34話 ハンターといえば
ようやく脱ダンジョンできた私達。
昨日はラシュエルくんの強い希望により、お昼と夜ご飯の間という中途半端な時間にご飯を食べた私達。そしてその後は宿屋『魚のヤドリギ』にて、まさしく泥のように眠った。
休憩を挟んだり、仮眠をとったりしてたけどね。さすがに丸一日もダンジョンの中をさ迷っていたら疲労はピークに達する。
日本では味わえないような恐怖体験だってしたし。主にガチフリーホールとか岩とか。
沢山寝てそれなりに回復した様子の皆さん。昨日は宿屋の人に心配そうに見られるくらい、疲れきってたからね。
「んでさ、今日はどーすっかねー。てかここやっぱさ、ソネリの村じゃねーよなー?」
レモナさんが大きくあくびをしてから、皆さんに問いかけた。私も今日はあくびがよく出る。寝すぎて眠いってやつだね。ラシュエルくんなんて目が開いてない。
昨日は海で濡れてぺしゃんこだった髪。ふわふわの白髪に戻っているラシュエルくんが、こっくりこっくりと船をこぎ寝言のように言う。
「ちがう……かも。まち、なまえきく」
「そういえばこの街の名前も聞いていないな。そもそも門を通らなかったが。まさか別の国だったりはしないだろうな。その場合は不法入国……」
ロウさんの顔に冷や汗が流れる。いつものロウさんだったら、昨日の内に気づいて解決してそうだけどね。それだけ疲れてたんだと思う。
この世界でどのくらい国境の取り締まりが厳しいかは分からないけど、さすがに不法入国がマズイ事は分かる。
宿屋の人に聞きにいくロウさん。やがて一枚の地図を借りて戻ってきた。
「国境は越えていなかったようだ。……ギリギリな」
そう言いつつ地図を広げて見せてくれる。私も椅子の上に立ち、テーブルに身を乗り出して見る。
多分、この国の地図なんだと思う。国境の線が分かりやすいから、国の形もぱっと見て分かる。
真四角、いや少し横長かな? 上下を海に囲まれていて、左右を別の国に挟まれている。イメージ的には、地球のヨーロッパ辺りが近いかも。
「んで。なんつーんだ、ここ?」
「ここにある、ミントレという街らしい」
レモナさんの問いに、ロウさんが地図を指差しながら説明する。私にとって最初に滞在した街――アニモスに居た時に、文字も軽く覚えた私にも、ミントレと読めた。
地図上ではすぐ右隣に黒い太線がある。つまり……。
「んにゃ!? 隣、別の国だよ~。にゃぅ、危なかったんだね~」
そう。ほっと胸を撫で下ろすキルティさんの言葉通り、隣が国境だという事だね。本当にギリギリだ。
一号さんがふむふむと頷いている。
「なるほどなあ。あんちゃん、せやったら街に勝手に入ったのはええん?」
「国とは違って街だからな。普通に門から入るのが一番だろうが、取り締まりは厳しくない。身分証の提示も必要ない場合がほとんどなくらいだ」
もし何か咎められても、正直に話せば許されるレベルみたい。それなら安心だね。
「今日はのんびり過ごそう。ただ、ギルドには寄るか。依頼は受けないが魔石は売らなければな。それなりの金になるだろうから、ラシュエルも好きなだけ食べていいぞ」
「っ!」
かつてない程の素早い反応を返すラシュエルくん。たれ目だけど、スカイブルーの瞳が目一杯開かれている。
「早まったか……。まあ、今回はラシュエルにも助けられたからな」
キラキラ視線を受けたロウさんがたじろいでいた。ラシュエルくんの好きなだけ、は底が見えなくて恐ろしいからね。
そんな訳でぼちぼち移動を開始する私達。
一度も話題に上りませんでしたが、昨日あった二人組みの女の子は忘れてませんよね? 多分、面倒事のにおいがプンプンするから、来るまで思いだしたくないんですね……。
☆
「センさん!モウカリマッカー」
「ゴンさんではありませんか。モウカリマッカ!」
「また次も宜しくお願い致します。ボチボチデンナー」
「いえいえこちらこそ。では、ボチボチデンナー」
「……えと。この街、一号さんが飼われてた頃の街だったりします?」
「ちゃうで、ぺんはん。なんでやねん」
「いえ。挨拶らしきものが独特だったので」
この街、ミントレは歩いていると不思議な挨拶らしきものを良く耳にした。
謎の関西弁。ものすごくイントネーションが変だし、本来の使い方じゃないと思う。関西弁繋がりで一号さんの住んでた所かとも思ったけど、違うみたいだ。この街は知らない風だったしね。
まあ私自身、大阪弁だか関西弁だとかの違いは良く分かってないんだけど。
「はむ、ボキッゴギ……ごくん」
「んで。ラシュは相変わらず、てなー」
レモナさんが笑いながらラシュエルくんの食べっぷりを見ている。
ミントレは海がある分、魚料理が美味しいらしい。入った魚料理のお店では、当然のようにラシュエルくんが太い骨まで食べ尽くしていた。
「魔石って高く売れるんだね~。おかげでラシュくんのいっぱい食べれる姿が見れるもん。魔石最高だよ~」
「そうか、ならキルティの為にもなるか。ダンジョンの入り口から飛ばされてしまったからな。これ以上の魔石の補充は出来ないが、その分やっとDランクになれた。収入は以前より増えるだろう」
ちなみに出口の虹色のポートはもう無い。私達が出た後、消えたのを見たからね。もしあのまま存在してたら大騒ぎになりそうだから、良かったかも。あったって、あそこからソネリの村に戻れる訳じゃないしね。
そしてロウさんの言った内容に気になる事が。
「ハンターランクってどこまであるんですか、ロウさん」
「Sランクまであるぞ。一応な」
「一応、なんですか?」
焼き魚を食べながら、体ごと首を傾げる。……ぺんぎんだからって魚を丸呑みにはしないよ?
