37話 砂浜会議

 領主の娘さんである、水色の髪を持つ双子の女の子。

 その内、妹のリカさんがダーク路線の重度な厨二病だった。


 日本なら生温かい目で見られるだけだけど、この世界の貴族だとそうはいかない。なので姉のリサナさんの依頼で、思想変更を手伝うことにした私達『魂の定義』。


「まずは、今の発想に至った理由を知りたい。何か原因は知らないか?」


 ロウさんがリサナさんに問いかける。

 リカさんが家に行っていていないから、作戦を立てるなら今のうちだからね。家とは言ってもすんごいお屋敷なんだろうけど。


「そうでーすわねー。一年程前に読んだ本が原因だとリサナは思うのでーすわー」

「どんな内容なんですか?」


 邪神を呼んでくれとか言うくらいだ。一体どんな話なのか気になる。


「邪神が現れて世界を混乱の渦に落とすのでーすわー。それを夢の世界から来た勇者が苦労しながら倒し、邪神が暗黒界に逃げ帰ってハッピーエンドなお話でーすわー」


 確かに邪神は出てきたけど……。完全に邪神悪者だよね? まあ邪神なんだから当たり前だけど。


 ラシュエルくんが近くの大きな岩によじ登って座り、会話に参加する。ちなみにラシュエルくんは、ついさっき私が起こしたよ。


「よぶのなんで、ゆうしゃじゃ……ない?」

「んだなーラシュ。邪神ってーのよりさ、勇者のがいーやつじゃんなー」


 レモナさんもラシュエルくんの言葉に同意する。

 ちらりと足元を見ると、知らぬ間に靴を脱いでいた。足で砂を蹴って遊んでいたようだ。


 ロウさんもそれに気づき、軽くため息を吐く。レモナさんに履けと指示してからリサナさんにもう一つ気になる事を聞く。


「それと、生まれた時から心待ちにしていたと言っていたが、本を読んだのは一年前というのは……?」

「リカちゃんは物語に影響を受けやすいのでーすわー。前からだと思い込んでるのだと思うのでーすわー。後は邪神の方が勇者より格好いい人の写真でしたから、面食いのリカちゃんはきっとそっちに惹かれたんでーすわー」


 単なる顔の問題だった。


 それからいくと、顔面偏差値の高いロウさんがリカさんに捕まっちゃったのも分かるね。


 うーん。物語に影響を受けたんなら、また新しく物語で思想を更新すればいいんじゃないかな?

 皆さんも同じ事を考えたみたい。キルティさんが、潮風に吹かれ顔にかかる桃色の髪を払ってから言う。


「うにゃ。じゃあね~、勇者が格好いい本を探して読ませたらどうかな~?」

「それもやってみたのでーすわー。ですが、邪神役の人が格好よすぎたらしく、並の人じゃ反応しないのでーすのー。それに、最近は本を読むブームが去ってしまったようでもあるのでーすわー」


 それ、そうとう大変そうだ。ロウさんを撮って本に加工しても、読んでもらえないなら意味がない。

 あ、写真はこの世界にもあるよ。カメラはまだちょっと高級品らしくて、皆が持ってる訳じゃないけどね。



「せやったら、あんさんらが本の内容をやればええんとちゃう? 目の前でプリンスが物語みたく動く言うたら、めっさ食い付くと思うで」


 ロウさんの頭の上から、キルティさんにひょいと降ろされ抱っこされている一号さん。

 さっきからコロコロと位置が変わりすぎじゃないですか?


 でも、一号さんの意見は良いかも。一号さんが劇の事を知っていて言ったのかは分からないけどナイスだ。


 ロウさんが眉間にシワを寄せ、微妙な顔をしている。劇はあまり好きじゃないのかな?


「その案は……有効的ではあるな。ただ、俺は大した役をやった事がないぞ」

「アタシはヒロイン役やった事あんなー。ま、コメディだけどなー」


 ロウさんは分かりますが、レモナさんは前世男性ですよね?

