29話 暗闇に潜む影
「あれれ。ここ、結構暗いね~?」
横から、少しだけ声を潜めたキルティさんの声が聞こえる。
ここはスライムの小部屋が沢山ある場所から、黒いポートを潜った先。つまり、スライムダンジョンの次の部屋だね。
さっきまではラシュエルくんと一号さん、それと私から得た『かわいいパワー』で大暴れしていたキルティさん。今は声を聞くに落ち着いたみたいだ。
「ああ。これだと魔物がいた時に気付きにくいな」
「んでも、アオがランタンペングイーノで助かったよなー。頭っから生えたランタンでさ、それなりに明りぃーよなー?」
前を歩くロウさんとレモナさんの声も聞こえてくる。
皆の会話通り、ここは灯りが何も無い状態だとかなり暗い部屋だと思う。黒いポートだったんだけど、まさか繋がる部屋まで暗いとは。
今ここでの灯りは私自身だ。ランタンペングイーノの特徴である、このランタンもしくはちょうちん。普段はあんまり強く光らないけど、意識すると少し強く光る。どうやってるのと聞かれても、こう『ぴかーっ』と心で思う感じかな?
明るさ調整は別に体力がいる訳でもないから疲れないんだよね。地味だけど便利だと思ってる。
ロウさんが真剣な声色で、私達に伝える。
「アオイのおかげで明るいが、魔物を倒すのには周りが暗過ぎる。慎重に進もう」
どこから魔物が来るか分からないからね。ラシュエルくんはギュッと杖を握りしめて密かにスタンバっていた。袖のかなり長い服だからちょっと杖が隠れちゃってたけど。
この部屋を、このダンジョンを抜ける為ゆっくりと進み始める。
☆
さっきの部屋までの爆進が嘘のように、暗闇に耳を澄ましながら慎重に歩く私達。
魔物どころか、壁にも一度も当たっていない。大きな通路のちょうど真ん中を歩いているのか。それともこの部屋には、そもそも壁がないのか……。
方向感覚がさっぱり分からなくなっていく。来た道を戻っていないことを祈るばかりだよ。
――――バササッ
「にゃ~っ! 何、なななんにゃの~!?」
「ぴぇ!? キルティさん、いきなりしゃがまないでください。危ないですよ」
突然聞こえた何かの羽音に、ガバッとキルティさんが抱きついてくる。私の身長が低いからしゃがんでしまっている。
魔物かもしれないから、戦えるキルティさんがこの状況なのは宜しくないと思うんですが。
羽音のした方を見ていたロウさんが、キルティさんの叫び声に一瞬振り返りそうになったが、振り返らずに言う。
「……キルティ。今の羽音はコウモリだ。もっともこの世界だから魔物だろうが」
「コココ、コウモリ~? そ、そっか~。にゃんだ~」
キルティさんが私から離れて、普通そうに歩き始める。
その様子を見た一号さんが、不思議そうにキルティさんに問いかける。
「嬢ちゃん、暗いの苦手なん?」
「にゃ、にゃに言ってるのかにゃ。そんなことないにゃよ~?」
「って、んな普段っからネコ語じゃねーだろ、キル。ふーん。暗いとこ怖ぇのなー」
キルティさんのその否定っぷりに、すぐさまレモナさんがツッコんでいた。
声と同じく、尻尾は忙しなくふるふると小刻みに震えてたからね。多分ネコミミもぺたーんとしているに違いない。
隠す事ないんじゃ……? とも思ったけど、首だけ振り替えってニヤっとレモナさんが笑うのを見て納得した。
レモナさんに、からかわれたくなかったんですね。さすがにダンジョン内の今は特に何もしないみたいだけど、出たらからかわれてそうだ。
「そんなら、いつもみたいにワテ持てばええんとちゃう?」
「一号、ダメ。キルティに……圧迫死、されるかも」
普段は誰かに持ってもらってる一号さん、今はゆっくり歩いている為一号さん自身で私の隣を歩いている。
だから提案したんだろうけど、ラシュエルくんの推測に何も言わなくなってしまった。またコウモリが来た時に一号さんを持ってたと仮定したら……うん。それは黙るよね。
さらにそう言っていたラシュエルくんまで黙り……て、ラシュエルくん寝てないよね? それこそ、暗いからって寝ちゃダメですよ。あ、すでにアウトだ。聞こえてる規則正しい呼吸、これ寝息だよね。
ラシュエルくんの、左右が長い独特な服をくちばしで引っ張って起こしていると、レモナさんが前に向き直りロウさんに話しかける。
「んで。ロウ、あのコウモリはどーすっかね? 倒すのは出来そーって感じだけどなー。何か一匹いたら沢山いそーで怖ぇよな」
「……それはGだろう。まあ、あながち間違いではないかもしれないな。あの手の魔物は、一匹刺激すれば群れで襲ってきそうだ。今はこの、人に不利な部屋を出ることを優先しよう」
ロウさんの方針に皆さん同意し、今だ何にもぶつからない部屋を突き進む。
☆
「……あの。やっぱりこの部屋、おかしくないですか?」
恐る恐る、皆さんに問いかける。彼らの表情も固い。きっと私も同じ表情をしているんだと思う。
変わらぬ暗さ、変わらぬ私達の足音。そして何より……何も無さすぎるのだ。ときたまコウモリが近くをよぎるだけで、他は何もおこらない。
「まっすぐ、すすんだ……はず。でもずっと、つかない」
こんな場所でかれこれ三十分程だろうか。それとも一時間? もう時間の感覚も麻痺してくる。
いつもなら眠たそうに聞こえるラシュエルくんの声も、今なら不思議と、怖い話で有名なあの人の声のように聞こえる気がする。
「ね~ね~。んにゃぁ、にゃんで着かにゃいの……? にゃ、にゃ~にゃ~」
「な、なーロウ。キルが限界っつーか、ネコんなったみてーだしさ」
「あ、ああそうだなレモナ。急いだ方が良いんだろうが。そろそろこれは本格的におかしいな。部屋を出るのに何かが必要なのか?」
先頭のロウさんにならって立ち止まる。その間に、語尾どころか会話が完全にネコと化したキルティさんの様子を伺う。
「ふにゃ? にゃ~っ。にゃるにぃ~にゃよ~!」
「アウトです、ロウさん」
「そうか……。すまないがキルティは任せたぞ、アオイ」
ビシッと敬礼をしてキルティさんを預かる。ぺんぎんがネコさんを介抱するよ。
とにかくキルティさんのケアには、プライドを捨てて『かわいい』をアピールするんだ、私!
