35話 不思議少女s

「すまん。取り乱したな……」


 魚料理屋からの帰り道。ロウさんが落ち込んだ様子で言った。


 ソネリの村で三日分の宿泊費を無駄に置いてきてしまった事に気づいちゃったロウさん。おかん精神なのか、我慢ならんと飛び出しそうになった事だね。私もレモナさんの指示があったとはいえ、つい超音波を出してしまったし。


 あの後は通報されかけた事もあり、謝り倒して逃げるように店を出た。


 ラシュエルくんは残った料理を急いで詰め込んだからか、頬っぺたがリスのように膨らんでいる。時折ボキゴギと音がするので、丸っと詰め込んだ魚を食べてるんだと思われる。


 せっかく危険が沢山でドタバタなダンジョンを出たのに、それなりに平和なはずの外でもドタバタしているという……。


 とにかく、今日は休みの日だ。


 ここ、ミントレの街でのんびりする。


「んん?……ぺんはんぺんはん。なんや遠くの通りに、変なのおったで」

「どうしたんですか、一号さん」


 ぶらっと歩いていると、一号さんがラシュエルくんの頭の上から話し掛けてくる。その位置、ラシュエルくんの派手な咀嚼音がお腹に響いちゃいそうだけど、いいんだろうか。


「なんちゅうかなあ。頭にな、真っ黒の被りもんしとるん。しかも半目の顔が描いとったなあ。服はペッカペカの黄色でだぼっとしとって、後は黒い立派な尻尾が生えとったな!」

「なんですか、その謎生物……? もう、一号さんたら。そんな変な格好の人も、そんな生き物もいる訳ないじゃないですか。……多分」


 言い切れないところがまた、ね。実際私の見た目だって、ぬいぐるみのように青い二頭身の体だし。

 その変な人も本当にいたのかもだけど。何となく一号さんには突っ掛かりたくなってしまう。


 いたんやでー!、と抗議してくる一号さんと戯れたりしている内に、その休日は暮れていった。



 ☆



 で、翌日。


 宿屋『魚のヤドリギ』で起きた私達は、ようやく、一昨日会った双子らしき水色の髪の女の子達の事について考え始めた。一日休みを挟んだからね。


 椅子の上で私を抱っこしたキルティさんがまず言う。


「うにゃ。あの女の子達、どこにいるんだろうね~? 分かればわたし達から行けるもん。街の人に聞いてみよっかな~?」


 一昨日は疲れきって雑な対応をしてしまったからね。数日後に来てとは言ったけど、出来ればこちらから行くべきかな。居場所、うーん……。


 そう方針を決めあぐねている時、宿屋のオジさんが勢いこんで私達の元へ駆けてきた。


「なっ。お、お客さんらに、とんでもねぇお客さんがきてますぜ!」

「俺達に客? まあ、まだ知り合いのいない俺達に客と言えば、彼女達しかいないだろうな」


 その客というのに見当がついた様子のロウさん。そうですね、多分あの女の子達だと思います。


「ひぃぃ! お客さん、領主様の娘さんと知り合いなら、そうと言ってくださいよ。確かにウチはミントレで一番の宿屋だと自負してますがね。お知り合いなら、領主様の屋敷に泊まるもんじゃねぇんですかい?」

「は? 領主の娘……?」


 雲行きが怪しい。かなり怪しい。

 ロウさんも思わず、宿屋のオジさんの言葉を反復していた。


 想像以上の事態だ。領主の娘さんって、それはつまり貴族とかなのでは?