 学生ノリで女装したという事でしょうか。確かにそれはコメディですね。というよりもシリアスだったら、真剣に観てても笑ってしまう。



 一号さんの案が通り、次はどんな劇にするかを考える。


 すると突然、にゃふっふっふぅ~と独特な笑い声を洩らすキルティさん。

 胸を反らし、自信たっぷりに提案する。


「女の子が喜ぶ物語と言えば一つだよ! 古今東西、前の世界から共通だもんね~。それはね!」


 ババンッと口で言いながら、両手を万歳のポーズに上げる。

 ひゅんと見事な放物線を描いて、赤のようなオレンジのような色が飛んでいく。


「お姫さまだよ!!」


 にゃむっふ~。


 そう息を吐くキルティさんは、これ以上無い程にドヤ顔だ。頭の魔女っ娘帽子がふわふわと風をとらえる。

 対して他の『魂の定義』の皆さんは微妙な顔。


「ぶべっ。放り投げるやなんて酷いで嬢ちゃん……」


 背後のどこかで変な声が聞こえた気がするけど気のせいかな、うん。



「お姫さま、でーすのー……? 良さそうでーすわー。リカちゃんに見せるだけなら、とても良い案でーすわー」


 リサナさんは賛成みたい。おっとりと両手を合わせ微笑む。魚の髪留めが、笑む目の代わりにキラリと光っていた。

 依頼主が気に入ったなら仕方ないと、ロウさんが何の演目にするのかを聞く。


「姫系とはいえ、日本で知った物語だけでもかなりの種類があるだろう。どれがいいか分かるかキルティ」

「んにゃ~そうだよね~。例えばね、眠り姫とかいいんじゃないかな~? 素敵な王子さまが出てくるもんね~」


 キルティさんはきっとそういう話が好きなんだと思う。夢見る乙女の顔でうっとりと話している。

 今だけ見てれば、普通の可愛い黒猫耳の女の子だ。そう、私をもみゅる時に変態オヤジみたいな声を漏らさなければ……。


 眠り姫のストーリーを頭に思い浮かべる皆さん。私も小さい頃の記憶を思い返してみる。


 なんやかんやあって、眠りの呪いを掛けられちゃうお姫さまの話だよね。でもその呪いは最後には問題無くなったはず。キルティさんの言葉通り王子さまが現れて……。



 目覚める時に口づけするんだよね、うん。



『『却下』』


「え~」



 ロウさんとレモナさんが声を揃えて却下する。キルティさんは不満気だけど……。

 それは無理ですよ、キルティさん。


 リサナさんは元の話を知らないから不思議そうだ。勿論、教える為に説明しようものなら面倒くさい事になるのは見えてるので、私も無言を貫く。



「……シンデレラ」


 見かねたのか、ラシュエルくんが呟いた。ちょっと退屈そうだね。私が周りを回って、また寝ないように誘導しなきゃ。


 ぴえぴえ言いながらラシュエルくんの座る岩の周囲を回りながら、頭の中で案を検討する。

 シンデレラ、それならダンスするだけだから二人的にもアリかな。


 妥協点だと思ったのか、ロウさんとレモナさんも今度は承諾する。

 まあ、二人はプリンスとプリンセスだから渋々だけどね。配役は誰が言わなくとも決まってるようなものだから。



「うんうん。シンデレラも素敵だよね~。ふっにゃ~! よ~し、わたしが衣装を用意するよ!」

「キルティ。時間がないから、それはいいだろう」


 メラメラとやる気に燃えているキルティさんに、冷静にツッコむロウさん。


「あー。そーいや、キルって自分の服も作ってたかんなー」

「え、レモナさん。あれって手作りなんですか!? キルティさんスゴイですね」


 キルティさんの魔女っ娘風の服は手作りだったらしい。ふりっふりのスカートって作れるんだね。本当に女子力が高い。

 だからこそ『かわいい』好きであり、それがいき過ぎて残念なんですね……。



「リカちゃんはジャンクなる雑誌さんを呼ぶ儀式だと思ってるのでーすわー。劇に織り交ぜてほしいのでーすわー」


 リサナさんの言うジャンクなる雑誌さんは邪神の事だね。うーん分かるけど、劇がすごいことになりそうだ。



「邪神を呼ぶ儀式が始まるのですわね。間に合って良かったですわ」

「あらリカちゃん。早かったのでーすわー」

「ついに宿願が果たされるのですもの! のんびりしてなんか、いられないですわ! 帰りにオージおじさまにもお会いして、儀式に使えそうなのを買ってきたのですわ」


 あれ、思ってた以上に早くリカさんが帰ってきてしまった。


 リカさんは家から持ってきたものと、そのオージおじさまという人から買ったらしき物を取り出す。ギルドカードは本来高価だからハンターにしか支給されないけど、お嬢様ともなれば似た物は持ってるみたいだ。