しゃがみこんだキルティさんに、かわいいをアピールしようとさらに近づく。
そんな中、ラシュエルくんが一言、本当に小さく呟く。
「……コウモリ」
「ああ。手掛かりはコウモリだけだ。戦うしかないな」
それだけでもこの静かな部屋ではよく聞こえた。ロウさんがコウモリと戦う決断をする。
――――バササッ
「うっしゃ。先手必勝っ!」
タイミング良く現れたコウモリに素早く反応し、レモナさんが飛び蹴りを放つ。
「キィ――……」
思ったより呆気なくやられるコウモリ。でも、これはただの引き金に過ぎなかった。
「キィ、キィキィキィ――ッ」
――――バササササササーッ
「うへぇ。やっぱりそーだよなー」
「こうなる気がしたから避けたんだがな、仕方がない」
レモナさんとロウさんの嫌そうな声がする。
案の定と言うべきか。先程までは一匹ずつ通り過ぎていたというのに、どこからか大量のコウモリの羽音が聞こえる。勿論近づいてきているんだと思う。
ますますネコ語、いや、にゃ~語に磨きがかかったキルティさんに、必死でかわいいをアピールする。
その近くで杖を抱えたラシュエルくんが、トンっと床に杖を立てて持ち、言う。
「じかんは、あった。できる。……上位結界」
――――シュゥン
一際強く、杖の真ん中のルービックキューブ型の石が回る。
するといつもの固そうな結界ではなく、バーチャルの映像のような結界が私達を囲む。
それを確認したレモナさんが楽しそうに言う。
「んお、ラシュの上位結界ひっさしぶりだなー。普段は人がいてやりにきーかんな」
不敵な笑みを浮かべ、結界の外、コウモリに向かって走るレモナさん。
「うし、こんなら負けらんねーな、ロウ!」
「ああ。ラシュエルのこの結界もあるからな。勿論負けるつもりはない。行くぞレモナ!」
二人が結界の外と内を往復する。
コウモリに対し、ヒットアンドアウェイで次々に倒してゆく。
あれ。ラシュエルくんの結界は確か、完全に防御の為のもの。言うなれば分厚い鉄の中にいるように、向こうの攻撃が届かない代わりに、こちらの攻撃も通らなかった。
それが今は、二人とも自由に出入りし、対してコウモリは入って来られないでいる。これがいつもの結界と、上位結界の差?
反則級だ。これなら、あの二人なら楽勝で倒せる……!
そう勝利を確信した時。
突然二人の動きが止まる。
「ぅああ! んだこれ、気持ち悪ぃ」
「くっ。耳では無い、のか。マズイ、ラシュエルの結界が……!」
レモナさんもロウさんも、何故か苦しみだしていた。ラシュエルくんの結界もユラユラと不安定に揺れる。
え、なんで!? 私は何ともないのに……?
結界の縁にいた二人がじりじりと後退し、中央の私達の側に来る。まだラシュエルくんは結界を維持してくれているから、コウモリは一応入ってこれないみたいだ。
やがてコウモリは一匹、また一匹と去っていき、結局元の静寂な暗闇に戻った。さっきまでも暗かったけど、羽音や二人の攻撃の音が聞こえなくなっただけで、闇が深まったような気がする。
苦しそうにしていたロウさん、レモナさん、ラシュエルくんを見ると、今はなんともないみたい。コウモリと共に謎の苦しさが去ったのかな?
ちなみに一号さんもキョトンとしていた。多分私と同じで、なんで皆さんが苦しんでるのか分からなかったんだと思う。
振り出しに戻ってしまった。
攻略法も分からず途方にくれ、真っ暗な部屋に取りこまれてしまうのかと、本気の恐怖が襲いはじめた頃。
「にゃっは~。にゃにゃにゃ!? んにゃぅ~……。ンニャニャッ!!」
……ちょっとキルティさん。今結構、本気ホラーなムードだったんですよ? ほら一瞬で崩れちゃったじゃないですか!
まあ、そっちのが良いんですけども。
あ、もしかしてさっきのコウモリの見えない攻撃らしきもの、キルティさんにも効果があったのかな?
だから狂ってしまった、と。
……。
キ、キルティさーん! 帰って来てください――っ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます