43話 赤オレンジの点を見る

「せや。写真渡さんとやな」


 そう言い一号さんがオージおじさまの元へと行く。


 私は小さく息を吐く。

 良かった……。このまま、もやもやしたまま一号さんと別れたくはなかったからね。言いたい事も言えたしスッキリだ。


 やがて戻って来た一号さん。オージおじさまだけではなく、ロウさんとレモナさんも一緒だ。


「今から写真を渡すでー」


 一号さんが声を掛けると、私の後ろにいたキルティさんとラシュエルくん、リサナさんにリカさんも近くに来る。


 写真というのは、昨日入った鍾乳洞で一号さんが撮ってくれた写真だね。


 皆さんも見ているのを確認した一号さん。

 みょんと伸びたひげを得意気に揺らし、目の前にいる私に写真を手渡す。


「どや。よう撮れてるやろ。自信作やで!」

「そうですね。綺麗に撮れてて……あ、一号さんも写ってたんですね」


 あの時、カメラレンズの方を覗きこむようにして撮っていた。まだ使い慣れてないからかと思ってたけど、どうやら自分も写る為だったみたい。



「……あれ?」


 もう一度写真に目を落とし、思わず声が洩れる。


 構図は、一号さんが尻尾で飛んで撮影したから、斜め上からの写真。


 まず上部にアップで、一号さんの顔が逆さまで写ってる。全部ではなく鼻から上の右半分――つまり顔の四分の一が、写真の左上に入ってるね。

 背景は、エメラルドグリーンに輝く鍾乳洞の水が、段々畑のように溜まっているという綺麗な光景。


 一号さん以外のメンバーは、中央にまとまっている。


 位置は右から、ラシュエルくんと、ラシュエルくんの前に後ろから腕を回したキルティさん。それからレモナさんにロウさん。

 私はレモナさんに上へと掲げられてる為、その集まってる中では一番高い位置にいる。


 で、問題は。


 写真の左上にある一号さんのひげが、中央の上部にいる私にかかっている事だ。



「私だけ目撃者A子さんみたいになってるじゃないですか!」


 顔の目元が見事に黒く塗り潰されている。一号さんのひげで。

 私の顔に報道規制かかってるよ。



 写真を手にぷるぷると震える。


 全くもう。しょうがないですよ、一号さんは!


「なはは! ま、いーじゃんアオ。自分は鏡見りゃいーし、一号が写ってるしさ」

「ん。アオイ、さんはまたこんど……とろ?」


 レモナさんとラシュエルくんもそう言ってくれてるしね。

 心の広い私は許してあげますよ、と一号さんに顔で伝える。……こないだのお返しですから。


 そんな顔を向ける私を見て、一号さんは良く分からなさそうにしている。

 いえ、あの。一号さんが前にやってきた事なんですから。私のも顔を読んでくださいよ……。




 そして、そろそろ出発だ。


「馬車は門の横のスペースに停めてあるのでーすわー」

「しっかしさ、やっぱスゲーなー。馬車とか用意すんの大変だったんじゃねーの?」

「あの件はお父さまも気にしてましたし、それにリカちゃんと二人で頼めばイチコロでーすわー」


 訊いたレモナさんに、リサナさんがそう返す。あの件とは邪神の件だね。領主さまは娘に甘いらしい。


 リサナさんの手を取って、リカさんが言う。


「何かに困ったら、リカ達に言ってほしいですわ! 『魂の定義』の皆さんはもうお友達ですわ。オージおじさまもきっと協力してくれるのですわ」

「ふぉっふぉ。勿論じゃ」

「ワテも協力するさかいな!」


 オージおじさまと一号さんもリカさんの言葉に賛同する。心強い味方だ。



 全員で、今いる公園から近くにある門まで移動する。


 そこからはリサナさん達には待ってもらって、一号さんの抜けた『魂の定義』は馬車を受け取りに行く。



 ☆



 言われていたスペースに着くと、そこにはカレフリッチと馬車が置いてあった。一応管理人さんに聞くと、これで合っているらしい。


 速いカレフリッチと言ってたけど……。

 このカレフリッチも胴体がダチョウで、首からキリンみたいな生き物。無害そうな、ぼけっとした顔。今まで見てきたのと同じだ。うん、素人目には違いが分からないね。


 この辺りも管理人さん情報だけど、馬車は豪華なのではなく機能性重視らしい。とにかく頑丈で、揺れを抑える仕組みがしっかり入ってるから快適なんだって。それは嬉しい。



 管理人さんからも受け取りが済み、乗り込もうとした時。

 すぐ後ろの物陰から、タイミングを見計らったかのように突然、女性が一人駆け寄ってきた。


「遅れて申し訳ないわ。御者のマキニカよ。宜しく」


 足音は遠くから聞こえたんじゃなくて、その物陰辺りから聞こえた気がしたんだけど……? 気のせいかな。


 ちょっとぼさっとした緑髪の女性。どうやらこの馬車の御者をしてくれるとの事。

 でも今まで私達だけで馬車を使う時、御者さんはいなかったよね?


