45話 国宝級ぺんぎん

 マキニカさんとシェオさんは、顔立ちが似ているね。……なんて考えてる場合じゃない、私!


 私の現在地、空中。


 崖から落ちた馬車。そこからさらに放り出されました。くるくるぽーんと。


「ぴ、え、え、えぇ……」


 ゆっくりと縦回転しながら飛んでゆく私。

 さながら、青いミサイル。ぺんぎんミサイルだ。


 何とかしたいけれど、自分ではどうする事もできない。えと、どっちが上? どっちが下?

 下には見事な渓谷が広がっている。勿論、上は空。回る度に上下の景色が入れ替わる。



 そして行き着いた先は――……


「ぴぎゅ」


 恐らく綺麗な放物線を描いて飛んでいた私は、地に落ちる前にその軌跡が止まる。

 当たったのは、上から下へと音を立てて流れる水……滝だね。


 滝にぶち当たった私は、強制的に方向転換。真下の滝壺へと流され落ちてゆく。



――――……ドボンっ


 息もできないままに流れていると、吐き出されるようにして落下が止まった。滝壺に着いたらしい。


 自力では沈めないぺんぎんボディ。けど、これだけ水圧で叩きつけられれば別だ。深く沈みこむ。


「ぴ……ぶくぶく」

『なーにやってんだかラーノ♪』


 上から落ちてくる滝の水によって浮上できない私は、鈴の転がるような可愛らしい声を聴いた。

 この声、どこかで……。あ、ダンジョンから脱出して、海に入った時だ。この声の魔物は海にも滝にもいるのだろうか。


 水中でも聞こえるのは、魔物だからかな。頭の中に直接聞こえているかのように、やけにクリアに聞こえる。



 沈んで、水に押し戻されてを繰り返し、上下に翻弄される。


 無限ループに陥って、陸どころか水面にも近づけない私。息が苦しく、もがく体力も無くなり力が抜ける。


 今端から見たら、まるでオモチャのようだと思う。お風呂に浮かび、沈ませれば水の流れに抗えないオモチャ。あれのぺんぎんバージョンだ。私は今、水面には浮かべてないけどね。


 意識が朦朧とし始める中、さっきの魔物の声が複数聴こえてきた。


『あるじーがお待ちラーノ♪』

『てか死んでるラーノ?』

『弱っちいラーノ♪……あるじーに怒られるラーノ。助けるラーノ?』


 どうやら何匹かいるみたい。助けて、くれるのかな……?


