38話 劇『シンデレラと邪神』

「あれれ~? シンデレラ、ちゃんとお掃除しなきゃダメだよ~。ほらほら、まだこんなに沢山お砂があるよ!」

「ここ砂浜だっつーの!」


 足元の砂を指先でなぞり、おしゅうとめさんみたいな事を言うキルティさん。

 言われたシンデレラことレモナさんは、うがーっと砂を手で巻き上げていた。さらさらと細かい、綺麗な砂がゆっくりと落ちる。


 これは劇『シンデレラと邪神』。

 脚本・スタッフ等々は全て『魂の定義』がお送りします。脚本と言っても時間がないから、全部アドリブだけどね。


 そして観客は二人。水色の髪にマリンブルーの瞳という、海の街ミントレにぴったりな見た目の、双子の女の子達。

 邪神召喚の儀式兼、物語の続きだよ、と説明して観てもらってる。


 妹のリカちゃんの邪神崇拝を止めてもらうべく、お姫さまストーリーの王道であるシンデレラをやる事に。

 今はその序盤、シンデレラが意地悪な継母と姉に苛められてるシーンだね。


「砂まみれやで、ねぇちゃ……ちゃうわ。シャンデリア、やったっけ?」

「んおい、イチ。それ光ってんじゃんアタシ。シンデレラなー。てか、砂まみれっつったらイチのがじゃね?」


 一号さんはさっきまで、私と砂かけあってましたからね。


 すでにレモナさんが、一号さんが継母役である事を忘れて普通に話し始めてしまっている。

 ナレーションを任された私、アオイが軌道修正をはかる。


「えと。暗黒界のプリンセスは、この世界でシンデレラとして生まれかわりました。そこでイタチの継母と、魔女っ娘なお姉さんに苛められてました」

「? ぺんはん。ワテ別に苛めとちゃうで」

「苛められてました」


 一号さん。話の腰を折らないでください。先に進まなくなっちゃいますからね?


 大きな岩の上に立ち、台本代わりに魔方陣の描かれた紙を持っている私。次のシーンの説明を続けなきゃ。……なんだったかな。


「……そうだ。城で舞踏会が開かれる事になり、素敵なプリンスがいるとの話がありましたが、そこへはシンデレラは行けません。綺麗な服もない、砂かぶりな女性だからです」

「ま、別に王子はどーでもいーけどなー。美味いもん食えっかんなー」


 レモナさんがパパっと砂を払い立ち上がる。花より団子なシンデレラ……。


 こんな雑な劇でも、リカさんはハラハラと見守ってくれている。真剣に観てくれる人がいるのはありがたいね。

 リサナさんは私達の劇を観つつ、たまにリカさんの反応も気にしているみたいだ。


 ……今さらだけど、名前をシンデレラにする必要はあったんだろうか。レモナさんの名前のままでも良かったかも。

 でも、あくまで物語だからね。リアルと物語がごっちゃになってるリカさんには、同じくごっちゃになってるぐらいのが丁度いいのかもしれない。



 そして実はラシュエルくんが、この入り江の入口の海でスタンバっている。だからラシュエルくんが寝ない内に登場させないとね。


「舞踏会当日です。舞踏会に行けないシンデレラに、優しい堕天使がやってきました。天界の食べ物を食べ過ぎて堕天使になった彼は、優しい心のままでした」


 ……私、ナレーションの才能あるかも。シンデレラに暗黒界を絡めるなんて荒業を、よくやってる方だと思う。


 自分の意外な才を発見し、ちょっと自己満足に浸る。周囲が少し明るくなる。……意識しないうちに、頭のランタンに力を入れていたみたいだ。


 自分の光量を調節して落ち着いた私は、気づく。

 あれ。そういえばラシュエルくんは? まさか海の上で寝て……?


