ぺんぎんと渓谷、王都へ

44話 ぺんぎんミサイル

「むにゅっぺ。きるひぃらん。なんれ、もむるんれふか……」


 一号さん達と別れてミントレの街を出た後。


 キルティさんの膝の上で窓の外を見つめていた私は、彼女にもみゅんむにんと、捏ねくり回されていた。

 ……私の頬っぺって、よく伸びるなあ。


「んにゃにゃ? それはね、アオイちゃんがかわいいからだよ~?」

「ほ、ほうれふか」


 でれーっとだらしない顔をしていたのに、『当たり前だよね?』という風に真顔になるキルティさん。

 答えになってない気もしますが、まあキルティさんですもんね。



「ふぅ。ミントレ出たわね。それじゃ言ってた通り、一番近くの街を目指すわよ」


 最前席に座るマキニカさんが、そう言って前髪をかき上げる。今日からこの新しい『魂の定義』専用馬車の御者になってくれた人だね。

 バスでもない限り、カレフリッチ馬車に御者はあまり必要ないんだけど。前方を確認してくれる人がいれば、やっぱり移動が楽になる。


 でも、マキニカさん。


 前方確認の必要があるのに、ミントレ出る時は前髪で目を隠して俯いてましたよね? いいんでしょうか……。

 まあまだ街から近いから、何かがある事はほぼないんだと思う。


 国境は越えず、アルヴァン王国から出ない予定の私達だから、その確認にロウさんも頷いている。


 そして今のうちに、自己紹介も軽くしておいて。



 馬車はマキニカさんに任せつつ、のんびりお話タイムだ。


「んにしてもさ、ダンジョンのせいで遠いとこ出たよなー。つか、その近くの街に行った後どーすんだロウ? 王都とか行ってみたくね?」

「ああ。レモナはいつかそう言うと思ってたぞ。王都も悪くないな」

「でもね~。ここから王都ってちょっと遠いよね~?……あ、そうだよ。その前にミュンちゃんに会いに行こ~よっ。ね~アオイちゃん」

「いいれふね。あの、きるひぃらん。そろそろはなひてくらはい」

「ん。……また、ぼうしょくのてんし、っていわれる……かも」


 ミュンちゃんに会いにアニモスに行くと、ラシュエルくんは市場の人達に『暴食の天使』って呼ばれるからね。……ミントレでも最終的には、そうリカさんに言われてたけど。

 それに『天使様にあやかり隊』の皆さんに胴上げされかねないし。

 でも食べた料理の美味しさを思い出したのか、常の無表情より少し笑顔になったラシュエルくん。



 マキニカさんが少しだけ振り返って言う。


「王都といったら、そろそろお祭りの時期よー」

「お祭り!? うにゃはあ~! じゃあアニモスには、王都行った後にしようよ」


 キルティさんがいち早くその単語に反応した。

 地図を持ってるロウさん曰く、アニモスは王都に行くならかなり寄り道になるらしい。ちなみに王都の位置は、アルヴァン王国の北の端に近く、左右でいうなら真ん中辺り。南寄りにあるアニモスだと確かに遠い。