 ひそひそひそ。姿の見えないコロコロと小動物じみた声の魔物達が、私を助けるべきか声を潜めて相談している。


「……がぴぇぁ」


 上昇していた体が、また上からの水圧で深く沈む。そのタイミングで、水を飲み込んでしまった。


『マジで死ぬラーノ。しゃーねーラーノ♪』

『助けてやんぜだラーノ♪ せーの……』



『『ラーノ~――っ♪』』


「ぐぴぇっ!?」



 可愛いかけ声が聞こえたと思った直後。背後から何かに、勢いよく突進された。しかも連続で。

 ゲームだったら間違いなく『1hit、2hit……10combo!!』とコンボ技が発動しているね。


 それにより、浮かび沈みの無限ループから外れ、圧のない静かな位置まで強制的に移動する。


 ほとんど意識が飛びかけている中で、顔も知らない魔物に感謝する。



 ありがとうございます。おかげで、滝壺で翻弄されるぺんぎん死しなくてすみました。

 ……背中は痛いですが。



 後は、このぺんぎんボディの特徴の出番だ。

 自力で沈めない私は、逆に考えれば、押さえつけられなければ勝手に浮上する。


 そう、このままただ上がってゆくのを待つだけ……。



『仕上げラーノっ♪』


 とびきり可愛いらしく放たれた言葉とは裏腹に、凄まじい速度で向かってきたソレ。

 底の方から黄緑色の弾丸よろしく、私へ突っ込んできた。


 水中で薄暗いというのに、驚く程綺麗に映る鮮やかな黄緑。


 当たった箇所は、今度は背中ではなく。


 お腹。



「っっ……!」



 もう声は出ない。


 柔らかいぺんぎんボディは『く』の字に折れ曲がる。

 ビー玉サイズの残りの空気と共に、飲み込んだ水が吐き出された。


 その勢いのまま水面へ。


 ざぱんと音を立てて、外へ弾き出される。



『ふぅ。ぺんぎん助けは大変ラーノ。あるじーの所に着くまで、勝手にくたばんじゃねーラーノ♪』

『『ばいラーノ~♪』』


 そこで、ラーノラーノ言うその魔物の声は聞こえなくなった。



 陸に打ち上げられたぺんぎんの私。

 ぴくりぴくりと痙攣している。


 命は助かりましたけども……。

 お腹に体当たりはトドメですよ。



 頭のランタンの光が弱々しい事を、目の端で確認したのを最後に。

 私の意識はそこで一度途切れた。



 ☆



「ふー。まさかシェオがいるとは思わなかったわ。あたしを追いかけてきたのよね。愛が重いわよー?」

「マキニカ姉さんが魔道具を持ち出すからです。あれは人の目に触れてはいけないと仰ったのは、貴女でございましょう?」


 ざく、ざく。砂利を踏みしめる足音がする。


 ……えと、私は。そうだ、気絶してたんだった。

 ぼんやりだけど意識が戻ってきた。近づいてくるこの足音と声は、マキニカさんとシェオさんかな? 二人もこっち側に落ちてきたみたいだ。


 二人の会話が続けて聞こえる。


「え。あれは、そう……ね。ほほほ、何の事だったかしら。忘れてしまいましたわ」

「聖女喋りをしてもわたくしは騙せません、マキニカ姉さん」

「シェオ、言うようになったわね」

「貴女の弟なら当然の帰結でございましょう」


 魔道具とかは何の話だかよく分からないけど……。話を聞くに、マキニカさんはシェオさんのお姉さんらしい。


 それなら顔が似ているはずだね。



 何だか盗み聞きしてるみたいで、ちょっと申し訳ない。さっきの体当たりのダメージがまだ……。


 ちなみに今の私の体勢はうつ伏せだ。自力で起きられる程は回復してないのが分かる。

 私はなんとか目を開けて、横目で会話の聞こえた方を見る。


 そこにはさらりとした銀髪に中性的な顔立ちのシェオさんと、よく似た顔のマキニカさん。そちらはぼさっとした緑髪だけど、きちんとすればやはり綺麗なんだと思われる。


 その吟遊詩人風の服とマントをふんわりはためかせ、ゆっくり歩くシェオさん。

 困ったような顔でマキニカさんに訊いている。


「その魔道具は、性能だけでいうなら国宝級。わたくしは心配しているのです。それを持ち歩く事で、マキニカ姉さんがもし狙われたら、と」

「……シェオ」


 マキニカさんは軽く目を見張り、歩きながらシェオさんに顔を向ける。私からは横顔が見えるくらいの位置だ。


 腰に巻いた大きめのポーチから、話に出てきた魔道具らしきものを取り出すマキニカさん。

 それは、手で握りこめる程のサイズ。あまり磨かれた様子のない、魔石のような石だ。一応装飾らしき物が外付けでついている。


 シェオさんに対し、バツが悪そうに語り始める。


「悪かったわ。まさか抜け出して追いかけてくる程、心配してくれてたとはね。……もう、話してもいい年頃よね。これは、昔話したような禍禍しい魔道具じゃないわ」

「では、それは一体……?」

「ただの記録用の魔道具よ。容量や内包魔力がバカデカいのは、確かに国宝級だけどね」


 ……あれ。ぼんやり聞いてたけど、何だかかなり近づいてきてるよね。

 ここの石は大きめで、間から生えてる草は背が高い。私から見えてるくらいだし、普通に見てれば私にも気づくと思うけど。

 話に夢中な向こうは、私に気づいてないみたいだ。マズくないかな?


 近づくマキニカさんの靴。ガウチョパンツっぽい服から覗く脚は、普段陽に照らされていないのか白かった。


「あの頃のシェオはまだ幼……」

「え、えと。マキニカさん!」

「あら? あっ」


 また少し回復した私が掠れた声で呼びかけるが、遅かった。

 気づかず、ゆっくりとだけど歩いていたマキニカさんにコロッと蹴り飛ばされる。


 うつ伏せの状態から、コロリンと半回転する私。


 一方私に驚いたマキニカさんは、よろめきは少なかったものの、手に持っていた魔道具を落としてしまった。……私の方に。


「うぴぇ。……んぐっ!? ごくん」


 体勢は仰向け。口はマキニカさんの名を呼んだ時に開けたまま。

 そこに突然落ちてきた、拳より小さな魔道具を私は……飲み込んでしまった。



「え」

「ぴぇ?」


 マキニカさんと私が揃って声を洩らす。

 待って。さっきの話からすると、これって何かすごいやつなんだよね?


 マキニカさんとシェオさんだって、あまりの事態に呆気にとられている。



 国宝級の魔道具inぺんぎん


 ぴ……


「ぴえぇぇぇ……!?」


 掠れた私の叫びが、この渓谷に響き渡る……事もなく。


 そんなぺんぎんの声など掻き消すように、音を立てて強く風が吹いていた。

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