28話 尊い犠牲
「ぴ、ぴ、ぴ、ぴえぴえぴえぴえぴ」
ぽんっと頭に手を置かれ、口で出していたアラーム音を止める。
「ふふぁーあ……。んあー。ちょい寝て、スッキリしたなー」
私の頭から手を離し、んーっとそのまま伸びをするレモナさん。
「にゃふぅ。ふへへへ~。アオイちゃんアラームで起きたからね、バッチリ目が覚めたよ~!」
キルティさんも続いて起きる。一号さんは爆睡していて、まだ夢の中だ。
この状況を、少しだけ時間を遡って説明すると……。
スライムで区切られた小部屋が沢山ある場所に落ちた私達は、食事をとった後に一旦仮眠をとることにした。
順番はロウさんとラシュエルくん、それに私が先に寝ることに決まった。他の人は見張りをし、後で交代で寝る。
で。別に自主的に目覚ましぺんぎんになった訳ではない。
レモナさんとキルティさんの強い主張により、起こす時は私がアラーム音を出す事になったというだけ。
まさかとは思いますが、ぺんぎんアラームを聞きたかっただけで後に寝る事にしたんですか……?
リーダーであるロウさんと、ほとんど活躍できてない私が後に寝ると提案したんだけれど、どうぞどうぞと二人に先に寝かされたしね。まさかどころか正解だと思う。
ちなみにラシュエルくんは前半グループで、私を抱き締めて寝ていた。それもキルティさんは羨ましそうだったけど。今回、目覚ましと添い寝は両立できないからね。
「はにゃぅ。横になるアオイちゃんも良いよ~」
「……」
えーっと、キルティさん? 一応小声でではありますが……。
「ラシュくんと一緒って言うのがもうね、さいっこうに」
「寝かせてやれ」
「ふにゃっ!?」
ガン見されて眠れない私を見かね、呆れた顔のロウさんが、キルティさんに軽くチョップして止めてくれていた。
その後。
思い付いたらどうしてもやってみたかったレモナさん、かわいさの可能性を知ってしまったからには全力で実行したいキルティさん。
後半の人が仮眠に入る前、私が起こした時にどちらが頭を押して止める役をするのかを賭けて、壮絶なバトルが繰り広げられた。
「キルには悪ぃけどさ、これは負けらんねーなー」
「こっちのセリフだよレモナ。かわいいが賞品なのにね、このわたしが負ける訳がないもんね~っ!」
そう、壮絶なじゃんけんバトルが。
勝者はレモナさん。勝ったグーのまま上にあげ、チャイナ服に似た
一方負けたキルティさんは、黒猫尻尾を逆立てる程悔しがっていた。
どうでもいいかもしれませんが、私の頭が本格的にボタンみたいな扱いになってきている気がするんですが……?
☆
そして現在はその後半の人達の仮眠時間が終わり、丁度私が起こしたところだ。
誰よりも爆睡している一号さんを何とか起こし、このスライムの小部屋からの脱出について考える私達。
レモナさんが、ぷよんとする壁を触りながら言う。
「んで。脱出っつったら、この壁だよなー。スライムの屋根乗った時はさ、なんも動かなくっても勝手に沈んでったじゃん? でもおんなじスライムだっつーのに、壁のは弾力ヤベーんだよなー」
「ああ。これだけ弾力があると、物理的な攻撃で壁を崩すのは難しそうだな。天井を見てみるか」
落ちてきた私達が一度沈んだはずのスライムの天井は、穴などは特に空いていない。
一応ロウさんがラシュエルくんの杖を借りて、つついてみたけれど、壁と変わらないくらい弾力があった。
ラシュエルくんは一瞬考えた後に、ロウさんに杖を貸してくれた。私とシャボン玉を離す為に、ベッタリと鳥が貼り付いたのが少しトラウマになっているのかもしれない。今度、アライグマよろしく洗っておこう。ぺんぎんだけど。
確認を終えたロウさんが言う。
「天井もダメか……。これは、魔法なら通るものかもしれないな。頼めるかキルティ」
「おっけーだよ~。壁に撃つのかな~?」
「いや。この天井だけ崩せば、後は屋根伝いに行ける可能性がある。まずは天井だけ吹き飛ばしてくれ」
念のため全員、部屋の角よりに避難する。
キルティさんが手を斜め上に掲げ、魔法を放つ。
「じゃ、いくよ~? ファイアーボール!」
ダダダッと拳より大きいくらいの火の玉が、いくつか天井に撃ち込まれた。
――――ジュワーッ
スライムが溶ける音がした後、二・三人が通れる程の穴が空いていた。
その穴の空いた天井を見て、ロウさんが言う。
「これだけの穴を空けておけば、修復する事はなさそうだな」
「そうですね。後は上に乗れるかですが……」
穴が塞がる様子はない。私達がこの小部屋に落ちた時は、穴が空いて落ちたというよりは、沈んだからこそ空かなかったのだと思う。
今回は意図的に穴を空けたからね。塞がらない今、上に行くことはできる。壁や天井のように弾力があれば歩くことも可能だけど、最初は沈んだからなあ。
「ロウさん。私を穴の上に飛ばしてください」
「……アオイをか?」
「はい、歩けるか確認しないと。全員で試す訳にはいかないですから。また沈んだら戻ってくるだけですし、何かあってもすぐ飛び降りるから大丈夫です」
それに自力で降りれなくとも、ロウさんとレモナさんなら背が高いから、助けに来てくれる事もできると思う。
