26話 スライムフィーバー

 レモナさんのナイトになると宣言し、ロウさんの精神的疲労を高めるだけ高めて去ったシェオさん。


 実際、見た目で言うならレモナさんとお似合いではある。金と銀でどちらも綺麗な髪だし。

 そして残念美人と残念イケメンという意味でも……。


 とまあ、それは置いておいて。


 ポートを潜り次なる部屋へとやってきた私達。

 この部屋は氷の部屋だった。


 植物園っぽかった前の部屋ではポートが結構沢山あり選択肢が多かった為か、今この部屋には見たところ私達しかいないようだ。


「この部屋綺麗だね~! 氷の床で、つららもあるよ~」

「でもさむく、ない……かも」


 キルティさんが、ツツーとスケートのように滑りはしゃいでいる。もっとも、今日はロウさんにお説教されたのもあってか、離れないようにはしてるけれど。ラシュエルくんは、この部屋の見た目に反して肌寒さを覚えないことに不思議そうだ。


「天井からだけじゃなくて、地面からもつららが生えてるんですね」

「地面からのつららは、氷筍ひょうじゅんと言ったはずだ。氷の筍という字が面白かったから覚えているな」

「ほんとだ。確かに筍みたいです。そう見るとなんだか可愛いですね」


 ロウさんの教えてくれた言い方に納得する。漢字を知ると、頭上から生えてる氷柱つららよりも氷筍ひょうじゅんの方が可愛く映るから面白い。


 レモナさんが部屋を見渡した後私を見て、思い付いたように言う。


「お、氷のステージっつったらさ、アオのステージって感じじゃね?」

「ふふ、パワーアップとかだったら良いんですけどね。あ、でもなんとなく歩きやすいように感じます。やっぱりぺんぎんだからでしょうか?」

「ぺんはんはこういうとこが楽なん? ふーん、ならワテはどこなんやろうなぁ」


 うーん。一号さんはイタチだから……森で良いんじゃないかな?



 そんな事を話ながら進む。


 この氷の部屋では、どれが魔物なのかが非常に分かりやすい。

 つららや氷筍ひょうじゅんの間を、ぷにんぷにんと飛び跳ねているゼリー状の魔物――スライムだ。


 ゲームやらラノベでお馴染みだから、やっと初期魔物来たって感じで若干テンションが上がりました。私とロウさんとレモナさんが。なんとなく前世が分かるね。


「ふにゃ~、スライムってぷにぷにしてるね~。よく見ると顔みたいなのもあるもん。実はかわいこちゃんだよねっ」


 触ってはないけど、ぷるんと動く様を見てキルティさんが反応する。かわいこちゃんって、どことなく言い方がオヤジくさいですよ?


 スライムの見た目は、まあ大体物語のスライムと聞いてイメージする通りだ。水色の半透明な身体。目や口は付いてるというよりも、そう見える窪みがあるというぐらい。目は何故か意思の薄そう、かつ馬鹿にしてそうな半目だけど……。



 そんなに強くはないらしいスライム達を、次々に倒しながら進む。

 氷だから反射して、鏡と同じ原理で広く見える。でもよく見るとこの部屋は案外小さい。ポートの数も今までに比べたら少ないと思う。


 近くを通ったスライムを、バッサリ二つに斬りながらロウさんが言う。


「スライムか。最初の部屋から考えると、スライムという魔物はこのダンジョンにぴったりだな」

「んだよなー。魔物も蔦もさ、全部ベタっつー感じのするヤツだったかんなー。このダンジョンの名前、スライムダンジョンでいーんじゃねーの?」


 言いつつレモナさんもスライムを殴るが、相性が悪いらしい。メリケンサックにベッタリ付いたスライムの残りをうへぇと見ている。倒した魔物は溶けて消えるんですから、そのうちそれも消えますってレモナさん。