 ここから一番近くの街を通った後は、先に王都に行く事に決定した。



 レモナさんが窓枠にひじ掛け、陽の光で黄金の髪を煌めかせた状態で話し出す。眩しい……。


「んあー。ラシュが行ったら市場の人が押し寄せて来そうだしなー。……お、次アニモス行った時さ。いざとなったら結界貼れば怪我はしねーんじゃん」

「街中でラシュエルが結界を貼るのか? 騒ぎになりそうだが」

「むぅ、ロウ。そんな、ことしない………あ」


 あ、と言ったきり、ぴたりと口を閉ざすラシュエルくん。


 ロウさんから目を逸らすように、斜めに抱えた長い杖へとゆっくり視線を動かしている。


 杖の真ん中にあるルービックキューブ型の石まで見て、ラシュエルくんのスカイブルーの瞳が止まった時。ロウさんがじと目でラシュエルくんに聞く。


「街で結界を貼ったのか、ラシュエル」

「……………ん。ぺんぎんミサイル、きた……から」

「ぺんぎんミサイル?」


 ロウさんが聞き返した。


 何だろう、その気の抜けたような名前のミサイルは。ブーメランじゃないよ。



「アオイちゃん。写真は汚さないようにしまっとこっか~」

「あ、はい。お願いしますキルティさん」


 一号さんが撮ってくれた写真、ずっと手に持ったままだったね。ようやく手を離したキルティさんがしまってくれる。写真一枚だから、ギルドカードにではない。


 その後に何気なく伸ばされる、わきわきとさせたキルティさんの手を、ぺちぺちと打ち落とす私。



 気づけばロウさんがこちらを見ていた。あれ、何で私……って。


「ぺんぎん違いですロウさん! 私はラシュエルくんにミサイルしてませんよ!?」

「まあアオイではないか。なら他にぺんぎんと言えば……」


 すぐに信じてくれたロウさん。良かった……。気を抜いた私はキルティさんの手を打ち漏らし、いちもみゅされる。しまった。


 レモナさんがロウさんの言葉を受けて言う。


「そーいやさ、アニモスでぺんぎん追っかけたよなー」

「そうだな。確か、俺が追った後にレモナが蹴り上げて……ん?」

「空からぺんぎんちゃんが降ってきたんだよ~」


 ロウさんが何かに気づいたかのように言葉を止め、キルティさんがそう言った。晴れのちぺんぎん……?


 でも全員の話をまとめると、ぺんぎんミサイルを打ち上げたのはレモナさんみたいだ。まあ事の発端は、私がスフゴローさんに誘拐されたからなんだけど。


 ロウさんの呆れ顔から、昭和感の漂うヘタな口笛を吹いて顔を逸らすレモナさん。このやり取り久しぶりですね。



 私は少し別の事が気になっていた。


「街だと結界使っちゃダメなんですか?」

「だめ、じゃない。……けど。ぼくのは、めずらしい……から」

「珍しいんですか」


 ラシュエルくんのは、何か特別な結界なのかな?


「ラシュくんはね~すごいんだよ! ホントは結界ってね、二人か三人でやるらしいよ? だから一人で出来るのは、ちょっと目立っちゃうみたいだね~。結界ってどうやるんだろうね?」


 こて、と体を傾けてるとキルティさんが答えてくれた。……あの。私をもみゅるの一旦諦めたフリをしつつ、たまに手を伸ばすフェイントしてくるのはやめません?


 ラシュエルくんがあくびを挟みながら、結界を使う感覚について教えてくれる。


「……はふ。まっしろな、ジグソーパズル。それを、すぐ……くみあわせる、かんじ……かも」

「む、難しそうですね」


 忘れた頃に伸ばされる手をぺちりと抑える。


 キルティさん。今、ラシュエルくんから結界について聞いてるんですから。

 ……まあ分かったのは、ラシュエルくんの頭の良さだけだけど。真っ白なジグソーパズルって、そもそも解けるものなの……?




 と、そんな風に会話を続ける私達。


 結界の他に一つ新しく知ったのは、ハンターのランクについて。

 最高は、存在してるだけのSランクなのは前に聞いた通り。で、最低はGだそうだ。


 これにより分かった事があるね。

 リカさんによって、他の皆さんが次々に暗黒界の役職を与えられる中、手下Gという配役になった私。

 つまりは手下の中ですら最低ランクだった訳だ。……私の第一印象って一体。ぴえぇぇ。



 私達が話してる間、マキニカさんはずっと進行方向だけを向いていて静かだ。王都について情報をくれたくらいだよね?

 たまに話題を振っても、眠たげな軽い返事ばかりだった。


 御者としてとはいえ、せっかく一緒の馬車で旅をするんだし、マキニカさんとも仲良くなりたい。


 ちょうどラシュエルくんが深いお昼寝タイムに入った。


 今ならいいかなと、キルティさんの膝の上から移動する。逃がさないよ、と言いたげについてきた黒猫尻尾はすり抜けてね。


 マキニカさんのすぐ近くまで行く。


「あの、マキニカさん。……あれ。寝て、ますか?」


 前を覗き込むと、薄く口を開けて寝ていた。


 御者だし起こすべきか、疲れてるのかもしれないから寝かせておくべきか。悩みながら顔を見ていると、その顔に既視感を覚えた。


 マキニカさんとは会った事ないはずなんだけど……?