「儀式には供物が必要ですもの。そちらは多めに用意したのですわ」


 砂浜にドンとテーブルが出される。少し砂が舞うけど、料理が入っていると思われる皿には蓋がしてあったので無事だ。

 料理以外だと、怪しげな魔方陣の書かれた紙とか……どことなく禍禍しい儀式に使いそうなものがあった。邪神召喚の為にちまちまと集めていたらしい。


 シンデレラに使えそうなのは、様々な服や被り物だろうか。


 そして何故か大きなお椀と、変なぬいぐるみがあった。


「邪神はきっと沢山食べるのですわ。あと、このぬいぐるみはオージおじさまにオススメされたものですわ」


 その変なぬいぐるみは、頭部分がまっ黒で、半目のやる気無さそうな顔をしている。ちょこんと頭のてっぺんが跳ねてるのは、鳥のイメージなんだろうか。そして体部分は蛍光の黄色。


 これ、一号さんが街中で見たと騒いでいた特徴にそっくりだ。


 でも黒い尻尾というのは無い。そこは一号さんが何かと見違えたのかな。

 それにしても、ブサイクというか……。どこ受けなのかな。


「モブッチョでーすわー。オージおじさまの新商品、可愛いのでーすわー」


 リサナさんがそのモブッチョというぬいぐるみを見つけ、ふわりと笑顔になる。可愛い……かな? 私にはこう、バカにされてるような顔で、微妙に見えるんだけど。


 無理やり言うなら、キモ可愛い。うん、無理やり言うならね。

 キルティさんのかわいいセンサーにも反応しなかったらしい。ぬいぐるみはスルーしている。




 まあ何にせよ、これで一号さんの見た存在は証明された。きっと街で見たのは、これの着ぐるみだね。


 一号さんはさぞかしドヤ顔しているだろうと、一号さんを探す。

 あれ、一号さんがいない。どこだろう?


「ワテ、影薄いん? 誰も気づかへんなんて……。ほんなら、拗ねイタチ決め込んだるわ。すねーん……」

「い、一号さん……」


 一号さんが砂に埋もれていた。


 そうだ。さっきキルティさんが両手を上げた時に、放り投げられてたね。興奮してたキルティさんは気づいてなかったけど。


 見事に拗ねイタチ化してしまった一号さん。自ら砂を掘って埋まっていた。

 穴から出した顔が縁に乗っていて、もちゃっと頬っぺが持ち上がっている。


 さすがに可哀想だし、慰めてあげようかな。


 そう考え、一号さんに近づく為砂浜を歩く。

 やがて一号さんの近くまで達したその時。



――――ずぼっ



 少し砂が盛り上がっているところを越えたと思ったら、穴が空いていたらしい。嵌まってしまった。


「ぴえ? あれ、なんで砂浜なのに穴が?……一号さん、まさか……」


 砂浜に自然に穴なんてできないよね。ぺんぎんが嵌まるくらいの穴なんて。


 ゆらりと一号さんに目を向ける。


 さっきまで拗ねイタチの顔をしていたというのに、今はしてやったりな顔だ。

『ドッキリ大成功!』といいたげとも言う。


「かかったで、ぺんはん。ワテの勝ちやな!」

「い~ち~ご~う~さ――んっ!」


 ぺちぺちぺちとぺんぎんパンチを繰り出すが、砂に埋まっている為届かない。


「これでイタチの一勝やで……ぶっ」

「もう、一号さんなんてこうですよ」


 仕方がないので砂をかけた。

 一号さんもやり返してくる。


 シュババババと砂かけの応酬になる。



 さっきの一号さんの演技に、すっかり騙されてしまった。意外に女優……一号さんなら俳優じゃないですか。


 そんな一号さん。どうせ劇はカオスになるのがみえてますもん。

 例えイタチでも、シンデレラの劇では意地悪な継母役にしてもらっちゃいますからね!

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