36話 厨二魂の定義

((異世界にも厨二病がいるんだ……))


 これが私達『魂の定義』が抱いた感想。

 一号さん以外は全員、思ってる事だと思う。


 目の前の双子の女の子達。

 おっとりしたお姉さんのリサナさんはそうでもないけど、ハキハキしたリカさんの厨二感がスゴイ。


「それでは、自己紹介は済んだのですわ。さっそく暗黒界から邪悪なる邪神を呼んでくださいまし!」

「そうでーすわー。あんこ界からジャンクなる雑誌を呼んで欲しいのでーすわー」


 暗黒界に邪神。完全にダーク路線の厨二ワールドに入ってしまっているリカさん。

 邪悪なる邪神って、頭痛が痛いみたいになってません?


 リサナさんはリカさんの言ってる単語がよく分からないみたい。それっぽく聞こえた単語を言ってるだけだ。

 あんこ界は糖分高そうだから、糖尿病になりそうだしね。ジャンクなる雑誌。漫画雑誌辺りかな?

 私としてはリサナさんのその間違い方が好きかな。何だか可愛らしい。


 そしていきなり邪神を呼んでくれと言われた、暗黒界のプリンスことロウさん。

 キャラ付けの衝撃による放心から戻ってきたのもつかの間。今度は、どう答えたらいいか分からないお願いに答えに詰まる。


「邪神、ですか。俺達はしがないハンターパーティーですので。そんな大層な存在は呼べませんが……」


 珍しくも敬語なのは、女の子達が領主の娘さんだからだね。

 厨二の子に、邪神の存在を否定するような事は言えない。なので単純に呼べないと答えたロウさん。


「プリンス達なら出来るはずですわ!」

「いや……うっ」


 キラッキラの希望に満ちた、そのマリンブルーの瞳で見つめられる。最早、否定できなくなってしまっている。

 ロウさん、子供に弱いですよね。ラシュエルくんとか案外甘やかしてますし。やはりおかん・・・だからだろうか……。


 私もお助けしたいけど、どうしたらいいか分からない。側でワタワタとしてしまう。

 レモナさんとキルティさんはまだ仲良く喧嘩中だし、ラシュエルくんもまだ固ま……うん、寝てるね。

 一号さんはラシュエルくんが寝てるのをいいことに、その頭の上で仰向けになってる。器用ですね。お腹を上に、尻尾がラシュエルくんの顔の横にかかってる。一号さんは寝てる訳じゃなく遊んでるだけみたいだけど。



 頼れる味方のいないロウさん。切り口を変えて紛らわす。


「そういえば、何故俺達を暗黒界の存在だと? 何かしたのでしょうか」

「リカが貴方がたと初めて会ったのと、暗黒界のプリンス達だと確信したのは同じ時ですわ。そう、何も無い場所から突然海に現れた瞬間ですわ!」

「リサナもあの時は驚いたのでーすわー」


 それは驚くだろうね。私達だって、ダンジョンから出たらいきなり海に繋がってて驚いたんだし。でもそれは『魂の定義』のせいじゃないような……。


「てかさ、やっぱ勝手に街入ったっつーのはマズイんじゃね? へーきなんかー?」


 レモナさんが、キルティさんの頭を抑えつつこちらの会話に参加する。キルティさんは腕と黒猫尻尾をバッタバッタさせている。漫画みたいに。


「何かあってもリサナ達もいるので、問題ないのでーすわー。ただ内密な話ですけど、第三王子が行方不明中らしいのでーすわー。なので他の街に行かれる時は気をつけた方がいいとリサナは思うのでーすわー」

「マジで? サンキュー。んなら危なかったなー。出たのがこの街で良かったっつー事じゃん。ラッキーだなー」


 リサナさんと会話をするレモナさんに向かって、ロウさんが呆れた様子で言う。


「お前……もう少し敬語を使え。相手は貴族の娘さんだろう」

「リサナ達は構わないでーすわー」

「いやしかし、そういう訳には」

「リカとしては、プリンス達に敬語を使われる方が困るのですわ。自然体でいてくださいまし」

「こー言ってくれてっしさ、いんじゃねロウ?」

「……そうか。なら普通に話させてもらおう」


 ロウさん達を暗黒界のプリンス達だと思ってるリカさんにとってはそうなのかも。

 手下Gな私はどうなんだろうか……。まあ私はデフォルトが敬語なんだけどね。


 暗黒界のプリンセスなレモナさんが話を戻す。


「つか、ダンジョンから出た時はマジで驚いたよなー。そーいや『魂の定義』的にさ、海来たのは初じゃね?」

「『魂の定義』? なんですの?」


 リカさんが私達のパーティー名に食いついた。

 ロウさんがハッとし、答えようとするレモナさんを止める。


「待てレモナ。それは」

「アタシらのハンターパーティー名だなー。……んあ? どったロウ。なんか言ったかー?」

「『魂の定義』……!!」


 制止が間に合わず答えちゃったレモナさん。リカさんは、それはもう、水を得た花のように輝いた顔をしている。


「素敵なパーティー名ですわ! 正体を隠す為とは言え、名前にまで妥協を許さないのですわね。尊敬しますわ!」

「マジ? アタシが決めたかんな。なはは、やっぱ嬉しーもんだなー」

「流石はプリンセスですのね。リカが『魂の定義』の皆さんに出会えたのも運命ですわ!」


 ガッシとレモナさんの手をとるリカさん。レモナさんのセンスがお気に召したらしい。謎の連盟が生まれたようだ。

 ちなみに、レモナさんのその隙を狙ってキルティさんがぽこっと猫パンチだけしていた。



「良かったでーすわねーリカちゃん」

「ええリサナお姉さま。プリンスも、まさにリカの想像通りですわ」


 手を離し、その両手を横に広げるリカさん。水色の、少しカールのかかった後れ毛をふわんとさせ語り出す。


「まずは冷たくも整った顔立ちですわ! そしてまさに深き闇のような、漆黒の髪。その瞳は、葬った者達の紅き血に染まり、怪しく緋色に輝く。暗黒界のプリンスに相応しき見た目なのですわ!」