丸呑みではなく、ボキンゴキンと骨を噛み砕きながらラシュエルくんが答えてくれる。
「んぐ。むかし、転生者……Sランクむりやり、つくった。はむっ」
「ギルドランクっつったらさ、やっぱSランクじゃん? だから作ったんじゃね?」
「……ん。まえは、Aがさいこう……だった」
レモナさんの推測通りなのかも。ラシュエルくん曰く、以前はAランクが最高ランクだったのに、転生者が無理やりSランクを作ったとの事。なら、きっとそれだ。
「Sランク。何だかスゴイ人がなってそうですよね。今どれくらいいるんでしょう」
「ん、アオ?……あー、Sランクはあんだけどなー。誰もいねぇっつか、なった事ねぇって聞いてんなー」
「ええ!? それってレモナさん。誰もいないのにランクだけ存在してるって事じゃないですか」
それは……どうなんだろう。それならSランクには、幻の、が頭に付いてしまうよね。
昔の転生者さんが、きっと後先考えずに作ったんだろうな。街の整備とかで活躍する人もいたみたいだけど、変なところで現代知識を、この場合はラノベ知識を使ってしまったらしい。
なんだかなと思っていると。キルティさんが話題を変える。
「魔石ってね~、結構スゴイんだよ? 日本で言ったらね、電池みたいな物かな~?」
実はダンジョンに入る前から気になっていた事を教えてくれた。
日本の電池といったら、確かに大切だ。馬車にも窓についていたりしたし、この世界の人にとっては生活に密着している物なのかな。高値で売れるのも良く分かるね。
気になった事が分かって良かった。こうしてちょっとずつ、この世界に馴染めていけるのかなあ、と思い熱いお茶を飲む……あちち。
「魔石売ったら、金も入るわランクも上がるわなんか? せやったら、ダンジョンにばっか行きとうなるんちゃう?」
くちばしを押さえていると、一号さんが黒い鼻でふんふんと焼き魚のにおいを嗅いで言った。左右に伸びたヒゲもあわせて揺れている。
「やっぱ、落とされて危険やから言う事か?」
「一号さん。普通は桃スラに落とされたりしないんだと思いますよ」
「ああ、アオイの言う通りそれが関係している訳ではないな。ハンターの中には、ギルドや肉屋なんかに雇われている者もいる。だからダンジョンが出現したからと言って、全てのハンターがダンジョンに行くのではない」
「ま、アタシらは旅してんだもんなーロウ。んでさアオ。アタシらみてーにな、雇われてねーハンターは冒険者とも言われる事もあんな」
レモナさんの言った冒険者という名称。この世界ではハンターと言う呼び名だけかと思ったけど、その中で雇われずに旅をする人の事を冒険者とも言うらしい。もしかして、多少の揶揄が入ってたりするのかも。会社員とフリーター……はちょっと違うか。
そうとも呼ばれる、くらいらしい。なら普通に、ハンターパーティーです、でいいよね。
名称はともかく、ダンジョンに殺到する事で経済が破綻するという事はなさそうだ。安心安心、かな。
そんな事を話している間に、また新しい料理が運ばれてくる。勿論ラシュエルくん用に。
枷の外れたラシュエルくんは止まらない……。
お店の人達は、訳が分からないといった様子。突如現れた男の子が凄まじい量を、それもお皿以外全て食べてるんだからね。
私は食べ終わったので、たまたま思い出した事を誰にともなく言う。
「それにしても、もったいなかったですよね」
「ん~? 何の事かな、アオイちゃん?」
「キルティさん。あの、ソネリの村には結局一泊もしなかったじゃないですか。でも三日分も宿賃置いてきちゃったので、もったいないなあ、と」
世間話のノリで普通に言った言葉。
でもその発言で、明らかに空気が変わった……ロウさんの。
ハッとした表情をしたかと思うと、段々別の固い表情に……後悔、かな?
――――カタン
唐突にロウさんが椅子から立ち上がる。
途中からスタンバってたレモナさんも、慌てて立ち上がる。
「戻る……戻るぞ、俺は……!」
「ちょちょちょちょ。待てっつーの、ロウ!」
「離せレモナ。三日分だぞ。しかもただのテントだというのに、ダンジョン価格で割高だったんだからな。これが戻らずに」
「だー、もう。落ち着けっての!……アオ、超音波!」
「はい!? ぴ、ピエ――――ン」
「ぐ……」
レモナさんの指示に、思わず人間向けの超音波を出してしまった。
ただそのおかげで、ロウさんの暴走は治まったらしい。
軽くだったのでそこまで辛そうではないけど、頭は冷えたのかな。
もう、
そして当たり前だけど、このお店には店員さんがいる。私の超音波もバッチリ効いていたみたい。
ラシュエルくんが沢山食べてる分には、ただの大食いの変な客だけど。
こんな展開になってしまったなら、それも越えた。
通報しようとし始めるので、慌てて謝り倒す私達。
Dランクになった『魂の定義』。
ランクが上がっても、トラブルの絶えない私達だった。
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