27話 ぺんぎんinスライムinダンジョン

 『魂の定義』は今、スライムダンジョンの『???』にいます。


 要するに正確な現在地が分からないという事だね、うん。氷の部屋でパリーンと床が割れ、絶賛落下中な私達。

 真っ暗という程ではないけど薄暗い。だからこの穴の幅は分からない。そうなると壁を使って減速することも出来ない訳で。


 しかもその時割れた氷の破片も一緒だから、かなり危険な状況だ。


「ぴえぇぇぇ。……あ、氷の破片が!」


 一緒に落ちている氷がサラサラと崩れてゆく。まるで、ダンジョンの中で倒した魔物が消えていくように。

 やがて一番大きな塊も、綺麗な粒になり消えた。


 落ちているというのに無表情なラシュエルくんが呟く。


「ダンジョンの、かべやゆかも……まものとおなじで、ダンジョンの、いちぶだから……かも」


 ダンジョンの魔物だけ肉体が残らないのは、魔物もダンジョンの一部だからって説があるんだっけ。さっきの氷の部屋も寒く無かったしね。

 そう考えれば辻褄が合う……ってそんな事より!


「んておい、どーすんだこれ。このまんまの勢いってマズくねぇ?」

「よっしゃ! ようやくワテの出番やな!」


 レモナさんの焦った声に、一号さんが自信満々に答えた。


 そっか。一号さんはイタチにして飛べるんだもんね!

 いつか見せてくれた、尻尾をプロペラのように高速回転させて飛ぶあれ。バッと一号さんが尻尾を上に向け、回転させる。


「あんさんら、よう掴まりぃ!」


 浮かび始めた一号さんを中心に、全員が連なって誰かに掴まる。でもこれ、明らかに……。


「あの、一号さん。思わず掴まっちゃいましたが」

「せやな。――……重量オーバーや」

「なはは、そーだよなー。あぁ――――!」


 落下するレモナさんの叫びがこの縦穴に響いた。一号さんに全て支えられる訳もなく。当然全員落ちていく。



 だが終わりは近かったらしい。明るくなってきた下を見ると、何かで区切られた空間が沢山ある場所なのが分かった。

 その何かは半透明で、このダンジョンの今までを省みるに恐らくスライム。それが数多の空間を区切る壁と、それらの空間の屋根になっている。


 で、上から落ちてきた私達がどうなるのかというと。



――――ブニョー~ン



 そのスライムっぽいものの屋根にぶつかった。


「……ぶにゃっ!? うぅぅ、怖かったよ~。ちょっとベタつくけど~、落ちたのがスライムの上で良かっ……うぷ」


 キルティさんの声が途切れ、皆さんの身体がスライムに沈んでいく。

 結構な距離を落下したはずの私達の着地の衝撃は、スライムの柔らかさによりかなり軽減された。だがベタつくスライムの上で身体がバウンドする事もなく、そのまま半強制的にスライムで覆われた空間に取り込まれていく。



――――どすん



 スライムの天井の厚さ分沈んだ後、そこから出てきた私達は、中の空間に音を立てて着地した。


「ぷはっ。んにゃ~いたた……。う~助かったけどね、スライムに沈むのは何かやだよ~」

「そう言うなキルティ。あの高さから落ちて無事なのは、九死に一生ぐらいの幸運さだぞ……」


 ロウさんが立ち上がって言う。本当ですよ。スライムだろうが何だろうが、これで生きているのが不思議すぎるんですから。


 周囲をぐるりと見回すロウさん。


「レモナにラシュエル。アオイと……よし、イタチ一号もいるな。全員怪我はないか?」


 どうやら、皆いるかの確認をしていたらしい。全員、特に怪我は無いことを伝える。


 確認がとれて落ち着いたところで、この空間の感想をレモナさんが言う。


「んで、なんだここ? 壁も天井もスライムだしさ、隣もその隣もずっとおんなじよーな空間じゃん。スライムの小部屋って感じだよなー」

「そうですね。幸いなのは、全員同じ小部屋に落ちたところでしょうか」

「アオイの言う通りだな。もし直前にイタチ一号に一斉に掴まっていなければ、バラバラの小部屋に落ちた可能性もあったからな」


 ロウさんの言葉に、今更ながらに怖さがくる。

 氷の破片が消えなければ、スライムの屋根に落ちなければ、一号さんに掴まらなければ……。違えば死んでいた可能性もあるし、そこまでではなくとも、もっと状況は悪かったはずだ。


