46話 大きな木、大きな……
「ちょ、え。ぺんぎんちゃん!? ごめんなさい、気づかなかったわ。まさか今落としたの……」
「ぴゃい。の、飲んじゃいました」
一瞬呆けた後、あちゃーと言いたげに額に手を当て天を仰ぐマキニカさん。
シェオさんはその隣で同じく驚いている。
そして私は、まだ痛むお腹に謎の魔道具がイン。
どうしよう、完全に飲み込んじゃった。吐き出せればいいんだけど……。うぅ、まだお腹が痛くて力を入れられない。
さっきの二人の会話を思い出す。
何だかあれこれ言ってたけど、私にも一つ分かった事はある。その今飲んだ魔道具が……国宝級だという事だ。
転生者である事実は、できれば隠しておきたい。
けれど私は、相当珍しいらしい魔物の転生者だ。それだけでも実験ぺんぎんにならぬように、隠さなきゃレベルは上がる。
そこにさらに、国宝級の魔道具が内蔵されたぺんぎんになったとなると……。考えたくない。ぴぇぇぇ。
いまだ横たわる私に、マキニカさんがしゃがんでお腹を撫でてくる。優しい、聖母さまかのような慈愛に満ちた手つきだ。
「うっかり落としちゃったわ。ぺんぎんちゃん、お腹痛くなってないかしら?」
「い、いえ。その前から痛かったので、今のせいではないと思います」
「その前から?……そうね。打ち身の跡がお腹にあるわ。あら、背中にも。ちょっと動かないでね」
ぺたぺたと手慣れた感じで、触診したマキニカさん。
そう言った後、私のお腹に両手を添えて目を瞑る。
やがてじんわりとお腹の辺りが暖かくなってきた。触れた人の体温だけではなくね。
それに、触れているマキニカさんの手から伝わるのは……魔力だ。
マキニカさんから暖かい魔力を、全身に送られているらしい。
ふんわりとぺんぎんボディを包むように、マキニカさんの魔力が行き渡る。すごく心地好い。
あまりの気持ちよさについ寝そうになった頃合いで、マキニカさんが手を離す。
「……こんなところかしら。どう? もう痛くないはずよ」
「ぴぁ。あ、本当だ。痛くないです、ありがとうございます」
「まるでボールを何度もぶつけられたみたいだったわよ?」
ボールじゃなくて黄緑の謎の魔物ですね。
試しに体を起こしてみる。ぺちぴょんぺちぴょんと跳び跳ねるが、全く痛くない。
「すごい……! これってもしかして、治癒魔法とかですか?」
「残念ながら、治癒魔法なんてものはないわね。物語の中だけだし、実際にあったらかなり助かるわよー。今のは、言うならば回復促進魔法ね。私の魔力をちょっとしたコツで流す事で、一時的にぺんぎんちゃんの自然治癒力を高めたのよ」
なるほど。つまり魔法のとんでも力で治ったというよりは、時間をかければ治るものを、時間を短縮した感じかな?
それでもやっぱり、こんなにすぐ治るのは驚きだ。
私が自分の体をあれこれ動かして感動していると、マキニカさんがまじまじと私を見ていた。
「あなた、ランタンペングイーノよね? それだけ喋れるのは珍しいわね」
「あ。いえ、えと……」
「マキニカ姉さん。彼女はレモナ様の神獣でおられますから、喋れるのは当然でございますよ」
シェオさんがスッと私達の側に来て言った。マキニカさんと同じ細目を、どことなくキラリとさせて。
神獣……。
レモナさんに出逢ってすぐ、女神様と言ってかしづいたシェオさんの事だ。ロウさんをレモナさんのナイトだと考えてライバル視していたし、私も女神様の足元でお世話するぺんぎん――神獣に見えていてもおかしくない。
「神獣? レモナ様?……面倒そうだから、詳しくは訊かないことにするわ」
不思議そうにすれど、すんなりと受け入れてくれたマキニカさん。私としても転生者だとは言えないので、神獣の訂正はしない。誤魔化せたし、シェオさんに感謝かな。
完全回復もしたことだし、やる事がある。さっきの魔道具を吐き出さなきゃね。寝っ転がってた私のせいだし、だって国宝級だよ?
ラーノラーノ言ってた魔物に、乱暴に救出してもらった滝。その近くで
「うぐぴぇ」
「ぺんぎんちゃん、あまり無理しちゃダメよ。あんまり大きな物じゃないし、そのうち出てくるわよ」
「でも、マキニカさんのですし……」
「それこそどうでもいいわ。だからもし出ても処分してもらっていいわよ。元々、あたしのじゃないもの」
そういえば、持ち出したとかシェオさんが言ってたっけ。ならシェオさんのという事?