 もう一度良く観察する。


 肩より短く……顔を覆うくらいの長さだけだね。すこしぼさっと寝ぐせのついた、深い森のような優しい緑色の髪。

 服装は、黒の無地のタンクトップというラフさ。下はガウチョパンツみたいな裾広がりだ。腰には大きめのポーチがある。


 顔立ちはすっと通った鼻筋に、比較的細目。……今は寝てるけどね。


 うーん、知り合いに緑髪の人はいない。顔立ちが誰かに似てるような? なんとなくだけど、こう、品を感じるんだよね。



 と、短いぺんぎん腕で頑張って腕組みをして考えていると。


 前方から一頭のカレフリッチが走ってきた。

 騎乗しているのは、銀髪に白いマントの……あ!


「シェオさん!」

「……シェオ!?」


 ガバッ。マキニカさんが叫びながら、すごい勢いで飛び起きた。


 カレフリッチに乗っているのは、スライムダンジョンで出会ったシェオさんだった。相変わらず吟遊詩人みたいな格好をしている。


 マキニカさんの叫びにより、シェオさんも私達に気づいたらしい。

 ふわりと優しげな細目を驚きに見開き、口を開く。


「! マキニ……」

「よーし、飛ばすわよ!」

「ぴえ!?」


 言いかけたシェオさんの言葉を打ち消すように声を上げながら、カレフリッチを急かし叩くマキニカさん。


 急激に上がる速度。


 驚くシェオさんの横を、一気に駆け抜ける。



 どんどんどんどん、速度が上がってゆく。

 マキニカさんと一緒に最前席にいる私。後ろを覗くと、横についた広い窓からシェオさんがこの馬車を追ってきているのが見えた。


 相手は一人乗っているだけのカレフリッチ一頭なのに、馬車がすぐに追い付かれないってすごい。

 ……ミントレで一番早いカレフリッチというのは伊達じゃなさそうだね。



 それでも徐々に詰まっていく距離。


 マキニカさんも気づいているのか焦ったように……いや、楽しげにカレフリッチに指示を出す。


 街道を外れたらしく、デコボコの道にガタガタと馬車が揺れる。

 揺れを少なくするはずの馬車が揺れる程だ。かなり無茶をして走っている。


「なっ……! アオイ。何があった!?」

「ロウさん。えと、マキニカさんとシェオさんでカー……レフリッチレース中です」

「……何があったんだ?」


 頭に『?』を浮かべたロウさんが繰り返した。うう、私にもよく分かりません。


 ガタンッガタガタ


「何って。ちょーっと、近道を通ってるだけよ? 多分、こっちの方角よ。直進ーっ!」

「マキニカさん、絶対違いますよね!?」


 馬車が通る道じゃないし、馬車なら街道の方がまだ有利な気がする……。



――――ガッ――……



「ぴぇ?」


 急にガタゴト音が聞こえなくなった。


 それどころか……一瞬、重力も感じなかった。



 馬車の中、宙に浮く体。


 隣を見ると、目があったマキニカさんが『テヘ☆』の顔をしてきた。


 窓の外は、これが渓谷というのだろうか。左右を崖に挟まれた谷が広がっている。

 つまり、前方少し遠くに崖。すぐ後ろにも崖が見えた。


 うん、これは。


 マキニカさん。……崖から踏み外しちゃったんですね。



「うえぇ!?……っ! やべぇっつの、ラシュ寝てんなー!」

「にゃにゃっ、何で馬車が飛んでるのかな~!?……アオイちゃん!」


 レモナさんとキルティさんの焦った声が聞こえる。


 空中で、ぐるぐると回る馬車。ぐるぐると回る視界。


 さっきは伸ばされる度、ぺちぺちとはたいていたキルティさんの手。今、私へ向けられたその手が遠のいてゆく。



 気づけば私は、窓から放り出されていた。



「ぴえぇぇぇぇぇええ――……!!??」



 アニモスのぺんぎんさん。私も空を飛んでます。……ミサイル仲間ですね。


 他にも何人も馬車から出てたみたいだけど、回る視界の中で誰なのかまでは分からなかった。



 こんな状況だからこそか、どうでもいい事を思い出す。


 あっそうだ、マキニカさんは誰かに似てると思ったら。


 シェオさんに似てるんだね。

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