「ふふん、せやろ。ワテのおかげっちゅーもんやで!」

「だよね~。一号ちゃんありがとね~!」


 モフモフなでなでしてキルティさんが一号さんに感謝を示している。

 それ、感謝もありますけど、キルティさんがモフりたいからというのが多分に入ってますよね? 一号さんは満更でもなさそうだからいいんですが。

 一号さんって、ペットには戻りたくないと駄々をこねていたはずなんだけど……。撫でられて嬉しそうなのは、やっぱりペットとしての血なのだろうか。



「しかし、スライム達は何故いきなり暴れだしたんだ? やはりあのピンクのスライムが原因か……」


 氷の部屋で、突然奇妙な声で笑いながらバシンバシン跳ね回り始めた事ですね。

 そう言ったロウさんが、解せぬという顔してる、けど。


「え~? ロウがピンクちゃんを振ったからだよね~?」

「あー、そー言われっと確かになー。あのピンクのスライム、ロウに気があったんじゃねー?」

「えと、私もキルティさんやレモナさんと同じ意見ですね。多分、近寄ったのにロウさんに叩き飛ばされて怒ったのかと」

「アオイまでそう思うのか……」


 キルティさんの言葉に反論しようと口を開けかけたけれど、次々に同意されて、違うとは言えなくなった様子のロウさん。

 だって飛ばされた後の桃スラの顔が、完全に復讐する女って感じでしたし。


「仮にあのピンクのスライムに女の心があるとして、俺はそろそろ女性恐怖症になっても良いよな……?」


 ロウさんが、以前ふれあいショー終わりの帰路に見たように、その紅い瞳を虚ろにして呟く。女性って怖いですよね。私も女ですが。



 ロウさんをどう慰めれば、と私がオロオロしていると。


「……ポート、ない」


 今まで黙っていたラシュエルくんが言った。その言葉に、はっとして小部屋を見る私達。死んだ目になっていたロウさんもいつもの、一見クールそうな顔に戻っている。


 スライムで区切られた小部屋は、一つ一つはあまり大きくない。だからこの小部屋に、ダンジョンの次の場所に繋がる扉であるポートが無い事はすぐに確認できた。


「これってもしかして、閉じ込められてます?」

「そう、かも」


 ラシュエルくんも頷いている。ぴえぇ。


 スライムの壁を冷静に観察したロウさんが言う。


「恐らくだが……空気の心配は無さそうだ。スライムだが風が通るように感じるからな。問題はポートが無い事だな、この小部屋以外でもどこかにないか?」

「ポートポートっと。……お。あれさ、そーじゃね?」


 レモナさんの指差す方を見る。半透明であるスライムの壁を、いくつか挟んでいるせいでぼんやりしている。でも確かに、黒っぽいポートらしき円が見える。結構、遠くだと思う。レモナさん、目が良いんですね。


 それを目を細めて眺めたロウさんが言う。


「あれか……遠いな。とは言え他には見当たらないしな。あれを目指すとするか」

「そうだね~。でも、さっきまでだとポートっていっぱいあったのにね、何で急に少なくなっちゃったんだろうね~?」


 キルティさんの言葉に考えるが、原因は一つしか浮かばない。直前の氷の部屋からここまで来るのに、ポートを使わずに物理的に落下してきた。あれがイレギュラーだったとしか思えないよね。


「直接落っこちてきたのが、いけなかったのかもしれませんね」

「せやなぁ。こっからあのポートにすぐ向かうん? あんちゃん」


 一号さんに話を振られたロウさんが、緩くかぶりを振って答える。


「いや、ダンジョンに入ってからそれなりに時間が立っている。今は色々あり興奮状態だから自覚しにくいかもしれないが、疲労も溜まっているはずだ。魔物がいる気配もしないしな。懸念は残るが、ここらで一旦休んだ方が良いだろう」

「んあー、アタシも休みてーな。そーいや、食糧はギルドカードに入ってたっけかー?」


 レモナさんの言ったのは、空間魔法が付与されているっていうギルドカード。ハンター達の便利道具だ。

 さすが、そのあたりしっかりしているロウさん。納品する魔物とかが入っていない分、毛布とか食糧をいつもより入れてあるらしい。ダンジョンで手に入るのは魔石だけだから、容量少なくて済むしね。


 安全なんて保証されていないガチフリーホール。そんなかなりの体験をしたはずなのに、普通に食事をする私達。しかもこの後は交代で仮眠もとるらしい。休憩は大事だもんね。

 皆さん結構、胆が据わってますよね。私、いまだに震えそうなんですが……。


 一応は警戒しつつも、和気あいあいと食事を開始する。


「あれ、ラシュエルくん?」


 その食事の最中、ラシュエルくんがじーっとスライムの壁を見つめていた。


 やがて振り向いたラシュエルくん。何だか物言いたげな顔だ。思わず吸い込まれそうなそのスカイブルーの瞳で私達を、主にロウさんを見ている。


――――ブンブンブンブンっ


 ロウさんと私が、揃って首を横に振った。無言で。


 全力で否定されたラシュエルくんが、しゅーんとする。



 ダメです。

 いくら見た目がゼリーや寒天みたいだからって、食べちゃダメですよ、ラシュエルくん!?

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