42話 ぺんぎんとイタチの戦いは
一号さんが私達との旅をやめる。
寝ぼけたラシュエルくんに食べられる直前の姿勢で、その言葉を聞いた私。
咄嗟には理解できず……いや。理解したくなく、私は無言でいてしまった。
再び一号さんが口を開きかけた時。
別の観光客が団体でやってきて、一号さんは看板イタチをする為に、その屋台のような店へ戻っていった。
私達はオージおじさまに軽く挨拶だけしてからそこを離れ、鍾乳洞を出た。
帰りにどう帰ったのか良く覚えていないのは、鍾乳洞が迷路みたいなせいだよね。
そしてその日の夕方。
一号さんが、私達の宿泊している宿屋『魚のヤドリギ』に帰ってきた。今は泊まってる部屋の一つに集まってるよ。
「うにゃぅ、一号ちゃん。『魂の定義』抜けちゃうってホント~?」
「せやで嬢ちゃん。ワテは人間と対等に何かしたかったんや。オージっちゃんはな、デザインセンスは無いけど商売めっさ上手いんやで。ワテとも対等に接してくれるしなあ。オージっちゃんとなら上手い事やれそうやと思うんや」
デザインうんぬんは、モブッチョの事だね。あくまでデザインセンスと経営は別って事かな。まあ、全部がそうとは限らないだろうけど。
でもそんな事より。
「……どうせ。イタチってすぐ分かってもらえたのが、嬉しかったからですよ」
ベッドで足をぷらぷらさせながら小さく呟く。ぷくと、頬っぺが膨れているのが自分で分かる。
だって、オージおじさまにイタチと認識してもらえた時の一号さんはまるで一目惚れした乙女みたいだった。
ラノベの女の子だって引くチョロインさだ。
幸い、聞こえはしなかったらしい。
なんか言ったん、と訊いてくる。私はふるふると首……があって無いようなものなので上半身を横に振る。
胴体が長く、羨ましい事に首がある一号さんは首を傾げる。けど再度訊く事はなく、オージおじさまとの店の話を続ける一号さん。
他の皆さんは寂しそうにしながらも、一号さんの新たな門出を祝福していた。元々ゲスト状態だったんだから、いつか抜けるのは分かってた事だしね。
……うん。分かってたよ。でも今は。
楽しそうなその会話に入る事ができず、ほとんど話さないままその日は終わってしまった。
☆
「あれ。一号さんは……」
昨夜はふてくされたまま眠り。翌朝目覚めると、一号さんが見当たらなかった。まさかもう出た……?
「にゃふぅ~。おはよーアオイちゃん。一号ちゃんなら朝早くから出掛けてるよ~?」
「おはようございますキルティさん。またオージおじさまの所でしょうか」
「そじゃないかな~?」
「……そうですか」
朝から、頭のランタンの輝きが悪い。ぺっこぺっこと、切れかけの豆電球状態だ。
もう。一号さんのせいですよ。
「……。アオイちゃん。ラシュくん起こしに行こうね~!」
「あ、はい」
私はキルティさんに促され、ラシュエルくんを起こしに行った。
その後は朝食を食べ、リカさんとリサナさんに会いにいく事に。
リカさん思想変更の依頼達成報酬である、ここミントレの街で一番速いカレフリッチと一番頑丈な馬車を受け取りにだね。勿論、今日街を出る事は昨日の内に言ってある。
オージおじさまもその時に、昨日鍾乳洞で撮った写真を渡してくれるそうだから、一号さんも一緒に来ると思う。
いない一号さんにもやもやした気持ちを抱えつつ、待ち合わせ場所へと向かった。
☆
「皆さん!ごきげんようですわ」
「ごきげんようでーすわー」
向かう私達を見つけて、嬉しそうにリカさんとリサナさんが迎えてくれる。
ここは街の門に一番近い公園。カレフリッチを留めてる所だと他の人の出入りが激しくて、ゆっくり話せないからね。
リカさんがキルティさんと会話を始める。
「白カレフリッチのプリンス計画は、着々と進んでるのですわ!」
「にゃはは! 王子さまは女の子の夢だからね~。リカちゃん応援してるよ~?」
「嬉しいのですわ。計画が、夢が叶ったその時は是非舞踏会に来てほしいのですわ」
「楽しそうだね~! ラシュくんも食べ物あるから行くだろうしね、絶対行くよ~」
「ん。いっぱい、ようい……して、ほしい」
暗黒界の邪神崇拝から、メルヘンな考えになったリカさん。基本は乙女なキルティさんと話が合うらしく、たまに会うと今のように仲良くメルヘン会話を繰り広げてる。
「ええ。暴食の天使が満足できる量を用意しなければですわ」
「やっぱり、そのなまえ……なの」
「ふぉっふぉ。それはミントレの食べ物が無くなってしまうかもしれんの」
暴食の堕天使から、天使になったラシュエルくん。結局アニモスでの呼び名と同じになってしまった。
呆然として……るんだか眠いんだかで立ち尽くすラシュエルくんの後ろから、オージおじさまも来た。その肩には一号さんが乗っている。
「ま、魚は特に美味かったもんなー」
「ああ。新鮮なものばかりだったしな。……俺達にとって、生魚が食べられるのは有難い」
「そうじゃと嬉しいの。またここの魚料理が食べたくなったら、いつでも来るといいんじゃよ」
レモナさんとロウさんも、オージおじさまとそんな感じで話している。
出発前の最後の時間。
私は……。どちらの会話にも混ざるけど、一号さんとは話せていない。というより、まだあんまり話したくない。
でも今を逃せば、次に会えるのはいつになるんだろう?
