからんが……。
「つまり、飛ばされた先で猿と友情を育んできたのか?」
「まーなー」
なんと言っていいのか、そのタフさやら奔放さやらに驚けばいいのか。
キルティと共に、とりあえず安堵し呆れていると。レモナが何かに気づいたようだ。
左を指さし、急に真面目な顔になる。
「なー。んか、こっちくる足音みたいなん聞こえねー? って、前にもこんなんあったなー。そん時は確か岩だったけどさ」
エルフだからか耳の良いレモナ。それはダンジョン最後の出来事だな。
俺も耳を澄ますと、聞こえてきた。岩の時のようなものでなければいいのだが。
――――ぺったん、ぺったん
アオイの足音か? いや、違う。これはもっと……。
嫌な予感がして、剣を構える。
すると前方の木々の間から、人影が二つ飛び出してきた。
マキニカとシェオだ。
「ロウさん!」
こちらを確認し笑顔になるアオイ。マキニカに持たれていた。
そしてその後ろから現れた、謎の足音の主は。
――――巨大なぺんぎんだった。
「ぴえぇ。連れてきちゃいました、ロウさーん!」
マキニカともシェオとも会え、見たところ怪我もないアオイ。
結局俺が想像でみたように、オロオロとしている。
レモナ達は空を飛んできて。
アオイ達は巨大ぺんきんを引き連れてきた。
頭を抱えたいところだが、謎のぺんぎんの手前、胸中のみに留めておく。
なあ、お前達。
普通に帰ってこれないのか?
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