 ロウさんも不思議に思ったのか、乗りかけた足を降ろしマキニカさんに問いかける。


「その話は聞いていないが……。そもそもパーティー単位で使用する場合は、御者は不要と聞いている。それに、ハンターの旅だから危険も伴うからな。貴女は一体……?」

「だから、ただの雇われ御者よ? 不要でも、あった方がいいわよね。街道は整備されているからほとんどないとは言え、百%魔物が出ない訳じゃないわ。前方を見張る必要があるなら、目は多い方がいいわよ? それに戦闘になってもあたし、逃げるのは得意よ。

 勿論お金はあなた達からは貰わないわ。ま、食べ物くらいは恵んでくれると嬉しいわね」


 肩より上の短い緑髪を、左手できながらやや早口で捲し立てるマキニカさん。目元にかかっていた前髪がどかされ、綺麗な細目が顕になる。

 ラフな格好をしているけど、雰囲気が……なんというのか、庶民じゃない感じがする。だからか怪しい人ではなさそうに思う。


「あら、良いカレフリッチね」


 マキニカさんは、こちらが少し訝しんでいるのも気にせず、馬車に繋がったカレフリッチを撫でている。

 やっぱり分かる人には違いが分かるらしい。


 まあこんな感じなら大丈夫かな。本人の話と照らし合わせると、リサナさんかオージおじさまが雇ったんだと思う。



 同じ結論に達した様子のロウさん。


 ロウさんが納得した空気を察するやいなや、マキニカさんが馬車の最前席に座る。御者をやるなら、そこが一番だからね。


「ほら、出発するのよね? 乗って乗って」

「良く分かんねーけど、イチが抜けて寂しくなるかんなー。仲間が増えたっつー事でいっかね」


 乗り込んだらのんびりと手を振るマキニカさんに、レモナさんが応じて乗る。


 私も他の皆さんもとりあえず流されるように、その新しい馬車に乗った。



 それを確認したマキニカさんが、何気ない風にロウさんに訊く。


「それで、行き先はどうするのかしら? 隣が別の国よね」

「俺達はここ、アルヴァン王国で活動しているハンターだから国は出ない予定だ。ひとまずは国境とは逆側の、近くの街か村に向かってほしい」

「あ、国は出ないんですね。色んな国に行くのかと思ってました」


 私は何となく隣の国に行く気がしてたからつい、そう言った。


 当たり前のように私を膝に乗せたキルティさんが、答えてくれる。


「うにゃ、アオイちゃん。だってね~。パスポートとか、検問とか面倒だもんね~。ハンターギルドも手続きあるらしいよ~?」

「あれ。ハンターギルドは、国境関係なく世界に跨がる機関とかだったりは……」

「そういうの、はない……かも」


 また異世界あるあるが覆された。

 ラシュエルくんは物識りだからね。無いと言うなら、本当に違うんだと思う。



 マキニカさんは、それを聞いて何故かほっとした様子。外国は苦手なのかな?


 マキニカさんが指示をカレフリッチに出し、馬車が門へと向かってゆく。



 ☆



「お、やっと来たで!」


 一号さんの声が聞こえ、私達は馬車から身を乗り出す。


「一号さーん」

「ぺんはん。イタチが天下取ったるさかい、待っときー!」


 一声かけると、一号さんが声を張り上げ、返してきた。


 どれだけイタチ布教をする気なのか……。オージおじさまと組んだ今、あり得ないとは言えないところが恐ろしい。



「また来てほしいのでーすわー」

「そうですわ! おもてなししますわ!」

「ふぉっふぉっふぉ。いつでも良いからの」

「また来るんやでー!」


 ミントレの領主の娘さんである、水色の髪の双子、リサナさんにリカさん。

 相変わらずモブッチョ姿のオージおじさまと、その肩に乗った一号さん。


 彼らに見送られて馬車は街を出る。


 私の手には一枚の写真。一号さんの写った写真だ。

 一瞬だけそれに目を落とした私は、また窓の外へと視線を戻す。



 遠くから良く見える、一号さんの赤オレンジ。


 その色が見えなくなるまで、私はずっと外を見ていた。




 △  ▽  △  ▽  △  ▽  △



「行ってもうたなあ」


 イタチ一号っちゅう酔狂な名前を貰うたワテは、『魂の定義』の乗った馬車が消えるのを見つめとる。


 ぺんはん。


 ワテはオージっちゃんと組んでイタチを広めるさかい、強いけどな。ぺんはんもきっと、そう簡単に負けへんやろ。


 ぺんぎんvsイタチ、どっちが勝つか。

 ワテ達の戦いはまだ始まったばかりやで。


 ……『だから、終わるみたいな事言わないでください一号さん! 終わらないですからね!?』とか何とか。心のぺんはんがなんや言うとるけど。


 気のせいやな!



 ちいとばかし感傷に浸っとると、双子の嬢ちゃんらの会話が聞こえてくるで。


「それにしてもリサナお姉さまはさすがですわ」

「何がでーすのー? リカちゃん」

「カレフリッチと馬車だけではなく、御者まで雇っていたのですわね」

「? リサナは雇ってないのでーすわー。きっとオージおじさまでーすわー」


 それを聞いとったオージっちゃんが振り返る。肩に乗っとるワテも、必然的にそっちを向くで。


「儂も雇ってはいないんじゃがの。まあ、彼らが雇ったんじゃろうて。俯いて良くは見えんかったがの、この街の人間じゃなさそうじゃったからの」

「あのあんちゃんが、よう雇ったなあ」


 リーダーの、あの黒髪のあんちゃん案外ケチやからなあ。ぺんはんは『おかん』て言うてたけど。

 ホンマに『魂の定義』が雇ったん?


 ……ま、ええか。



 なんや知らんけど、仲間増えて良かったで。

 ワテがおらん分、ぺんはん寂しいやろうしな。


 緑髪のねえちゃんとも仲良くな、ぺんはん!

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