41話 エメラルドグリーンの写真

 ミントレの街の観光スポット、鍾乳洞の中。


 今回はハンターとしてではなく観光にきた私達は、途中の迷路感を楽しみながら一番奥まで辿り着いた。


 その空間で目に飛び込んできたのは、とにかく素敵な光景と、それから――……


「一号さん!?」

「なんや、あんさんらも来たんかいな。ここまで来たんさすがやな!」


 なんと一号さんだった。


 一号さんは、屋根無しの屋台のような台を広げその上に立っていた。

 そしているのは一号さんだけではない。モブッチョというキャラの着ぐるみを着たおじいさん――オージおじさまもいた。


 近づいてみると、一号さんの乗っている台には物が乗っているのが分かる。値段も書いてあるし、どうやらここで商売をしていたみたいだ。


「ふぉっふぉ。よくきたの。ゆっくり見ていくのじゃ」

「うにゃにゃ。何でね、こんなところでお店やってるの~?」

「それはな、嬢ちゃん。大いなるプロジェクトの一環や!」


 キルティさんの疑問に答えたのはオージおじさまではなく、満面のドヤ顔の一号さんだ。

 普通、こういうお店って入り口にあるよね?


 一号さんはキラーンと目を輝かせ話し出す。


「こない綺麗なとこにイタチがおったらな、そらもう素晴らしく映るもんやろ? せやから物も買いたくなるっちゅう訳や。名付けて、『鍾乳洞よりイタチのが神秘的で素敵やろ?』作戦や!」

「ちょっと何言ってるか分からないですね……」


 鍾乳洞の恩恵を受けて、イタチを良く見せようという魂胆なんでしょうけども。

 鍾乳洞はそうですが、イタチは別に神秘的じゃないと思いますよ? 特に一号さんは。



 私のツッコミは見事にスルーし、一号さんが続ける。


「せっかくやし、見てってや。記念になるで」

「へー、色々売ってんのなー」


 レモナさんがいち早く、その商品らを覗きこんでいる。


 私もキルティさんに抱かれたまま見てみると、基本的には鍾乳石のアクセサリーや雑貨が売ってあるみたいだ。

 オージおじさまはファンシーショップ経営をしていると言ってたけど、ここには可愛い系と綺麗系のどちらもある。


 ただ、間に挟まるモブッチョグッズだけが異彩を放ってるけど。


 エメラルドグリーンに輝いていた鍾乳石は、魔石とは違うから魔力は溜めない性質。でも採取したものは輝かないだけで、色は残るらしい。

 キラキラと緑色に周囲の光を反射する鍾乳石が、モブッチョの半目に使われて、怪しく輝いている……。



「はにゃぅ。一号ちゃんが看板イタチちゃんしてる~。あれだよね、モフりはタダだよね! ロウこれは買うしかないよ!」

「分かった、分かったキルティ。地味に痛いから尻尾で攻撃するな」


 バシバシと、黒猫尻尾攻撃をロウさんに炸裂させるキルティさん。

 スマイルゼロ円の感覚で言ってますが、キルティさんは一号さんの永久モフりの権利を日々使ってますよね?


 そして地味にモブッチョグッズも売れてるのは、キルティさんの言うように一号さんが看板イタチしてるからだろうか。



「まいど! せや。ここではな、記念撮影も受けとるん。中々無い写真が撮れるで」

「こんな光景は普段見れないですもんね」


 のんびり買い物してる私達だけど、横に広がる景色は息を呑む程美しい。


 段々になっている窪みに、鍾乳石から滴った水が溜まっている。しかも深さが違うからか、その色も自然のグラデーション。

 ゆっくりと光の強さが移ろってゆくのは、流れている魔力の動きによるものなのかな。自身が光る鍾乳石。だからこそずっと見ていても同じ景色にはならず、光が移ろうごとに色んなグラデーションのパターンが観れる。