「ラ、ラシュエルくんーっ!」

「はふ……。ん。いく」


 ギリギリだったらしい。あくびを噛みころしながらラシュエルくんが登場する。


 海からこの入り江に入ってくる。海からの風を受けて、ふわふわの白髪がさらに膨らんでいる。

 乗り物はあの大きなお椀だ。オールの代わりはラシュエルくんの杖だね。浅いからあの長い杖でなんとかなる。


「どん、ぶらこ。どん……ぶらこ」

「ラシュくん~っ! うにゃっは~。こっち見て~!」


 何故か桃が流れてくるかのような音を口で言いつつ、入り江に入ってくるラシュエルくん。

 キルティさんは両手と黒猫尻尾をぶんぶん振り、アイドルの登場シーンさながらの黄色い声をあげている。



「……あ」


 岸まで辿り着いたラシュエルくんが声を漏らす。


 どうしたのかと見ると、自力でお椀から出れないらしい。無理に出ようとすると、お椀がひっくり返りそうだ。


「……」


 少しだけ考えた様子のラシュエルくん。やがて結論が出たのか小さく頷き。


 諦めてお昼寝にはいった。


「んあーラシュ、いーかー? 寝んな寝んなー。ほれ」

「む。レモ……シンデ、レラ」


 レモナさんにお椀から抱き上げられるラシュエルくん。眠そうな顔ながらも、役目は果たそうと、抱き上げられた状態でセリフを言う。


「きるもの、あげる。ぶとう、かい……いく」

「サンキュー。んじゃ、ラシュも行かね? 食いもんあるかんなー」

「……っいく!」


 相変わらず食べ物への食いつきはバツグンだ。


 ん。とお椀の中を指差すラシュエルくん。その中に服が一緒に入ってたみたい。

 ラシュエルくんを降ろしたレモナさんが、その服を取り出し広げる。



「……ちょちょちょ。んで、これ選んだんだっつーの! シンデレラって赤いフード被ってなくね?」

「ん。あか、めだつ……いい、かも」


 ラシュエルくんはドヤ顔に見えなくもない。目立つようにと、ラシュエルくんが選んだ服は真っ赤なフード付きコート。私の頭にあるリボンも、ラシュエルくんの意見で赤いらしいからね。同じ感覚なんだろうけど……。

 それ、ちょっと違くなっちゃいます。ラシュエルくん。


「ま、これでもいっかね。目立つしなー」

「……ん」


 スポッと頭から被る、赤ずきんだかシンデレラだかなレモナさん。



 ……地球の話を知らないリカさん達には何の問題もないみたい。なので話を続ける。


「優しい堕天使から綺麗な服をもらったシンデレラは、舞踏会へ堕天使と一緒に向かいました」

「ラシュくんも行くならね、私も行くよ~。ね、一号ちゃん」

「せやで嬢ちゃん。盛り上げたるで!」

「うっし、行くかねー」


 イタチの継母と、魔女っ娘の姉もついてきた。


 ですから、仲悪いの忘れてません?


 舞踏会会場である城へと向かう。私も岩の上から降り、砂にぺんぎん足をとられながら、ついていく。

 城と言っても、実際には少し歩いたところでプリンスが出てくるだけだよ。



 ☆



「……おい。何故シンデレラが継母を頭に乗せてるんだ」


 ようやく登場できたロウさん。役は勿論、暗黒界のプリンスもとい、舞踏会の素敵な王子。衣装が用意できない代わりに、白い布をマントにしてる。登場については適当に、シンデレラと同じく転生した事にしているよ。まあ一号さん以外、皆さん本当に地球からの転生者なんだけどね。


 赤いフードを被ったシンデレラが、継母と姉と、何故か堕天使と一緒にやってくるという状況に呆れ顔だ。レモナさんの頭には継母役の一号さんが乗ってるしね。

 皆さん仲良く……いや。早くもレモナさんとキルティさんが、ちょっかいを掛け合ってるね。


 ロウさんを見て、仲良し喧嘩をぴたりと止めたその二人が言う。


「よ、プリンス」

「うんうん。プリンスだね~」

「ぐ……。こんな時だけ意見をあわせるな」


 にししと笑いロウさんをからかうレモナさんに、キルティさんも頷いていた。


「うっし。舞踏会っつったら踊んだよなー。こんな感じでどうかねー」

「にゃはは! それじゃ盆踊りだよレモナ。も~、ほらこうしてね」

「てかキル。それ、フラダンスじゃね?」

「ダンスいうの、なんや楽しいな!」


 レモナさんは盆踊りを、キルティさんはフラダンスを踊りだす。一号さんは、揺れるレモナさんの頭の上で、尻尾をふりふりと振っていた。

 皆さん、真剣に踊ってるようではありますが、プリンスのロウさんを置いてはダメなんじゃないでしょうか。


 そしてラシュエルくんについては……。リカさんの持ってきてくれた料理が今広げられてる、とだけ言えばもうお察しの通りだ。ラシュエルくんにとっては花より団子ではなく、花も団子、な程だからね。

 一応何かした方がいいと思ったのか、食べながら結界を作り、魔法使いっぽさを演出していた。堕天使設定だけど。



 ……うん。これは、既に私の手にはおえない。


 ぺんぎんナレーションでどうにかなる問題ではないので、ロウさんに物語を進めてもらおうと目配せする。


「どうした、アオイ。砂が目に入ったか?」


 通じなかった。ドライアイでもないです。



 ロウさんにも頼れない。どうしようもなく、砂浜でおろおろとする私。

 その時突然。この入り江にしわがれた、くぐもっているけれどハキハキと元気な声が響いた。


「呑気に踊っていていいのかの? そう、儂こそが邪神じゃ!」


 声の主を探すと、砂の坂の上に太陽を背にして誰かが立っていた。

 とうっと言い、駆け降りてくる。


 私は、逆光で見えにくいけど目を凝らして見る。確か、モブッチョとリサナさんが言っていたキャラだ。その着ぐるみを着ている。黒い頭に、蛍光色の黄色い胴体。描かれた目は半目。