「ぐっふ……っ!」

「ロ、ロウさん!?」


 ロウさんが崩折れた。

 正直、私も厨二心をくすぐられる外見だなとか思ってました……すみません。


 精神的ダメージの大きい撃をくらったロウさん。

 そう思われると思ったから、せめて格好は普通の物にしたのだが……との声が漏れ聞こえてくる。

 自覚はあったんですね。



 いつの間にやらラシュエルくんの頭から離れた一号さんが、崩折れたロウさんの背中に乗る。


「あんちゃんどしたん? ワテが慰めたるで!」

「ペットさんも赤い体ですわね。プリンスのペットでもあり従魔でもあるのですわ。そう、ダークネスヴァーニングで敵を蹴散らすのですわー!」

「なんやカッコええな。せや、ダークネスヴァーニングやで!」

「邪神でも何でもいいから、もうやめてくれ……」


 ダメだ。ロウさんの精神ライフはもうゼロだ。


 リカさんの妄想が止まらない。私? すでに私はオロオロする事しかできないよ。



 クルクルと回っていると、レモナさんに猫パンチを決めて満足気だったキルティさんが、心配そうな顔で近づいてくる。


「んにゃ~。あのリカちゃんって子、厨二病ってやつだよね~? 日本だったらいいけどね。この世界だと悪魔崇拝とか言われちゃいそうだもん、ちょっと心配だよね~」

「そうですよね……」


 悪魔どころか邪神ですからね。

 のほほんと傍観していたリサナさんが、私達の会話にぴくっと反応するのが見えた。



 段々カオスになってきたこの空間。場所は綺麗な入り江なんだけどね。本来は人もいないし静かな場所なんだろうけど。


 妄想炸裂元気いっぱいなリカさんに、リサナさんが少し強引に話を進める。


「ところでリカちゃん。あんこ界の雑誌さんはいいのでーすのー?」

「そうでしたわリサナお姉さま! 邪神を呼んでほしいのでしたわ」

「皆さん準備があるそうでーすわー。リサナは案内に残るので、リカちゃんは一度家に戻ってほしいのでーすわー」

「どうして戻るのですの?」

「この時の為に、リカちゃんが大事にしているのがあったはずでーすわー。儀式に使えるかもですし、他にも家の中を隅々まで探してきてほしいのでーすわー」

「分かりましたわ! リカにしか出来ない使命ですわね。さっそく行ってきますわ」

「行ってらっしゃい。ゆっくりで構わないのでーすわー」


 お嬢様らしく優雅に、かつ小走りで砂浜を上り去っていくリカさん。



 その姿が見えなくなると、リサナさんが私達に向き直る。表情はおっとりとしつつも、どこか真剣だ。

 先程のリカさんとの会話は、リカさんを遠ざけたいかのようだった。私達にだけ言いたい事があるのかな。


「皆さんにお願いがあるのでーすわー」

「んあー、邪神なー」

「いいえ。雑誌さんではなく、リカちゃんの事でーすわー」


 レモナさんが返すと、違うと言うリサナさん。

 真面目な雰囲気に、ロウさんの精神ライフが少し回復する。


「彼女のか?」

「ええ。リカちゃんは影響を受けやすいのでーすわー。お二人が言っていたように、このまま社交界でもあんこ界の話をするのは良くないと思うのでーすわー。なのでリカちゃんの考えを変えるのを手伝ってほしいのでーすわー」


 お二人というのは、さっき話てたキルティさんと私だね。他の貴族が集まるところで、暗黒界とか言うのは確かにマズイ。


「勿論報酬はお渡しするのでーすわー」

「なんやくれるんかいな?」

「ペットさん。皆さん旅されてるでしょうから、ここで一番速いカレフリッチと、一番頑丈な馬車を提供する事を約束するのでーすわー」


 今度はロウさんの頭の上に移った一号さんが問い返すと、カレフリッチと馬車をくれるとリサナさんが言ってくれる。

 カレフリッチはこの世界の馬的存在。セットでくれるとは破格の交渉な気がする。


 さすがに貰い過ぎだと思ったロウさんが聞く。


「報酬が多すぎないか?」

「処刑はされなくとも、最悪の場合は幽閉されてしまうかもしれないのでーすわー。リカちゃんがそうなる事を思うと、全然多くないのでーすわー」


 処刑はされないと聞いて安心する。良かった、それもあり得るからね。


 これからは、レンタカーのようにカレフリッチを借りる経費がなくなるのなら『魂の定義』にとっても大助かりだ。

 リカさん曰く『紅き血に染まった』深紅の瞳を、密かにキラリとさせるロウさん。おかん的計算にかなったらしい。


「……受けよう。俺達も出来るだけ協力する事を約束しよう」

「嬉しいのでーすわー。では契約成立でーすわー」



 ふわっと潮風の優しい風が吹く。リサナさんのワンピース水着風の軽いドレスが風に揺れている。


 Dランクになった『魂の定義』初の仕事はリカさんの思想変更。


 どんな事をすれば、あのリカさんが邪神と言わなくなるんだろうか……。

 そもそも何で邪神? 日常生活で邪神なんて単語出てこないしね。


 まずは、リカさんが戻ってくるまでに作戦を練らなくちゃ。



 ……あ。ラシュエルくんはそろそろ起きてくださいね?

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