39話 モブッチョとオージおじさま

 劇の後。モブッチョというキャラの着ぐるみを着た、オージおじさま。


「……ふむ」


 オージおじさまが何か言いたいのか、こちらを見ていた。……向けられたのは、着ぐるみに描かれた半目だけど。


 ロウさんに、砂浜に降ろしてもらった私が話し掛けてみる。


「オージおじさま、でいいんでしょうか。さっきは劇を進めるのを助けてくれて、ありがとうございました。それで、えと。何か私達にご用でしょうか……?」


 突然現れたから驚いたけど、あれは明らかに助けてくれたんだよね? サムズアップらしきものを何度かしてたし。


 着ぐるみの中からオージおじさまの、くぐもった嬉しそうな笑い声が聞こえる。


「ふぉっふぉ。礼はこちらこそじゃよ。何、用とはその礼の事じゃ。領主様の娘じゃが、リサナとリカは小さい頃から見ておったからの。儂にとって孫と変わらんのじゃ」

「そうでーすわー。リサナもリカちゃんも、オージおじさまのことは、おじいさまだと思っているのでーすわー」


 リサナさんと、今は家に戻っているリカさんの二人の反応からして、オージおじさまとは親しい間柄だとは思っていたけどね。

 そんなに親しいなら、リカさんの邪神崇拝に関してすごく心配してたんだと思う。


「昔はじいじとも呼ばれた事もあったの。ふぉっふぉ、嬉しいものじゃの。じゃからの、リカを救ってくれてありがとうの」

「皆さん、ありがとうございますでーすわー」


 オージおじさまと、リサナさんが私達に感謝の言葉を言い、頭を下げる。リサナさんも本当に嬉しそうで、上げた顔はふわりと可愛らしい笑顔だ。オージおじさまは……着ぐるみだから、ね。決して、描かれてるあのバカにしたみたいな半目と同じ表情をしてるとは思わないよ。


『魂の定義』の中で今、前に立っている私とロウさんが代表して応える。他の皆さんは後ろで聞いてるよ。


「は、はい。お役にたてて嬉しいです」

「これで彼女の思想が変えられたのなら良かった。……ラシュエルが料理を全て食べてしまったのはすまなかった」


 ラシュエルくん、制限かけとかないとあるだけ食べちゃうからね。


「それは気にしないでほしいのでーすわー。それではリサナは、リカちゃんが気になるので家に戻るのでーすわー。カレフリッチと馬車の用意をしておくので、ミントレを出る時は言ってほしいのでーすわー」

「彼らはハンターじゃろうて。ハンターギルドへは後程、儂から依頼として事後処理してもらうように言っておくかの」


 リサナさんの言った、カレフリッチと馬車については報酬だね。そして今回の事を、ハンターギルドを通した依頼にオージおじさまがしてくれるらしい。その方がハンターランクが上がる為のポイントが付くからね。


 ここまでしてくれるなんて。相当、リカさんの邪神崇拝を心配していた様子。


「あれもこれもと、貰いすぎな気もするが……。正直、助かるな」


 ロウさんは申し訳なさそうだけど、好意と報酬はありがたく受けとる。

 まあ私達からするとやれる事をやったとはいえ、劇のクオリティはお世辞にも高いとは言えなかったですもんね。


 クオリティなんて些細な事だと言うように、上品に笑い、報酬はそれでと決定するオージおじさまとリサナさん。



 ふいにオージおじさまが額に手をやり、何かに気づいた声を上げる。


「それにしても暑いの。……おっと、まだモブッチョの着ぐるみのままじゃ。これは失礼したの」


 そう言い着ぐるみの頭の部分を持ち上げ、脱ぐオージおじさま。

 ここには、モブッチョの中身がオージおじさまだと知らない人はいないからね。それでも着ぐるみを脱ぐ瞬間って、ラシュエルくんくらいの子供のいる前だと、見てるこっちが緊張しちゃう。


 そして、今初めて見たはずのオージおじさまの素顔は。


「……ぴぇ!?」

「どうしたのかの、ぺんぎんくん」

「い、いえ何でもないです」


 思わず驚いてしまった。

 オージおじさまの見た目は、声の通りのおじいさん。そして、着ぐるみから出ている立派な黒い尻尾から分かるように、獣人だ。


 そこまではまだ分かっていた事。問題は……。

 初対面ではない。いや、向こうにとっては初対面かな。


 白髪からのぞく黒い耳は、尻尾と合わせてシェパードっぽさを感じる。この顔でシェパードらしき獣人のおじいさんというと一人、会っている。


 この世界で私にとっての初めての街、アニモスでだね。

 アニモスで『魂の定義』の皆さんとはぐれた時に、キルティさんの尻尾と間違えて追っちゃった人。


 知っていた事を言わないのは……。私が狼男のスフゴローさんに連れ去られる間際に見たオージおじさまが、ウサミミお姉さんのプリチーな尻尾と下着を見ていたから。しかも、でれーんと見事に鼻の下を伸ばしてたしね。