 そしてぬいぐるみには無かった、黒い立派な尻尾が生えている。これは多分本物。獣人なのかな? なんか見た事あるような……。


 観察していると、そのモブッチョが全く減速しない事に気づく。私のいるところへと勢いを増して駆けてくる。


 数歩横に下がって道をあける。



――――バシャ――ン……



 モブッチョは、海へと突っ込んでいった。



 ようやく止まったモブッチョ。シュバッと立ちあがり振り返る。

 そして何故か、私に向かってサムズアップ……だと思われる事をしてきた。親指の位置だけ少し膨らんでいる気がするからね。手も覆われてるタイプの着ぐるみだから、分かりにくい。



「オージおじさまですわ! 何故ここにいらっしゃるのですの!?」

「オージおじさまがモブッチョ姿なのでーすわー。素敵でーすわー」


 リカさんとリサナさんが、そのずぶ濡れのモブッチョに反応する。モブッチョの着ぐるみさんは、オージおじさまらしい。


 二人が注目しているのを確認したオージおじさま。


 一度私にサムズアップしたくせに、きょとんとした声でわざとらしく言う。


「儂は一体……? 儂に、暗黒界で死んだという邪神の魂が取り憑いておったのじゃが。……そうじゃ、水に濡れたから邪神の魂が溶けて消えたのじゃの!」


 邪神って水性だったのかな?


 水に消えていったそうだ。そのまま強引に話を続けるオージおじさま。大きく両腕を広げるという、演技がかった仕草で。


「ふぉっふぉ。邪神は消えたのじゃ。後は若者達の出番じゃの。さあそこのぺんぎんくんよ。君じゃ君。プリンスと踊るが良い」

「……はい!?」


 ビシッと指……は見えないが指される。

 何でですか。それなら、私ではなくシンデレラ役のレモナさんですよね?


 超展開についていけず固まる私。着ぐるみの、ぽふぽふした手で抱えられる。


 向かう先は、いきなり現れたオージおじさまに警戒気味のロウさん。全身が、顔も見えないおかしな着ぐるみ姿なんだから当然だ。


 差し出された私を、ロウさんが困惑しつつも受けとる。


 もう一度サムズアップらしきものをするオージおじさま。どうやら劇を続けろと言っているらしい。


「えと。とりあえず、踊りましょうロウさん」

「あ、ああ。そうだなアオイ。こう、か……?」


 くるくるくると、私を水平に持ったままロウさんが回る。ふわっとロウさんの白いマントが浮く。どう考えてもダンスには見えないけど、この際仕方ない。


 三回転したところでぺんぎんナレーションを入れる。


「……こうして。手下Gな私は、プリンスと幸せに踊る事ができました。役職が特別ではない私でも幸福が訪れたように、あなたにも白馬――白カレフリッチに乗った素敵なプリンスが現れるかもしれません」


 満足そうな、『大団円!』といった声音でオージおじさまが締める。



「ハッピーエンドじゃの!」


((なんだこれ……))



 ロウさんと心の声が被ったのが分かった。




「んあ? なんか良く分かんねーけどさ、ハッピーだなー」

「アオイちゃ~ん! かわいい系ヒロイン最高~!」


 踊りを止めたレモナさんとキルティさんが、微妙な顔の私達二人にそう声をかけた。

 ラシュエルくんと、レモナさんの頭からピョンと降りた一号さんの会話も聞こえる。


「ん。はむ。……おわった?」

「せやで、ぼんちゃん。終わったようやし、ワテも食うで……って料理全部無くなっとるで。なんでやねん!」


 暴食の堕天使ラシュエルくんは、食べ尽くしたらしい。幸せそうな顔だ。杖をもってゆっくり回ってるのは、お祝いのダンスのつもり、かな?



 そして私達にとって一番反応が気になる、リカさんは。


「さ、さ、さ……」


 ごくり、と唾を飲み判決を待つロウさんと私。もしや、最低? それとも……。


「最っ高ですわ! そうですわ。リカも暗黒界の邪神なんかより、踊ってくださる素敵なプリンスがいいんですわ」

「リカちゃん、いい劇を観れて良かったでーすわねー」

「ええリサナお姉さま。きたきたきたのですわ! 白カレフリッチのプリンスをお迎えする準備をしなければですわね、一刻も早く。さっそく準備してくるのですわ!」

「転ばないように気をつけてでーすわー」


 リサナさんと話していたリカさんが、テンション高く砂の坂を駆け上っていく。


 ロウさんと私は同時に、ほっと安堵の息を吐く。大分めちゃくちゃな劇だったけど、リカさんの邪神崇拝を止める事ができたみたいだ。今度は別の方面に妄想を爆発させてるけど……。ま、まあ邪神よりマシだよね?



 こうして無事……かどうかは分からないけど、最後はハイスピードで幕を降ろした、劇『シンデレラと邪神』。


 静かになったこの入り江に、後に残ったのは『魂の定義』と、今回の依頼人であるリサナさん。そして謎の、モブッチョの着ぐるみ姿のオージおじさま。


 オージおじさまが非常に、非常~に気になるけど、ひとまずDランク初依頼達成だね!



 ところでロウさん、そろそろ降ろして頂いて大丈夫ですよ?

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