 ロマンチックさでいったら、今まででダントツだね。



 頭の後ろで手を組み景色を眺めていたレモナさん。元々美人だけど光景も相まって、女神度の高さが果てしない。

 そんな女神様……じゃなくてレモナさんが、くるりと振り返って面白そうに言う。


「んお、いーじゃん記念写真! でもカメラなくね?」

「ふぉっふぉ。カメラなら勿論、この店のを使うのじゃ。カメラの一つや二つくらいあるでの」


 さすがオージおじさま。ミントレで有名な方らしいからね。



 ちなみに、オージおじさまのファンシーショップにはもう行ったよ。


 可愛いものが多くて、キルティさんなんか終始耳がぴこぴこしてたもんね。

 人気が出てる事には納得した。ただ、モブッチョについては……。デザイナーの奥さんが基本はデザインするらしいけど、それはオージおじさまのデザインとの事。

 たまにデザインする許可を奥さんからもらうらしい。で、デザインセンスはこの通りだ。


 店長を任されている人が苦笑い……より、諦めたような顔で教えてくれた。経営に関しては一流なんですがって言ってたよ。


 オージおじさま……。


 何だか一号さんと仲が良いのが、段々不安になってきたのは私だけかな? 何かしらやらかしそうだ。



 有料で高いけれど、せっかくやろ、と言う一号さんにのせられて撮影をする事に。おかんなロウさんの許可も降りた。

 段々畑みたいに水が溜まっているその中央付近に降りる。一号さんも、と言うと撮影者サイドだからと断られてしまった。


 そのまま撮影するかと思うと。一号さんが赤オレンジの尻尾を回転させ、大きめのカメラを持って浮かび始めた。


 ……なるほど。中々無い写真というのは、景色の事だけじゃないんですね。


 鍾乳洞の中で、空中から撮る写真。



 浮かぶ一号さんを見ていると、背後からいきなりレモナさんに両脇を持たれ、レモナさんの頭上へと掲げられる。


「ぴぇっ! レモナさん?」

「うっし。アオが一番高ぇなー。んほれ、前見ろー。イチいーぞー。

 ……ぺんぎんてっぺん!」

「イタチもや!」


 パチリ。


 『魂の定義』ならではの掛け声で写真を撮る。


 一号さんはまだ慣れていないのか、浮きながら前に屈み、レンズの方を覗きこむようにして撮っていた。



 ☆



「さすがワテ、バッチシやで。ほんなら印刷して、明日渡すで。お楽しみや!」


 空中から降りてきた一号さんが、お店の前までまた登った私達に、ニカッと笑って言った。


「ほなもう帰るんやろ? せやったら、また床抜けて落ちひんようにな!」

「イタチ一号。あんな事がそうそうあってたまるか」

「だよね~ロウ。浮遊感すごかったしね~」


 キルティさんが尻尾をプルプルさせている。大丈夫ですよ、ここには桃スラいないですから。……フラグみたいでこれもどうかと思いますが。



 ふとした様子でロウさんが私達に声を掛ける。


「明日写真の受け取りか……。なら明日ミントレを出るか」

「んえ。もー出んのかー? バカンスっぽくて、いーとこだっつーのになー」

「あちこち旅をしようといったのはレモナだろうが。それなりにここにはいるからな。仕事もできたし、そろそろ次の場所へ行ってもいい頃だろう」


『魂の定義』が色んな所を旅しているのは、レモナさんの発言が元らしい。

 まあ、なんとなくそうかなとは思ってました。せっかく日本から異世界へ来たら、見てみたいですもんね。


「もう行くんかいな」


 一号さんがどことなく寂しそうに言った。左右に長く伸びたイタチひげが萎れてる。そこまでオージおじさまと仲良くなったんですね。



「はふ……。ん。さかな、たべたらいく……かも」


 そういったラシュエルくんが、何故か一号さんに手を伸ばす。

 ラシュエルくんの顔を見てみると、半分以上目が開いていない。……鍾乳洞は幻想的だけど、ラシュエルくんにとっては眠気を誘う光の揺れ方だもんね。


 一号さんが赤い魚か何かに見えているラシュエルくん。もう、一号さんなんか食べたらお腹壊しちゃいますよ?


 手が隠れるくらい袖の長いラシュエルくんの服。伸ばした手の袖をくちばしで引っ張って止める。危ない危ない。


 貸し一つですね、一号さん。



 ……ん? ラシュエル、くん。そのとろんとした目のまま、何故今度は私に手を伸ばすんですか?


「ぴえ。ラシュエルくん?」

「あおいさ……」

「はい、アオイですよ」

「……かな」

「青い魚じゃないですー!」


 誤解です。青いぺんぎんですからね、私は!



 ラシュエルくんに呆気なく捕まり、ぷるぷると震える。かぱと開いたラシュエルくんの口。


 口の中に入れば、ラシュエルくんの大食いの謎が解けるだろうか……。



 迫る生命の危機。


 ただただ、震えながらラシュエルくんから目を離せない私。



 見かねたロウさんがラシュエルくんにチョップを落とすのと、一号さんがその言葉を言うのは同時だった。



「ワテな、見つけたん。せやから……あんさんらとの旅、ここで終わりにしよう思うんや」



――――……一号さん?

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