 白髪だけどあまり薄い訳でもなく、同じく白い口髭は執事みたい。全体的に、タキシードとか似合いそうな紳士風だからこそ、あの時の残念さが……。


 リサナさんのいる前で言うのはちょっとね。……これは私の胸の内にしまっておこう。



 密かにぺんぎん決意をすると、頭のランタンがペカッとしてあまり密かじゃなかった。

 リサナさんがもう一度軽く礼をし言う。


「ではそろそろ、家に帰るのでーすわー。リカちゃんが白カレフリッチのプリンスと会う準備をしているはずでーすのー。皆さん、またお会いしましょうでーすわー」


 砂浜の上に出しっぱなしにしていたテーブル等を、時空魔法の付与されているらしきカードにしまうリサナさん。私達は慌てて、劇の為に身につけていた服や小道具を返す。


 それらを全部しまい、のんびりと砂の坂を上っていくリサナさんを見送る。軽いワンピースタイプのドレスが涼しそうに潮風を受けていた。


 リサナさん。暗黒界や邪神は言えなかったけど、白カレフリッチやプリンスは知ってる言葉だから言えるんですね。これでリカさんとの話が、ちゃんと単語が噛み合った状態でできそうで良かったです。……白カレフリッチがいるかは分からないですが。

 も、もしいなくても、何かで色をつければいいかな? この世界なら魔道具とかでできそうだしね。



 モブッチョの頭を小脇に抱えたオージおじさまは、ギルドに依頼を出す為にロウさんから『魂の定義』というパーティー名や、ランクについて訊いていた。


 ロウさん、白いマントが無いといつものロウさんで安心しますね。さっきまではプリンス感ありましたから。……本人に言ったら渋い顔されそうだから言わないけど。

 やっぱりマントだけでも衣装の効果って大きいんだね。


 そして会話を聞くに、依頼完了後にこうして依頼をするのと達成報告を同時にするのは、あんまり良くないみたい。できない訳じゃないらしいけどね。

 オージおじさまは顔が広いから、何の問題もなくできるそう。領主の娘さんと仲が良いくらいだし。



 その話は二人に任せて。後ろを見ると、丁度キルティさんが一号さんを抱っこしたところだった。


「にゃむふ~。一号ちゃ~ん」

「おおう!? なんや、嬢ちゃんかいな」


 常通りモフモフし始めるキルティさん。一号さんは、しゃあないなぁ、といった顔。


 興奮したキルティさんに放り投げられた事は、水に流してあげるみたいだ。

 ……ん? そう思って見ていたけど、文字通り一号さんが少し濡れてる。いつの間にか海で砂を流していたらしい。私が掛けた砂は、さっきの劇の間は軽く払っただけだったもんね。


 私も一号さんに掛けられた砂を落とす為に海に行こうと、キルティさんと一号さんの横を通る。


 通る時、ドヤ顔で私を見てきた一号さん。ふふんっワテ心広いやろ、と顔に書いてある。ふんすと擬音がつきそうな鼻息まで吐いている。


 う。水に流した事をドヤ顔してる時点で、まあまあくらいですよ!

 そう私も表情で反論してみる。けどなんだろう。私の負けぺんぎん感が……。



 どことなく敗北感を味わいながら海に入る。あ、ランタンがしょげてるのが自分で分かるね。ぷっかぷっか。


 ふてて浮いていると、オージおじさまの声が聞こえてくる。


「しかし従魔の多いパーティーなんじゃの。ぺんぎんに……イタチじゃの」

「ちゃうわ、イタチやで!……ん? なん、やて」


 横目で見ると、一号さんが驚愕の表情を浮かべていた。


 私の体はどうしても海に浮いてしまうので、くるくると回転しながら砂を落とす。


 それにしても一号さん。イタチと一発で当ててもらったの初めてじゃないですか?



 いつものくせで、イタチやとツッコんでしまった一号さん。恐る恐る、確認する。


「今、イタチ言うたんか……?」

「イタチなんじゃろう? 違うのかの」

「ちゃ、ちゃうくないで。じっちゃん、一体何者なん?」


 一号さんがしどろもどろだ。そこまで、良い意味でショックだったんですね……。


 オージおじさまにとっては別に特別な事を言った訳ではないからね。そのまま話を続ける。


「儂かの? 儂は店をやっとるだけじゃよ。この、海と商売の街ミントレでそこそこ有名なんじゃよ」

「へー、店やってんかー。どんなの売ってんだー?」


 店と聞いてレモナさんが反応していた。面白いのが売ってたら見てみたいんですね。私も気になる。


「ふぁんしーしょっぷを経営しとるんじゃが。最近は新商品のモブッチョがあまり売れんで困っとっての。可愛いと言ってくれるのはリサナくらいなんじゃ」


 オージおじさま、ファンシーショップ経営してたんですか!?

 う、うーん。正直モブッチョはあんまり可愛いくないからなあ。キモ可愛いにしても、描いてある顔がバカにしてるようなのはどうなんだろうか。



「ふぉっふぉ。すまんの。歳を取るとつい、愚痴を言ってしまうんじゃ。では儂も戻るとするかの。ミントレにいる間に、儂の店にも寄ってくれると嬉しいの」

「んじゃ。今度寄るなー」

「ワ、ワテも必ず行くでー!」


 楽しげに言ったレモナさんに続いて、一号さんが大きな声で告げていた。


「あれれ~、一号ちゃん?」


 するりと、キルティさんにモフられている状態からウナギのように逃れ、砂浜に着地する一号さん。


 一心に見つめているのは、モブッチョの頭を被り直しながら、ふぉっふぉっふぉと笑い去っていくオージおじさまの後ろ姿。


 その一号さんの姿は、まるで一途に恋する乙女のよう。……って、一号さん。



 いくら一発でイタチと言ってもらえたからとはいえですね。


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