47話 レモナとゴザル
「……中々やんなー! ま、アタシには勝てねーって。そろそろ諦めっか?」
「……」
「うし。やっぱそーじゃねーとな!……どりゃっ」
アタシ、レモナは勢いをつけてジャンプをし、相手に渾身の蹴りを繰り出す。
いきなり何故戦っているのか。あー、それはあれだなー。話はちょい前に遡るってーやつな。
☆
突如回転しながら落ちた馬車。そっからこう、ぽーんと放り出されたアタシとラシュ。左右に空いたデケェ窓からだなー。
ちらっと見えたアオは、すんげー速度で飛んでってた。やっぱ軽いからかね?
んで。飛びながら隣を見る。
ラシュがいんだけど、空中だっつーのにがっつり寝てんだよな、これが。
「んおい、ラシュ起きろってーのーっ!」
「……ふぁふ。む、レモナ。まだあんまり……ねて、ない」
「いやいやいや。んな場合じゃねーってかさ」
ぐいぐい落っこってる途中だって。……ま、でも。今回のアタシの仕事は、ラシュを起こすとこが一番かねー。
まだ半分夢ん中ってのか、薄くしか開いてねー目で周囲をすぐ確認したラシュ。
寝ててもいっつも持ってる長ぇ杖。その中心の水色の石が回り始める。
ラシュが結界を作ってるっつーわけだ。アタシはラシュを抱える。
――――パリン、パリン、パリン――……
アタシの足元に、定期的に面積の小さい結界が現れる。強度も大してねーやつな。
んだからすぐに壊れる。壊れたと思ったらまた新しー結界……と繰り返す。
そんで徐々に落ちてくスピード。
最初の勢いはもうねーし、そろそろ降りられそーなとこに降りっかね。
無駄に背の高ぇ木々。その内の一本の、中程の枝に着地するアタシ。
「……っとと」
速度は落ちてるっつっても、それなりの勢いで着地したからか、枝がぐんとしなる。バネのように戻ってきそーだったんで、適当に衝撃をかわす。
あっぶねー。また空飛ぶとこだったじゃん。
地面に直接は、ちと空からだと見にくかったし木にした訳だけど。ま、上手く怪我なく着地できた。
「結界サンキューなー、ラシュ」
「ん。あり、がと」
言いつつラシュを同じ枝に降ろす。木がデケェ分、枝にも余裕で立てんなー。
びゅおっと風が吹き、アタシとラシュの髪が舞い上がる。ラシュの真っ白な髪が、猫みてーに膨らんでる。
両手をそのちょい上辺りにかざして、超能力!と遊びながら、アタシ達が飛んできた方を見る。ぺんぎんのアオと違ってそんなに遠くまできてはねーよな?
「木で見えねーけどさ。馬車はどーせ近くだろーし、さっそく帰るかねー……ん? ラシュ、どした?」
「おいし、そう……かも」
ラシュの視線を辿ってみっと、ギリギリ手の届きそーな位置に、大きめのリンゴみてーな果物が実ってる。
へー、確かに美味そーじゃん。
もいでから行くくらいいっかと。背伸びし、そのリンゴに手を伸ばす……が。
「ムキャッキーッ」
「んおえぇい!?」
そのリンゴの上。葉で隠れて見えねーとこから、一匹の猿……猿、で合ってんか? ま、とにかくゴリラみてーなサイズの猿が降ってきた。
リンゴは渡さん、っつーように。そのゴリラ猿が威嚇してくる。
「……はっ。アタシとやろーってーの?」
「キッ」
リンゴを守る位置に立ったゴリラ猿。指を上にクイクイっと曲げて挑発してくる。
面白ぇじゃん。ラシュのぐうくぅ鳴る腹の音も聞こえっかんな。
いっちょ、あんたとリンゴを賭けて勝負してやんよ。
「恨みっこは無しなー。うっしゃあ!」
「ムキッキャ」
中指に嵌めた指輪型の魔道具に魔力を流し、メリケンサックに変化させる。んで、殴る!
が、様子見の一発はゴリラ猿に軽くかわされた。
「まだまだってーの!」
「っ! キッ……」
かわした所にも蹴りを放ち、逃げ場を無くすよーに攻撃を繰り出すアタシ。
さすがにゴリラ猿……て呼ぶのめんどーだなー。ゴザルでいっかね。
とにかくゴザルも辛ぇらしく、避けきれねーでアタシの攻撃がかすってる。
んでも。こんだけやって、かするだけ。案外やんじゃん。
その後も攻撃を続けるアタシに、避けるゴザル。
ラシュは最初の位置からあんま動いてねーなー。杖の金色がチラチラと揺れてんのは、上に掲げて振ってんのか? あれか、応援してくれてんだなー!