「さあさ。お待たせするもんじゃありませんですぜ。ほら、早くお出迎えに!」

「お、おい。押すな。まだ整理が……」


 グイグイ押してくる宿屋のオジさん。ロウさんが入り口の方へと流されていったので、他の皆さんも後に続く。




「リカちゃん。皆さん来たようでーすわー」

「あら! ごきげんようですわ。では、行くのですわ。プリンス、プリンセス!」


 宿屋の入り口で、オジさんから可愛い女の子達にバトンタッチ。


「……まさか、プリンスやプリンセスと言うのは俺達の事……ですか?」


 待ち構えていた二人にガシッと固められ諦めムードのロウさん。

 一応、ツッコむところはツッコんでみている。珍しくも敬語でね。領主の娘さんだし。


「他に誰がいるのですの?」

「ややや。王子様に王女様だったとは露知らず。しかし通りで気品溢れる方々だと思っておりやした」


 うんうんとしたり顔で頷くオジさん。見た目は王族でもおかしくないレベルの方達ですけど、気品はちょっとどうかな……。


「さあ! 行くのですわ!」

「でーすわー」


 オジさんから女の子達へ人が変わっても、結局ドナドナされ。

 王族を泊めたのかもと満面の笑顔のオジさんに見送られる中。女の子達に引っ張らて既にため息を吐きそうなロウさんを先頭に、私達は顔を見合せぞろぞろとついていく。



 ☆



「着いたのですわ」


 二人の女の子に案内……というより強制的に連れてこられた場所は、入り江だった。

 ここからは海が見えるけどビーチからは絶妙に死角になっていて、穴場スポットっぽい。


 場所に関して言えば、ちょこっと秘密基地めいていて好きなんだけどね。

 ここに連れてきた目的が分からないので、観光気分にはなれないかな。


「んお。いーじゃん、ここ! んかさ、秘密基地っぽくね?」


 ……バッチリ観光気分ですね、レモナさん。

 涼しいし、観光だったら最高なんですが。


 ようやく女の子達から解放されたロウさんが、まずは一昨日の事について謝る。


「……先日は申し訳ありません。せっかくお誘い頂いたのですが。それで、俺達はハンターパーティーですが何かご依頼ですか?」


 先程のプリンス発言については、もう触れない事にしたらしい。依頼といっても、私達がダンジョンから脱出してすぐに話し掛けてきたんだから、ハンターであることは知らないんじゃないかな。

 ロウさんも、分かってるけどとりあえず話を引き出す切っ掛けに言ってみた様子。


 案の定女の子達はそのつもりじゃなかったようで、首を傾げている。やがて二人の内の元気そうな女の子――初めて会った時に怒涛の勢いで話していた子が、勝手に解釈したらしく話し始める。


「ハンターですのね! 分かりますわ。こちらの世界では正体を隠す必要があるのですわね。プリンス、さすがのご判断ですわ。では用件は……」

「リカちゃんリカちゃん。まずは自己紹介が大切でーすわー。あんこ界のプリンスも困ってしまうのでーすわー」


 あんこ界のプリンス……白あん、みたいになってますよ、ロウさん。


 もう片方の女の子がおっとりと、話を止めてくれた。

 せめて名前だけでも聞いておきたいから助かったね。



 私達から名乗ろうとすると、止められた。リカと呼ばれた元気な女の子が名乗る。


「リカはリカですわ。リカ・ミントレ。遥か昔、リカがこの世界に生まれ落ちた瞬間から、この日を心待ちにしてましたの。ああ、ついにですのね……! 宜しくですわ!」


 リカさんの外見は十四歳くらいかな。

 だから遥か昔といっても十数年だと思うんだけど……。そもそも生まれた時の記憶があるものなの? あるという人も稀にいるらしいけど。

 えと、オーバーな表現をする子なのかな。


「リサナはリサナ・ミントレでーすわー。リカちゃんの双子のお姉ちゃんで、リサナもお願いがあるのでーすわー。宜しくでーすわー」


 リサナさんも名乗ってくれた。リサナさんの方がお姉さんらしい。


 双子だと思ってたけど、合ってたね。二人は本当にそっくりだ。


 二人共、ドレスっぽいヘソ出しワンピースを着ている。タンクトップに、胸の前でキュッと服が縛ってあって、あまりお嬢様の服には見えない。

 水色の髪は後ろでお団子にしていて、後れ毛がカールしながら顔にかかっているのが可愛いらしい。

 瞳は海のような色。マリンブルーという色があったかな。海に面したこの街――ミントレっぽいね。


 で。ここまで全く一緒の二人。間違い探しのようだけど、違いを述べると……。


 元気でハキハキと喋っているのが妹のリカさん。『魂の定義』でいうなら、レモナさんに近いかな。

 おっとりのんびりした話し方をしているのが姉のリサナさん。こちらはラシュエルくんタイプっぽい。


 リカさんは前髪を留めるのに、貝がらの髪留めをしている。

 対してリサナさんは魚モチーフの髪留め。


 貝がらのリカさん、魚のリサナさんだね。うん覚えたよ……多分。



「俺達は……」

「皆さんの事は良く分かってますわ」


 またリカさんに止められる。

 出会ってから一度も名乗ってないはずだけど……? どこかで会ったんだろうか。


 自信たっぷりにリカさんが続ける。


「まずは、お二人がプリンスとプリンセスですわね。お会い出来て本当に光栄ですわ!」

「やはり俺がプリンスなのか……」

「んあ? アタシがプリンセスってーの?……ちょちょちょ、それはヤベーって!」


 あ、会った訳じゃないみたい。想像……妄想、かな?