 実際、ボエボエ言う花の真っ赤な鮮血みたいな色も、シェオさんと話してる間に消えてましたし。


「スライムダンジョンですか。始まりのダンジョン感がある名前ですね」

「ま、あんま強い魔物もいねーしなー。ちょいモノ足んねー気もすっけど。こんくらいのが危なくはねーよなー」


 私がダンジョンの命名への感想を言う。それに対しレモナさんが、モノ足りないと言った後で言葉を付け足し、分かってるぜ的な顔で頷いた。

 危険な事はしませんというロウさんへのアピールだろうか。当のロウさんは気付いたらしく、自分の説教効果に苦笑いしていた。



 ☆



 感覚で、部屋の中央くらいにまで来た頃。少しだけ違う事が起きた。


「あれ、なんや? 水色のスライム言うのと、違う色しとるで」


 一号さんの指差す方へ全員目を向ける。


 そこには大きな氷筍ひょうじゅんがある為、半分程しか体が出ていないけれど、ピンク色のスライムがいるのが見えた。


 今までは水色のスライムしか見ていない。その中で一匹だけピンク色……。すごく地雷っぽい。

 でも逆に、滅多に見られない幸運のスライムな可能性もある。例えば経験値が沢山もらえたり……ってゲームじゃないから経験値も何もないんだけど。


 ロウさん達を伺うと、気にしつつも下手に手を出さない事にするようだ。

 スルーする為歩き出す。


 横目で気にしていると、ピンク色のスライムが――呼びにくいので桃スラでいいかな。その桃スラが、歩き出した私達を見てゆっくりと動き始めた。


 隠れていた氷筍ひょうじゅんから、おずおずと出てくる桃スラ。


 何だろう。『告白したい男子がいるけど隠れて角から見ていて、去ってしまいそうだから頑張って出てきた女子生徒』に見える。

 ……自分でも変な事を言っている自覚はある。でも本当にそう見えるんだよ。


 桃スラがぽよんぽよんと跳ねて近づいてくる。


「あ、あの近づいてきてるんですが」

「ロウを、みてる……かも?」


 ラシュエルくんも気付いていたみたいだ。そう、何故かロウさんを目指しているかのごとく、真っ直ぐ向かってくる。


「……気のせいだ。少し早めに進むか」


 ロウさんが、全然気のせいと思ってなさそうな声で言った時。桃スラの動きが速くなり、サッとロウさんの足元に到達する。以外に速い! まるでメタ……ごふん。


 一瞬の緊張。


 ぽん、と軽く跳ぶ桃スラ。ロウさんが避けるが追ってまたはねる。

 いきなり斬るのは躊躇ちゅうちょしたのか、遠くへ飛ばすようにロウさんが桃スラを腕ではね除ける。


――――パシッ……ぷにょん


 狙い通り、少し遠くへ飛んでいった桃スラ。氷の地面でバウンドし、顔面スケートしてから止まる。桃スラはそのまま動かない。


「あ~、ロウが女の子叩いた~」

「待てキルティ。何故そうなる……」


 どうやらキルティさんも、私と似たような想像をしたらしい。やっぱり恋する女子生徒に見えますよね?