私が一人うじうじしていると、オージおじさまの肩からひょいと降りた一号さんが近寄ってくる。
「ぺんはんぺんはん」
「……ぴえ」
ささ。私は自身の最高速度で、ラシュエルくんの後ろに隠れる。
こういう時は、左右に長いラシュエルくんの服だと隠れやすい。私の寸胴スタイルでもね。
半分だけ体を出して、じとーっと一号さんを見る。
「ぺんはん昨日からおかしいで? 腹下したん?」
「……決着、着いてないじゃいないですか」
「せやなあ」
女の子に腹下したはないでしょとか、そんなことは置いておいて。
直接目の前で一号さんと対峙している今、ラシュエルくんの服の裾をぎゅうと掴んで、昨日からのもやもやを吐き出すように話す。
「あんなに絡んできたのに。今日だっていつもはロウさんとかの上にいるのに、オージおじさまの肩に乗ってきてましたし。それにそれに……。ぺんぎんとイタチの勝負、まだ途中じゃないですか。何で勝手に決めちゃうんですか一号さん……!」
「あんな、ぺんはん。ワテな」
言いつつ一号さんが近づいてくる。
むむ。ターゲット接近。
距離三m。二、一……。
「一号さんのばかです――っ」
「ぺんはん!?」
勢いよく飛び出し、ぺんぎんパンチを繰り出す私。
ぺちぺちぺちぺちぺち……。
攻撃力ゼロの私のパンチは、痛くはないと思う。でもこれくらいはやっておくよ。
だけど
仕方ないのでぷっくりと、これでもかと頬を膨らませて一号さんに話を続ける。
「仲良くなったかと思ってたんですよ、私は。魔物仲間だし、相棒みたいな、そんな風に。でも一号さんはオージおじさまが相棒なんですよね」
「せやで。オージっちゃんはもう相棒やなあ」
「っ! ロケットぺんぎんヘッド……」
「やけどな」
ぐぐぐ。短い足を、体を屈めて発射準備をする。なんですか、返答によっては発射しますよ?
一号さんは黒い鼻をふふんと鳴らし、向けた私の頭に元気よく言う。
「相棒はそうやけどな。ぺんはんはライバルや!」
「ライバル、ですか」
「ワテに並べるのはぺんはんしかおらへんで。イタチはこれから、国中に、世界中に広めてくんや。ぺんはんはアニモス言う街で、ぺんぎんフィーバー起こしたやろ? 先越されてもうたけど、ワテも追いつくで。
せやからな、ぺんはんはワテの永遠のライバルなんやで!」
そう言った一号さんはニヤリと笑う。覗いた小さなキバが、目に映る。
ぺんぎんフィーバー……。ぺんぎんビッグウェーブとも誰かが言っていた。
そっか、それはぺんぎんの一勝だね。あの時は思わぬ盛り上がりに微妙に思ってたけど。
ロケットぺんぎんヘッドは、発射せずにいてあげよう。
ゆっくりと体勢を戻し、永遠のライバルである一号さんに応える。
「もう。くさいですよ、一号さん」
「ワテちゃんと洗っとるで!?」
「……ふふ。そういう意味じゃないですよ」
きょとんとして首を傾げる一号さん。
やっぱり、イタチにだけ首があるのはフェアじゃないよ。
いつの間にか私のランタンは、いつも通りに光っていた。
ぐるぐる模様の入った赤いバンダナを、肉球のついた短い手で動かす一号さん。やがてしっくりくる位置が決まったのか、決め顔で私に向かって宣言する。
「ぺんはん、ええか。それなりに一緒に行動して、楽しかったんや。それもワテの宝物や。けどな、これだけは言っとくで。
ワテ達の戦いはこれからやで!」
「はい!……って。終わらない、終わらないですよ!?」
「せやからこれから言うてるやん」
何やら打ち切り漫画みたいな事を大声で言った一号さん。
ちょっと一号さん。ここまできて勝手に終わらせないでください。
……いやあの、本当に終わらないですよ?
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