シェオさんの方に目を向けると、訊きたい事が伝わったのか、相変わらずの紳士的な笑みを浮かべて首を横に振る。
「それは昔に拾った物でございますから。ご安心ください」
「そうなんですか。でも、すみません。助かります」
それでも魔道具はぺんぎんの中。大変申し訳ない。
柔らかいその笑みから、真剣な顔になったシェオさん。マキニカさんに対し、改めて訊く。
「そしてマキニカ姉さん。中身は一体何が……?」
「う。忘れて無かったわね……。そ、そうね。さっきも言ったけど、映ってるのは禍禍しい物じゃないわ。だからぺんぎんちゃんは心配いらないわね。今持ってたのは物騒な理由じゃなくて。籠ってる時も外の景色がみたくて、撮れないかと持ってきてみただけだもの」
マキニカさんが無意識なのか、キルティさんさながらに私をもみゅっている。
続きを促すシェオさんに、一瞬言葉に詰まったマキニカさんがえいやと言う。
「……まだ幼かった、シェオの純粋な心を守りたかったのよ! ケモミミ少女ばっかり映ってたわ。シェオがケモミミ好きになったら、あたしを相手にしてくれないかもしれないじゃない。
それに、持ってると動物に好かれやすいみたいなのよ。気のせいとも思えるけどね。
ほら、ぺんぎんちゃんも見つかった事だし。もうそろそろぺんぎんちゃんの仲間の所に帰るわよ。以上!」
そう強引に言い放ち、私を抱っこして大股で歩きだすマキニカさん。私を探してくれていたらしい。しかしケモミミ少女ばっかりって、一体なんでそんな記録だったんだろう……。
シェオさんの表情は位置からして見えないけど、そのままついてきたということは納得したのかな。マキニカさん、弟のシェオさんが大事みたいだしね。うーん、これはブラコンといっていいのか。
それはともかく。この渓谷はかなり、いろいろな物の大きさが大きい。一番目につくのはそびえ立つ木。ぺんぎんな私は背が低いから、普通の木でも高いんだけどね。これはもっと高いのが分かる。
幹も太いし、その木々の間も広い。リス型の魔物が遠くに見えるけど、この位置からあの大きさなら、やはりリスも大きいよね。
結局、魔道具はお腹の中だ。抱っこされつつ、お腹をさすってみる。まあただの柔らかい感触しかないんだけど。
仕方がないので、他の話題を振ってみる。
「あの。マキニカさんとシェオさんは、ご
「そうよー。シェオはあたしの弟。ならあたしが聖女なのも聞こえてたわよね? 教会関係の旦那に嫁いで、聖女やってるのよー」
抱いている私を覗きこむようにして話してくれるマキニカさん。緑のふわりと寝癖のついた髪がかかる。
聖女って、よくは分からないけどすごそうだ。……大分ラフだけど、実は偉い人?
そんな風に軽く言うマキニカさんに、シェオさんが嘆かわしげに呟く。
「マキニカ姉さんの脱走癖は、嫁がれても直らなかったのですね……」
「あら。シェオだって小さい頃は、あたしと一緒によく城を抜け出していたじゃない」
「む、昔の事でございましょう。神獣くん、レモナ様には秘密にしてくださりませんか?」
シェオさんに頼まれ、頷く。
シェオさんも意外にやんちゃだったのかな。今の紳士な印象からはイメージが出来ない。
あれ。それも気になるけど。今聞こえた単語は……。
「城って、皆さんお城に住んでたんですか?」
「勿論よ? シェオは第三王子。あたしは第四王女だもの」
「あ、王子さまに王女さまだったんですね。……ぴえぇぇ!?」
待って。驚きの連続過ぎて、脳の処理速度が追い付いてない。
うーん、こういうのは小出しにするものだよね? そうじゃないと、私の脳がぷしゅんとしてしまう。
スライムダンジョンでシェオさんに会った時、家名は伏せて自己紹介していた。王子なら家名は国の名前、アルヴァンなんだと思う。それは確かに、あの時には言えないよね。
私の驚いた叫びを聞いたマキニカさんが、からからと笑う。
「あらー、面白いわねぺんぎんちゃん。お忍びだけど、ぺんぎんちゃん達とはこれから少しの間過ごすんだもの。言っておかなきゃよね……っくしゅ」
とはいえいいんだろうか、そんな大事なこと。
マキニカさんは最後に、寒そうにくしゃみをしていた。
ここは谷だからか風が強い。マキニカさんの髪も、シェオさんの銀の長髪も、時折風に煽られはためいている。……私は髪の毛の代わりに、赤いリボンとランタンだよ。
マキニカさんは薄着だから特に寒いんだと思う。シェオさんが、端にひらひらと装飾のついたその吟遊詩人っぽい白いマントを、脱いでマキニカさんに着せる。
ちょうどマントを着終わった時。一際強く、また風が吹いた。
風の音がうるさかったから聞こえにくかったんだと思う。私達は、後ろに
全てのサイズが大きいなら、普段小さな魔物も大きくて当然だよね。さっきのリスみたいに。
風の音が止んだ瞬間に聞こえた、ぺっちんぺっちんという足音で振り向く私達。
そう、
「ぴぃ~ぎょぉ~」
「……ぴえ?」
大きいからか、間延びした声で鳴くぺんぎん。
見た目は私の種族、ランタンペングイーノという魔物と同じ。ただ、サイズがおかしいだけで。
大体三メートルくらいだろうか。シェオさんよりもっと上だからね。
このサイズの魔物は、マズイ。
じり……と、巨大ぺんぎんの方を向いたまま後退するマキニカさんとシェオさん。私はマキニカさんに抱かれている。
じりぺち……と同じだけ近づいてくる巨大ぺんぎん。
数歩下がれば、また同じ距離を詰めてくる。
「……」
「ぴぃ~ぎょぉ~?」
黙っていると、ゆっくり体を傾け、こちらをその真ん丸の瞳で見つめてくる。
その隙に、回れ右して走り出す私達。
――――ぺっちんぺっちん
巨大ぺんぎんは当然のようについてきた。
「あらら。これはさすがに困るわね」
「いざとなったら、
「ダメですよシェオさん!?」
シェオさん王子さまなんですからね!? 一匹のしがないぺんぎんの為に囮になるなんて、簡単に言わないでください。
抱かれた状態で後ろを見る。
……うん、やっぱりきてるね。
馬車の落下地点へと向かう私達。巨大ぺんぎんを連れて。……途中で撒くことはできるだろうか。
ぴぇぇ。
ロウさーん! 助けてくださいー……っ!!
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