 飛ばされた桃スラはしくしくと泣き……いや、ぷるぷると震え始める。



「――アヒャ」



 引き攣ったような、妙な笑い声が響いた。


「何だレモナ。いきなり変な声で笑うな」

「アタシじゃねーっ! つか、アヒャとか言ったことなくね!?」


「――アヒャバヒャラッ」

「ならイタチ一号か?」

「あんちゃん、ワテを何だと思うとるん?」


 突然聞こえた奇妙な笑い声に、ロウさんが不思議そうに二人に聞いていた。当然私やキルティさんでもない。


「――ビヒャラアバヒャバラララ!」

「ラシュエ」

「じー」

「……すまん」


 ラシュエルくんでもない。当たり前です、ロウさん。


 そもそも笑い声は『誰か』から聞こえた訳じゃない。前からも後ろからも聞こえるのだ。


 全員固まった表情で顔を見合せ、周囲をそっと見渡す。


 心なしか、普通の水色のスライム達が多い。いつの間に集まってきたのだろうか。しかも、口に見える窪みが笑みの形に開いている……。


 また桃スラを見る。氷の床から上げた顔は、ニィと笑っているように見えた。


「――キャハッ」


「アヒャ、バヒャヒャ」


 桃スラから発せられた声に呼応するように、大量の水色のスライム達が笑う。



『『アバラヒャバヒャヒャヒャッ!!』』


「ニャ~――――ッ!?」



 周囲のスライムの大合唱にキルティさんが叫ぶ。


 それだけじゃない。スライム達は、当たり構わず跳ねまくり始めた。

 バシンバシンとつららや氷筍ひょうじゅんに当たる。砕けた、細かい氷の破片が降ってきた。


 かなりの数のスライムだ。当然こっちに飛んでくるのもある。


『『アビヒャヒャヒャヒャ』』


「つよい、結界はる。じかん、かせいで……!」

「分かったよラシュくん!……ウィンドサークル!」


 ラシュエルくんが結界を張る為、杖を掲げる。シャランと鳴った杖の中心、ルービックキューブのような青い石が凄い速さで回る。


 キルティさんが魔法を使うと、桃色の髪が舞い上がり、キルティさんを中心に風が吹き抜ける。

 私達を囲むように周囲を、吹き荒れる風の幕が覆う。スライム達はこの風の幕を抜けられないようで、飛んできたスライムが阻まれている。


「助かった。いい判断だラシュエル、キルティ。漏れたスライムは俺達が伐つ」

「んだなー! ラシュの結界ができっまでさ、風んなか抜けてったヤツはアタシとロウで倒してやんよ!」


 キルティさんの魔法による風の幕。その風と風の間をたまたま抜けてきたスライム達は、言葉通りロウさんとレモナさんによって、余さず倒されていた。



 やがてラシュエルくんの結界が完成する。これで一安心だ。


「……あっ、もういいかな~? 解除~っとぉ」


 キルティさんも風の魔法を解く。


「おお、あんさんらスゴいなぁ。さすがにもうダメや思うたわ」

「へへーん、だろー。そーいやアオとイチはさ、ラシュの時間かけた結界、見た事ねーんじゃねぇ?」


 一号さんの称賛に、レモナさんがその大きな胸をはって言った。ラシュエルくんの結界は何回か見たけど、いずれも急いで張り、攻撃の衝撃を減らすように使っていたから、今回くらい時間をかけてたのは初めてだ。


 ロウさんもレモナさんに同意する。


「そうだな。ラシュエルのこの結界なら、例えつららが落ちてきてもしばらくは平気だろう」


 結界越しに周りを見る。いまだにスライム達はフィーバーしている。結界があっても笑い声は聞こえるんだよね……。


 つららがパキパキと折れ、落ちてくるものもあったけど、結界はびくともしなかった。



 こうしてひとまずは安全地帯となった結界の中にて。


「よし。皆いいか? まずは落ち付いて、このスライム達から抜ける方法を考え……」


――――パキッ


 ロウさんが皆を落ち着かせ、作戦会議に入ろうとしていると、嫌な音が聞こえてきた。


――――ピキピキピキッ


 つららではない。……下だ。



「え。嘘、ですよね?」


 視線をゆっくり下へ移動させると、まさに氷の床に大きな亀裂が入るところだった。


 どうやら結界よりも床の方が保たなかったらしい。


「なっ!ともかくここはマズイ、結界を切って外に……っ!?」



――――バキン――ッッ!!



 ロウさんの声が途中で止まる。


 既に足元には何も無い。さっき見えた亀裂は、ただの大きな穴に変わっていた。


 氷の破片とフリーホールだ。


「く……」

「んあ?」

「にゃにゃ!?」

「ん」

「なんや?」


「ぴぇ……」



『『ぅあああぁぁあぁ――――……!!』』



 スライムダンジョン三部屋目にして、私達は床に空いた、深そうな穴へと落ちていった。



 落ちてゆく私達。

 その穴の縁から覗く桃スラが、復讐を果たした女の顔をしていたのは気のせいだと思いたい……。

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