ゴザルの方はアタシを枝から落とそうってーのか、あちこちに飛び回る。しかも、視覚の攻撃のつもりかね? 長ぇ尻尾をグルグルしてんのが地味にうぜー。
「逃げてんばっかじゃん。けど、そのかわしっぷりは中々やんなー! ま、アタシには勝てねーって。そろそろ諦めっか?」
リンゴさえ差し出しゃ命までは……て。ん? なんか悪者みてーじゃね、アタシ。
アタシの問いかけに、無言で楽しげにニヤリと笑うゴザル。
野生だし、人間の言葉が分かってるっつーより、伝えてー事は分かんだろーな。アタシもあっちが挑発してくんの分かるしさ。
「うし。やっぱそーじゃねーとな!……どりゃっ」
ジャンプをし、蹴りを放つ。ゴザルは当たる寸前で跳ぶ。
逃がさねーよーに追う。……が、周囲から聞こえてきた鳴き声に足を止める。
『『ムッキッキ。キャッキャッキャ!』』
「……そりゃ、反則じゃねぇ?」
響く無数のゴザルの……いや、他のゴリラ猿の声。どーやってか、合図か何かで仲間を呼んでたみてーだなー。んて、この数相手にすんのか……?
アタシと戦ってたゴザルは、呼んだらしーわりに、そのゴリラ猿達を制止する動きをする。
素直に従い、鳴き声が止む。
ゴザル、ボスだったんか? なんにせよ、やっぱアタシとは一対一でっつー事かね。
「ビビって仲間呼んだのかと思ったけどさ、ちゃんと一対一でやってくれんのな」
「……キャッキャ」
頷くゴザル。アタシと戦ううちに、武道の精神でも出てきたっぽいなー。周囲の、葉で姿の見えないゴリラ猿達は観客に徹するみてーだ。
「観客っつーなら、アタシにもラシュがいっかんな。……んあ、ラシュ?」
「はむ。……よん、だ? レモナ」
ラシュを探して声をかけっと。幹の近くから、こちらまで歩いてきた。杖振って応援した後は、避難してたんかね。
てか、何かを両腕いっぱいに抱えて食ってんし。赤い、大きな……果物。
「な、なー。それさ、リンゴじゃね……?」
「ん。レモナ、たたかってたから。……つえで、とった。はむ。……レモナもいっこ、たべる?」
ちょいドヤ顔のラシュが、リンゴをたくさん抱えた腕を少し前に出す。自分で頑張って採ったっつーのが嬉しーらしーな。
食ってるそのリンゴは、近くで見ても美味そーで。……て、そーじゃねーって!
「……う!?」
向けられる殺気。それも四方八方から。
うあー、当然だよなー。リンゴ賭けて戦ってたっつーのに、勝手に食っちまったしさ。……おーい、ラシュ。シャクシャク音が煽ってるっつの!
シュバッと一斉に、周囲のゴリラ猿達が、隠れ場所から空中に躍り出てきた。ヤベ……!
しかし襲いかかってくんのかと思えば違う。
アタシらがいる枝に一気に降りたってきただけだなー。
アタシらの今いる位置は、枝の先の方。んで、アタシらよりさらに先にゴザルなー。今降りてきた六匹くれーは、もっと先端にいる。
アタシに殴りかかってくる訳じゃなく。ゴザル含めて全匹、息を揃えて一回ジャンプした後に、枝にぶら下がった。
まるでアタシとラシュがここに着陸した時みてーに、枝がしなる。や、それよりもっとだなー。
……んあ? 乗ってる枝がしなって、アタシらがその先端近くにいる。
ゴリラ猿達が手離したらさ、どーなんのかね……って。
「ちょま、待てって! 話し合いって必要、だよなー。なはは」
「キ、キ、キ……」
三、二、一……と、アタシにはカウントダウンにしか聞こえねー音を出すゴザル。
ぜってー、手離す気満々じゃねーか!
アタシは、幸せそーにリンゴをシャクシャクするラシュを急いで抱える。
後はさっさと、この枝から離れねーと……!
「……ムキャ」
『『ムキャッ』』
「いっ!?」
ゴザルの合図で、ぶら下がってたゴリラ猿達が同時に手を離した。
重しの無くなった枝は、すんげー勢いで振られる。
あれだ、ゴム鉄砲のゴムをギリギリまで伸ばしてさ、指離したみてーな。
ラシュを抱えたアタシは、まだ枝から離れられてねー。つまり……分かるよなー?
「また飛ぶんかよ――っ!!」
ゴム鉄砲の鉄砲玉さながらに。空へとゴーだ。
抱えたラシュの腕には、まだリンゴがいくつか。飛ばされた勢いで一個落ちる。
「あ……!」
腕ん中から悲痛な声が聞こえっけどさ。ラシュ、もう結構食ったよな?
その落ちたリンゴを目で追う。
リンゴは、下に降りたゴリラ猿達の方へ向かってんな。
ちょうど最前列にいたゴザルがリンゴをキャッチする。
そん時、見ていたアタシと目があった。
「……キッ!」
仕方ねーな、という雰囲気でリンゴを噛るゴザル。グッとサムズアップをしてくる。
案外、あいつも楽しかったんかね。
アタシも笑い、サムズアップアップを返す。
遠くなってくゴリラ猿達。
じゃな、ゴザル。
これが種族の壁を越えた友情ってやつだってさ、あんたも思ってんじゃねーの?
ゴザル達はただ敵として戦ってただけじゃって、ラシュが言うけどさ。や、これは拳を交わした同士にしか分かんねーんだって。
ゴザル。また会うことはねーかもだけどさ、ちゃんと生き残れよなー!
んで。しっかし、一日に二回も空飛ぶかねー普通?
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