 ロウさんは改めてプリンスと言われ、遠くを見つめ始めた。


 レモナさんはプリンセス。レモナさん自身、ありえないと思ってるらしく笑いが込み上げてきている様子。

 必死に堪えてますが、お腹抱えてプルプルしてる時点で隠せてませんよ?


 そして同じくプルプルと堪えているキルティさん。そんなキルティさんにも、リカさんの標準が向く。


「そして、貴女はきっと女幹部ですわ。その黒魔法で、プリンス達に仇なす敵を、深淵なる闇に突き落としているのですわね! 素晴らしいですわ」

「んにゃ!? お、女幹部~っ? 黒魔法とかね、聞いたことないよ~。しかも、闇に突き落とすなんてそんな事絶対できないよ~!?」


 何だか、恐ろしい女幹部にされたキルティさん。

 そうですね。キルティさん自身が暗いのダメですからね……。


 笑われた仕返しか。レモナさんがキルティさんに対して、これ見よがしにニヤニヤしている。


「何笑ってるのかな~プリンセス! わ、わたしはほら、まだ幹部だもんね~」

「だー、言うなっての! てか、幹部よりプリンセスのが偉いんじゃん? んなら、キルをこき使えるって事だなー」

「なにゃ~! 下克上だよっ」

「権力に逆らえねーって教えてやんよ!」


 不毛な争いが始まった。

 ロウさんは遠くを見つめるのに忙しいから誰も止められない。


 もう、レモナさんもキルティさんも。

 どっちもあんまり変わらないですよ?



「貴方は暴食の天使ですわ」

「……ここでも、そう、なの?」

「あら、間違えましたわ。堕天使でしたわ」

「そうじゃ、ない……かも」


 途中から立ったまま寝ていたラシュエルくん。ラシュエルくんまで餌食になってしまった。


『暴食の天使』と聞いた瞬間、ゆるりと目を開き、絶望の顔に。

 確か、アニモスにいた時に市場の人達からそう呼ばれていたような……。『天使様にあやかり隊』の人達だね。元気にしてるかな?


 ラシュエルくんは固まって動かない。

 で、でも大丈夫ですよラシュエルくん! 『暴食の天使』じゃなくて『暴食の堕天使』ですから。七つの大罪としては正しいですよ!……あれ。


 そしてそれよりも。ラシュエルくんが沢山食べるのを知っているという事は、昨日の騒ぎはばっちりと、領主の娘さんであるリカさんにも伝わっていたらしい。

 通報はやめてもらったはずなんだけどな。さすが、貴族の情報収集能力。……えと『魂の定義』、マズくないですか?



 今日もラシュエルくんの頭の上にいる一号さんが、果敢にも自らリカさんに聞いている。


「なあ嬢ちゃん。ワテは? ワテは何になるん?」

「ペットですわ」

「ペットやて!? なんでやねん!」

「プリンスとプリンセスの間にいるのですわ。それで時折撫でられる役なのですわよね」


 悪役のボスの膝にいるペットとかのイメージかな? ボスって『良く来たな』とか言いつつ撫でてたりするよね。

 一号さんは不満らしい。貴族のペット生活から逃げ出してきたんだからね。


 皆が次々にリカさんにやられていく様を、他人事ひとごとのように見ている私。……あ、私も大層な名前を付けられてしまうんだろうか。

 でもリカさんは満足した顔をしている。んん? 終わったのかな。私だけ無いのも、それはそれで寂しい気もするけど。


 そう考えていると、リサナさんがリカさんに指摘する。


「リカちゃん。まだぺんぎんさんが残ってるのでーすわー」

「そうでしたわね、リサナお姉さま。貴女は……手下Gですわ」

「何で私だけ適当なんですかっ!?」


 私だけ手下。

 しかもGって……。アレをイメージするから、せめてぺんぎんのPにしてください。


 一号さん、ペットでいいじゃないですか。



 最近、超音波も覚えたのに……。ウルトラソニックぺんぎんとか!


 自分で想像してダサかった。



 プリンスのロウさん、プリンセスのレモナさん。

 女幹部のキルティさんに、暴食の堕天使のラシュエルくん。

 一号さんですら悪役のペット的立ち位置。


 私は手下Gです……ぴえぇぇ。

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