ロウさんは少し考えた後に承諾する。
「分かった。なら出来るだけ穴の縁に飛ばすぞ」
抱えられ、バスケットボールを飛ばすようにひょいっと飛ばしてもらった私は、ロウさんの狙い通りの位置に着地した。
「っと。あ、歩けそう……ぴぇっ」
一瞬、壁のように弾力があったから歩けるかと思ったけど、すぐに身体が沈み始める。
スライムの中に沈んでいる間、変なものが体の中を流れる。体の中の何かが促進されているような、そんな感覚がした。
みょーんと、私を包んだスライムの天井が下に少し伸び、私だけ落ちる。下でロウさんに受け止めてもらった。
「……?」
「そうか、屋根伝いも無理だな。立候補してくれて助かった。異常はないか?……アオイ?」
「えっ。あ、はい。異常なしです」
変な感覚はしたけど、特に痛かった訳ではないからね。最初にここに落ちた時には感じなかったのは、それどころじゃなかったからだと思う。うーん、あの感覚なんだったんだろう。
「そうなると、キルティに魔法で壁を破壊してもらうしかないな。目的のポートまでは遠いが……」
「だいじょぶだよロウ~。にゃふっふっふ、わたしには秘策があるのだよ~!」
腰に手を当て、桃色の大きな瞳をくわっと見開いたキルティさんが自信満々に言った。
「キルティさんの秘策。あんなに遠いのに行けるなんて、やっぱりスゴいです」
「ありがとね~! でもでも、アオイちゃんにも協力してもらうよ~?」
「え、私がお手伝いですか? 私に出来ることなら頑張ります!」
まさかぺんぎんに出来ることがあるとは思わなかったよ。
一体どんなお手伝いなのか。ワクワクドキドキしていると、ロウさんとレモナさんの顔がふと気になった。
優し~い笑顔で、少し哀れみの入ったような……。一言で言うなら、生温かい笑顔だ。
「え。な、なんで皆さんそんな顔を? キルティさん、協力って一体……」
「だいじょぶだいじょぶ~。簡単なお仕事だよ?」
「その文句だと不安が増すんですが……」
キルティさんがとっても良い笑顔で近寄ってくる。
隣のラシュエルくんは一見無表情だが、何故か覚悟を決めた顔のように見えた。その腕の中の一号さんは、
――――ぷに、ぷにぷにぷに
「キ、キルティさん、何でぷにるんですか」
「んにゃ。これが秘策だからだよ~? はあ~、アオイちゃんうぇへへへぇ……」
完全に変態オヤジみたいになってきたキルティさん。可愛い黒猫ミミの女の子なのに。
ぷにぷにが続く中、気まずさを誤魔化すようにロウさんが解説を始める。
「この世界の魔力というのは感情によって回復量がかなり上下されるんだ。プラスの感情はマイナスの感情よりも大きく影響すると言われている。つまり幸福が一番だな。
キルティにとっての幸せは『かわいい』がある事だからな。キルティの『かわいい好き』は幅が広い。だからこそ魔力量が多く
ものすごく早口で
つまりキルティさんにとっての幸福、『かわいい』が原動力だから私が犠牲になれ、という事ですよね……。
「ぺんはん、大変なんやなぁ」
「んあー、あれならイチもやんけどなー?」
「なんでなん!?」
ロウさんやレモナさんと同じく、生温かい目になっていた一号さんが、レモナさんの言葉に強く反応した。
ラシュエルくんが少し固い表情で一号さんに答える。
「キルティは、アオイさんと一号と……ぼくがいい、から。つぎ、ぼくか一号のばん……かも」
「なん、やて」
一号さんが戦慄の表情に変わる。いつもモフモフされてはいるが、ぷにられている私を見て次元が違う事が分かるみたい。
うん、これは常とは違うね。いつものをAボタンを手動で押してるのに例えるなら、今のは爪でドゥラララッと連打する感じ……分かりにくいかな。
とにかく、究極のぷにリストと化したキルティさん。
――――ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに……
これでもお役に立てるなら良かったです。ええ、本当に、良いんです、よ。……ぴえぇぇ。
とにかく無心になる事が大切だと察した私は、修行僧もかくやの無心状態でぷにられる。
悟り開いたかな。
☆
「にゃっは~――! 今のわたしに、壊せない物は無いよ~。にゃ~っはっはっは~!!」
ドッカーン、ジュワーと派手な音を立てて進むキルティさん。
ロウさんの解説通り、私達を一通りぷにったり、モフったり、撫でたりしたキルティさんは最強だった。結構魔法を放ってるけど、全然魔力が尽きる気配がない。
私達の尊い犠牲を元に……。
おかげで、そこからはこの部屋は楽勝だった。あれよあれよという間に突き進み、スライム達は次々に溶けてゆく。
全く疲れた様子の無いキルティさんが、目的の黒いポートの前にたどり着き可愛らしい笑顔で、おいでおいでしている。
黒いからポート潜るのちょっと怖いな、とかは思わなかった。というよりも思う余裕が無かったね、うん。
約三名、魂が抜けている状態で『魂の定義』は、ダンジョン脱出の為、ポートを潜って次なる部屋へと向かったのだった。
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